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第14章 囚われの魔女 81.未練

 ――時は少し(さかのぼ)り、王に異変が起きた観覧席では混乱が続いていた。


 権力者達は王に詰め寄り事態の説明を求め、きらびやかな社交場が目当ての、(ぜい)の限りを尽くすために訪れた貴婦人などはただ、異様な光景に恐怖していた。


「ぐぶ、ぶくぶく、やかましい金蝿どもが……。もはや大会など中止だ、貴様等にもう用はない!」


 王はその身につけた漆黒の黒晶(こくしょう)が施された指輪を、権力者達にかざした。


「ああ、渇いて仕方がない、まとめて我が血肉となるがいい……!」


 指輪から放たれた障気は、その場にいた者達から生気を奪った。近くにいた者達はみるみるうちに干涸らびていき、物言わぬ亡骸(なきがら)となった。


「我がアルベスタンに伝わる死者の指輪、まさかこれほどの物とは。先代が死してなお数十年、王として君臨していたのも(うなず)ける」


 古代の民によって造られたとされる魔導具(アーティファクト)、その中でもとりわけ危険な出自である死者の指輪。これを身につけていた者は死後亡者となり、永遠の生が約束される。他者から生気を奪う事で、己の力に変えることも可能。まさしくここに、新たな不死の王が誕生した。


 女達はわれ先にと逃げだすも、互いが互いの足を引っ張り合い、一人残らず王に吸収された。干涸らびた女達は出口の前で折り重なり、取り残された数少ない生存者も王の糧となるのを待つのみである。


「いまだ生きている諸君等は賢明(けんめい)な者達だ、我が王国は続く。殺さずにおいてやろう」


 そんな地獄絵図の中生き延びた一人である宝石商フランは、神に祈る気持ちで事の顛末(てんまつ)を眺めていた。

 職業柄自然と王の指輪を見つめていると、ある事に気がついた。そこに施された黒晶に不思議と見覚えがあったのだ。今は亡き娘の葬儀の際、亡骸に抱きしめられていたぬいぐるみの瞳と同じ輝きを放っている。あらゆる宝石をゴマンと見てきたフランでさえ、二度見ることはないものだった。


「クリスティアだけは、必ず我が手で殺す、グブブブ」


 その執念はクリスティアただ一人に向かっている。王は干からびた女達の骨を踏み砕き、扉を開いた。するとそこには、王と同質の障気を放つ幼い少女の姿があった。巨軀(きょく)を誇る死者の王と、それに対峙するほんの小さな小娘。


 小娘は端正な顔立ちをゆがめ、にっこりとほほえんだ。


「ごきげんよう、我が闇の眷属(けんぞく)。わたくしは冥王コレット」


 王は目を疑った。闇に踏み入れた今だからこそ分かる、目の前の子供の強大さ。無条件で従わざるを得ない威圧感と根源的な恐怖。そう、死神である。


「やはりあなたに託していたのね、前王は。ガーディアナに倒されたと聞いて拍子抜けしたもの。さ、その指輪、返して貰います」

「小娘が何を……」


 王は尊大な少女の態度に少しばかりたじろいだが、何を恐れる事があるだろうか、今の自分に敵などない。王はコレットに向け、死者の指輪をかざす。


「愚かね。そんな物わたくしには通じない」


 コレットは大鎌を真一文字に振り、王を両断した。その衝撃はそれだけに飽きたらず、貴賓室をも半壊させる。

 王は、まさかといった顔で崩れ落ちた。扉も壁も取り払われ、外からでも中の様子が(うかが)えた。怯えきった人々が頭を抱える姿が映る。


「人がいたのね……少しやりすぎたわ」


 その瞬間、コレットはある人物を見て目を見開いた。


「な……」


「お前は……まさか……コレットなのか?」


 宝石商フランは、まるで幽霊でも見たかのように少女へと呼びかける。

 輝くブロンドを巻き上げ、ヴィクトリア調のドレスを好んで着こなし、気味が悪いから捨てろと叱った事もあった奇妙なぬいぐるみを抱えた、記憶の中そのままの姿で現れた、十年前に失ったはずの最愛の娘がそこにいたのだ。


