第二話 熊を屠る脳筋
「流石に野晒しにはしておけねえよな」
*ザッザッ*
木の枝を使い深めの穴を掘る。
骨をそうっとその中に入れるがばらばらにならないようスライムを接着剤代わりにしている。
先ほど試しに触れてみたがどういう訳か死亡すると粘着力はそのままに物を溶かす能力は失われるようだ。
スライムの意思で力が発揮されているのだろうか?
土を被せ目印となる鋼気を纏わせた石を盛り上がった土の上に置いて手を合わせる。
簡易的な墓だし読経も省略させて貰う。
先を急ぐ身なので申し訳ない。
石に鋼気を纏わせたのは意味はないが・・・おまじないというかなんとなくだ。
「行くか」
少しの時間手を合わせた後街道に戻る。
目的地はアーラムから街道に沿って暫く歩いた場所にある村だ。
名をガーブという。
アーラムとも交流があるそうだが酒場では話半分で聞いていたため交流があるようだという事しかわからない。
ガーブに着いたらまず何をしようか?
村という事は規模が小さいし娼館は無いだろうか?
酒場を見つけ宿も探すことになるだろうがアーラムと違って信用が足りてないためツケは効かないだろう。
大人しく托鉢をするか自分に合った仕事が無いか売り込んでいくことになるだろうか。
魔物が増えているという事だし魔物退治や用心棒には事欠かないかもしれない。
旅に出た時はどうなる事かと思ったが順風満帆のようだな。
――ウォルフラムは脳筋であるため極度のポジティブシンキングなのであった。
そういえばアーラムの酒場のツケそのままにしてしまったな。
これからどんどん遠ざかるだろうしこれは得した。
払いたくても距離的に払えないんじゃしょうがないよな。
*キャアアァァーッ*
僧侶らしからぬとんでもなくゲスな事を考えていると遠くから女性の叫び声が聞こえた。
瞬時に街道から外れ声の方角へと向かう。
――ウォルフラムは脳筋であるため耳も恐ろしくいい。女性の悲鳴ならば尚更だ。
林に入り石畳から土や木の根に替わった道を走る。
慣れない道のため効率の悪い走り方をしているが足と指先に鋼気を纏わせ滑りやすい葉っぱや木の根も力強く踏みしめ指先で障害となる枝葉を切断していった。
修行には極めて真面目に取り組んでいたためバカでかい体格に似合わぬ精妙な力のコントロールが可能だ。
女性の叫び声の聞こえた方へそのまま突き進むと――
熊が居た。
魔物だろうかただの熊だろうか?
外見からは判断できない。
熊の向かいには村娘らしい服装で銀髪のウェーブがかかった髪を胸元程度まで伸ばした少女がへっぴり腰でナイフを突き出して威嚇している。
「ふえぇ・・・来ないで・・・来ないでよぉ・・・」
筋肉は未発達で全身柔らかめ、胸も手に収まるちょうどいい大きさだと一瞬で看破してしまった。
ウォルフラムの筋肉を見通す眼力の前では服など大した障害にはならないのだ。
少女の可愛い顔は半泣きでくしゃくしゃだ。
熊は余裕の態度で慌てず様子を窺っているようだ。
――このまま突っ込むと流石にまずいか?
熊相手に後れを取るつもりはないが相手をするのは初めてだ。
あの爪で薙ぎ払われたらどれ程のダメージを受けるだろうか?
