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第15章 復活の魔王 89.絶望

 至聖所の手前まで来たマコトの前にパメラが立ちはだかる。“原初級”と呼ばれたマレフィカ二人が並び立つ、その空間は異様なまでの静寂につつまれていた。


「二回は言わないよ、マコト。その力はダメ。今すぐに捨てて」

「パメラちゃん、そこをどいて」


 マコトの瞳はすでに色を失い、白と黒が反転している。もう、自分の知るマコトではない。

 パメラは有無を言わさず強制的な手段に出た。光の戒め(コマンドメンツ)にてその力を封じる。エトランザでさえ()(すべ)なく無力化された聖女の力の一つである。ロザリーに対して掛けたときのように、本気を出せばマレフィカの能力を長期間封印する事も可能だ。


「マコト、お願い!!」


 マコトは膝をつく、だが封じるには及ばない。パメラは全力で追い打ちをかける。辺りは更に光に包まれ、キィィンという高周波が可聴(かちょう)範囲を越え、超音波となり建物を揺らした。並みであれば、二度と力を使うことは出来ないであろうほど力を注ぐ。


 光は収まり、術を解いたパメラは肩で息をしていた。だが、目の前にはほぼ変化のないマコトが立っている。同程度の出力で魔の力を放出し、打ち消したのだ。


「セント、ガーディアナの、名の、もとに……!」


 パメラは次に、両の手の甲に聖女である印、聖痕(スティグマータ)を浮かび上がらせ、交差し重ねる事で極大のレーザー光を照射した。この光の滅線は物質的なものにまで作用するため、きっとまともに受ければタダではすまないだろう。しかし、躊躇している場合ではない事は、彼女と対峙している自身が一番よく分かっている。

 だがそれに対し、マコトも応戦する。素早く印を結び、掌で三角を作る。それは、臨・兵・闘・者のような九字といわれるものに似てはいるが、全く異なるものであった。加護を退け、神罰を与える結びである。

 その中央から、凝縮された魔の力が放たれる。轟音を立て二つは相殺し、辺りに飛散する。その衝撃で神殿の一角が崩れ落ちた。


「はあ、はあ……」


 パメラの強大な力は、それ相応の魔力を消費する。これこそがパメラの明確な弱点であった。ここまで渡り合える相手など存在しなかったために、今までは配分を考える必要もなかったのだ。これまでにない疲労がパメラを襲う。だがマコトの方は少しも疲れている様子はなかった。


 再びマコトは型に入る。正拳突きの構えだ。恐ろしいまでの力がその拳に集まっていた。


「それを受けちゃだめー!」


 マコトへと追いすがるソフィアが叫ぶ。

 パメラは咄嗟(とっさ)戦術護霊(パトローナス)を展開した。この先にはエトランザ達がいる。避けるわけにはいかなかった。


「ソフィア、逃げて!」


 全ての現象そのものを無効化し、これまで幾度も仲間達を守ってきた光のバリアは、黒い波動に(はかな)くも破られた。


「う、あ……」


 魔王の力(ダークネスハート)をまともに受け、パメラの脇腹は何もかもが消し飛び、向こう側が直に見えるほどえぐれていた。激痛が絶え間なく襲いかかる。バリアによって勢いが削がれていてもこれほどの威力に、パメラは戦慄した。


「んっ、ぐっ、ふうう……」


 それでもパメラの体は再生を始める。教皇の術、洗礼(バプテスマ)によるものだ。


「魔王、の……力、こんなに」


 かろうじて内臓が再生するも、それ以降は遅々として進まない。何か謎の呪縛によって戒めがかかっているのだろう。教皇の力をもってしても、体の再生が追いつかないほどの強力な弱体化。腹の肉をねじ切られ続けるような激痛に、ただ耐える。パメラは思わず取り乱してしまいそうになりながら、一人の少女の名を呼んだ。


「おねがい、パメラ……力をちょうだい」


 パメラは心の内へと呼びかける。しかし、相変わらず心の声は返ってこない。


(…………!)


(……………………!!)


 いや、叫んでいる。彼女は確かに何かを叫んでいる。

 もしかすると、答えないのではなく、答えられないのではないのか。聖女の力の増大によって、彼女自体が失われつつあるのではないのか。そして、彼女自身がそれを望んでいる。その予感は、前から感じていた。


「そっか……もう……」


 パメラから純白の天使が浮かび上がる。それは、パメラ=リリウムのカオス、ベテルギウス。しかしすでにその体は薄く透明化している。消滅を予感させるまでに。


(せ……じょ……ま、がん……ば……って!!)


