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第15章 復活の魔王 90.無限光

 魔王から逃れるため、ソフィアは至聖所の扉を開いた。

 そこではすでに、魔方陣を通して凄まじいまでの魔力がパメラに集まっていた。エトランザが力を振り絞り、とある儀式を完遂させていたのである。


 光の中央に立つパメラは、いままでとはまるで違う出で立ちをしていた。金の装飾が施された聖女のドレスに、白と黒の羽根をその背から伸ばしている。もはや、人なのか神なのかすら分からない次元に、彼女はいた。


「邪教の秘術、魔力ゲート……イデアのマレフィカ共から集めたものだ……。エトの魔力も、全部貴様ににくれて……やる」


 そう満足げに言い残すと、エトランザは力尽きたように倒れた。

 パメラは彼女を見つめ、一言だけつぶやく。


「あとはまかせて」


 魔方陣から光が消え、パメラは自由になる。

 パメラはエトランザをベッドに運び傷口をそっと撫でると、胸に開いていた穴はたちどころに(ふさ)がっていった。ソフィアは吹き飛ばされボロボロのメアとカイを抱き連れ、ベッドに駆け寄る。


「お姉ちゃん! マコトを、マコトを助けて!」

「ソフィア、もう、大丈夫」


 パメラはすがりつくソフィア越しに、マコトの姿を見る。それは、悲しいまでに魔に取り憑かれた姿。おそらく、自分と同じ融合(ユニオン)にまで届いたのであろう。

 おそらくこれで全てが終わる。自分たちが負ければ、世界も……。


「パメラちゃん……あなたモ、敵ナの?」

「敵じゃないよ。だけど、あなたを倒す。マコトを魔王になんてさせない」


 マコトはパメラの中に渦巻く力に、少しだけ顔をしかめた。本能が忌避するほど、対極の力。それは、“原初”での因縁。


「面白イね。救世主でアり魔王。その私に、勝てルト思っテるんダ」


 すでに自ら魔王と名乗るマコトを見て、ソフィアはとたんに悔しくなった。

 こんな時だと言うのに、最後までアンジェは現れなかった。あんなにマコトマコトと頼っておいて、こんなになるまで見捨てるなんて。二人は自分がうらやましくなるくらい仲良しだと思っていたのに。


「アンジェのバカ……」


「バカとはなんですか、バカとは」


 ソフィアの独り言に答えるかのように、場違いな声が響いた。皆、辺りを見回している。どうやら幻聴でもないらしい。


「パメラさん、今から皆さんを違う場所に移動させます。そこで、魔王を封印しましょう」


 それは、紛れもなくアンジェの声。パメラはこくりと頷く。全力を出す事による障害は、この周辺一帯を消滅させてしまうという一点のみ。クライネ達のみならず、ロザリー達がいるはずの集落までも巻き込んでしまうほどの力を今は内包しているのだから。


