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第15章 復活の魔王 84.イルミナ神殿

 コツ、コツと暗闇を歩く。たくさんの足音が反響し、騒がしくも頼もしい逃避行。ここはどこまでも伸びるアルベスタンの地下道。地図の通りならそろそろ国境を越える頃だ。


 武闘大会の当日、別行動をとったマコト達はかねてからの計画通り、労働者達をアルベスタンから脱出させるために動き出していた。

 警備が固められた地上から脱出するにはあまりに無謀であるため、張り巡らされた地下道からの脱出をメリルが提案した。


「みなさん、疲れたら言って下さいね。休みながらでも大丈夫ですよ」


 日々の強制労働がたたり、皆、体力は残り少ない。それでも自由のために一歩一歩前に進む。幸いな事に、監視にも見つかる事無くここまでたどり着けた。というよりも、誰もいなかったのだ。きっと地上に人員が割かれているのだろうと、マコトは持ち前の強運に感謝した。お守りはサクラコに渡してしまったが、きっと大丈夫だろう。


「マコト、一番後ろは問題ありませんよ~」


 遠くからアンジェの気の抜けた声が響いた。しんがりはアンジェに任せている。頼れるのはメリルだが、行く先に危険が無いか偵察する重要な役割がある。戻ってこない所を見ると、まだ先は続いているのだろう。

 そんな百人程度の希望の列は、特に何事もなく国境と思われる辺りを抜けた。


 アルベスタンから遠ざかるにつれ、暗くなっていた道が再び照らされだした。出口が近いのだろうか。それにしては物々しい雰囲気である。燭台(しょくだい)には髑髏(どくろ)の彫刻が彫られ、こちらに笑いかけていた。


「やだなあ……。アンジェが見たら泣いちゃうかも」


 これまでの一本道は終わり、マコト達の前に下りの階段が現れた。下からは不気味な音と共に風が吹き上げられ、急に肌寒さが増す。


「メリル帰ってこないけど、ここ、降りていったのかな……」


 それは地下深くまで続いているようだった。途中、片側の壁が開け、断崖が覗いている。その下には明かりが(とも)り、地図には記されていない大きな神殿が建っている。マコトの直感は危険を知らせていた。だがメリルの報告はない。マコトは皆をここで待たせ、一人で様子を見に行く事にした。


「アンジェ、みんなをお願い。少し見てくる」

「ええ~、引き返しませんか?」

「メリルもいないのに帰れないでしょ」


 マコトは階下を肉眼で確認できる位置まで降りると、恐ろしいものを見た。禍々しい悪魔のような石像である。その回りには人間の頭蓋骨が並べられ、さらに悪魔像へと張り巡らされた溝には、赤い液体が流れている。静寂の中耳を澄ますと、どこからか呪文のようなものが聞こえてくる。


「黒魔術みたい……。絶対普通じゃない」


 神殿を挟むように、向こう側から地上へと続くであろう階段が見えた。このまま進むには、この怪しげな空間を避けては通れないようだ。マコトは、もう少し探りを入れてみる事にした。

 建物外に人の気配は見当たらない。それもそのはず、すでに見張りと思われる何人かの死体が転がっていた。どれも首から血を流し倒れている。さっき見た赤い液体は血液だった。メリルがやったのだろうか。


「メリル、どうして……」


 マコトは安全を確認すると、敷地内に入った。なぜか悪魔像に見られているような気がする。……と思った矢先、悪魔の目玉がギョロリと動いた。


「あはは……」


 ばっちりと目が合い、マコトの顔も引きつる。

 案の定、それは体中に細かなヒビを作りながら動き出した。


「嘘でしょお、ホラー映画じゃないんだから……」


 悪魔像の鋭い爪はマコトを容赦なく襲う。石像とは思えない機敏さだ。マコトはうまくそれをかわし、掌打を入れた。しかし相手には通じない。

 多少痺れる手を振りながら、今度は回し蹴りを入れた。


「痛ったあー!」


 渾身の蹴りにも微動だにせず、全衝撃が自分へと返ってくる。この悪魔像、2メートルはあるだろうか。ならば重量はゆうに1トンは超えるだろう。わずか150センチ程のマコトがどうこう出来る代物ではない。


 魔物(モンスター)。この異世界に来て何度か目にした存在。

 今までは、自由都市近郊の小規模なクエストのみでお目にかかった、歩く経験値の様な存在である小動物型の魔物や、植物型のものを退治した事はある。中でも粘菌のような、スライムと呼ばれるドロドロには苦労させられた。一度張り付くと衣服を溶かすのである。帰る頃にはみんな裸に装備を纏う変態集団と化していた。それで、稽古着を失ったため今はセーラー服スタイルとなったのだ。

 とはいえ、どれもたいした事はない。ロザリー達と共闘したアンデッドが、最もレベルの高い相手だっただろう。そこに来て今の相手、あまり詳しくはないが西洋の雨どいとして設置されているガーゴイルにも似た存在。そう、ノートルダム大聖堂のものに近いそれは、半端じゃなく強かった。間違ってラスボスの城に乗り込んでしまったような絶望感である。


「ゲームだと、中ボスくらいなはずなんだけど……」


 当然、無機物がそんな愚痴を聞き入れてくれるはずもない。ゲーム好きな友人、四葉がよくやるソーシャルゲームなどでは、割と星が低めであった。嘘つき!


