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第90話 『騎士』

 サクラコの試合が行われている傍ら、独自で姫の行方を調査していたロザリー。

 ひとまず選手控え室を巡り、ホールや会食場なども見渡したが、どこにも姫の姿を認められない事にロザリーは嘆息した。それと同時に武舞台では歓声が上がり、サクラコの試合が終わった事が知らされる。


「そろそろ戻らないと。でも、姫を見つけるまでは……」


 姫の事ももちろん気になるが、今はその勝敗も気になる。ロザリーは苛立つように頭をかきむしった。


「ああ、サクラコ……試合、どうなったのかしら」

「そのサクラコだが、どうも負けちまったみたいだぜ」


 突然、軽い調子の声がロザリーに向けて放たれた。しかもその内容は到底信じられないものである。ロザリーの切れ長の目がその声の主を睨んだ。


「サクラコが、負けた? あなた、適当な事を……!」

「残念だがまあ、ここに捕まってたくらいだしなぁ。それも妥当か」

「あなたがあの子の何を知ってるというのっ!」

「おっと」


 声の主に対して詰め寄るロザリー。しかし思ったよりも相手は大きく、逆に少し面を喰らった。


「あまり手荒な事はしない方がいい。この大会に出たいんならな」

「くっ」


 いつかの巨大化した司祭とまでは行かないが、今まで見た誰よりも大きな男である。見上げてにらみつける形になるも、男はただ冷静にロザリーを見つめていた。いや、なめ回すような視線ですらある。


「あんたがロザリーか、へえ、ずいぶんいい女だな。こりゃ、奴隷市でもさぞ高値がついた事だろう」

「なっ……」


 乾いた音が響く。その値踏みするような態度につい、手が出てしまった。男は頬に手を当て、驚いたといったばかりに目を見開いている。


「いてて……いきなりの挨拶だな」

「失礼な男ね、あなたは誰!? なぜ私達の事を知っているの!?」

「そりゃ、あんたの事は有名だからとしか言えねえかなぁ。けど安心しな、敵じゃねえよ。俺の名はライノス。サクラコから聞いてないか?」

「あ、あなたが……」


 ああ、この男が……とそこで納得がいき、少し表情を緩めるロザリー。と同時に、芽生えた嫌悪感まではぬぐえなかった。どうも軽薄で、信用に足る人物には見えない。


「サクラコの事は、ありがとう。あの子は使命感が強すぎて、少し周りが見えていない所があるから……。あらためて感謝するわ。それと、今のはごめんなさい」


 ロザリーは一歩引いて頭を下げた。その仕草を見るに、これが本来の彼女なのだろう。その姿はまるで、娘を守る母のようである。


「いやいや、いいって。俺、あんたみたいな気の強いの好きだぜ。それに母性本能が強い子っていいよな。胸とか尻とか、大抵でかくて」

「…………」


 恥ずかしげもなく性癖を晒すライノスに、ロザリーはもう一歩後ずさった。


「あなたサクラコに何かした? あの子、帰ってきてから少しおかしいんだけど、今みたいに軽々しく口説いたりしなかったでしょうね?」

「ご、誤解があるな。かわいいとは言った気がするが、基本俺は誰にでも言うしなぁ……」

「あなたね……」


 ロザリーの中で、もうこの男にサクラコを近づけない事が決定した。潔癖症の彼女としては男に免疫のない子をたぶらかしたというだけで、要注意人物にするには十分である。


「それで、私達が有名というのは……? あなたみたいな変態達の間でという意味?」

「ひでえな。いや、聖女誘拐犯という意味でだ」


 その言葉に緊張が走る。ロザリーは無意識に剣に手をかけていた。


「だから待てって! 俺はあんた達にどうこうするつもりはないんだ。むしろ応援すらしている! じゃなかったら、ここまで協力なんてしない!」

「……信じていいのね?」


 深く静かにうなずくライノス。ロザリーはカオスに呼びかけた。人通りの雑多な場所ではあまり使えない力だが、目の前の人物が嘘をついているかどうかくらいなら、おおよそ見当がつく。その結果は、シロ。彼は嘘をついていないという事になる。


「分かったわ。それで、私に接触してきた理由は?」

「ここじゃなんだし、上で話そう。お姫様もそこにいる」

「姫が……!?」


 ついに姫の居場所が分かった。これは願ってもない僥倖(ぎょうこう)である。どこか怪しい雰囲気は拭いきれないが、ロザリーはライノスに連れられコロッセオ上階へと昇っていった。






 一際高い場所に設けられている観覧席にて、眼下に広がる試合会場を眺めるアルベスタン王。その(かたわ)らには、大会の主役でもあるローランド王女クリスティアもいた。


「ほほほ、ずいぶん盛況じゃないか。このような血の流れぬ見世物でも、退屈しのぎにはなるな」

「アルベスタン王。この度は私の願いを聞き入れていただき感謝いたします。武を競うだけの健全な(もよお)しでしたら、私からも何も申し上げる事はございません。優勝者との特別試合、是非ともご期待下さい」


