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第16章 獣の魔女 97.行方

 すっかり皆と打ち解けていたムジカに石のハンマーを返しつつ、クライネは気になっていた事を質問した。


「あなた、アバドンから来たと言ったわね? 今、あそことこちらの間には死の風が吹いているのよ? それを耐えたというの……? それに、(あかつき)の戦団には立ち寄ったのかしら」

「アカツキ? うン、ムジカ、すっごくよくしてもらった!」


 今度はディーヴァが問いかける。


「みな、無事だったか……。ではそこにブラッドという武人はいただろうか」

「そう! ブラッドさんは大丈夫なの!?」


 ソフィアもその問いに追随する。ロザリーもムジカの答えに期待を寄せた。いくら尊敬する父といえ、死の風の中ガーディアナと戦ったなどという無茶、万が一という事もある。


「ブラッド? うーん、そういえば頭に赤いの巻いたおっちゃんが、女の子連れてたナ。どっかに行っちゃったけど」

「本当!? こんな風だった?」


 赤いバンダナを巻いたおじさん。まさにブラッドの事だろう。ロザリーがバンダナを目深にかぶるブラッド芸をすると、ムジカが笑った。


「にてるナー、おやこ?」

「ええ、私の父よ」


 ロザリー達四人は顔を見合わせ、それを喜んだ。目の端に浮かんだ涙を拭き取りながら、クライネが当時の状況を語る。


「別れた際、本当にすぐそばまで風が吹いてきていたの。私はブラッドさんに現段階での研究成果を全て詰め込んだ薬を渡していたのだけど、おそらく一時間ももたなかったはず」

「その一時間で決着をつけたのだろう。さすがはブラッド殿だ」

「ジューダスはどうなったんだろう……。ガーディアナの軍は」


 パメラは、もう一つの気がかりであったジューダスについてつぶやく。


「ガーデアナはいなかったゾ、全滅したって聞いた」

「あのジューダスが!? そう、父さんがやってくれたのね……」


 ロザリーは、直接の仇敵(きゅうてき)であるジューダスの死を複雑な思いで聞いた。


「そう……だといいけど」


 クライネは(いぶか)しんだ。司徒の中でも最狂の男がそんなにあっさりと倒れるだろうか。それは、パメラも同じである。彼の異能(マギア)は不死。そう易々(やすやす)と終わりはしないだろう。それはどこか、彼に対する不思議な信頼でもあった。

 クライネは複雑な胸中のパメラを抱きしめる。


「お姉ちゃん……、ジューダスは……」

「ええ。でも今はブラッドさんが生きている事を喜びましょう」

「うん……。お薬作ってくれて、ありがとう」

「ええ、ありがとう。クライネさん……」


 ロザリーも同じように、クライネへと感謝を述べた。自分の薬が助けになったのならと、死と隣り合わせで行った長年の研究も報われる思いがした。


「それで、ブラッドさんはどこに行ったの!?」


 ソフィアが堪えきれず、ムジカに詰め寄った。マコトによって落ち着くように(さと)され、引きはがされては爪を噛んでいる。


「わかんない。女の子連れて消えたノ」

「女の子……他に思い出せる事はないかな?」


 出来るだけ思い出せないかマコトが頼み込む。すると、何かを思い出したようにムジカは話した。


「そうダ、その子のために、マカイに行ったってちょーろーが言ってた……。マカイってなんダ?」

「魔界の事かな……、魔王が攻めてきたっていう」

「女の子と、魔界……」


 魔界。それは人類よりも遥かに強靱で野蛮な種族、魔族の住まうところ。ソフィアは少しクラっとよろめいた。すかさずマコトが支える。


「ソフィア、あの人の事、もっと信じなきゃ」

「うん、大丈夫。そうだね……きっとまた会えるよね」


 さらに、ムジカは続ける。


「その子が消えてから、シノカゼは弱まったノ。だからムジカ、とーちゃんの墓に行っタ」

「死の風は止んだか……、皆もこれで安心だろう」


 ディーヴァは噛みしめた。ガーディアナとの戦い、死の風。部族にとって両方の危機は去った。あとは、自分の戦いに(おもむ)くのみ。


「弱まったといっても……その中を歩くなんて無茶だわ。本当に平気?」

「ンー。何ともないヨ?」


 クライネはそう話しながらある事に気付き仮説を立てた。

 その女の子は魔界と関係している。つまり死の風の原因は魔素のようなものではないのか。消えたと同時に風が収まったのなら説明も付く。それに、この子の毒に対する抵抗力についても発見である。ついに人類は死の風を克服できるかもしれない。


