表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
125/214

第15章 復活の魔王 85.マリアの血

 マコト達は邪教徒に連れられるまま、一人一人別々の部屋で身体を清めるための行水をさせられた。


 教徒が複数見ている中、マコトは体についた血を洗い流す。血の跡から現れるみずみずしい肌。

 こんな事、初めての経験である。父と最後にお風呂に入ったのは小学校の高学年の頃であろうか、胸が膨らみ始め急に恥ずかしくなった時の事を思い出した。今は、すでに自分で言うのも恥ずかしい程にそれは膨らみきってしまって、背の低い自分に不釣り合いなアンバランスなスタイルはちょっとしたコンプレックスになっている。トランジスタグラマー、というのであろうか。なのでアンジェやシェリルなどの高身長をいつもうらやましく思ってしまうのだ。


 羞恥(しゅうち)を紛らわせるために色々と考えていたマコトだったが、ふとメリルの事が再び頭に浮かんだ。疑いたくはなかったが、この状況にはいくつもおかしな点がある。


 脱出経路は全てメリルに任せていたのだが、わざわざ地下を選んだ事。この建物が伏せられた細工をしてある地図を持ってきたのもメリルであり、偵察にも行ったまま帰ってもこなかった。それに今思えば悪魔の像は血液で動く仕掛けがしてあったのだろう、見張り達は像に大量に血が流れる殺し方がなされていた。昨日からどこか様子がおかしかった点も気にかかる。


 しかし、何か理由があるはずだ。マコトはすでに男達の視線など気にもとめず、用意された黒ずくめのフードがついた教徒用の礼服に袖を通した。


「えっ、ちょっと、何……?」


 服を着終わる前にマコトは突然近づいてきた邪教徒から、下腹部へと(べに)にてMのような、ある紋様を描き加えられた。生暖かいそれは、またも血であろうか。いや、少し生臭いがまさか……。


「アルビレオ様の祝福を授ける。この紋様は子宮をあらわす。ここより出づる聖なる血にて、己が神のゆりかごを持つ選ばれし子だと強く自覚するのだ」


 邪教徒には女性も多かった。少し複雑ではあるが、今は受け入れるしかない。




 マコト達が次に通されたのは、聖堂のような広い部屋であった。スモークが炊かれ、レクイエムのような音楽が流れている。アンジェ、ソフィア、クライネも同じ服に着替え合流した。だが、パメラの姿はない。


「君たちはマレフィカの客人だ。手厚く歓迎しよう」


 先ほどの神官が聖堂の奥から姿を現した。初老の男性で、やせ細ってさえいる。しかし、目の奥にギラギラとした何かを感じた。マコトはなんとなくではあるが、彼の(カルマ)のようなものが、ただ事ではない行為の積み重なりの上に成り立っていると見抜く。


「身を清め、神聖文字をその身に刻んだ事で、君たちは我々の同胞(はらから)となった。普通は足を踏み入れる事など出来ないイルミナの聖地へと招き入れた事からも、我々に敵意がないという事を理解してもらいたい」


 よく喋る男である。ペテン師の手口にも似たそれは、疑問を挟む余地を与えない。神官は未だソフィアやクライネから感じる敵意に気づき、なるほどと話題を変えた。


「そこのお二人はどうも聖女様が気になるようだ。聖女様はこの奥、イルミナの儀式を執り行う至聖所(しせいじょ)へとお連れした。そこで今は眠っておられるアルビレオ様と、対面していただくつもりだ」


 その言葉にクライネが反応し、小声でつぶやく。


「アルビレオというのはエトランザの邪教での名前。二人を会わせてはいけない……」


 ソフィアの手がマコトの袖を掴む。この子なりの助けてというサインだ。その手を握り返し、「大丈夫」とつぶやく。マコトは逃げられない状況の中、事態を好転させるチャンスを待った。


 神官が辺りを一瞥(いちべつ)すると、教徒達の祈祷(きとう)が始まる。そしてひとつ咳払いをし、話し始めた。


「君達に我がイルミナの教えについて教示しておこう。我らは一般には邪教と呼ばれているが、実はそうではない。ガーディアナが光とするならイルミナは影。元来、同一のものである。神の力を以て人を導くのか、悪魔の力を以て人を導くのかという違いはあるものの、どちらも人間による人間のための世界を永劫(えいごう)にもたらすための教えなのだ。この世界は、神の支配する時代から魔王の支配する時代を経て、今、ヒトが支配している。だがやがて、それも終わりは来る。その時のために我々は強大な力を得る必要があるのだ」


「アブナイ人達です。マコトの力に気付いているのでしょうか……気をつけて下さい」


 アンジェが警告する。この世界は長らく魔王に支配されてきたとマコトは聞いている。その魔王は自分の中にいるのだが、邪教にもしそれが知られると血眼(ちまなこ)になってそれを利用しようとするだろう。そんな事になれば、この旅の全てが終わってしまう。


「つまり、悪魔の力を持つマレフィカを我々は信奉している。ガーディアナはマレフィカを捕らえ、監禁、果ては処刑していると言ってはいるが、実際は我々が保護しているのだ。君達もきっとアルビレオ様に気に入って貰えるだろう。安心したまえ」


 神官は、語気を弱め改めて敵意が無い事を示す。


 その時、マコトは軽い酩酊(めいてい)感を覚えた。この部屋に漂う甘い香り、神官の言葉、教徒達の祈祷。それらは全て、洗脳のプロセスであった。皆を見ると、隣にいたソフィアも同様にうっとりした表情でどこかを見つめている。