「お……とう……さま」


 コレットは死後、冥王見習いとして目覚めて以降、家族とは会わなかった。

 現世(うつしよ)との縁を全て絶つ事が、幽世(かくりよ)の住人となる為に必要な事であった。そう言いながら、まだ幼かったコレットには未練が無かった訳ではない。それはルビー家の廃棄された別荘を拠点にしていた事からもそれは伺える。

 この再開は、コレットにとって失った感情を取り戻すのに充分すぎた。父の面影は未だ残っていたが、自分の死後ずいぶん苦労をしたのか髪は総白髪となり、しわがれ、やせぎすの身体で、死神として分かる事はもう、そう長くないという事実。母も自分が生まれてすぐに亡くなっている。父もずっと一人だったのだと思うと、何かがこらえきれなくなった。


「お父様、コレットです。ご機嫌麗しゅう……」


 コレットはドレスの(すそ)をつまみ、頭を深々と下げ挨拶した。カーテシーと呼ばれる淑女(しゅくじよ)の作法である。ルビー家の悪童とまで呼ばれた娘の洗練された佇まいに、フランはまるで夢をみている気分になる。


「だが、何故……? お前は不治の病に倒れ……」

「ええ、それは……」


 すると突然フランの足首をずるり、と何かが掴む。


「なるほど、親子の再会とは泣けるじゃないか!」


 アルベスタン王の胴体はすでに再生し、周囲にあった亡骸すらも取り込み、下半身はおぞましい触手を生やした肉の塊と化していた。フランもその触手に巻き取られ、肉塊の中へと引きずり込まれる。


「お父様!」


 フランはもがきながら抵抗するが、あまりの怪力になすすべもない。


「ぐふう……命あるものは取り込めんか、まあよい。さあ、死神、これで形勢は逆転だ」

下衆(げす)が……!」


 コレットは怒りをあらわにする。だが、ぬいぐるみ(ゲイズ)の目が光り、一転、冷静さを取り戻した。


「こいつを殺すのはたやすいが、ワシも無事では済むまい。そこでだ、お前の相手は貴様達にまかせる」


 すると、王の声にどこからともなく現れる影。大会で王が秘密裏に法外な金額で雇った用心棒である。保身が最優先である王が有事の時のため、この部屋へと忍ばせていたのだ。


 一人は数々の戦争を渡り歩いてきたと思われる、テンガロンハットにウエスタンジャケットを着た傷だらけの男。その手には大陸を隔てた大国で発展した武器、銃が二丁握られている。早撃ちの達人という触れ込みで、大会を難なく勝ち上がった。特に銃の性能のせいではない。彼の腕があまりに正確であるためである。


 もう一人は見慣れない民族衣装を纏った円月輪(チャクラム)を操る老人。浅黒い肌はシワが酷く、乾きに飢えた土地からやって来たのであろう事がうかがえる。髪は全て剃髪し、ガーディアナとは違う異国の宗教を信仰している事がうかがえる。


 そしてもう一人、魔力を帯びた剣を手にした、おでこをかき分けたような金髪中分けの、純白の鎧を纏う少女。マントをたなびかせ、感情のない大きな瞳でコレットを見つめている。背は低くまだあどけないが、凛とした金色の睫毛が美しい。


「猿面の男は惜しかったが、この者達もかなりの手練(てだ)れ。さあ、報酬ははずむぞ、このガキを殺せぇ!」


 その合図に、傷の男が引き金を引く。同時に老人も手にした武器を放った。


 銃弾は六発。全てが計算された跳弾による狙撃。

 コレットは鎌を空中で回転させ、それらを弾く。一つ、コレットの脇腹へとめり込んだが、全く問題は無い。なるほど、弾丸は銀弾(シルバーバレット)であるが、コレットはあえて銀基調のアンティークで暮らす事で、すでにそれを克服している。


 老人の投げた円月輪の軌道は素直なものであったが、なにか神的な力を感じたコレットはあえてそれを受けずにかわした。その瞬間、その武器にはマントラと呼ばれる神聖言語が刻まれている事を確認した。注意するべきはこちら。アンデッドにとって最も厄介な僧侶である。


