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第15章 復活の魔王 91.帰還

「あーあ、聖女に力なんてあげなきゃよかったー」


 不満げな声が、砂漠の夕空に響いた。


 その頃ロザリー達と入れ違いに地下を脱出したエトランザ達は、砂に足を取られながら歩いていた。メアの能力(マギア)である遠隔透視を使い、うまくくぐり抜ける事に成功したのだが、我が女帝はどうやらおかんむりの様子である。


「エト、こんなに歩いたことないんだけど! 暑いし!」

「我慢して下さい。クライネに会いたくないとダダをこねたのはエトランザ様です。なので、救援を待たずに脱出したのですが」

「そう、だっけ」

「そうです。せっかくあの人もいたのに……」


 まったく、と、メアは先頭を黙々と歩く。あの人。それは、彼女達の命の恩人。


「ロザリーがいたの?」


 二つ結びの金髪の子、ジュディがメアへと話しかける。


「ああ、多くの仲間と一緒にな」

「そっか、さっすがぁ」


 二人はもとより、そこにいる皆、ロザリーの事を思い浮かべた。気高く、強靱な意志で一人教会に立ち向かった魔女。そんなロザリーが起こした行動がきっかけで、マレフィカとして捕らえられていた彼女達はエトランザに拾われたのであった。


「ふん、それもこれも全部、エトが見逃してあげたからだ。もしあそこで聖女を殺していれば、教皇様はエトですら疑っただろう。あの女、今思えば良い働きをした」

「へへ、強がるねぇ。エト様、ほんとは聖女様の事、好きなんでしょ」


 ツンツン頭のカイの言葉に、エトランザの広い額に青筋が走る。力自慢である彼女にずっとおぶさっているエトランザは、ぎゅっと力一杯、その胸の先端をつねった。


「いでぇ!」

「その無駄にでかい胸、全部抉り取ってやろうか?」

「いひぃ、ごめんなさいっ! だからエト様おぶるの嫌なんだよお」

「頑張りなさいよね、パワー系はあなただけなんだから。それにしても暑いわね……。はいノーラ、おまじない」


 少し後ろを歩くお下げ髪のノーラ。ロザリーが立ち直るきっかけを与えた少女。彼女はロザリーに会いたい一心で、後ろ髪を引かれる思いでいた。日に日に募る恋慕。このまま逢いに行けたらどんなに幸せだろうと、そのことばかりを考えていた。


「ノーラ、何をしている」

「あ、ごめんなさい。みんな涼しくなる、涼しくなる……」

「お前の力、ホントに微妙だな……」


 エトランザは少し吐き捨てるように言った。彼女のおまじないの異能(マギア)。それは、あの日に起きた全てを取り持った力。


「いくぶんか涼しくなったな。お前の力はそういう事に使え、いいな」

「はい、エトランザ様……」


 沈黙の中、カロッ、というメアの舐める飴の音だけが響いた。


「メア、エトにも飴ちょうだい」

「駄目です。また虫歯になります。治療の際にわんわんと泣いていたのは誰でしょう」

「むむむ……」


 一人頭の弱かったメアだったが、ガーデンに預けてからというものずいぶんと変わってしまった。まるで口うるさい姑のようだ。その忠誠心の高さから、エトランザ側近部隊“コキュートス”のリーダーに抜擢したほどである。だが少し、不気味ですらあった。


「ぶるる……ノーラ、寒い。極寒地獄(コキュートス)じゃあるまいし」

「あっ、ごめんなさい! 暖かくなる暖かくなる……」


 そんなこんなで本国ガーディアナに向けての五人の旅が始まった。


 エトランザは、教皇に泣きついてイルミナの人員とマレフィカのさらなる拡充をするつもりでいた。失態続きではあるが、マリア家の息女を無下に扱う事など出来はしないだろうという楽観である。


