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第16章 獣の魔女 95.謎のけもみみ少女

 建国記念パーティーの喧噪は続いていた。誰もがロザリーの料理とパメラの音楽を(さかな)に、明るい未来を語りあう。

 中にはそんな難しい話などお構いなしと、食い気を全開にする者達の姿も。


 その中の一人、クーロンの香辛料をきかせた料理を勢いよくほおばっていたリュカは、その隣で取り分ける前の大皿をあっという間に一人で平らげてしまった謎の女の子に驚嘆(きょうたん)する。

 オレンジ色の長いボサボサの髪。さらに頭や手足には魔獣の毛皮で作られたかぶり物をしている。よく見ると、尻尾もあった。どこか人間離れした、不思議な子供である。


「うまいナ、これ、おかわり!」


 ペースも落とさずに次の料理に手を出す少女を見て、持ち前の闘争心に火が付いたリュカは負けじとテーブルの上の料理をがっつき始める。


「うはい! ろはひーの、りょーりは、ふぁいこー!!」

「おお……ねーちゃんも、やるナ」


 もはや何一つ聞き取れない調子で、リュカはその小さな子に対抗するようにまくし立てる。それに負けじと、次々に料理を平らげる女の子。その、一種の競技のような白熱した戦いに、だんだんとギャラリーも増えていった。


「あの子、かわいいー! 動物のきぐるみ着てるよ、ほら」

「マコト、きぐるみではありませんよ、あれ。生皮です」

「ふんふん、精霊さんによると獣人(アニマ)って言うんだって。初めて見た」


 マコト達はギャラリーにまじって女の子を応援する。さながらテレビで見ていたフードファイトである。ソフィアの使役する精霊は大自然の声。よって自然に最も近いヒト、獣人の姿に少しばかり好意的な反応を見せた。


「おお、第二ラウンドです」


 あれよと言う間にすっかりそのテーブルの料理は片づいてしまった。続けてローランド料理のテーブルが彼女達の戦場となった。リュカはすでに青ざめていたが、ここまで来て敗北の二文字はない。ロザリーの料理でなければとっくにもう入らなかったことだろう。


「ほ、ほはひーほ、ほーりは、はいほー……!」



 一方、厨房に戻ったロザリーは次々に入る追加注文に目を回していた。


「一体どういう事!?」


 ウェイトレスのパメラは、引っ切りなしに料理を運びながら興奮気味に答える。


「リュカとちっちゃな女の子がすごい食べてる!」

「ちっちゃな子? 誰なの? コレット?」

「わたくしはここにいます。色んな意味で失礼な」


 ロザリーは一旦料理を作る手を止め、その様子を見に行くことにした。リュカを止めなければ食材が尽きてしまう。コレットが手配した食料はもう残り少ない。金銭の心配はいらないと言われていたが、追加でここに運ばれてくるのは明日以降になるだろう。


「説教してやらないと!」


 ぷりぷりと怒って現場に向かったロザリーは、ハラハラとその様子を見守っていたサクラコに突然謝られた。


「ロザリーさあん……! すみません、あの子、あんなに食べるなんて思ってなくて……」

「サクラコ、あなたが連れてきたの?」


 サクラコは土下座の姿勢を取り、深々と頭を下げる。さらに、この度の失態は腹を切ってお詫び致す所存! と、威勢良く短刀を抜き、お腹をめくりあげる。

 ご主人と同じようにイブもその場に伏せ、骨をロザリーへと差し出す。これでどうぞ平に、平にご容赦を、というポーズである。ずいぶんと飼い主に似た事だ。


「待ちなさい! 別に怒ってなんてないわ」

「はうう、面目次第もござりません」


 ロザリーはひとまず怒りの矛先(ほこさき)を納めた。

 皆の視線が注がれるテーブルを見ると、リュカはともかくとして、謎の獣耳の生えた少女はこれ以上ない程に美味しそうに料理を食べていたのだ。よく見ると涙まで流して。


「かあちゃん……」


 少女がつぶやいたその言葉は、胸に迫るものがあった。ロザリーは、そのまま様子を見守ることにした。



 ローランド料理のテーブルも片付いたため、二人は最後のテーブルに移る。そこには、誰も手を付けていない山盛りの料理がならんでいた。最終決戦である。


「お二人さん、お目が高い! そこは私が頑張って作ったマコト・フルコースだよ! たくさん食べてね!」


 マコトはロザリーの負担を軽くするため、自身も料理をこしらえていた。皆に止められても意に介さずに勝手に大量に作ったのだ。あまり言うと、また魔王になってしまうのではないかという恐れが彼女を助長させた。

