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第15章 復活の魔王 86.胎動

 至聖所へと続く回廊をひた走るマコトとソフィア。

 広々とした開放感のある造りだが、髑髏の蝋燭と不気味な壁画の並ぶ風景がいつまでも続く。しばらく行くと、その先に小さな人影を見つけ二人は立ち止まった。


「メリル!」


 メリルは顔を伏せていた。だが、その手には血に塗れたジャマハダルが握られ、カチカチと小刻みに震えていた。さらに、再びいつかの暗殺服に身を包んでいる。


「メリル、どうしたの? 心配したんだよ!」


 マコトの呼びかけにも返事がない。


「マコト、何があったの?」


 ソフィアの問いかけにも、マコトは答えられなかった。自分が聞きたいくらいなのだから。無言のままの二人を交互に見つめ、ソフィアはある事に気がつく。


「……もしかして、シェリルもここに?」

「え? シェリルがどうして……」


 ソフィアは邪教団にシェリルが捕まってしまった事を話した。連絡役のアンジェもその事は話さなかった。メリルに聞かれると作戦どころではなくなってしまうと思ったのだろう。


「そんな事が……、そうなの? メリル」


 メリルは黙ってうなずいた。そして重い口を開いた。


「ごめん、メリルはみんなを裏切ったのだ。留置所(りゅうちじょ)にあやしい奴らがいて、問い詰めたら邪教団だった。それで、シェリルがここに捕まってるって、みんなをここに連れてくれば助けてやるって」


 メリルの声は消え入りそうなほど力ない。しかし、だんだんと声色に怒りが(にじ)みだす。


「でも嘘だった。シェリルはもう……。……なんで引き返さなかったんだ! ガーゴイルを見ればみんな逃げると思ったのに!」


 やはり一連の罠はメリルの仕業だった。だがそんな事はもうどうでもいい。マコトは叫び返す。


「逃げるわけない! メリルを残してなんていけるわけない! 私は間違ってるのかもしれない。あの石像にもやられかけたし、みんなまで巻き込んじゃって……。でも、嫌なんだよ……。こんなの、いやなんだよぉ……」


 マコトは悲痛な表情で訴えた。シェリルがもう帰ってこないと知り、メリルまで失うのは耐えられなかった。最後は子供じみた表現しか出てこないほど、ショックが大きかった。


「マコト……」


 メリルは分かっていた。こんな奴だから自分達は着いていく事にしたのだと。分かっていたからこそこれから起こる展開に、はらわたが煮えくりかえる思いだった。


「まだやってたの? ……どいてくれる? おねえさま」


 メリルの後ろから見慣れた影が近づいてくる。その声は冷たく、メリルを(した)うものでは無かった。しかし、メリルを姉と呼ぶ声は紛れもなく彼女のもの。


「シェリル! 良かった、生きて……」


 マコトがシェリルに駆け寄ろうとした瞬間、何かが頬をかすめた。手を当てると生暖かい感触。頬は鋭利に切り裂かれ、流血していた。彼女の手には鞭が握られ、それはマコトに向けられている。


「マコト、だめ、あれはシェリルじゃない!」


 ソフィアがマコトの前に出てその身をかばう。すかさずパメラの見よう見まねで覚えたバリアを張った。シェリルの打つ鞭は真空の衝撃波と共に二人を襲う。


「アハハハ! 気持ちいい!」


 即席のバリアは破れ、二人の身体は怒濤(どとう)鞭撃(べんげき)に晒される。シェリルの鞭は魔物の革をなめしたもので、強い弾性と柔軟性を備えている。さらに、表面には無数の突起が返しとなっており、嗜虐(しぎゃく)性を高める作りだ。それをまともに浴び、二人は悲痛な叫び声をあげた。膝をつき、ソフィアをかばうようにしてマコトがそれを受ける。


「シェリル、やめろ……」

「命令しないで、でも、いいわ。おねえさまの頼みなら」


 シェリルは手を休めた。この姉妹は分かっていた。暗殺者としての素質はメリルが上回る。だがそれはシェリルが常に手加減をするためで、体格、魔力共に恵まれたシェリルがその一線を越えた場合、立場は逆転する。