「ムジカちゃん。後で少し、血を分けてくれないかしら、お薬を作りたいの」

「いいヨー」

「ありがとう! お礼に飴をあげましょう」


 クライネは手の中からパッとペロペロキャンディーを取り出す。ムジカは嬉しそうにそれをほおばった。


「おねーちゃん、さっきは叩いてごめんなさい……」

「いいのよ、お姉さん無敵だから」


 クライネはあそこで出て行ったのが自分でよかったとつくづく思う。武器を使う者に対しては、ほぼ無敵の能力。たとえ伝説の剣であろうと、はい没収となるのだ。余談だが、クライネの体内にはこれまで相対した数々の兵の武器がしまい込まれ、たまに質に売りさばく事を副業とする、武器商人としての裏の顔があるとかないとか。


「しかし、女に振り回される性分(しょうぶん)は一生ついてまわるんじゃないのか、あいつ。物語の主人公かよ」


 クロウが一連の話を聞きながらブラッドを笑い飛ばす。彼は実力者でありながら、魔女達のいさかいには顔を出さない。ブラッドのように貧乏くじを引きたくないのだ。クリスティアは今頃になって出てきた情けない家臣に向け、じりじりと歩み寄った。


「そういうあなたはいつまで独身なのですか、そろそろ落ち着きなさい」

「姫様っ……。俺には心に決めた人がいるって、知ってるじゃないですか……」

「いつまで夢を見ているのです! 相手はもう手の届かない人なのでしょう」


 クリスティアの毒の効いた一言がクロウを(えぐ)った。クロウは、ちらっとアンジェの方を見る。アンジェはその意味を考え、全身に毛虫が()ったかのような感覚を覚えた。


「マコト、絶対あのおじさんアンジェを狙ってます! 完全にロリコンです! 事案ですよ事案!」

「ロリって……。そんなわけないでしょー。あれは娘でも見る目だよ……」

「は……へ?」


 クリスティアはそんな二人の少女らしいやり取りに笑う。


「ふふ、クロウはね。女神サイファー様にずっと憧れているんですよ。かつて共に旅をした中で、そんなロマンスがあったと言い張るんですが、こんな冴えない人が、ねえ……」

「ぷっ、ほら、やっぱり!」


 あの冴えない窓際おじさんは、絶対にセクシーでキュートな自分に欲情していると決め込んでいたアンジェだったが、まるで恥ずかしい思い込みと知り耳を真っ赤っかにする。


「残念だったね……いい人はいるよきっと」

「アンジェ、なんで振られたみたいになってるんです!?」


 儚く散った初恋を(しの)び、マコトは黙ってその肩に手を置いた。

 出会いもあれば、別れもある。そんな切ない青春の一ページを、皆一様に哀憫(あいびん)するのであった。



 夕刻、パーティーも終わり、ロザリーはムジカを連れマレフィカだけでテーブルを囲む。この子をこれからどうするか決めるために。


「ムジカ、まずはあなたの事を教えてくれないかしら? 私達もあなたと同じ魔女。そして、ガーディアナに敵対する者。あなたの力になれるかもしれない」

「うん、ムジカも、ガーデアナと戦うつもりだった。でも、おっちゃんから先にここに行くように言われたんダ」


 おっちゃん、とはブラッドの事だ。また、父により導かれたマレフィカが自分達と交わった事になる。どこまでも頼りになる父に、ロザリーは今も繋がっているのだと実感する。


「それで、良いにおいがするナーと思って歩いてたら、骨が飛んできて、サクラコにあったノ」

「えへへ、威武(いぶ)もね」

「ワン!」

「わん!」


 すっかりイブとは仲良しさんである。獣王という名は飾りではないのか、彼女は動物から自然と慕われる。移動用のラクダなども彼女にすり寄っていた。


「それで、いっぱいご馳走してくれるっていうから、えんりょなく食べたの!」

「……それで、この騒ぎになったのね」

「しばらく何も食べてなかったノ。あのねーちゃんに全部食べられちゃうと思って、ごめんネ」


 ムジカはリュカを指さす。当のリュカはぐっすりとまだのびていた。むにゃむにゃとロザリーの料理はさいこー、と寝言を漏らす。


「もう、どっちが子供だか分からないわね、ほら、起きて」


 何が起きたのかといった顔で寝ぼけたリュカを入れて、皆はムジカの生い立ちなどを親身になって聞いた。


 ムジカは、ジャイーラ大陸にある獣人の国“ヴァリアント”にて生まれた。

 すでに獣王は亡くなっているため、生き延びた母が一人でムジカを育て上げたという。しばらく母が獣王の代わりを務めていたが、次第に次の王を正式に決めるべきだという声が大きくなり、母の病死によってその動きは加速した。