「アンジェ! ばかぁ! 何してたのぉ! 役立たず! へっぽこ!」


 あらん限りの罵倒(ばとう)をソフィアは叫んだ。こんな最後の最後に、都合良く助けに来るなんて納得がいかない。


「ごめんなさいぃ、アンジェ、一時的に女神様の力を預かるために天界へ行ってました。マコトの異変にもっと早く気付いていたら……アンジェのミスです」

「分かってたんだ……帰ったら殴るから」

「ハイ……。でもみなさんのおかげで何とかなりそうです。それでは……」


 その瞬間、景色は全て真っ白に塗り替えられる。温度も湿度も何の感覚もないその空間には、パメラとマコト、そしてソフィアだけが転送された。


「パメラさん、お願いします。ここなら遠慮はいりません。アンジェが絶対にマコトを連れて帰りますから!」


 アンジェの声は一帯に響かず上空から聞こえた。見上げると、両の肩に大きな翼を生やし、まるで女神のように凛々しく、美しくなったアンジェの姿があった。


「アンジェ、成長したね……」


 それを見たマコトの言葉は、何故か普段のやさしいマコトの声だった。まだ、マコトはいる。アンジェはそう確信した。


「みンな、どうせ死ヌけど」


 再び、不協和音の様な声に戻り、恐ろしい笑みを浮かべる。


「……私は、いつもマコトに叱られてばかりです。でも、マコトを叱るのはこれが初めてですね。悪いことしたらお仕置き、それは、天罰といいます」


 アンジェは女神の力を用い、マコトに神聖魔法を放った。天罰(パニッシュメント)というそれは女神クラスにのみ扱える最上級のものであったが、マコトはそれすらも打ち払う。アンジェのカオス、女神ヴェガの姿が初めて浮かび上がる。つまり、現時点の本気すらも敵わないのだ。


「アンジェ、あなたモ、敵ナの?」

「敵です。魔王なんかに負けたマコトなんて、大っ嫌いです!」


 アンジェの叫びに、マコトは目を見開いた。そして、黒い涙を浮かべる。ソフィアもそれに続く。


「私も嫌い! 魔王なんて嫌い嫌い嫌いっ! 早くマコトから出て行ってよ!」


 ずっと共に旅をした仲間の言葉を受け、マコトは苦しみだした。誰の笑顔もそこにはない。あるのは、悲しみに歪む顔。


「ちがう……。


 私は……、みんなを……。


 笑顔に……」


 一瞬だけ、マコトの精神が魔王に打ち勝った事をアンジェだけが理解した。口癖のように言っていた言葉、それは救世主の力を呼び覚ます魔法の言葉。アンジェは大粒の涙を流しながら叫ぶ。


「パメラさん、今です! ……マコトを、助けてください!!」


 ソフィアも、パメラの背中にしがみついて叫んだ。


「私も全部あげる! お姉ちゃん、マコトをお願い!!」


 力強く頷くパメラ。それに応えるかのように彼女から閃光がほとばしる。


(パメラ、行くよ)


 幾重にも重なる閃光は、やがて何もない白い空間すらも全て飲み込んだ。

 その中において、一点だけ残った黒い波動。

 聖なる洗礼に、もがき苦しむ魔の根源。浄化される幾星霜(いくせいそう)の怨嗟。


 やがてその内部に、光が生まれる。それは、マコトの心の光。


 二つの光は反応し、爆発的な力を生んだ。


 それは無限の光(アイン・ソフ・オウル)。二人の力はどこまでもどこまでも、消える事なく広がり続けた――。



************



 その日、上空に星の爆発のような謎の発光を見たという話は全世界に及んだ。もちろん、ロザリーとティセもその光を見た。

 それがパメラのものであるという確信を覚えた二人は、クリスティアに皆を迎えに行く事を伝える。そして、集落の見張りを買って出たサクラコと負傷者を除いた面々は、急いで地下へと向かった。



 地下通路を抜け、姿を現した邪教の神殿はすでに半壊していた。ロザリー達を出迎えたのは手術を終え、余力のある者にパメラ達の捜索を指示していたクライネであった。


「あなた達……こんな事になってしまって、ごめんなさい」


 クライネが事態を説明する。イレギュラーに次ぐイレギュラーが起きたとはいえ、保護者の立場として何の言い訳もできない。パメラ達は忽然(こつぜん)と消え、離れにあるエトランザが居たと思われる建物にも誰も居なかったのである。


「私にもっと力があれば……!」

「自分を責めないで下さい」


 しかしそれは、クリスティアによって否定された。あなたはよくやってくれたと。人々の目をみれば、どんな行いをしたのか分かると。救出された労働者達は皆、クリスティアの言葉に賛同した。