 クリスティアは(つと)めて気品のある笑みを浮かべ、王の機嫌を損なわぬよう振る舞った。

 底の浅い男とはいえ、これでも王族。ローランドの復興を諦めていないクリスティアにとっては、これからの国交にも関わる政治的な局面でもある。その周囲には、各国の国賓(こくひん)なども招かれているのだ。


「ふふ、お前もようやくしおらしくなったな。よいよい」


 アルベスタン王はクリスティアの腰を抱き寄せ、国賓達へ見せ付けるように言い放つ。


「皆様、本日はアルベスタンの全てをもっておもてなしをする所存。最高級の料理にうまい酒も用意してある。試合にはもちろん好きに賭けていただいて結構。存分に楽しんで行かれると良い。ただ一つ、わしのクリスティアに触れることだけはいけませんぞ、ハッハッハ!」


 その発言に今回の主役である亡国の姫、クリスティアへと視線が集まる。その中には、かねてから見知った顔もあった。王女として謁見(えっけん)の席に立ち会った際、自分にかしずいた貴族などは、落ちぶれ、娼婦のような姿をさらしている今のクリスティアの姿に下卑(げび)た笑みすら浮かべている。


「いやはやクリスティア様。このように豊かな国の妃となられ、うらやましい限りでございます」

「クリスティア様もよいお年だ。アルベスタン王、その内きっと元気なお子様を産んでくれましょう」

「そうであろうそうであろう! おわーっはっは!」

「ふふ……」


 もはや羞恥の限りであるが、決して笑顔を崩さず一人一人挨拶に回るクリスティア。


「おお……かの白百合の国の姫はやはりとびきり美しい。いやあ、ただのしがない傭兵にまで挨拶してくださるとは身に余る光栄ですな!」


 それら国賓の中には場違いな大男の姿もあった。ライノスである。クリスティアは彼の前に立ち、困ったような笑顔を向ける。


「お姫様、もうしばらくの辛抱だぜ。マレフィカちゃん達がお迎えに来ている」


 ライノスは耳元でささやくように告げた。そして驚き、しばらく動けずにいたクリスティアの臀部(でんぶ)に手を当て、何事もなかったように次の国賓へと誘導する。


「ああ! 触れないでくれといったではないか! いくらあなたが、かの国の特使だと言っても限度というものがある! 全く!」

「おお、これは失礼した。無意識につい……。いやいや、彼女をお妃に迎えられる王が実にうらやましい。この美しさ、まさに芸術ものですな!」

「ほほ、そうであろう、まあ男としては無理からぬ事よのう!」


 大げさな談笑を始める二人をよそに、クリスティアは一人涙していた。


(マレフィカ? もしかしてロザリー……なの? ああ……神様)


 次に位置する痩せた老紳士は、そんなクリスティアにシルク製の手拭を差し出した。


「おやおや、何があったかは知りませぬが、これで涙をお拭きなさい。今は辛いだろうがきっと神は見ておられる。しかしまた、サファイアのように美しい涙だ」

「あ、ありがとう……」


 そう言うと、彼はさらに鞄から一つの宝石を取り出した。


「それは……?」

「あなたの涙をいただいたのでお返しにね。これをお持ちなさい、きっとお似合いになる」


 ティアーズ・カットに成形された美しいサファイア。それが惜しげもなくきらびやかなネックレスとして彫金(ちょうきん)されている。おそらくとてつもない価値がある事はクリスティアにも一目で分かった。


