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第15章 復活の魔王 92.ディアナ

 パメラは夢を見ていた。


 膨大な魔力を身に宿し、一時的に魔王すら超える力を放った影響で彼女の精神は無となり、魂のみが自らの根源である深層世界をさまよっていた。聖女として目覚める前、五歳くらいの幼い姿にまで戻り、聖女として過ごした十年間の記憶も混濁している。思い出せるのは、自分がパメラという事くらいである。


 この世界は、いくつもの階層に分かれ様々な顔を見せた。

 表層には、ロザリーと出会ってからの世界が広がっていた。魔女として過ごした時間。あまりにも幸せな景色。ずっとここにとどまっていたい。


 しかし、景色は変わってゆく。賑やかな喧噪のあと、急に静寂が訪れた。その先は深い暗闇。まったく空虚な世界がどこまでも広がる。


 行く先にふと現れる扉。覗いてみると、ある少女の悲劇を垣間見た。少女は教会に捕らえられ、聖女に祭り上げられ、人々に裏切られ、魔女となった。ソフィアの物語である。

 次の扉は、狂気に満ちたものであった。おびただしい数の死体の中で産声をあげた女の子。自らが教皇の妻である事を信じ込まされ、それを奪われる少女の物語。エトランザだ。


 これは魔力ゲートからたくさんのマレフィカの力を貰った事による、力の残滓(ざんし)であろうか。魔女の数だけ悲しい物語があった。パメラは耐えきれなくなり走った。


 ただ、その階層の大部分は、ある一人のマレフィカのものだった。暗く冷たいが、深い愛を感じるそれに、パメラは謎の安堵感を覚える。こちらには姿を見せないが、ずっと見つめられている。それはどこかで見た色の無い瞳。彼女はパメラを導くように、大きな扉を開いた。


 すると次は真っ白な空間へと出る。あらゆる場所に鍵のかかった扉が見えた。それは封じられた記憶。聖女として過ごした記憶が眠る階層である。


 その全ては決して開くことはない。扉には、しっかりとガーディアナの刻印が刻まれていた。王冠と羽根。そして聖人(リュミエール)

 諦めて意識の中を深く深く潜ったが、それでも最深部にはたどり着けなかった。鍵の扉のある白い空間がどこまでも続いているのだ。

 聖女というものでいた時間は、こんなにも空虚であったという事に気づかされる。


 自分とは何なのか。この先に、その答えはあるのだろうか。魔女でも、聖女でもない、人としての自分。もし、何もなかったら……、ただの化け物ではないか……。


 不安の中をしばらく歩いていると、自分以外の魂と出会った。白みがかった、薄ぼんやりとしたその魂は、自分と同じ五歳くらいの少女の姿をしている。


 パメラは、その消え入りそうな魂に語りかけた。


「どうしたの? 迷子になっちゃったの?」

「……うん、おうちがわからないの」


 パメラは、この子のおうちを探してあげる事にした。髪の色は違うが、ふわふわのくせ毛がまるで自分みたいだと思った。


「どうしてこんな所にいるの?」

「どうしてだろ。誰かに、連れてこられたような気がする」


 ここは自分の世界のはず。他の子が迷い込むことなんてあるんだろうか。それもどこか暗い記憶と繋がっている気がして、パメラは考えないようにした。


「じゃあ、一緒にいこ。本当言うと、ちょっと寂しかったの」

「うん!」


 二人はとりとめのない好きなお菓子などの話で盛り上がり、仲良くなった。とても明るくてよく笑う良い子、守ってあげたくなるような……。


「あ、そうだ、お名前、まだ聞いてなかったね」


 小さな魂は、はっきりと言った。


「パメラ」


 その答えに、パメラは困惑する。


「パメラは私だよ? あなたもそうなの?」

「あなたはパメラじゃないよ。そう思い込んでるだけ。あなたにも本当の名前が、きっとあるはず」


 確かに、自分はそんな名前では無かったような気がする。幼い頃、誰かに呼ばれていた名前。大事な記憶のはずなのに、思い出せない。


「私は誰なんだろう……」

「プリンとか?」

「うーん、そうかな、そうかも……」

「じゃあ、キャンディ」

「あっ、近い気がする」


 二人は名前当てクイズをしながら、さらに先へ進んだ。お菓子の名前ばかりが出てきて、お腹が鳴る。名前がない方のパメラはつぶやいた。


「お腹すいた……。ハンバーグが食べたい」

「あっ、それ大好き! ロザリーがいつも作ってくれたんだ」

「えっ、ロザリーは私にも作ってくれるよ」


 ロザリー。ロザリー。二人は争うようにその名前を呼んだ。

 すると、不思議と不安も消えていく。

 きっとそれが、彼女の「おうち」……。そこへ帰る彼女を、パメラは少し羨ましく思う。


 ずいぶんと歩いた。すると、ついに最下層へと辿り着く。いつからか森の中にいた二人だったが、ゆっくりとその景色が開けると、(おごそ)かな教会が二人を迎える。それは、聖誕祭に滞在していたウィンストンの聖堂によく似ていた。