「あの子達はきっと大丈夫です。まだ、感じるから」


 ロザリーは、胸に手を当てそう言った。クライネはその気遣いに冷静さを取り戻す。


「あなたがロザリーね……、ふふっ、ブラッドさんによく似ているわ」

「えっ、そんなにですか……? よく言われるけど……」

「そっくりだって、アタシ一発で分かったもん」


 そう良いながらティセはロザリーをいつものようにからかう。だがその目はキョロキョロとせわしなかった。


「あ、……でさ、シェリル、いるんだよね?」

「ええ、もう起きているわ。行ってあげて」


 クライネはテントの方を見つめ答えた。ティセはパッと笑顔になる。と、同時に少し困った顔をした。


「アタシ、行ってくる」


 ティセはディーヴァの方を見てそう言うと、テントへと駆けだした。それを見送ったディーヴァは満足げにうなずく。


「クライネ、疲れただろう。戦士には休息も必要だ」


 ディーヴァはクライネを連れ、人のいない所へと消えていく。ほどなくして、彼女のすすり泣く声が聞こえてきた。


「皆、限界だったのですね、私は助けられてばかりで……」


 クリスティアがロザリーに複雑な心境を吐露(とろ)する。


「一つずつ、良い方向に向かっています。それぞれがやれる事をやるしかありません。それに、私はあの時姫の声に助けられたんです。胸を張っていて下さい」

「ありがとう……」


 クリスティアは顔を上げ、クロウと共にアルベスタンにて過酷な労働を強いられてきた人々をねぎらった。皆、一様に解放された喜びを実感し、歓声をあげる。


「パメラ……」


 ロザリーは一人、辺りに広がるパメラの力を感じていた。




 テントでは、メリルとシェリルが横たわっていた。ティセは、視線を落として中へと入る。


「ティセち! やっほー」


 頭に包帯を巻き、すこしやつれたシェリルがティセの訪問を素直に喜んだ。ティセは力なく手をあげ、返事をした。その痛々しい姿に、ティセはまた目を伏せる。


「その、ごめん……アタシ」

「ん? なんであやまるのぉ。ほら、お姉様帰ってきたんだよー」

「シェリル、うるさいぞ、頭に響くから大人しくしていろ」

「はーい」


 あくまでシェリルは普段のシェリルだった。それがたまらなかった。ティセは(せき)を切ったように泣き出した。


「……ごめん、シェリル、ごめんね……!」

「こっちおいで、ティセち」


 言われた通りにティセはシェリルのベッドに腰掛ける。シェリルは起き上がりティセにもたれかかった。


「シェリルはすごく気分がいいの、ずっと頭にあったもやもやも無くなって、今はお姉様の血で生きてる。何か色々あったみたいだけど、覚えて無くて……、あとはマコト様やみんなが帰ってくれば最高なんだけどなぁ」


 シェリルはティセの涙をぬぐい、微笑みかけた。メリルもそれに続ける。


「ティセ、メリルもお前を責める気はない。かつてお前に謝った事があったが、あれはメリル達が悪いことをしたからだ。お前は何も悪いことはしていない。いいな」


 メリルは上を見つめたままそう言うと、背中を向け、か細い声で愚痴りだした。


「メリルはまたマコトに謝らないといけないのだ。うう……シェリルが全部血を持っていったから眠いし……怒る気にもなれないのだ」


 すっかりいじけ虫となったメリル。二人でその様子を笑う。

 それからティセはシェリルが見ていた夢について延々と聞かされた。姉と妹の立場が入れ替わり、メリルを振り回したりソフィアをいじめたりしていたが、マコトに説教されて目が醒めたという話。さっきまでの出来事じゃないか、とメリルは思ったが、夢のままにしておく事にした。


「気分はどう? 二人とも」


 そこにクライネが入ってきた。少し眼が赤いのを隠すように慌てて眼鏡をかける。シェリルの洗脳は度重なる脳改造によるもので、簡単な暗示でもかかってしまう状態であったらしい。どうやったのかは分からないが、それを取り除いてくれたクライネにメリルは尊敬の念を抱いていた。