「ほんとのかーちゃん、さいごに言っタ。お前が新しい獣王になるんだって」


 ムジカはまだ十一歳という若さではあるが、獣王としての素質に優れマレフィカの力も持ち合わせていた事から、獣人達の支持を集め名乗りを上げる。だが、王の座を狙う一派によって、父の死の真相を知らされてしまう。

 真の王ならばガーディアナを討ち取り、仇を討たなければ示しがつかないのではないかとそそのかされ、一人、旅に出たのである。


「ムジカ、ハラが立ってきて、絶対にカタキ、うってやるって村を出たノ」


 飲まず食わずの旅だったが、アバドンで出会った暁の戦団に保護され、今に至るという。その話に、リュカはおいおいと泣き出してしまった。


「そんな事ならあたいの分もあげたんだ、ちくしょー、あたいのバカ!」

「もともとあなたの分じゃないでしょう、まったく。……そう、あなたも王を背負う者なのね。一人で寂しかったでしょう」


 コレットが珍しく優しい顔を見せる。両親のいない孤独な境遇を自分と重ねたのだろう。


「ンー、ありがとう。オマエ、ちっちゃいナ。群れの一番下カ?」

「な……」

「ムジカは王だからナ、ちっちゃい子にはやさしくするんだ」


 そう言うとムジカは、コレットの髪をペロペロと舐めだした。逃げようとするコレットを羽交い締めにしてさらに続ける。ベロンベロンと、果ては顔中にまでその舌は這った。生ぬるく長い舌が、小さな唇の中にまで侵入する。


「や、やめっ! んぶっ」

「オマエ、ひんやりする……きもちいい……、じゅるっ、れろっ」

「ひっ! ひい~! ゲイズっ、助けて……」


 すっかり唾液でベトベトになったコレットは、ゲイズに助けを求めた。


「お、こいつもカ」


 ゲイズにもしてほしいと勘違いしたムジカは、それを丸呑みにして口の中でもごもごした。吐き出されたゲイズは、見るも無惨にでろでろである。


『コレット……助けて』

「美味しくない……。はい、返すネ」

「げいず……」


 それを押しつけられ、彼女のドレスまでが唾液まみれとなる。コレットはたまらず泣き出してしまった。


「びえー! なんでわたくしがこんな目にぃぃ!」


 大号泣である。こんなコレットは見たことがない。気の毒すぎてとてもつっこめず、皆彼女から目をそらした。


「すげー、コレットを泣かせた……。やっぱただ者じゃないぜ」


 リュカはムジカに対し謎の感動をしている。コレットにはいつも口げんかで言い負かされているのだ。こんな小さな子に手を出したら負けだといつも我慢していたのだが、すこし胸の()く思いがしたのは秘密である。


「こら、やめなさい! ペロペロはダメ」

「かーちゃんが言うならそうするー!」

「かーちゃんもやめなさい!」

「ヤダ!」


 その様子に、皆が笑った。ムジカはすっかりロザリーに懐いている。放っておくと一人で敵地へと乗り込みかねないため、コレットには悪いが皆ムジカを仲間にする事で同意した。その秘めた力も目の当たりにしたばかりである。

 そうと決まり、クリスティアが形式として書類を差し出す。


「ここにサインを。私達の旅は危険が(ともな)います。それだけは肝に(めい)じておくのですよ。あ、字が書けないのね。では指で結構です」

「おー? よく分かんないけど、ハイ」

「ふん、タダ飯食らいを置いておく余裕はありませんわよ。あなただけで食費がはねあがるんですからね」


 すっかりムジカに辛辣になったコレットも釘を刺す。


「大丈夫、アニマは食べられる時に食べておいて、フダンはそんなに食べない。それに、ムジカ強いからヘーキ」


 そう言うと、100キロはあろうかというハンマーを片手で軽々と持ち上げた。


「これは頼もしいな、ハッハッハ!」


 クリスティアは、それを見て笑うディーヴァにも書類を差し出す。


「形式上のものです。ディーヴァ様、あなたの力をお貸し下さい」

「ああ……。私の勇者としての力、使いこなしてみせろ。手腕に期待している。ローランドの姫、いや、ローランド王」

「ありがたく頂戴いたします……」


 ここに皆のサインが揃った。それぞれが志を同じくする者達。魔女として昏い過去を持つ者達が、光となり世界を穿(うが)つ。ロザリーも幾度となく夢に見た瞬間である。


「みんなが……ついてきてくれる……。こんな事、思ってもみなかった……」

「うん……。ここまで、長かったね」


 パメラは涙を流すロザリーの横顔に胸を打たれ、手を取った。

 夕日が彼女達の顔を照らす。決意に満ちた、その表情を。


―次回予告―

 暗黒の時代はここに終わった。

 それは、新しい時代の幕開け。

 誓いの御旗の下、少女達は再び歩き出す。


 第98話「ヘクセンナハト(魔女達の夜)」

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