「ここ、覚えてる……」

「じゃあ、ここがあなたのおうちかも。入ってみよう」


 入り口にあたる拝廊(はいろう)を抜け、参拝者の通路である身廊(しんろう)を歩く。中心に近づくにつれて、懐かしい感情が次第に強くなった。さらに、一際(ひときわ)装飾の美しい区画に入ると、自分がそこでいつも聖歌隊と共に歌っていた事を思い出す。


「そうだ、私、ここで誰かに歌ってたんだ」


 聖歌隊席(クワイア)と呼ばれるその先には、聖堂の中心、サンクチュアリが見える。その中央に奉安(ほうあん)された棺を見た時、おぼろげな記憶は確信に変わった。


「ママ……」


 その棺に駆け寄り中を覗くと、神聖なローブに身を包んだ、美しい女性の亡骸が眠っていた。青く、ウェーブのかかった長い髪。優しげな顔立ち。

 棺には、――光の使者エンティアの聖骸(せいがい)――と書かれていた。


(……ィアナ)


 ふと、その女性の声が聞こえた。眠り続けているはずの女性は、確かにこう言った。


「ディアナ」


 パメラは、自分の本当の名を思い出す。この女性(ひと)はいつも自分をこう呼んでいた。


「そうだ、私はディアナ。そして、この人は私の……ママ」


 女性、いや、母との記憶が次々に蘇る。共に口ずさんだ童謡。共に覚えた手遊び。共に読んだ絵本。共に歩んだ庭園の並木道。共に……。


 そう、今の自分は聖女として目覚める前、五歳ほどの時の自我だった。幼少期の記憶はほぼ甦ったが、それ以降は空っぽの操り人形の記憶しかない。母は何故こうして眠っているのだろうか、思い出そうとすると頭が(うず)いた。ガーディアナの刻印に阻まれ、その記憶の扉は開かない。しかし、次第にヒビが入り、一つの固く閉ざされていた扉が開かれる。それが母、エンティアの記憶。


「ママ……。ごめんね……私、ずっと忘れてた……。こんなに大切な事を……」


「ディアナ、良かったね! おうち、みつかって!」


 パメラの喜ぶ声に、ディアナは涙を浮かべる。ここが自分の「おうち」。

 自分は、人としてここで産まれたのだ。化け物なんかじゃなかった。


「いや、お前は人ではない」


 突如、心臓を掴むような冷たい声が響く。

 見上げると、教皇リュミエールがそこにいた。


「ディアナ!」

「えっ!?」


 彼はディアナの胸へとその手を突き立てる。そして、勢いよく引き抜くと、その手にはドクドクと脈動するものが握られていた。血を吹き出し、それでも鼓動をやめない肉の塊。


「うそ……」


 ディアナは目を見開き、自らの胸の穴を見つめた。その傷は次第に塞がってゆき、瞬く間に美しい肌が再形成される。心臓を奪われまだ生きている事の異常性は、幼い彼女にも理解できた。


「久しいな。聖女よ。あれほど人生を共にした私の事を、忘れたとは言わせんぞ」


「は……、はっ……」


 間違いなく、それはリュミエールである。精神世界だというのに、彼は確実に存在し、受肉すらしている。気がおかしくなりそうだった。トラウマなどというものではない。ここまで自分は彼を恐れていたのだと思い知る。


「全を知った。聖誕祭の日に消えた、お前のこれまでを。これはエトランザの手柄だが、この状況を作り出したのもまた、あの女。ふふ、哀れな奴だ」


 無限光を捉え、この場所を突き止めたのか。もはや、彼の力は計り知れないものがある。何が出来ようとおかしくはないのだ。現在、神に最も近い男なのだから。

 彼は棺の前へと移動し、眠る女性をいとおしそうに眺めた。


「ここに眠るは、光の使者エンティア。いにしえの時代、ここアトラスティアに舞い降りた神である。彼女は人々を愛し、導き、賢者を創り上げた。しかし、あろう事か愛欲におぼれ、人との間に子を宿したのだ。つまりお前は、この世界の母たる存在の忘れ形見。ガーディアナの聖女であると共に、半神の巫女、ディアナ=セント=ガーディアナ。現代の新たなる神である!」