 しかし本国ガーディアナでは諜報員の報告により、聖女誘拐、暗殺の実行犯として明るみとなったエトランザの宗教裁判が開かれようとしていた。

 宗教裁判とは聞こえがいいが、要は一方的な処刑である。段階を踏まえる事で形式上の法治国家であると示す為だけの……。


「ほら、急ぎなさい! 教皇様がエトを待ってるんだから!」


 エトランザは愛する教皇の事を思い浮かべながら、ガーディアナへの帰還を心待ちにする。その教皇によって処刑されるとも知らずに……。



************



 遠い東の国、イヅモ。

 その日、上空に光を見た青年は共に歩く背の低い少女に声をかけた。


「おや、天界で何か起きてるのかい、クピト」


 クピトと呼ばれた少女は、空を見つめ答える。その背中には、片羽根。そして、半分の天使の輪。後部を刈り上げたショートカットの金髪。無感情の瞳。


「さあ、私には関係ありません。私はあなたを救世主とするために、地上へと降りたのです。あなた以外の一切が関係ない事。そう、あなた以外……」


 青年は困った表情をした。短い黒髪を無造作に前へと流した美青年。その姿は、着流した和服にマコトと同じような救世の具足を纏っている。明るく、気立ての良い性格が表れるかのようなまっすぐな瞳が少女を見つめた。


「相変わらずだね。ああ、僕も必ずあの人みたいな救世主になってみせる。その時まで、よろしく頼むよ」

「はい。それが天使たる私の使命です。タケル様……」


 クピトには分かっていた。あの光は出来の悪い自分の片割れ、アンジェが関係している事を。しかしそれは同時に、いつか自分の障害になるという事も。


(そう、真の救世主はこの御鏡(みかがみ)タケル様ただ一人……。実の姉といえど、害あれば排するまで)


 三年前、エリート天使であるクピトは、かつての救世戦争を戦い抜いたという少年、御鏡タケルの元へと派遣された。天界にとっては彼こそが次の救世主であり、異世界の少女、マコトの存在など気に掛けてはいなかった。いや、魔の復活の原因にもなりかねない存在である魔王の因子を持つマコトは、異世界でそのまま放逐(ほうちく)する事が彼らの思惑でもあったのだ。

 しかし、今回の件で天界はアトラスティアへと渡ってきたマコトの存在を知る事になるだろう。あまつさえ、魔王として復活しかけたという事も。


 ずっと共にこの世界の均衡を守るために戦っている二人にとっては、最大の敵がこの世界へとやって来た事になる。しかも、あの、出来損ないの姉が導くという形で。


「急ぎましょう。早く救世主の(やしろ)へとたどり着かなくては」

「ああ、そこに行けば、僕もあの人のように救世主になれるんだね」

(おっしゃ)る通り……」


 二人はイヅモ国の中心、イヅモ大蛇(たいじゃ)へと歩みを進めていた。この国を混乱させ、救世主の社に巣くう、オロチを討伐するために。


(私の使命は、タケル様を救世主とし、魔王を討ち滅ぼす事)


 クピトはそこで初めて笑った。それこそが、自分の存在する意味であると……。



************



 イルミナ神殿のさらに地下。一切の光も届かぬ空間。

 そこでは、ガーゴイルによって集められた血が降り注いでいた。


 邪教は長い歴史の中で、様々な邪神を崇拝してきた。現在はエトランザ、そしてそのカオス、アルビレオを主としているが、以前、魔王の時代にはある一人の女性こそが(あるじ)であった。

 女帝ミスティリア=マリアロッタ。あらゆる富を手に入れ、あらゆる暴虐の限りを尽くした殺戮の女王。寓話の悪役といえばミスティリアの名が必ずあがるほどの、真の意味での魔女。


