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第85話 『嵐の前』

 アルベスタン難民キャンプにて。

 いよいよ王女救出と奴隷解放の両面作戦決行前日となり、皆で集まり会議をしていた時の事。ティセは、偵察に出ていたアンジェの持ち帰った土産話を聞いて驚きを隠せなかった。


「ちんちくりんの死神!?」

「はい、あれからどこにもいなくて、会って話をしたいのですが……」

「それって、黒い少女趣味の服に、身の丈に合わない大きな鎌を持った!?」

「は、はい」


 ティセは思いつく限りの特徴を問いただし、一人ごちたように低く(うな)った。


「むー、あいつ。また何か悪さしようとしてんな」


 その言葉と裏腹に、彼女の表情は少し嬉しそうである。


「大会にはロザリーとサクラコが出るんだっけ。じゃあコレットが何考えてようと大丈夫でしょ」

「コレット? お、お知り合いなのですか?」

「まあ、ちょっとね。前に変な事してたからお灸を据えてやった」

「ひえー」


 大半をロザリー達が解決した事などとっくに忘れ、自慢げな顔をするティセ。ソフィアはパメラとの会話の中、闇の力を使う者と戦ったという話をふと思い出した。


「それって、お姉ちゃんが苦戦したっていう子?」

「えっ、パメラさんが!? アンジェ、何か失礼はなかったでしょうか……」

「それよりアンジェ、次見つけたらこっち手伝って貰うように言ってくんない? もうずっと人手不足だし」

「はい、言うだけ言ってみます」


 自信なさげな返答。死神らしく単独行動を好む彼女の事、どうも期待はできなさそうだ。ティセはそれよりも、とマコトの方の問題をつついた。


「まあ、それはそれとしてマコトの事だけど。無茶するよね、あの子。いつもやることが大胆っていうか」

「うんうん、マコトは凄いの。ガーディアナに処刑されそうな私を助けようなんて、普通思わない」

「ええ、それがマコトですので。馬鹿がつく程のお人好しな、私の自慢のパートナーです」


 一時は対立したはずのティセの評価に、アンジェは少し誇らしい顔をした。


「たしかに姫様だけ助け出しても、あの方は喜ばないだろうな。さすがは救世主の娘さんだ。あ、アンジェちゃん飴はいるかな」

「おじさん、また来たんですか……れろれろ」


 そこそこ空いている席はあるにもかかわらず、突然ティセとアンジェの間へと入り込むクロウ。アンジェは迷惑そうに少しだけ距離を置いた。飴はもちろんもらう。


「さて、では大まかな作戦のまとめといこう。その日は武闘大会に警備が割かれ、比較的アルベスタンへと侵入しやすくなるはずだ。姫様の救出をサポートするため、俺たちは城壁を正面から突破する。ブラッドがいたら確実だったんだが、あいつはどうしても人死にを出すから、まあこれで良かったのかもしれん」