 後一押しだ。これまで幾度となく成功した一連の洗脳行為。神官は、この状況下で彼女達が逆らえるはずもないとたかをくくっていた。


 ……クライネが喋り出すまでは。


「はいストップ! リスントゥミー!」


 クライネは少し大げさに手を広げて皆の前へと躍り出た。彼女の礼服は胸元まではだけ、いつもの白衣もメガネもポニーテールもしていない彼女はブロンドの髪を無造作に流し、淫靡なまでの姿を見せた。


「ちょっとお姉さん我慢ならない。その頭に詰まったクソの塊をこの場でぶちまけられたいのかしらね、このドブ臭のゴミクズは。……反吐が出る!」


 皆、これには唖然とした。マコトは急に我に返りクライネを見つめる。ソフィア達もすっかり酔いが醒めたようだ。


「保護している? そうね、全てを奪って洗脳し、殺しの機械にして使いものにならなくなれば(なぐさ)み者にされ果ては石像にまでファックされ人生を終える事を保護というのなら、私はそれを超える地獄をお前達に与えてあげるわ!」


 クライネのただならぬ迫力に、壁際で整列していた教徒達が慌てて神官の前を取り巻く。


「何者だ……貴様……」


 クライネはどこに隠していたのか、掌からゆうに一メートルほどもある巨大な注射器を取り出した。中から毒々しい液体が覗く。


「ショータイム……!」


 クライネは舌なめずりをした。そしてマコトへとウィンクをする。そこで初めて、この人は過剰に演じる事で非現実感を与え、自分達を洗脳から助け出してくれたのだと理解した。


「地獄に送る前に教えてあげる。私はガーディアナの使徒、クライネ=マリアデル。知らなかったでしょう、うふふ、当然よね! だって誰にも教えてないんだもの! アハハハ!」


 使徒という言葉を聞いて教徒達ははっきりと憔悴(しょうすい)した。そして、エトランザと同格のマリアの一族であるという、知る者にとっては最悪の相手。神官は絶望に襲われる。


「さあ、あなた達は奥へ、あの子を……パメラを助けてあげて、お願い。それとあなた、アンジェちゃん、残って。人質を助けるわ」

「は、はひ~!」


 アンジェは恐ろしくも頼もしいクライネのそばにひっついた。自分のせいで捕まった人々を救出できるのは願ってもいない事である。そんな機会を用意してくれたクライネに、どこか女神サイファーの面影を重ねる。その笑顔の奥に、隠された狂気を感じる所も……。


 クライネは両腕を広げ、瞬時に白衣のコートを(まと)った。内側にはびっしりと刃物や(はさみ)のようなものが見える。次に、取り出した刃物を指に挟むようにして同時に投げると、それらはすべて教徒達の大腿に突き刺さった。男達は(うめ)きながらその場でうずくまる。


 マコトとソフィアはその隙に奥の部屋へと移動する。それを見届けたクライネは、アンジェに少し離れるように(うなが)した。


「ここからはオペラツィオン。乱暴(ゲバルティッヒ)で教育によくないから……目をつぶっててね。ふふふふふ」


 その笑顔は、捕食者の笑み。あらゆる感情を(はら)んだ、夢に見そうなほどに恐ろしい笑顔。


(怖い怖い怖い怖い怖い!)


 アンジェは豹変(ひょうへん)したクライネから離れ、惨劇が終わるのを待った。


痛み(シュメルツ)はありませんかぁ?」

「あっ」


お薬(ミッテル)出しておきますねぇ」

「はうっ」


「はい、異常なし(オーベー)!」

「ぎぃ」


 どこか愉しそうな声と、声にならない声が交互にいくつも響いた。それも途絶えた頃、アンジェはおそるおそる目を開く。すると、教徒達は綺麗に並んで倒れていた。その手は胸の上で組まれ、安らかな顔をしていた。さらに驚くことに、一滴の血も流れていなかった。


安楽死(オイタナジー)って知ってる? 一切苦痛を感じない死。この人達は結局、自分の頭でよく考える事をせずに、邪教なんてものに良いように取り憑かれていただけ。つまり被害者なのよ。私に出来ることは、このくらい。……よしよし、怖かったわね」

「あうう……、クライネさぁん……!」


 クライネは泣きべそのアンジェを抱き、頭をさすって安心させた。聖母のように、全てを慈しむ手で。


「…………! …………!!」


 それを聞きながら神官だったモノは叫んだ。自分は生きている! 誰か助けてくれ! と。しかし、何一つ身体が言うことをきかなかった。特製の栄養剤が血液に流れ込む。衰弱することも許されず、覚醒した意識のみの状態で彼らはその後焼却されるまでの数ヶ月を自らの糞便と共にその場で過ごすことになる。彼らはマリアの血の逆鱗に触れた過ちを呪った。


(……ああ、ステルベンの声が聞こえる。ふふ、お大事に)


 クライネはさながら死体安置所のような光景を見下ろし、恍惚な表情を浮かべた。


「さ、人質を(さが)しましょう。エトランザに見つかる前に……」


 クライネ=マリアデル。それはまさに、(クレブス)。ガーディアナを内部から蝕み、除名された第十一の使徒の名である。


―次回予告―

その思いが強ければ強いほど、

純粋であればあるほど、絶望もまた深く。

魔の王、再び――。


第86話「胎動」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