 彼女が拷問で殺した多くの者達は、地下深くへと埋葬された。こういった数多(あまた)の呪詛が渦巻く土地に、イルミナ神殿は建てられた。

 だがその圧政も長くは続かず、彼女の最期は民衆の反乱により、自らもギロチンにかけられ首を落とされるというものであった。彼女がギロチン皇女と呼ばれる由縁である。


 その彼女もまた、この地に埋葬され、眠っている。しかし、その魂は魔に堕ちていた。腐敗もせず横たわる(あで)やかな体に血がしたたり落ち、ミスティリアは目覚める。


「ずいぶんと眠っていたらしい。わらわは何故、このような所に……」


 白骨をかき分け、大量の血を浴びながら、ゆっくりと体を起こす。首が()わらない。ミスティリアは大きく曲がった自分の首を90度ほど回すと、乱暴に脊椎にはめ込んだ。


「そうか、魔王が甦ったか」


 生前、崇拝した魔王の力を感じる。しかし、完全なものとはほど遠かった。魔王とは絶対にして唯一の存在。決してこのような甘ったるい力ではない。これでは、あらゆる魔がその力を狙い、食い荒らす事になる。


「動き出す、魔人(イヴィル)どもが……。魔王の力、奪わせはせぬぞ……ククク」


 ミスティリアはかつての自らの手足、イルミナを取り戻し世界を再び魔に染めるため、魔人アスモディアとなり甦るのであった。



************



 光が開け、暗い暗い闇の中にいたマコトは自分を抱きかかえる存在に気付いた。白い空間の中、優しい声が響く。


「マコト、気がつきましたか。アンジェですよ」


 目の前には、この世のものとは思えないほど美しい天使の姿。いや、女神か。


「え、こんな美人知らない!」

「いやぁ、それほどでも~」


 そのク○ヨンしんちゃんのような声に、ああ、アンジェだ、と改めて納得した。でもなんでこんな所に……。自分は確か、邪教団の神殿に……。そして気付いた、自分は何者かの意識に負けてしまった事を。


「マコト、覚えていますか? あなたは魔王となっていたんですよ」


 やっぱり、あれは魔王としての自分だったのだ。何者かではなく、自分そのもの……。


「誰も犠牲にならずに済んだのは奇跡かもしれません。これもみなさんの、パメラさんのおかげです」

「そっか、パメラちゃんが……」


 パメラと相対した事は記憶の断片に残っていた。自分の力と映し鏡のようなあの光は、どこかずっと前から知っていて、とても懐かしいような不思議な気分になる。


「あなたは一度、パメラさんの光によって崩壊しました。私は女神様の力を授かり、エンゲージしたDNAを元にあなたを再構成(リザレクション)したのです」

「えっ、死んだの? 私!」

「いいえ、肉体だけセーブポイントの状態に戻したというか。復元ポイントというか……」

「うん、分かりやすい。ずいぶん私の世界の事勉強したんだね」


 えっへん、と胸を反らすアンジェ。いや、そんな場合じゃないと、マコトは辺りを見回した。


「そうだ、みんなは?」


 アンジェは、重ねるように倒れているパメラとソフィアの元へとマコトを運んだ。


「ソフィアまで……。そうだ、ずっと呼びかけてくれてたのはこの子だったんだね」

「アンジェ、ソフィアを一人にしてしまったから、後で殴られるのです……」

「ごめんね……ソフィア、パメラちゃん」


 マコトは、ソフィアの頬を撫でた。そしてパメラの頬も。


「メリルもシェリルも無事です。クライネさんが助けてくれたんですよ」

「うう、ほんとにごめんなさい」


 うなだれるマコト。人生で初めてやった悪いことが魔王になるという良識のタガも(いちじる)しく外れた行為に、心から落ち込んだ。


「マコト、もう、次はありませんよ」

「うん、分かってる。絶対に負けない」

「いいえ、負けます。これは勝ち負けではなく、そういうものなんです。次、魔王が目覚めたら、パメラさんもアンジェも無理です。今、マコトの中には子供の姿にまで成長した魔王のカオスが眠っています。おそらく次は完全体。これを鎮められるのは、かつての救世主くらいのものです」