 その姿が消える直前、何か暖かい想いだけが胸の内で弾けた。

 献身(ソーテリア)。肉体的、精神的な異常を全て排除し、至福感すら与える、彼女の進化能力(エヴォル・マギア)である。傷は、次第に癒えていく。痛みももうない。

 パメラは優しいその力に包まれながら、彼女の最後の応援に涙を流した。


「ああ……、パメラ……ありがとう……」


 追いついたソフィアは、倒れたパメラにありったけの精霊加護(エンチャント)を与えた。


「お姉ちゃん! 大丈夫!?」

「うん、お姉ちゃんは平気……」


 やっと、お姉ちゃんと呼んでくれた事にパメラは喜びを隠せない。そう、もう一人ではないのだ。見込みのない戦いだったが、姉としてはここで負けるわけにはいかないと、その言葉に再び力をもらう。


 パメラは考えた。自分にはもう一つの人格がある。トランス化した聖女である。

 これは、魔女の第二段階、忘却化(オブリヴィオ)に近い姿。いや、そのものと言って良いかもしれない。自在にそれ(・・)と行き来できるという化け物じみた自分が嫌になるが、こういった時には何よりも頼もしい力である。


 忘却化聖女を解放するべきか、パメラは迷っていた。そうなればおそらく五分か、マコトの中の魔王がまだ不完全であるため、勝機はあるだろう。だがマコトはおろかここにいるみんなの無事を考える事すら出来なくなる。そして、耐えきれなくなった心の声は、きっと永遠に消滅してしまうだろう。

 パメラはその選択を切り捨てた。おそらくマコトも忘却化と同じような状態だろう。だからこそ自分のまま、マコトと向き合う。でなければ、意味がないと思えた。



 パメラとマコト、睨み合いが続く中、背後から魔力を感じた。空間ゲートが開いたのである。-膠着(こうちゃく)した状況に、颯爽と現れたのはエトランザだった。


「やっと力が戻った……。加減しろ、バカ」

「エト……」


 少し震えているが、エトランザは相変わらず憮然(ぶぜん)とした態度でマコトをにらみ返す。


「ねえ、お風呂は入ったの?」

「こんな状況で入れるものか! エトも戦う」

「やっぱり。おしっこくさいと思った……」

「んー! それお前のせいー! あとおしっこついた手で頭なでたの許さないから!」

「んふふ、それだけ元気なら大丈夫だね」


 ソフィアはそんな二人を見て、お互いに心から憎み合っているなどという自分の考えが杞憂だった事に気付く。ソフィアもおそるおそるエトランザに話しかけた。


「エトランザ、覚えてる? 私……、ソフィア」

「ん。……お前、聖女の事はもう許したのか?」

「許すも何もただの逆恨みだし……、今は大好きなお姉ちゃんだから」


 その言葉に、エトランザは少しムッとした顔をした。逆恨み、そしてお姉ちゃん、この言葉が効いたのだろう。


「ふん、別にいいけど。じゃあソフィア、少し時間を稼げ、今から聖女と二人で邪教の儀式を行う。時間を稼ぐだけでいい、くれぐれも無理はするな」

「え、私が!?」

「エトはお前の事……、今でも聖女にふさわしいとおもってる」


 そう言うと、再びゲートを開き至聖所へと空間を繋いだ。態度こそぶっきらぼうだったが、エトランザは顔を赤くしていた。


「エト、顔赤い」

「うるさいうるさーいっ!」


 雑念を振り払い集中してゲートを固定しようとするエトランザを、暗い目が見つめる。


「あなたがエトランザ……」


 マコトはその一瞬の隙を見逃さなかった。冷ややかな目で静かに笑う。


「これで、ハッピーエンドだね」

「なっ……」


 指先から容赦なく放たれた滅線がエトランザの胸を貫く。


「エトっ!」


 パメラはそのままエトランザを抱きかかえ、ゲートが閉じる前に中へと転がり込む。その場にはソフィアとマコトだけが残され、再び静寂が広がった。


「終わったよ。ソフィア、さア、帰ろう」


 マコトはぎこちない笑顔を向けた。ソフィアはそれが信じられない。あの、虫も殺さないような人がやる事じゃない。命の恩人であるマコトに対し、精一杯の言葉を向ける。


「……いくらマコトでも、今のは許さない」


 マコトはどうして? という顔でソフィアを見つめる。


「ソフィア、キョウのゆうしョクは何ガいい? 私が作ルね!」


 マコトの何かがおかしくなった。何がきっかけかは分からない。子供を殺めた事にマコトの自我が耐えられなくなったのか、ソフィアの言葉による影響なのか……。

 ソフィアはこんなマコトを見ていられなかった。黒い涙は涸れ、瞳はすでに真っ赤な血肉のような瞳孔を覗かせている。口は歪に裂け、さらに黒く染まった血管が顔中に浮かび上がる。