「マコト、シェリルはね、洗脳されてるの……もう、ダメだよ」


 ソフィアが痛みを(こら)え、マコトに訴えかけた。


「私は聖女に選ばれたけど、選ばれなかった子達はガーデンって所に行ったの。ガーデンではマレフィカでいろんな実験してるの。私見たの……脳みそをいじったり……」


 そこまで言うと、ソフィアはこみ上げるものを押さえきれなくなり嘔吐した。


「うう、えぐ、……何で私達ばっかり、こんな目に会うの? 神様はいないの?」


 マコトも同じ気持ちだった。何故、この世界はこんなに(みにく)いのだろう。自分が来た世界では考えられないような出来事ばかり……。

 だがすぐにマコトはその考えを否定した。自分達にもそんな時代があって、やっと今平和を手にしているのだと。争いも魔女狩りも人体実験もほぼ、史実としてあった。そして、それは勇気ある誰かが終わらせたのだ。


「神様は、いるよ。でも、これは自分たちの事なんだから、自分たちで解決するために手を出さないんだ」


 マコトの目はくじけてはいなかった。


「私は言ったんだ。二人を更正させるって。どんな事があっても、諦めるわけにはいかないんだ!」


 そう言うと、マコトは立ち上がる。


「マコト……メリルは、シェリルと生きる。こうなったからには、もう敵だ。手加減なんてしないぞ」

「メリルはやさしいね。手加減するなって事だよね。分かってる」


 ソフィアも、マコトの言葉の意味を噛みしめ、力に変える。


「私も、絶対お姉ちゃんの所に行く……!」

「ソフィア、エトランザ様には近づけさせないから。死んでね」


 ソフィアにはシェリルが相対した。

 ソフィアは大地のエレメントに呼びかけ、マコトの身体に大地の加護(プロテクション)(ほどこ)した。そして自分には風の加護(ミラージュ)を纏わせる。シェリルの鞭撃は、ソフィアの体わずかギリギリの所で流れを変え、()れていく。


「さっきのお返し! いったかったんだからね!」


 ソフィアは雷撃を放った。発生と同時に着弾するそれは、シェリルを容赦なく撃った。それを一身に受けたシェリルだったが、あまり効果がない。それどころか、少し色めき立っている。


「ふう……、シェリルにビリビリは効かないわ。ガーデンでシェリルいろんな事されたから。アレに直接なんて事もね」


 シェリルは鞭をしまい、呪術での戦闘に切り替える。


「あなた、シェリルと同じくらい美人だから嫌い」

「30点って言ったくせに……」


 ソフィアも負けじと闇のエレメントに語りかけた。意地の張り合いである。

 かつてロザリーも苦しめた精神攻撃がソフィアを襲うが、闇と一体化したソフィアにそれは届かなかった。さらに光すら一切を飲み込む漆黒の穴をシェリルの足下に生み出す。シェリルの足は粘液のような闇に掴まれ、身動きが取れない。


「ありがとう、闇の精霊さん」


 つい最近気付いた事だが、これまで無意識に放つ属性がことごとく闇であった事からも分かるように、闇こそが全てのエレメントでソフィアと最も相性の良い属性であった。

 それまでは聖女に対抗するため光に意識を向けていたのだが、パメラと解り合えたことで自分と向き合うことが出来るようになり、素直に闇と対話するようになった。闇はソフィアを主と認め、手足のように主人を助けるまでとなったのである。


 次第にソフィアはシェリルをも圧倒し、彼女の体を闇で包み込んだ。


 ソフィアは全ての精霊を呼び出し、それぞれを混ぜ合わせる。そこから魔力のほとばしりが生まれ、虹色の光が溢れ出した。成長した彼女は、全精霊を同時に使役する事まで出来るようになっていたのだ。ソフィアをあくまで下に見ていたシェリルは驚きを隠せない。


「ごめん。シェリル、私は嫌いじゃなかったよ」


 洗脳の恐ろしさは分かる。何人も凶暴化または廃人化したマレフィカを見てきた。救いなどない。もうシェリルは以前の彼女ではないのだ。

 虹色の光は、今にも放たれんとその輝きを増す。


「ソフィアたん……助けて」


 突然シェリルの様子が変わった。怯えた顔、以前の声色、以前の呼び方でソフィアに許しを請う。ソフィアは、一緒に旅をしたこれまでを思い出しトドメをためらった。特に、初めて出会った時の情事が頭によぎる。操られていたとはいえ確かに、あの瞬間二人は愛し合ったのだ。

 あれから密かに情欲を覚えたソフィア。しかし、シェリルはマコトによって無垢な少女へと変わった。一方的に愛したロザリーにも拒まれ、この後ろ暗い感情は一体誰と満たせばいいのだろう。そんな事を思っていた時に、かつての扇情的な表情(かお)を取り戻したシェリルと再会した。もしかしたら……。