 その一連の動作と同時に、コレットは幽世の門から死霊を呼び寄せ男達に放った。それは男達の口からずるり、と入り込む。すると、傷の男に異変が訪れた。全身をブルブルと震わせ、汚言(おげん)とともに辺り構わず発砲した。最終的に彼は発狂の果て、自らのこめかみを撃ち抜き、事切れた。騒がしい霊(ポルターガイスト)、コレットの初歩的な術である。


「この程度でしたら、わたくしの敵ではありませんわね」


 それを見た老人は、謎の呪文を唱える。(きょう)と呼ばれるそれは、自らに取り憑いた悪霊を消滅させた。

 かなりの使い手と見たコレットは、ゲイズに助言を求める。


『彼は、僕らの手が及ばない世界の住人だね。仏という概念を信仰していてその加護がある。死生(しせい)観から違うし、悪霊や呪詛の(たぐい)は通じないはずだよ』


 ゲイズは以前より、少しだけ幼い口調である。これは、新しく生み出された個体となった事による影響だ。


「じゃあどうしますの?」

『簡単さ、その鎌で直接命を奪えばいい』

「まったく……身体を動かすのはあまり得意ではないのに」


 コレットと老僧は幾度となく打ち合う。実力は拮抗しており、決着がなかなか見えない。王の(かたわ)らにたたずむ少女は、その様子を見ているだけで動こうとはしなかった。


「こら、お前も戦え! 何のために大金を支払ったと思っている!」


 少女は返事もせず、退屈そうに眺めているだけだ。


「コレット……一体どうしたと言うんだ、死んだはずのお前が何故……」


 フランは見た目を除き全てが変わり果てたコレットを見て、思わず問いかける。


「グブブ、分からぬか。見よ。あれはもう人間ではない。ワシと同じ化け物よ。この死者の指輪と同じ力で甦り、悪霊を振りまく魔女。あの姿のままいられるという事は、すでに何人喰ったのか想像もつかんなあ。恐ろしい恐ろしい」


「ちがうっ!!」


 コレットはその話に酷く動揺し、油断を見せた。隙を突いた老僧は、コレットの胸に円月輪を刻み入れる。


「か、は……」

「すまぬ、これも故郷の為」


 心臓まで届いた刃は、さらに押し込まれそのままコレットを貫いた。黒く(よど)んだ血液が、ゆっくりと溢れ出す。糸の切れた人形のように、コレットはその場にへたりこんだ。真言(マントラ)の効果により、身動きすら取れない。


 懐から、何かがこぼれ落ちる。それは、パメラから返してもらった人形。無惨にも首と胴体が綺麗に切断されていた。()しくも、コレットの未来を暗示するかのように。


「まだだ! 我ら不死族は首を落とさぬ限り何度でも甦るぞ!」


 王の怒声。老僧は「南無三(なむさん)」と唱え、(なた)によりコレットの首を落とした。

 重い音と共に、彼女の首は絨毯へと転がる。その表情はまさかと言わんばかりに、首の取れた人形をただ見つめていた。


「おおお……、何という事を!」


 フランは思わず目を伏せた。再会した娘を再び失うという悲劇に、ただ呆然とする。


「グハハハ! やった、やりおった! 死神すらワシを殺すことはできなんだ! バハハ……」


「失礼、少し黙っていて下さい」


 事態を静観していた白の少女は、突然その剣で王の首をはねた。


「首を落とせばいいのでしたね。これ以上、趣味の悪いお遊びに付き合う暇はないので」


 王の首は肉塊に埋もれ、もぞもぞとうごめいている。死者の指輪が蓄えた過剰な生命力により、王は形を変えながら何度でも甦る不死身の生物と化していた。少女は幾度もその肉塊を斬りつけるが、瞬く間に再生してゆく。助けがほしいが老僧はコレットにずっと念仏を唱えている。戦力としては当てに出来そうにない。