瞬時にそこまで判断し風呂敷から小刀を取り出す。
――今度から取り出しがいいように肌身離さず持っておこう。
小刀に鋼気を纏わせ熊に投げる。
一撃では仕留められないだろうが――
小刀は熊の脇腹に深々と刺さった。
血が吹き出し地面を濡らす。
*グオオオオォォーッ!!!!*
熊は本能で迫真の叫び声を上げる。
「ひいいいいぃぃーっ!!!?」
少女も共鳴し白目を剥いて叫び声を上げる。
可愛い顔が台無しだ。
だが漏らしていないだけ大したものかもしれない。
熊はこちらに向き直り猛然と突進してきた。
この体躯でのぶちかまし、爪の一撃。スライムとは比較にならない強敵だ。
突進を紙一重でかわし様子を見る。
じりじりと近づき出方を窺っていると熊は立ち上がり爪で薙ぎ払おうとしてくる。
大振りの爪をかわした瞬間――地面を踏みしめ飛び上がって熊の顎を蹴り飛ばした。
「覇あぁッ!!」
熊の首は180度回転し下顎が吹き飛んだ。
断魔拳が一つ、長尾脚。
石畳を踏み砕くほどの高い跳躍から相手の頭部に鋼気を纏った後ろ蹴りを放つ強烈な技だ。
ガルミ寺院では人命、舗装された石畳共に危険だったため使用を禁じられていた。
久々だったが成功してよかった。
「あばびゃああぁぁーっ!!!?」
少女の方を見ると熊の下顎が頭に乗っかっている。
うわぁ・・・なんというかごめん・・・
「うぎゅう・・・」
少女は白目を剥いたまま後ろに倒れてしまった。
*ちょろちょろちょろ*
そしてこの水音・・・こんどこそ漏らしてしまったようだ。
興味深い光景だが鋼の意思でなんとか目を反らす。
重ね重ねすまんかった・・・
――まだ日は高いがまた危険が迫らないとも限らない。
少女の頬をぺちぺち叩き揺さぶるがよほどショックだったのか目を覚まさない。
どうするかな・・・熊に刺さっていた小刀も洗いたいしこの子も水場があった方がいいだろう。
とりあえず闇雲に歩いてみるかな。
――ウォルフラムは脳筋なので思いついた事を後先考えずに実行してしまうのだ!
***
「やばい・・・迷ったぞ」
冷静に現状を打破するために言葉にしてみるが妙案は浮かばなかった。
やはりこの子が起きるのを待つべきだったか?
どうも可憐な少女に会えた事で浮ついて妙な行動をしているようだ。
ちなみに少女は服の水分を充分絞った後おんぶしている。
服が皺になってしまったが仕方がないだろう。
俺の上着は汚れないよう風呂敷に包んで少女におぶらせた。
半裸の大男が意識の無い少女をおぶったこの状況・・・なかなかに犯罪的だとほくそ笑む。
「う~ん・・・フォシル~・・・」
幸せそうに寝言を言っている。
そんなに俺の背中が居心地がいいのだろうか。
――大分時間も経ったし今なら起きるだろうか?
葉っぱが積もった場所に座らせ頬をペちぺちして体を揺すってみると――少女は目を覚ました。
「・・・あれ~?」
少女はぱちぱちと瞬きしぼんやりしていたが俺の姿を捉えると――
「ひいぃ!熊あぁ!?」
――顔を引き攣らせ高速で後ずさりしてしまう。
そういえば熊が立ち上がったら俺と同じくらいの身長だったことをふと思い出した。
「ああー・・・覚えてないか?熊と戦ってた者だけど」
俺が言うと記憶を辿っているのか考え込んでいる様子だ。
少しして納得したように両手を打って*ぱんっ*と音を立てる。
「思い出しました!熊に食べられそうなとこで助けて頂いて、熊の口が私の頭に・・・」
そこまで言ってまた倒れそうになり素早く体を支える。
「その場面は思い出さない方がいいかもな。とにかく助かったんだよ」
「う~ん、思い出さない方がいいみたいです・・・でも、助けて下さって本当にありがとうございました」
顔から血の気が引いているが安堵の表情を浮かべている。
助けたとはいえ気絶させ漏らさせてしまった俺の印象が心配だったが悪くないようで安心した。
「ああ、危ないところだったね。偶然通りかかってよかった」
この子可愛いしな。悪い印象は持たれたくない。
「ええ、本当に・・・そういえば助けて頂いたのに名前を言ってませんでしたね。私はコーラル・・・コーラル=アーシュラと申します」
よろしくお願いします、と頭を下げる。
「俺はウォルフラム…ウォルフラム=ガルミになるのかな」
こちらこそよろしく、と頭を下げるとコーラルと頭の下げ合いになる。お見合いかな?
なんにせよ緊張が取れて仲良くなれたようでよかった。
緩んだ空気の中勢いで話を続ける。
「そういえばコーラル」
「なんでしょうか?」
ほんわかする笑顔で応じてくれるコーラル。
「コーラルが気絶した時漏らしたみたいなんだよね。それで今水場を探してたと・・・こ・・・」
言いながら空気が緊張するのを感じる。
無表情のコーラルを見ながら空気って読めるもんなんだなあ、と思いながら反応を待つのだった。