 絶対に罠だ。そう確信していても結局ソフィアは撃てなかった。ただ、その潤んだ瞳を見つめる。かすかな欲望を乗せて。


「ありがとう。10点ソフィア」


 ニヤリと口角が上がる。

 しまった、と我に返った時にはすでに遅く、瞬く間にシェリルの術中へとはまった。


 魅了(テンプテーション)。シェリルのカオス、ボルクスの能力(マギア)。その瞳を見たものを虜とするが、シェリルが追い込まれ生命の危険を感じなければ真の力を貸してはくれないという、きまぐれな性質を持っている。

 巨大な一つの目玉を持つ、軟体動物のような魔物が触手と共にうねうねと(うごめ)いている。これが、シェリルの幻像(スペクトル)であろう。


 闇の拘束は解かれ、シェリルはソフィアに近づく。ソフィアはその瞳から目を離すことが出来ない。二人は至近距離で見つめ合った。


「あ、……ん」


 シェリルはソフィアと唇を重ねた。熱い吐息をからませ、思う存分ソフィアの熱を味わう。得体の知れない何かが押し寄せ、ソフィアはその場であの日以来の高揚感を覚えた。


「んっ、ふううっ……!」

「んはぁ、やっぱりかわいい……0点ソフィアたん」


 シェリルはその場に腰を下ろし、メリルとマコトの戦いを眺めながらソフィアを弄んだ。


「はい、良い子でちゅねぇ。おっぱいほしいでちゅかぁ?」

「はわぁ……おむね、おむね」


 幼児退行を起こしたかのように朦朧としたソフィアは、そんな冗談を真に受け彼女の胸へと頬を寄せた。ティセと共に子守をした記憶だろうか、シェリルの母性本能は幼いソフィアを激しく求めた。


「ふぁ……。お姉様、そして、ソフィアもこれで私のもの……。ふふっ、ふふふ……」



 一方、その淫靡な視線が見つめる先。マコトは不思議と堅固になった体で、メリルと善戦していた。


「相変わらずやり辛いのだ! メリルの攻撃が全部受け流される……。それでも(ジャマハダル)の先端は触れているはずなのに傷一つ付けられない」

「メリル、さっきからおしゃべりだね」


 メリルの見せた隙にマコトが掌打をたたき込む。腹を打たれ悶える所さらに腕をねじり上げ、勢いを付けて振り下ろす。するとその場でメリルの体が数回回転し、顔面から床に打ち付けられた。


「おごぉ……!」


 メリルは逃げるようにマコトから離れる。そう言えば、マコトとは何度か戦ったが一度も勝てたことがない。鼻血が止まらない。震えも止まらない。このメリル様が。


「本気出してないでしょ」

「いや、本気なのだ……マコト……強いのだ……」


 救世主の力。それは心の力。本人には自覚がないが、強い覚悟を伴う時マコトの戦闘能力は飛躍的に底上げされる。ここ一番で無敵を誇る(たぐ)(まれ)な能力に、メリルは手も足も出ずにいた。


「シェリル、こうなったら二人で戦うぞ!」


 本来、双蛇である双子は、二人で一つ。救世主に勝つには全力で挑むほかない。


「ふふ、三人で、ね」

「はあい……」


 マコトの前には、メリル、シェリル、そして上気(じょうき)だった虚ろな瞳のソフィアが立ちはだかった。


「シェリル……力を使ったのか」

「ヤキモチ? おねえさまじゃ頼りないんだもん」


 そうはっきりと言われ、メリルは今にも泣き出しそうな顔をした。


「マコト、ごめん、本当は本気じゃなかった。でも、ここからは本気だ……!」


 メリルはマコトに飛びかかった。さすがのマコトも全力のメリルを目で追うことが出来ず、あっさりと懐に入られてしまう。メリルはマコトの頭を掴み、その目を食い入るように覗き込んだ。たちどころにマコトの全身に見も毛もよだつほどの悪寒が走る。


 恐怖(フィアー)。メリルのカオス、カストルの能力(マギア)。その瞳を見たものを恐怖で征服する。双子なだけあり、二人の力は似通っている。ただ、こちらは激情に身を委ねなければ使えないという制約があった。

 棘を生やした不気味な馬がマコトを巨大な一つ目で見つめている。メリルの幻像(スペクトル)である。


 フーッ、フーッとメリルは荒く息を吐き、怒りをコントロールする。


「初めからこうしていれば、マコトもソフィアもこちらに引き込めたのだ。シェリル、エトランザ様の所へ戻るぞ」

「お姉様、命令しないで。それに、マコトはまだ戦うつもりよ」


 マコトは全身を震わせながらも構えを解いていなかった。己の中にある何かが、恐怖に屈しなかった。メリルを見つめる度、マコトは戦意を失っていく。だが、その構えは決して崩さなかった。