「キリがない……。あなた、今のうちに!」

「ああ、ありがとう……!」


 自由になったフランは少女に礼を言い、コレットの首の下へ駆け出す。


「コレット! 聞こえるか!」


 フランの声に、コレットはピクリと反応する。だが、こんな化け物じみた姿を見られたくはなかったコレットは、かすれた小さな声でつぶやく。


「みな、いで」


 その言葉に、フランは涙ぐみながら叫んだ。


「お前が何だろうとかまわん、私ともう一度一緒に暮らそう……!」


 コレットは虚ろに虚空(こくう)を見つめる。そのガラス細工の様な瞳には、涙が浮かんでいた。


「にん、ぎょう……」


 フランは、近くに落ちている首のない人形に気づく。


「これは……、私がお前に与えた……」

「ええ、わたくし……こんな風に……なりた……かった」


 父からプレゼントされた人形。それがコレットの唯一残した二人の縁であった。

 コレットの姿そっくりの人形は、逆にコレットが真似たものである。そこには、父への愛情が、未練があった。素敵なレディになって、またいつか……。


「ああ……そっくりだ。そっくりだとも……」

「ふふ、うれしい……」


 次第にその声はかすれてゆく。


「また、新しいものを買ってやる! だから行かないでくれ……お願いだ……」


 フランはコレットの頭部を抱きかかえる。父の確かなぬくもりを感じたコレットは、最後の力を振り絞り、返事を返す。


「あ、り……と、う……。に、げ……て」


 パクパクと口を開くも、その後は声にならず、次第に何も動かなくなった。コレットの瞳は、濁ったように色を無くしている。


「そんな……神よ……」


 この子の存在を少しでも疑問に思わなければ、こんな結末にはならなかったのではないか。父として受け止めてあげていたのなら……そんな後悔がフランを襲う。コレットの最後の願いも聞き届けられないほど落胆し、身動き一つ取れなかった。


「許してくれ……コレット……」


 フランは、人形の胴体と頭を拾い、そっと彼女と共に抱きかかえた。


『……ニンゲン』


『人間、いや、父上。……聞こえるか?』


 フランはどこからか、くぐもった声を聞く。


『いつしか、あなたに燃やされそうになった事は忘れよう。(あるじ)は我が冥界の為にも必要なお方。あなたの力を借りたい』


 どこからか声が聞こえる。辺りを見渡すと、声の主はコレットの手を離れ、転がっていた目玉のぬいぐるみだった。もう、何が起きても驚くことはない。いつからか、娘が人形の代わりに抱きかかえていた奇っ怪なものである。それすらも、懐かしい記憶であった。


『主に宿るのは元々、冥界の王の魂、不滅のものだ。肉体はただの器。生命力を注げば再び動きだすはず』


「助かるというのか!?」


『この黒晶の力を使えば、あるいは。しかし、あなたの命を捧げる事になる』


 ゲイズの瞳の黒晶が、フランを見据える。だが、決意などとうに決まっていた。


「私の命など惜しくはない、どうすればいい!?」

『まずは頭を元の位置へ』


 フランはうなずくと、座り込んだコレットの切断された首に、頭をあてがった。すると、まるで収まるかのように首は固定された。切断面がじわじわと癒着していく。


『次に思い浮かべてほしい。我が主コレットの、生命力に溢れたその姿を。それに、あなたの生命力を注ぐように……』

「生命力……」


 思わず手元に残った人形を見る。これを見ていると、生前のコレットがありありと浮かぶようである。フランはそこから不思議な力を感じた。


『それは……、もしや……』


 人形から感じられるかすかな力。それは、かつて対峙したあの、聖女の再生の力。老いたフランの命一つでは不安であったが、ゲイズは確信した。完全なる主人の復活を。


『父上。感謝する。あなたの魂は責任を持って預かろう』

「コレット……、これからはずっとお前を見守っているぞ……」


 人形はなぜか、首と胴が繋がっていた。そしてうっすらと光り、フランへとその力を与える。


『聖女……あなたにも感謝を……』


 フランは、死の間際にゲイズの記憶を通じて、コレットのこれまでを見た。

 この子の運命はなんと数奇(すうき)で孤独なものだったのだろう。しかし、最後に見えたのは一筋の光。輝かしい宝石のような色とりどりの魂に、コレットは囲まれていた。


 フランは、ゲイズに後を託し、満足げに微笑みながら息を引き取った。


―次回予告―

ただ、そばにいたかった。

ただ、救いたかった。

ただ……、彼女は諦めなかった――。


第82話「カオス」

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