 リュミエールは恍惚とした表情で、手の内にある心臓を舐め上げた。

 ディアナは寒気とともに、生命そのものを握られている恐怖に、動くことも出来ない。果ては、自らの出自のあまりの荒唐無稽さに混乱するばかりである。


「私は……人じゃないの……?」


 ゆっくりと頷くリュミエール。そして、次にエンティアの遺体へと手を差し入れ、同じように心臓を抜き出す。


「お前に施した、セフィロティック・アドベント。二つ目のカオスはお前の幼い心臓へと宿った。そう、心へと。私の支配から逃れようと心を殺したお前は、ついにその力を目覚めさせる事はなかった」


 ディアナの幼い心臓は、彼の手の中で、ゆっくりと押し潰されていく。


「あ、あ……」

「パメラ……!?」


 すると、パメラと名乗った少女の、その消え入りそうな体がさらに希薄となった。


「しかし、私と(たもと)を分けてから、小癪(こしゃく)にもこのカオスは輝き出す。生命を与えるその強大な力。まさに聖女にふさわしいものだ。だが……、聖女をたぶらかし、その内で囁いた言葉の数々、捨ては置けん」


 二人はロザリーの事を思い浮かべる。心の声の影響で新しく手に入れた感情。それは、紛れもなく彼女への愛。


「我が神聖なガーディアナにおいて、同性における愛欲は大罪であり原罪。しかるべき処罰を与え、聖女を異端から救わねばならん……!」


 そこで初めて、教皇は静かに激昂した。


「いや……」


 ディアナへと近づく教皇。すると、母であるエンティアの心臓を持つ方の手が、彼女へと再び進入する。


「んっ……!」


「神の一部を得て、聖女はさらなる高みへと昇る。慈しみなど不要。ただ、我が力であればいい」


「だめ……」


 その言葉は、パメラの力の否定。もう一方の手に握られる幼い心臓は、その容赦ない断罪の前に、張り裂けんばかりの悲鳴を上げていた。


「だめええっ!!」


 聖域が鮮血に染まる。

 肉は破裂し、おびただしい血液が全てを濡らした。教皇はただ、聖者のように微笑む。


「罪には罰を……」


 崩れ落ちるパメラ。

 ディアナはパメラへと駆け寄り、抱きしめた。その腕の中で、彼女の姿は徐々に消えていく。


「いや、行っちゃだめ!」

「聖女様……、ごめんね……、私、おうちに帰れないみたい……」


 そして、バイバイと小さく手を振る。パメラは天に召されるように、空へと浮かんだ。


「まって、置いていかないで! 私は空っぽなの! 私だけじゃどうしていいか分からない!」

「ディアナ、今までごめんね。わたしはあなたを利用した。でも、わたし、あの人の近くにいられて幸せだったよ。だから、わたしの分も……たくさんあの人に甘えておいで」


 パメラのいうあの人、ロザリー。それは、二人で愛した人。


 最初にロザリーに出会った時から自分の中で目覚めた魔女、パメラ=リリウム。この、ロザリーに対する郷愁の様な愛情は、もともと彼女のものであった。

 しかし、今は違う。はっきりと、自らの心にも淡い愛情が確かに生まれていた。だがそれを見ないふりして、ディアナはパメラに向けて手を伸ばす。


「行っちゃダメ! ロザリーはあなたが好きなの! 愛されるべきなのは、私じゃなくてあなたなんだよ!」


 最後の別れに交す、初めての告白。だが、何を伝えればいいのか、うまく言葉に出来ない。自分は、彼女の愛情を横取りしただけに過ぎないと、どこか感じていた後ろめたさを打ち明ける。


「違うよ。わたしには分かる。あの人が好きなのは、あなた。わたしはもう、いてはいけないの」


 パメラは最後に笑った。最愛の人が幸せであれば、それでいいと。


「だめぇえええ!!」


 その魂が消滅する寸前、ディアナは自身のカオスを顕現させる。

 現れた漆黒の天使、リゲル。原初のカオスであるそれは、悠然と翼を広げた。

 教皇は今まで感じた事もないほどの力を放つ聖女を、ただ見つめる。


「これは……」


「いつも、見ていた。あなたは、私よりも先に……あの人を見ていた。何度もあの人を救ってくれた。そして、私にあの人を教えてくれた! だから……!」


 漆黒の両手は、消え入りそうなパメラの魂を包み込み、その中へと取り込んだ。


「これで、これからも……ずっと、一緒。もう、迷子になんてさせない!」


 輝くばかりの光の中、リゲルは漆黒のその半身を純白に塗り変えた。さらに、二対の腕、足、そして翼を生やし、新しい姿へと自らを造り替える。パメラのカオス、純白の天使ベテルギウスと同化し、まったく新しいカオス、熾天使オリオンへと姿を変えたのである。