 ブラッドの名を出した事でクロウは一瞬ソフィアの方を確認したが、彼女はうつむいたままだ。


「ティセ、シェリル、ディーヴァさんは俺と一緒に敵陣を攪乱(かくらん)し、姫様達の逃走ルートを確保する。アンジェちゃんはマコト達をサポートしてあげてくれ」

「言われなくてもっ」


 ふんっ、と鼻息あらくアンジェが相づちを打つ。


「医療班のパメラちゃんとクライネさんにはここに残っててもらう。あとソフィアちゃんもだ。どうも本調子じゃないみたいだからね」


 その指摘に、びく、と顔を上げ周囲を見渡すソフィア。


「……ごめんなさい」

「大丈夫だ。もしブラッドが帰ってきたらこっちに駆けつけてほしい」

「う、うん……!」


 そんなやりとりの最中、遅刻してきたシェリルが場違いな声を出しながら入ってきた。


「はーい。遅れましたぁ」

「ちょっと、もうだいたい話終わったんだけど。アンタいっつもこういう時いないわね」


 やれやれといった顔でティセがくさす。子守組の彼女達は、あれから随分とその距離を縮めたようだ。


「シェリルはこう見えて忙しいのよん。……んー、いちおう言っておくかな。最近おかしな気配がするよ。この辺を取り囲むようにね」


 急に真顔になるシェリル。こう見えて一流の暗殺者である彼女は、常に集落全体に結界を張って外敵を防いでいたという。


「え、嘘……気付かなかった……」


 魔力感知に関してはティセもそれなりに覚えがあった。あっけらかんとしているが、シェリルのやっていることは上級の魔術師が知覚の系統の魔術に絞り、何年もかけて習得できる程のものである。


「そうか……確かに最近は野盗も出ないと思ったら、君が守ってくれていたのか。それで、どんな奴らか分かるか?」

「うーん、割と魔力を持つ人間が、シェリルの結界の外からずっとこっちをうかがってるみたい。どうする? 殺しちゃう?」

「待て待て、害があるかも分からん以上、こちらから手は出せん。もう少し様子を見よう」


 しばらく平和に慣れきっていた彼女達に久方の緊迫感が包む。そうでなくともここは老人や子供ばかりであり、戦闘などもっての外だ。


「もしかしたら、邪教からの新手の追っ手かも。結界に気付いてる時点で結構な実力者だよ」

「だ、だったら早く言いなさいよっ。そんな大事なこと!」

「えー、だってティセち、すぐにケンカ売るからー」

「そりゃそうでしょ! アタシはここにいる人達と違って戦えるんだから!」

「だから怖いんだよ。実力差も考えない所とかー」

「はあっ、何だって!?」

「ストップストップ! しかしこんな時に……とりあえずしばらく俺も重点的に警備しよう。君たちは明日の作戦に向けてゆっくりと休んでおくといい」

「ふん、分かったわよ……」


 ティセはめずらしく押し黙り、その場はお開きとなった。そして、すぐに気持ちを切り替え子供達の世話を始めるその姿に、シェリルはちょっとした違和感を覚えるのだった。


「ティセち……何だか、らしくないな」






 結局、何事もなく訪れたその日の夜。日も沈み、ディーヴァから教えて貰った方法で子供達を寝かしつけたティセは、皆に気付かれぬよう辺りをうかがいながら集落の外へと向かっていた。


「アン!」


 そんな彼女を、屋外で寝ていたイブが見つける。驚いたティセは、「しーっ」と口に指を当てた。


「静かにしなさい、良い子だから。ほら、クッキーあげる」

「ハフッハフッ」

「そういえばこの子、時々何もない方を見て吠えてたっけ。そっか、アンタには分かってたんだね」


 サクラコの言いつけか、彼女は幼いなりに仲間を守るため周囲に目を光らせていた。これまで容易に敵に攻め入られなかったのも、彼女の威嚇のおかげだったのかもしれない。


「サクラコがいたら、もっと早く……ううん、今あの子はいない。そうだ、いつもあの子に頼ってばかりだったから、アタシは……」

「クゥーン」


 主人に似たのだろう、心配そうにこちらを見つめるイブ。ティセは絶対に後をついてこないよう「待て」をし、振り向く事もなく走り出した。


「……アタシだけ何もできないなんて嫌。ううん、アタシがやんないとダメなんだ」


 ふとこれまでの事を思い返す。思えばずっと、自分は仲間に助けられてきた。

 不屈の精神力を持つロザリー。圧倒的な能力で皆を支えるパメラ。天賦(てんぷ)の才を持つサクラコ。ここまで来られたのも彼女達の働きによるものであり、自分一人では何一つなしえなかっただろう。

 流石に、絶対の自負心も揺らぎかけることがある。今までの自分はただ、小さな国の王女というだけで一人いい気になっていただけ……。そんな風にすら思えてくる。


(本物は他にもいた。異世界にさえも……だけど、アタシだって!)