 青や紫、果ては漆黒の料理の数々。絶望を与えるその景観に、皆固唾(かたず)を飲む。それは、魔王と対峙した双子にとって、あの時の光景を思わせるほどの恐怖。


「メリルは言ったのだ。マコトはゆっくり休んだほうがいいんじゃないかって……。一度ならず、二度までも止められなかった。ふがいないのだ……」

「シェリルも、マコト様の料理は凄すぎてみんなにはもったいないって止めたんだよぉ」

「二人とも、ずいぶんと弱腰になったね……」


 パメラとの話を終えパーティーへと戻ってきたクライネだったが、どこか緊迫した事態を把握できずディーヴァへと問いかける。


「あら、盛り上がってるわね。うわ、何あの料理……」

マコト(魔王)の晩餐と言ったところだ」

料理下手(メシマズ)属性なのね、あの子……。胃薬用意しなきゃ」


 リュカは、恐る恐る青みがかった団子状のソレを口に運んだ。その行為にディーヴァも思わず、勇者だ……とつぶやく。


「んぎぃっ!」


 ブチュッ、と口の中でそれは弾けた。まず襲ってきたのは甘み。アンジェが砂糖でマシにしようと大量に混ぜたものである。そして、次に苦みと臭み。生焼けでとにかく生臭い。我慢して飲み込むと、最後に火を吐くような辛さが襲ってきた。

 その食に対する冒涜(ぼうとく)とも呼べる暴力的な味に、リュカは張り詰めていた気力が完膚(かんぷ)無きまでに打ちのめされ、そのまま突っ伏してしまう。見れば、彼女の顔は紫色になっていた。


「あれ? 残り物の魚の頭をすりつぶしたハンバーグ、口に合わなかったのかな?」


 食材を無駄なく使う。彼女のこの変な意識の高さが今回の惨事を招いたのだ。他のメニューも、見ればほぼ残飯である。自信作という鍋料理の中身は、もはや闇鍋を通り越して暗黒鍋の様相を呈していた。


「マコトの料理は、何も食べる物がない奴隷生活の中でやっと食べられるモノなのだ。調味料が塩くらいしかなかったのも幸運だった。今思えば早々に偵察に行ったサクラコは、アレから逃れたかったのかも知れん……」


 しみじみと実況するメリルに、マコトはげんこつを下ろす。


「ほら見てよ、あの子、おいしそうに食べてくれてるでしょ!」


 獣耳の少女は大口を広げ、マコトの料理を放り込んでいた。しかし、先ほどとは打って変わって無表情に。味わう事もなく飲み込んでいるようだ。

 静まりかえる中、ついにソレは全て少女によって処理された。


「うおぉぉお……!」


 その瞬間、けたたましい歓声が上がった。皆、同じ思いを共有する。あれを食べずに済んだのだと。


 結構な損害をたたき出した少女にコレットは少々腹を立てていたが、廃棄するよりはマシだと納得する事にした。むしろ、廃棄確定の料理群を作ったマコトにその行動の意味を問いただす。


「マコトさん、あれは何だったのかしら。リュカさんなんて、まだ起きないのですけど」

「うう、みんな、異世界の味に慣れていないだけだと思います……」

「いいえ、いい加減自覚なさい! あなたは……」


 さらに詰め寄るコレットを、ゲイズがたしなめる。


『コレット、良かれと思っての行動だよ。許してあげなさい』


「わっ! 目んたまが喋った!」

「まあ、お父様が言うのなら……」

「お父様なんだ……」


 ゲイズに助けられたマコトは、目玉のお○じさんありがとう! と心の中でつぶやく。


「マコト、あなた味見はしたの? 料理は味見が基本よ」

「しましたよ。おかしいなあ、そんなに変じゃなかったんですけど……」


 確かにマコトは、自分の味覚が少しだけおかしくなってるような気がしていた。味を感じにくいのだ。それは魔王化した後の事である。

 それにはロザリーもマコトも、ある人物を思い浮かべた。ブラッドである。彼も味覚を失い、料理に関してはからっきしであった。二人の共通点、それは、魔の血。


「ごめんなさい。私……食べ物を粗末にしちゃった」

「マコト……」


 おいしい料理を作って食べさせるという、ブラッドとの約束。それはもう叶わないかもしれない。そんな気落ちするマコトの頭を、アンジェがなでる。


「マコト、これも魔王化の影響でしょう。旅を急がないといけませんね」

「……うん」

「安心して下さい。アンジェが、マコトの舌になってあげますから。ほら、舌出してみて」

「えっ、うん。……べー」


 ピンク色の、健康そうな舌。アンジェは顔を近づけまじまじと見るが、特に何の異常も無い。そしてそれを、ぺろりと舐め上げた。皆が見ている中で。


「れろ」

「ふぁっ! 何!?」

「エンゲージの更新ですよ。……あ、DNAの構成が少し変化しています。それから、また胸がおっきくなってますね。魔王がお腹に宿った事で心配していましたが、生理も来ているようです。産んじゃったらどうしようと思いましたよ」