「だから、二人で、愛していこう……」


 二人の魂は融合した。ディアナであり、パメラである魂は、新しい力が沸き上がるのを感じた。聖女ディアナの浄化能力、少女パメラの再生能力は本来の力を超えて彼女に備わる。それを可能としたのは、神である母の心臓。母から娘への、最後の贈り物。


「カオスの結合(コンステレーション)……。ふふ、ふはは……見事だ、聖女、さすがは私の……!」


 教皇は嬉々としてそう叫ぶと、巻き起こった凄まじい力により消滅した。


 パメラの記憶は、ディアナにも共有された。そこには、自分を可愛がってくれたロザリーとの少女時代からの暖かな記憶と、ガーディアナによって命を奪われるまでの冷たい記憶が混在している。

 ただ、ディアナの少女期の記憶、それだけは分からないままであった。今二人を繋ぐものはロザリーだけ。でもそれで充分だった。悲恋など、ないのだから。


「ママ、ありがとう……」


 ディアナは、記憶の底に眠る母に別れを告げ、深層世界から抜け出した。



――――――……



 ふっ、と身体に重みを感じる。

 目が醒めると、すぐ近くにロザリーの顔があった。ベッドの周りには、クライネとソフィアもいた。


「パメラ! 良かった……!」

「ロザリー……」


 パメラは思わずロザリーよりも先に泣き出してしまう。一番見たかった顔がそこにあったからだ。ロザリーもそれを見て涙を流す。思えば、ずいぶん会っていない。焦がれた時間の分だけ、押し寄せる暖かい感情。


「ほらほら、二人して、もう」


 クライネがどこからか取り出したタオルで二人の涙をぬぐう。そして二人の背中を抱くようにしてさすった。


「お姉ちゃん、凄かったよ! マコトの事、助けてくれてありがとう!」


 ソフィアも涙ぐんでそこに抱きついた。一同は塊のようになってベッドの中に沈む。

 すると、ドタドタと駆けてくる音がした。顔を上げると、マコトが心配そうに覗き込でいる。そう、全て、元に戻ったのだ。


「パメラちゃん! わーん!」


 大号泣である。みっともないほど泣きじゃくるので、ソフィアが呆れるように言う。


「魔王の目にも涙……」

「ごめんねえ! えぐ、えぐ」


 辛辣(しんらつ)すぎるソフィアを、めっ、と叱ってパメラは答えた。


「ううん、マコト、あなたが最後まで頑張ったから、魔王は完全に出てこられなかったんだよ。こっちこそ、ありがとう」


 その言葉にしばらくマコトはむせび泣いた。ソフィアは少し反省したのか、マコトをそのまま外へと連れ出す。


「ほら、元気だして。アンジェにお菓子作らせてるからみんなで一緒に食べよ。魔女の家(ヘクセンハウス)っていうんだって」


 なんと二人に気を遣ったのである。あのソフィアが。


「もう、心配はなさそうね。じゃあ、ロザリーさん、後はお好きにー」


 するとクライネも、意味深な言葉を残しウィンクをしながら去って行く。ロザリーは真っ赤になってパメラを見つめた。


「もう……。好き勝手言って」


 静かになった部屋で、二人は向き合った。

 パメラは今まで言えなかった、本当の自分を話す決心をする。


「魔女の……家……、か。ふふ……」

「どうしたの?」


「ロザリー、今まで隠してた事があるの」


「何? 言ってごらん」


 ロザリーは何でも受け入れるつもりでいた。今までも、これからも。


「私ね、自分の事を思い出したの」


「本当に……? 素敵じゃない!」


「私の本当の名前はディアナ……、そして、今まで一緒に旅をしていたのはディアナであり、パメラ。マレフィカ孤児院にいたパメラ=リリウムなの」


「え?」


「聖女であるディアナと、パメラが私の中にはいたの。パメラは、あの日、ガーディアナに殺された訳じゃなくて、聖女の中に取り込まれた。それからずっと、一人で、私の奥底にいたの」


「え……? 嘘……よね?」


 何を言われても動じないつもりでいたロザリーだったが、その表情を強ばらせる。しかし、嘘ではない事は明白である。ローランド戦役に散ったパメラ=リリウム、その名前を彼女が知るはずもないのだ。