「王族にふさわしいかどうかは分からないが、どんなときも気高さを忘れてはいけないよ」

「気高さ……」


 老紳士は有無を言わさぬよう、そのネックレスをクリスティアの手に持たせてあげた。

 財と呼べるものは全て失ったクリスティアにとって、かつて当たり前に慣れ親しんだ宝石の輝きは、再び人の上に立つ者としての誇りを思い出させるものであった。

 彼女は少し吹っ切れたよう、差し出された宝石を迷わず身につけて見せる。


「ありがたくお受けいたします。ところで、あなたは……?」

「ふふ、フラン゠ルビーという、しがない宝石商でございます」


 ライノスとの談笑に花を咲かせていたアルベスタン王は、宝石商フランに気がつき、商談をはじめた。


「おお、ルビー商会の! 以前言っていた前王の墓にあつらえる宝石の事なんだが……」

「その件でしたらつつがなく。チャールズ、ご説明を」

「はっ、まずはいくつかの品を王には拝見いただきたく……」

「それでは姫様、また後ほど」


 フランと名乗った紳士は頭を下げ、やかましくわめく王の相手を付き添いと共に引き受けた。

 その隙にクリスティアは各方面へと挨拶を終え、早速ライノスの方を見つめる。するとライノスは窓の方に合図を出し、物陰で待機するロザリーへと視線を誘導した。


「ああっ……!」


 そこには何度も何度も夢に見、常に待ち焦がれた(りん)とした女性の姿が咲き誇っていた。それはロザリーも同じである。二人、見つめ合い、止まる時。


「ロザリー……」

「姫……!」


 再会した二人は子供の頃に戻ったかのように、いろんな事を思い返していた。


 こんな風に城壁の窓の外で待ち続けるロザリーを見つけては、お忍びで抜け出し遊びに出かけた事や、同性であるにもかかわらず将来はロザリーを騎士にしてそのお嫁さんになると言い出した事。そして、そんな二人を引き裂いたガーディアナ侵攻の時の事。今に至るまでの人に言えない苦節など、二人はその瞬間、同じ思いを抱いている事を確信した。


((姫、お久しぶりです。あなたの騎士の名に賭けて、きっとここから救い出してみせます! それまで、どうかご辛抱を))

((ロザリー……これが、あなたの……))


 涙をたたえ、たまらずにクリスティアはライノスに駆け寄る。


「もしや、あなたが力添えを? なんと感謝したら良いか……」

「あ、ああ、まあな。やれやれ、ここまで足を突っ込む気はなかったんだが……マレフィカちゃんにはまいるね」


 思いも掛けぬ協力者に、クリスティアの顔はほころぶ。しかし、ライノスは一転、険しい顔つきとなった。


「俺はライノス゠ガルディ。役職はガーディアナ辺境遊撃隊隊長。まあ、詰まるところガーディアナの司徒、あんた達の敵だ。俺はこの国を手に入れる為、(つか)わされた。これは最後の忠告だが、ここはじきに戦場になる。そのどさくさにあんた達も逃げるんだ。だが次に会うときは敵同士、容赦なくいくぜ」


 クリスティアはその告白に戦慄した。仇敵(きゅうてき)ガーディアナ、それも司徒クラスが目の前にいるというのだ。しかし、今は争う気にはなれなかった。彼の目的はどうであれ、最愛のロザリーと引き合わせてくれたのだから。


「はい……あなた様もどうかお覚悟を」


 冷たく張り詰めた空気の中、試合会場から歓声が響き渡る。


「「今回の最有力優勝候補! 謎の仮面をつけた武術家、ハマヌーン! またもや圧倒的勝利です! これまでの戦いで一つも傷を負わず、いまだ底の見えないこの男! 果たして止める者は現れるのかー!?」」


 その試合を眺めていた王は、たくわえたヒゲをなでながらつぶやく。


「うむ、あれもよいな。おい!」


 その言葉とを聞くやいなや、慌てて兵が数人階下へと駆け下りていった。クリスティアはすでにどこかへと隠れたロザリーの無事を窓から確認し、王へと意見する。


「アルベスタン王、あの方と私ではおそらく試合になりません……どういたしましょう」


 己の技量をわきまえているクリスティアは、仮面の男を次元の違う相手だと悟っていたのである。


「ああ、わかっておる。たまにこういうのが紛れておるのがわしの狙いでもあるのだ。安心せい、あんな化け物とかわいいお前を戦わせるものか」


 ほどなくして、仮面の男、ハマヌーンの大会棄権(きけん)の知らせがアナウンスされる。会場を揺らすブーイングの嵐。しかし王はそれを気にもとめず、満足げな笑みを浮かべた。


「ふっふっふ。着々と良い駒が揃ってきたわい」


 何かきな臭い王の企みが気になるが、今は先ほどのライノスの話も気になる。ここは、何も知らずにやって来たであろうロザリーへと危機を知らせなければならない。クリスティアはライノスへ向け、窓の外を気にする素振りを見せる。すると彼は、姫に向かいウインクを決めた。


「さて、では私もそろそろ出番ですので、一旦失礼します」

「おお、ライノス殿。あなたもこの(たわむ)れに参加なされておったのでしたな。期待しておりますぞ」


 ライノスは王に深く頭を下げ、部屋の入り口に置いておいた自慢のハルバードを担ぎ上げると、揚々と闘技場へ向かっていくのだった。


(敵とはいえ、今頼れるのは彼だけ。ですがロザリー、くれぐれも気をつけるのですよ……)


 今ここを離れるわけにもいかないクリスティアは、ただ、我が騎士の無事を祈るばかりであった。


―次回予告―

 姫との邂逅もつかの間、恩人、ライノスとの試合に臨むロザリー。

 彼女も気づかない武人としての性。

 それは強者を前にしたひとときの(たの)しみか、それとも……。


 第91話「恋模様」

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