「ソうダ、ろざリーさン達も誘っテ……」


 その続きを(さえぎ)るように、何者かがマコトの前に飛び出した。


「よくもエトランザ様を……!」


 メアと名乗ったマレフィカの少女が、その体を回転させながら双刃で斬り込む。まるで目に見えない怒濤の斬撃であるが、かすり傷すらも与えられない。


「おりゃりゃりゃりゃ!」


 続けてその隙にマコトの懐に潜り込んだ長身の少女が腹部に連打を打ち込む。それらも見えない闘気によってマコトにまでは届いてはいない。


「カイ、このまま押し込む」

「オッケイ! ジュディ、援護たのむ!」


 メアとカイの猛攻を後ろからジュディと呼ばれた二つ結びの少女が援護する。全ての指にはめられた指輪から光線が放たれ、次々に襲いかかる。だがそれも全く効果がない。次第に至近距離で戦う二人に変化が現れた。マコトから放たれる高濃度の魔素を浴び、動きが鈍りだしたのだ。


「ノーラ、よろしくねー!」


 ジュディの合図にそれまで三人を見守っていたおさげの少女は、胸に手を当て、おまじないをした。


「二人は元気になる、元気になる、元気になる……」


 その言葉通り、二人の動きに軽快さが戻る。だが二人は払いのけられたマコトの手に触れ、後方へと吹き飛ばされた。


「みんな死なない、死なない、死なない……!」


 さらにノーラのおまじないは続く。ソフィアは息をのんだ。こんな小さな子達まで頑張っているのに、ここで諦めてしまう訳にはいかない。神様はいる。マコトは確かにそう言った。もう全てを神に委ねよう、神様(デネブ)は見てくれているのだから。


「マコト! 元にもどってぇ!!」


 全ての精霊による力の均衡は、彼女にさらなる力を与えた。火を風が。雷を水が。地を光と闇が。互いが互いの属性を支え、増大し、一つの力となる。

 大いなる精霊による七色の破壊光線(ビフレストアーチ)が、ソフィアの絶叫と共に放たれた。それは先ほどシェリルに使おうとしたものとは段違いの威力を見せ、神殿と至聖所を繋ぐ回廊の大部分をマコトもろとも根こそぎ(えぐ)り取った。


 回廊の明かりも消し飛び、暗闇が周囲を包む。土煙の中、ソフィアも少女達も目をこらした。もう、自分達には余力が無い。これでダメなら……と、ただ、息をのむ。


「ひどいなあ……。ソフィア……。やっぱり悪い子、だネ」


 ソフィアは絶望した。

 目の前に広がる闇には、溶け込むようにマコトの姿があった。衣服が消し飛び一糸まとわぬその身体には、隅々まで血管と思われる禍々しい黒い紋様が覆っていた。そして、下腹部には邪教によって付けられた血の紋章が浮かび上がる。まるで、魔王が自らの姿を刻みつけたかのように変質し、角を抱いた悪魔のような形となっている。

 ソフィアはたちまち身を凍りつかせた。それはまるで芸術品のような美を感じさせる姿。いや、もはや神々しさすら放っている。絶対に逆らってはいけない禁忌の存在。それを本能で理解した。


「ひ、ひっ……、ひい……!」

「おしおきガ必要かナ? 決メた、ソフィアの大好キなブラッドさンを、コロすネ」


 もうこれはマコトではない。ソフィアは恐怖に立ちすくむノーラとジュディを連れ、必死に逃げ出した。


「お姉ちゃん! 助けて!!」


 あまりに慈悲のない状況に、ソフィアはただ姉に(すが)る。

 それを見つめる漆黒の瞳は、無感情にゆらゆらと揺らめいていた。


―次回予告―

みんなを笑顔にするとあなたは言った。

でも、あなたは一人泣いている。

だから、私は――。


第90話「無限光」

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