「ロザリーに会ったとき、偶然、唇が触れた。それで私の中にいたパメラが目覚めた。ううん、わたしが目覚めた。その時から私は二人になったんだと思う。普段はディアナで、時々パメラになったり。でも、言えなかった。ロザリーが聞いたら悲しむと思って」


「そんな、私は死んだって聞かされてたのよ? 悲しむなんて……。それに、私があなたをパメラって名付けたのはただの気まぐれ……」


 そこまで言うと、ロザリーはかぶりを振った。


「いや、そうじゃない。私は、あなたにパメラを重ねていた、すごく似ていたから……。優しい所も、よく笑う所も、手が掛かる所も、食べるとき、よく口からこぼす所も、そしていつも私の心を癒やしてくれた事も、全部が」


 ロザリーは足をめくり、太ももについた大きな傷跡を見せた。


「私の傷はこの一か所だけ。パメラと別れた時についたもの。あの時は歩ける程度にまでパメラが治してくれたのだけど、跡は消えなかった。いや、忘れないために自分で傷つけて消さなかった。それ以外の傷はパメラが全部治してくれた、そして今はあなたが治してくれている……」


 ロザリーは溢れる涙を抑えきれない。


「思えば……私は、ずっとあなたに守られて、ずっと一緒に、歩んできたのね……」


 それは、パメラも同じであった。ただ、溢れる気持ちのままに、暖かい涙を流す。


「そうだよ。ずっと、私はロザリーを感じてきた。ロザリーは不器用だから、その気持ちを一方的に私に伝えてくるの。でも、わたしの気持ちには気づいてくれない。いや、ずっと隠していたのはわたしだね。これ以上、辛い事を、思い出させたくなかったから」


 ロザリーは笑った。そして、パメラを抱き寄せる。全てを赦されたような、暖かな抱擁。それは、今まで重い責となり、常に心を縛っていた過去を告白する勇気をくれた。


「私ね、ずっとずっと記憶から失くしていた、ママに会ったの」

「ママ……?」

「うん……。でも、目を開いてはくれなかった。私はきっと、ママの死をきっかけに魔女になったんだ。そして、全てを忘れた。だから、愛も、夢も、全部なくしちゃった。ママがくれた大切なもの、それはきっと、絶対に忘れちゃだめなものだったんだ」

「パメラ……」


「ロザリー、ごめんなさい。わたし、あの時、ロザリーのママの事、助けられなかった。だから、ロザリーも大切なものを全部そこに忘れてきた。今だったら分かる。それはこんなにも、悲しい事だったんだね……」

「私こそ、あなたに謝らないといけない。母さんを救えなかったのは、私が力の使い方を間違えたから……。その結果、あなたまでが……」

「それは違うよ! 大切な想い出まで、全部悲しい記憶のままにしちゃだめ! ロザリーのママは、最後にプレゼントしてくれたの。その素敵な力を。そして、わたしは聖女の私と出会えた。そして今、こうして私達はまた出会えた。これが、運命を超えて私達が掴んだ未来。考え方一つで、人は幸せになれるの。……私達は、幸せになっていいの!」


 ロザリーを繋いでいた全ての呪縛が、その時、絆へと変わった。人は失うために生きるのではなく、与えるために生きる。母も、そうして生き抜いたのだと。


「母さんが……繋げてくれたのね……」

「そうだよ。私の想いも、みんなの想いも」


 復讐に生きた中で、ロザリーを支えたもの。ロザリーは、その大きさに改めて気づく。


「……父が爵位(しゃくい)(たまわ)った時、ミドルネームが付いたの。だからね、私の名前にもつけた。ロザリー=エル=フリードリッヒ。このミドルネームはね、リリウムのL。……あなたの事なのよ。……ずっと、想ってたんだから……」


 パメラは、分かってたよ。という顔で、笑った。


「うん、今ならわかる。空っぽになったあなたを、パメラが埋めてたんだね。そして、空っぽだった聖女()も、パメラが埋めてくれた。だから、その代わりに、私はずっと迷子になってたこの子のおうちを見つけてあげるって約束した」


 それは、他の何処でもない。ロザリーのいるこの場所。暖かい魔女の家。


「だから……」


「「ただいま」」


 重なるように微笑む、聖なる魔女がそこにいた。


 ロザリーはパメラを抱きしめた。もう、絶対に離さないと。強く、強く。


―次回予告―

この旅は、いまだ途上。

しかし、時には立ち止まる事も必要である。

今はその傷を癒やし、ひとときの安らぎを。


第93話「夜明け」

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