 不自然なまでの機敏な攻撃をやっとでかわすも、排水溝に足下がぬめり転んでしまう。溝に流れる、いやに生暖かい血を全身に浴び、マコトは恐怖にすくんだ。


「いや……」


 逃げようと何度も足を滑らせている所に、悪魔像が襲いかかる。マコトは思わず目をつぶった。


「…………!」


 その瞬間、目を閉じていてもわかるほどの閃光が走った。おそるおそる目を開くと悪魔像の全身には亀裂が走り、瞬く間に音を立てて崩れ落ちていく。中からは溝から吸い上げたであろう血液がドロドロと流れ出した。


「大丈夫? マコト」

「え……」


 立ち上がれずにいたマコトに微笑みかけたのは、パメラであった。続いてソフィアと白衣の女性も現れる。久しぶりに見る仲間達の顔に、マコトは得も言われぬ安堵を覚える。ゲームに例えると、パメラはいわゆる最高レアの存在である。いや、いったんゲームから離れよう。


「マコト、血だらけ!」


 そんなマコトを見てソフィアがあたふたしていると、白衣の女性は止血用のタオルを取り出し、マコトの血を拭き取る。


「安心して、ケガはないわ。これはこの溝に流れる血」

「よかったぁ……」


 すっかり落ち着いたマコトは、ひとまず頭を下げ、丁寧に日本式のお礼をする。


「ありがとうっ! でも、どうしてここにパメラちゃん達が……アンジェから聞いてないよ」

「うん、どうしても行かなきゃいけないと思って。嫌な予感がしたから……」

「当たりだったね!」


 そうパメラに話しかけるソフィアの表情は、以前より少し明るくなっていた気がした。そしてそれに続ける白衣の女性に目を移す。


「ここは邪教団イルミナの拠点。こんな風に各国の地下に彼らは隠れ、影で干渉しているの。とても危険な場所よ。あなた達がここを通ると聞いたから、来て良かったわ」


 ぽーっと自分に見とれるマコトを見て、女性は、あ、そうそうと付け加えた。


「初めまして、救世主ちゃん。私はクライネ。医者をやっています。どこか痛いところない? 気分が悪いとか」


 マコトはぶんぶんと首を振った。クライネの手には、いつのまにか注射器が握られている。ピュピュっ……と緑色の液体が先端からほとばしった。得体の知れない物をぶっすりと刺されてはかなわない。


「あらそう、残念ね」


 そんなやりとりをしていると、突然、神殿の扉が開いた。中から次々に現れる邪教徒と(おぼ)しき者達。見張りとは違い、派手な装飾のかぶり物をしている。おそらく位が高い教徒なのだろう。


「あはは、見つかっちゃったね」

「おね……、パメラさんピカピカさせすぎなんだもん」


 パメラが笑っている。そんな状況じゃないはずだが、不思議とマコトは頼もしく感じた。


 さらに悪趣味な仮面を付けた教徒が前へ出る。神官クラスである事は、身の振り方で推し量れる。それは不気味に腕を広げ、こう言った。


「マレフィカの諸君。そして聖女様。ようこそ、イルミナへ」


 まるでここへ来る事を知っていたかのような口ぶりに、マコトの不安が募る。次に男はマコトが来た方角の上階に目を向けた。すると、待たせていた労働者達が、邪教徒に連れられ怯えながら降りてくる。アンジェも縛られ、それに続く。


「マコトぉ、ごめんなさいぃ~」


 アンジェの声がまたも情けなく響いた。


「我々は(にえ)を必要としている。これ以上暴れるというのなら、彼らを偉大なる邪神アルビレオ様に捧げねばならん」


 パメラが皆を見つめ、うなずく。ここは従うべきだという判断であろう。クライネもそれに同意した。


「感謝する。我がイルミナは魔女である君らを歓迎しよう!」


 人質を取られ抗う術のないマコト達は、イルミナ神殿へと否応なく招かれる。マコトは先にここへと来ていたはずのメリルの事を思いながら、邪教の腹中へと飲み込まれるのであった。


―次回予告―

弱き者は弱き者の、強き者は強き者の教えに従う。

ただ、明日を生きるために。

微笑む聖母マリアは、等しく祝福を与えた――。


第85話「マリアの血」

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