「おねえさまなんて怖くないって、アハハ」


 メリルは再びマコトに斬りかかった。だがその全ては寸前でかわされる。ここまで弱体化させても、傷一つ付けることが出来ない。マコトに対しメリルは逆に恐怖を覚えた。

 そこにシェリルの鞭が加わる。二人のコンビネーションは阿吽の呼吸をみせ、マコトを追い詰める。


「ソフィア、援護を!」


 更にソフィアによる闇が、マコトの体にへばりついた。とうとうマコトは二人の猛攻の餌食となる。プロテクションもすでに解け、かすかに届いた傷からじわりと血がにじむ。


「私は」


 救世主の力が次第に弱まる。マコトの意思はすでに打ちのめされていた。仲間にこうまでされ、信じるという心に大きくヒビが入り始めていた。


「わたしは……」


 勢いを増しエスカレートしていくシェリルの攻撃に、メリルはマコトをかばうように覆い被さる。


「ウフフ……」

「もういい! 二人とも、メリル達の勝ちだ」


 シェリルは攻撃をやめない。容赦のない鞭撃がメリルの肉を抉る。


「アハハハハ!」

「ぐあああ!!」


 その叫びを間近で聞き、マコトの中で何かがはじけた。


「…………メリル、ごめんね。シェリルを助けられなくて。ごめん」


 マコトは黒い涙を流していた。再びマコトから恐ろしいまでの力が沸き上がる。


「何を……言っているのだ」


 何が起きたのか理解できずにいたメリルは、マコトの放つ衝撃波に勢いよくはじかれ、壁に激突した。気絶する寸前にに見た光景は、マコトの膨れあがった黒い力がシェリルを貫いた瞬間であった。


「シェ、リル……」


 シェリルは絶叫と共に吹き飛んだ。全身がバラバラに砕けてしまうような痛みが途切れることなく押し寄せる。百メートルほど先で頭から地面に落ちた。血が止めどなく流れ、激痛の中、気を失うことも出来ない。


「……痛い、いたい、いたい……、死にたい、死にたいよお……」


 マコトの奥義、救世主の力を(もっ)てどんな敵をも命を奪わずに倒す正拳、ジャスティスハート。

 しかしシェリルに放ったのは、その力を反転させたもの。あらゆる苦痛の果てに相手を滅ぼす邪拳、ダークネスハート。魔王の力は絶望を糧に力と変える。マコトは魔王の力を無意識下で覚醒させようとしていた。


「マコト……?」


 マギアが解け正気を取り戻したソフィアは、ゆっくりとシェリルに歩み寄るマコトを見つめ、異変に気付く。


「これって、もしかして……アンジェ! アンジェ、早く来て!!」


 マコトの目付役のアンジェには、魔王の覚醒を抑える力が女神サイファーから託されている。ソフィアは、三人で旅をしていた頃に彼女がそんな話をしていた事を思い出した。


 マコトはシェリルに追いつき、それを眼下に見据える。するとシェリルの悲痛な懇願(こんがん)を聞いた。


「マコトさ、ま……、殺して……」


 マコトはその言葉に動きを止める。


「シェリルは悪い子です……、お姉様にまで手を出しちゃった。ソフィアの事も汚しちゃった。でも、頭が言うことをきかないの、自分がわからないの、グチャグチャに頭がかき回されて、こんなの、死んだ方がマシ……。マコト様、お願い……」


 マコトから黒い涙がこぼれ落ちる。こんな事、望んではいない。こんなの私の大好きなハッピーエンドじゃない。どこにも笑顔なんてない。さらなる絶望が、マコトを蝕んだ。


「わあああああ!!」


 マコトの中のカオス、ゾディアック。

 救世戦争の際、“魔王”の魂だったものは前救世主によって封印され、胎児の状態でマコトの中に眠っていた。それが今、マコトの魂と融合し、赤子の姿にまで成長する。再び元の姿まで復元した時、この世界は魔に塗り替えられるだろう。


 “魔王マコト”の手によって――。


―次回予告―

聖と邪。決して交わらない二つの魂。

二人を同じくするもの、それは愛と愛。

全ては愛であるなら、きっと赦しは訪れる――。


第87話「エトランザ」

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