「問題ないのだ、せんせい」

「せんせー、シェリルも」


 「はいはい」とクライネはニコニコと二人の身の回りの世話を始めた。邪魔になるといけないと思い、ティセはその場を離れる。


「二人とも、元気でね……」


 ティセは思い詰めたように、一人別れを告げる。その言葉は、彼女達に届くことはなかった。




 薄暗くだだ広い地下空間。ロザリーとティセは捜索隊に加わり、エトランザがいたという離れの建物を訪れていた。


「ここからパメラの力を強く感じる。それと色んな力が混ざり合って……何かが起きたんだわ」

「うん、エトランザもね。それに、ヤバイ力も感じる。これがマコトの……」


 ロザリーは、至聖所のベッドに残された書き置きを見つけた。そこにはパメラに宛てたエトランザのものと思われる文章が記されていた。



 ――こんかいはゆるしてやる。

 でもつぎにあったらかくごしておけよ。

 エト、かえるぶんのちからまであげたんだからな。あるいてかえらなきゃいけないんだぞ。

 あと、クライネはもうつれてくるな。あいたくない。

 さいごに、きず、なおしてくれてありがとう。


せいじょへ――



 かきなぐったような字で言いたいことだけ乱雑に書かれたその手紙からは、二人の関係性が一目で(うかが)い知れるようなもどかしさを感じる。ロザリーは、女帝エトランザに対する見方を少し改めた。


「かわいいじゃない」

「そう……かな? まあ、次会ったらアタシが容赦しないけどね」


 少し不満げなティセ。しかし、その瞳には静かな闘志が宿っている。ティセは改めてロザリーに向き直った。


「ロザリー、アタシ、少しお別れするわ」

「えっ!?」


「生まれて初めて本気で修行してみよっかなって思った。パメラ達見届たら、アルテミスに帰ろうと思う」


 突然の告白にロザリーは驚いたが、ティセの事はよく理解している。なんだかんだ言って、一番の親友なのだから。


「ええ、私はいつまでも待っているわ。あなたと共にこれからも歩みたいから」


 その言葉には、ロザリーなりの期待も含まれているとティセは感じ取った。肩を並べて歩くには、このままではいけない。いや、私は何事も一番でなくちゃいけない。


「すぐに戻ってくるって。アタシがいないんじゃ心配だしね、アハハ……」


 空元気を見せるティセを、ロザリーはしっかりと抱きしめた。ティセは驚いてはね除けようとしたが、今回だけはいいか、とそれを受け入れる。


 沈黙の中、二人はしばらく抱き合った。ロザリーもティセも、近いようで遠い、何かよく分からない感情を互いに抱いている事を改めて感じる。

 ティセはこの複雑な感情をずっと考えないようにしてきた。ロザリーには、すでに初めて会った時にどこか心を奪われていたのかもしれない。ずっとこれはマレフィカ特有の、力と力が惹かれ合う現象に過ぎないと言い聞かせてきた。だが、消える事はないこの想い。


「ティセ……?」


 ティセは泣いていた。小さく震えながらロザリーをぎゅっと抱きしめる。パメラの存在によってきっぱりと諦めた想いであったが、別れとなると急に押し寄せるものがあった。


「ばーか、アンタの体臭が目にしみただけよ」


 この気持ちを気づかれまいと、ポン、とティセはロザリーを突き放した。今感情を読まれてはたまらない。


「ティセ……」


 見ると、ロザリーも泣いていた。あ、駄目だ。戻れなくなる。とっさに、ティセはいつもの憎まれ口を叩いた。


「アンタ……、そっち系だから怖いのよ……」

「ふふ、そうね……」


 慌てて二人は離れる。その後、二人は気まずい空気の中パメラ達の帰りを待った。淡い感情の余韻だけを、その場に残しながら。


―次回予告―

世界に広がった無限の光。

人々は空を見上げ、何を思う。

一つの終わりは、始まりでもある――。


第91話「帰還」

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