 マコトの父、救世主リョウ。けれどすでにその力は自分が受け継いでしまった。


「一つだけ方法があるとすれば、それはマコト、あなたがその救世主の力を超える事です」

「私が、お父さんを……」

「女神様はそのつもりでマコトをこちらに呼んだのです。大丈夫ですよ、アンジェが絶対にマコトを導いて見せます。女神様に選ばれた、導きの天使として」


 いつもとは違う大人アンジェがそう言うと、本当に出来るような気がしてくる。


「がんばる、私、頑張るから!」


 アンジェはマコトの決意に頷いて見せた。


「それでは戻りましょうか、みなさん待っていますよ」

「うん、心配かけちゃったね、戻ろう!」




 ロザリー達捜索隊は、光に包まれ突然現れたマコト達と遭遇した。ロザリーはぐっすりと眠るパメラを抱き上げ、しばらくぶりの再開に目頭を熱くする。


 マコトが全裸である事をティセが指摘すると、マコトはその場にうずくまってしまった。それまでは光に包まれていたため、全然気付かなかったという。捜索隊の男達はしっかりとその裸を目に焼き付けただろう。

 マコトはアンジェに向かってなんで教えてくれなかったのかと怒鳴っていた。アンジェはすっかり元の姿に戻っていたが、気にする事もなくマコトをその片方の翼で隠してあげた。実は魔力を持つ者以外にはその翼は見えないため、マコトはどうどうとその裸を衆目(しゅうもく)に晒し続けている事に気付いてはいない。


 一同は神殿を出た石像の広場で合流し、互いの無事を喜びあった。


「マコト、ごめんなさいなのだ!」


 メリルはテントから飛び出すとマコトに飛びついた。マコトもそんなメリルの頭を撫で、「こっちこそごめんね」と返す。さらに車椅子でクライネに押されながら現れたシェリルに、マコトは泣きながら抱きついた。


「シェリル! わあーっ! ごめんね! 無事で良かったよお!」

「マコト様、シェリルを怒らないの?」

「怒るわけないでしょ、でも、もうおかしくなったりしないでね」

「それはマコトなのだ……」


 全てを終えたクライネは、次々にテントを体内へと仕舞っていた。先ほども彼女が白衣を急に取り出したのを思い出す。マコトはドラ○もんみたい……と少し思ってしまった。


「クライネさん、ありがとうございます! 二人を助けてもらったみたいで」

「いいのよ、私は医者だもの。誰も死なせないわ、あなたが何者であってもね」


 そう笑うと、クライネは再び作業へと戻った。

 そんなやりとりの中、クロウが気まずそうにマコトに布をかける。


「あー、えっと、アンジェちゃん、隠してるつもりなのかな? その羽は」

「はい、おじさんみたいなエッチな人から守っているのです!」

「それ、みんなには見えてないから。俺も天使の知り合いが昔いて、似たような事が……」


 ギャー! とマコトの悲鳴が上がった。アンジェは頭部に手刀を受け、もがき苦しむ。


「よけいな事言うから殴られたでしょー! ほら、お詫びにソフィア持って下さい」

「俺が悪いのか……」

「クロウは昔からデリカシーがないのです。女心が分からないから、今も独り身なのですよ。私から謝ります。このとおり……」


 と、クリスティアにその場を収められた。クロウはどこか納得がいかない顔で、ソフィアを抱きかかえる。


「では皆さん、わがリトル・ローランドへと戻りましょう!」


 クリスティアの号令がかかる。

 世は全て事も無し。

 皆、思い思いに歓談しながら帰路につくことになった。


 ロザリーの背中で、パメラはすやすやと寝息を立てる。


「頑張ったわね……。いまはゆっくりおやすみ……」


 その暖かいぬくもりは、パメラにとって何よりの還るところであった。


―次回予告―

さよなら、と少女は告げた。

いかないで、と少女は答えた。

そう、私達はずっと、二人で一人――。


第92話「ディアナ」

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