 ここでもう一度自分を取り戻したい。そして胸張って仲間と肩を並べたい。そんな想いが知らず知らず彼女を危険へと駆り立てていた。


 そんな暗闇に走る何かを目撃し、一人夜風に当たっていた女性がおもむろに立ち上がる。


「ん……あいつ、子供も放っておいてどこへ……」


 ブラッドの安否を気にかけ、外で遠く風の声を聞いていたディーヴァは、一人集落の外へと駆け行くティセを目撃した。どんな暗がりでも遙か遠くまで見通せる視力をもつ彼女は、ティセの表情からその行動を察した。出会い頭のあの発言から、彼女の持つ危うさにいち早く気付いていたからである。


「アンアン!」


 すると彼女の現れた方向から、凄まじい速さでこちらへ駆け出してくる子犬の姿が目に映った。


「お前は確か……イブと言ったな。どうした、そんなに慌てて」

「ウー!」


 突如辺りを見回し、低く唸るイブ。戦士の勘か、ディーヴァにも彼女の言わんとする警戒は伝わった。彼女も彼女で、今最も信頼の置ける序列一位がディーヴァだという事を知っているのだ。


「ふむ……勇者とは蛮勇(ばんゆう)にあらず。ここは一つ、奴に教え込む必要があるな」


 それと同時に、何者かの影が辺りを取り囲む。ディーヴァは厳しい表情でそれらを(にら)み返すのだった。




「……やっぱり、何かいる!」


 集落を離れ、ティセの魔力感知は初めて反応を示した。しかし辺りを探って見るも、それらしい人影は見当たらない。


「おかしいな……この辺、絶対何かあるはずなんだけど」


 諦めず探り探り魔力の強い方へと歩を進め、ティセはその(いびつ)な魔力の源泉(げんせん)に気付く。


「な、なに、これ……」


 辺りには多くの死者を埋葬したであろう塚があり、それらの墓から掘り起こしたであろう、おびただしい数の白骨が無造作に積み上げられていた。


「墓荒らし? でも、どうして……」


 辺りに漂う魔力から、今まで感じたこともない程の死の感覚がティセに襲いかかる。それは、いつかこの身を縛り付けたシェリルの呪術に似ていた。


「シェリル……もしかして、アンタ、なの……?」


 気がつくとティセは黒ずくめの人影に取り囲まれていた。それらは皆、フードを目深にかぶっており顔までは確認できない。


(にえ)か」

「聖女ではない」

「うむ、違う」

「ならば殺すまで」


 次々と放たれる殺意に、ティセはその場に立ちすくむばかりである。


「ばかぁ!!  結界の外に出るなんて死にたいの!?」


 突然、場違いな声が響く。こちらへと近づいていた人影はその声に歩みを止めた。


「シェリル!?」


 異変を感知し、後を追ってきたシェリルが叫ぶ。ふと我に返ったティセは、その姿を見て安堵(あんど)した。いや、安堵してしまった事に苛立ちを覚える。これではただ守られる子供ではないかと。