「アンジェ……!」


 事細かに体の事情を分析され、顔を真っ赤にしたマコトがアンジェを追いかける。いつもの風景だ。ロザリーはふう、と息を吐き、テーブルの少女の元へと向かった。


「すごい食べっぷりね。あなた、もしかして獣人(アニマ)?」

「うん。ムジカ、獣王だゾ! えっへん」

「獣王……それは本当か!」


 獣王と聞いて、ディーヴァが駆け寄る。その中に眠るカオスを見定め、納得したようにロザリーに説明した。


「この子は獣人、アニマの勇者のようだ。つまりはマレフィカでその資質も高い」

「獣人のマレフィカ!? でもなんでそんな子がここに……」

「ああ、かつて獣人はこの地を追いやられ、その全てがジャイーラで暮らしているはずだ。人間と亜人は互いに不可侵とする(おきて)が結ばれている」


 それは十年ほど前に、ガーディアナによって締結された条約。

 人間による世界を作り上げるために、彼らは亜人達を粛正(しゅくせい)した。魔王の時代、手を取り合って共に戦い、人類に多大な貢献をしてくれたというのにもかかわらず、いざ平和になると魔物と変わらぬ扱いである。

 しかし時の獣王は人間に牙を向けることもなく、迫害される亜人達を引き連れ、アバドンを越えた先にある人類未到の地ジャイーラ大陸への大移動を指揮した。その際に、獣王は命を落としたはずであった。


「アバドンにおいて獣王ミノスは偉大な英雄として語られている。その身を犠牲に亜人達を救ったのだ。獣王の墓もアバドンにある。今では死の風が吹いて立ち寄ることも出来ないが」


 その言葉に、ムジカは低いうなり声を上げた。


「あばどん、行った。でも、とーちゃん、会えなかった……。とーちゃん、何も悪いことしてないのに、ニンゲン、とーちゃんを殺した」

「そんな、また、ガーディアナが……」


 パメラがつぶやく。この子が獣王の娘であると理解したロザリーは、かける言葉も見つからずパメラを抱き寄せた。ガーディアナの行いを聞き、身を固くしていたからだ。


「がーでぃあな! そうダ、そいつらだ!」


 ムジカはさらに吠えた。そして人間達を見回して叫ぶ。


「とーちゃん、殺したのダレだ! ムジカ、そいつをやっつけにここまで来た! いるなら出てこい!」


 会場はしん、と静まりかえる。見ると、彼女の髪や体毛は逆立っていた。さらにはその体がみるみる野生の獣のように変貌していく。アニマの特性、獣化(アニマライズ)である。さらに背負っていた超重量級の石のハンマーを片手で持ち上げ、こちらを威嚇(いかく)しはじめた。


「う……ん。あたいは……、そうか、あの料理を食べて……。そうだ、勝負はどうなった!?」


 騒ぎの中、リュカが頭を抱えながら起き上がる。


「それどころじゃないわ! あの子、急に凶暴になって……」


 ロザリーが叫ぶ。マコトの料理を食べその恐ろしさを知るリュカは、いち早く彼女に起きた異変に気づいた。


「そうか……みんな、その子は今、悪い気に操られてるんだ!」


 唐突にそう叫ぶリュカを、皆素っ頓狂な顔で見つめる。まだ寝ぼけているのだろうと言った顔である。


「だから、お腹の中に悪い虫がいるんだよ! 怒ったとき、腹の虫がおさまらないって言うだろ! 食は気の流れの源。あんな料理を食べたら、誰だって気の乱れが生じる! いや、それだけじゃない。うっすらと、魔素も取り込んだはずだ。魔王になったマコトから漏れ出す悪い気が、料理に入り込んだんだ!」


 突拍子もないリュカ理論であったが、一応の理屈は通る。皆、全ての元凶であるマコトの方を見つめた。


「そんな、人をばい菌みたいに言わないでよー!」

「そうです! マコトはこっちに来て一時期水虫になったくらいで、綺麗なものです!」

「アンジェ!」


「ウウウ……ウガガ」


 ムジカはすっかり我を失い、オレンジの体毛を逆立てた獅子のような、いや熊のような、見上げるほど巨大な獣の姿と化していた。もはや言葉も通じそうにない。


「ムジカちゃん……」


 サクラコとイブは変わり果てた彼女を見て、ただ、恐怖した。あの陽気な面影は見る影もない。全ての獣がひれ伏すという、獣王。その迫力に、イブはすっかり尻尾をお腹へと隠していた。


「グオオオオ……!」


 どうする、ロザリー。どうする、マレフィカのみんな。

 ニンゲンへの恨み、食べ物の恨み、復讐に燃える大自然が今怒りの牙を剥く!


―次回予告―

 やめて下さい! ここでマレフィカの力を使えば、

 獣化で変身しているだけの、あの子まで傷つけてしまいます!

 だからお願い、正気に戻って――!


 第96話「獣王ムジカ」

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