「あ、アンタ……どうして」

「ティセち、ずっと様子がおかしかったから、変な事考えてるだろうなって! シェリルにもそれくらいわかるよ!」


 遠くから走り寄るシェリルの姿を見て、黒ずくめ達はどよめいた。


「あれは……」

「確か、双蛇(ケリュケイオン)の片割れ……」

「結界も奴の仕業か」


 呪術を使う彼らにとって、彼女はいわばその道のエキスパート。刃向かえば命はない事くらいはわきまえているのだ。


「こっち、走って!」


 その一瞬の隙をついてシェリルは幻覚を作り出し、ティセを救出した。


「あいつらは邪教団イルミナの教徒だよ。シェリル達はあいつらにずっと使われてたの」

「あれが、邪教団……。ごめん、アタシ、てっきりアンタの術かと」

「うん、シェリルもあそこで覚えたからね。でもヤバいよ、お墓荒らしてた……あいつら」

「ええ、ずいぶんと罰当たりな奴らね」

「そうじゃなくて!」


 シェリルが震えている。死の恐怖などとうに乗り越えているはずの暗殺者がここまで怯えるのには理由があった。


「デコりんが来る」

「な、なに……?」

「女帝、エトランザ。あの子が、ここに……」


 墓からあふれ出した辺りの呪力が一カ所に集まる。それは次第におぞましい形を生み出し、辺りに散らばる白骨をも飲み込んでいった。


「始まった、ついに」

「ああ……アルビレオ様が、我らの呪力を見つけてくださったのだ!」


 邪教団が行っていたのは邪教にのみ伝わる儀式であり、遠く離れた地にて空間転移の扉(アストラルゲート)を開く手助けをするものである。それは主に強力な呪詛を媒介に、この世の次元をねじ曲げ遠く離れた場所同士を繋ぐという、シェリルの言うデコりん……つまり女教皇エトランザにのみ扱うことのできる秘術。

 これはかつて聖女暗殺の際にも発揮した力であるが、本国ガーディアナからここまで離れた地へ飛ぶには、(しるべ)としてこういった儀式が必要であった。


「やっと、見ぃつけた」


 暗く開いた穴から幼い声が響き渡る。邪教徒達はあわててその場にひれ伏した。


「アルビレオ様、よくぞおいで下さいました!」

「ふふふ、よくやったぞ、お前達。流石にここまで強大な魔力が集まっておれば、見つけるのも容易(たやす)かったわ」


 空間が縦に裂けたかのようなゲートから姿を現したのは、それこそ年端もいかぬ子供。しかしその身にまとう得体の知れない圧力は、そこにいる大人達すら矮小(わいしょう)なものに感じさせた。その黒くうねるような髪が無数の蛇のようにたゆたうと、彼女の見開いた眼がまずシェリルを捕らえた。それは、闇をも飲み込むほどの(くら)い瞳。


「久しいな、シェリル。会いたかったぞ」

「あ、ああ……」


 条件反射のように硬直するシェリル。そこにはもう、先程までの軽い彼女はいなかった。


「何だその態度は。エトの知るお前とまるで違う、随分と人の顔になったものだ。やはり、お前を変えたのは叛逆の魔女か?」

「そ、それは……」

「言えぬか。まあいい、すぐに鳴かせてやる」


 どうやらマコトの事はまだ邪教にも知られていないらしい。それだけは何があっても隠し通すつもりで、シェリルは口を結んだ。


「あと……デコりんって言ったね?」

「!?」


 突然シェリルが消えた。

 かと思うと少女の目の前に突如現れ、空中でねじ切られるほど強く、見えないものに締め付けられている。


「お前達の(あるじ)は誰?」

「か、ひゅ……」


 シェリルはその肢体をあらぬ方向にねじ曲げられ、呼吸をするのがやっとといったように声を絞り出した。


「へ、へとらんざ様れすぅ……!」


 涙と唾液を垂れ流し、シェリルは嗚咽(おえつ)する。それを見て気をよくしたのか、エトランザは術を解いた。彼女の足下へ、どさ、と倒れ込むシェリル。


「ふん、蛇女め。しばらくのたうち回っていろ」

「えぐ……えぐ……」


 彼女には、すでに戦意など微塵(みじん)も残ってはいなかった。ただ、幼児のように泣きじゃくるシェリルを見て、ティセは戦慄する。自分より上かもしれない術者がこの扱い……。


「そ、そんな……うそ……」

「そこのお前、もしかするとアルテミスの王女とやらか?」


 エトランザは次にティセを見据えていた。


「聖女はどこだ?」


 少女は名状しがたい笑顔を浮かべる。けれど、瞳の奥は決して笑ってなどいない。


「聖女を差し出せば、助けてやろう?」


 これが、パメラの相手にしているモノ……。

 燃え上がりかけていた魂が、次第に氷のように冷めていく。ティセは初めて聖女(パメラ)と相対した時以上の恐怖に、ただ、足をすくませていた。


―次回予告―

 灼熱の業火も、ついには女帝の前に消える。

 奪われたのは、誇り、そして……。

 児戯も過ぎると、髑髏が笑う。


 第86話「女帝」

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