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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

千年精霊

作者: 新崎 かえで


メスティア王国の西地区、アストラルの森。

普段、人はこの森には入らない。別に人を襲う魔物が出るとか、そんな理由ではない。むしろその逆で何もないのだ。ただひとつの存在を除いて。


その森には、精霊がいる。それもただの精霊ではなく、言い伝えでは千年間一度も、誰とも契約することのなかった精霊なのだ。

精霊とは本来、人に好意的な存在である。そして、精霊と契約しその恩恵を受けた人間を精霊術師と呼んだ。精霊と契約するには魔力が必要だった。そして、魔力を持つ人間はそこまで多くはない。だいたい200人に一人といわれている。さらに言えば、その200人の中でも半数は満足な量の量は持っていない。






アストラルの森の中でを少年は進んでいた。だが、少年はこの場所がアストラルの森だということを知らない。森からほど近い村に住んでいた少年は誤ってこの森へ迷い込んでしまったのだ。

そして、偶然にも精霊がいる森の泉に辿り着いた。


少年は泉の綺麗さに目を奪われていた。そして、泉にいた精霊の美しさに。


「何ようだ、人の子よ」


少年に気づいた精霊が言った。


「精霊さん?ここって、アストラルの森?」

「他のどこだと言うのだ」


それを聞くと少年は今にも泣き出しそうな顔で言った。


「どうしよう。お母さんとお父さんにここには絶対に入っちゃいけないって言われてたのに」


そしてとうとう少年は泣き出してしまった。それを見た精霊は珍しくも戸惑っていた。

普段、人はこの森には入らない、といった。だがこれは、必ずしもこうという訳ではなく時々人が入ってくる来る事もある。それらは精霊と契約を目的にやってくるのだ。そして、それらすべてを精霊は追い払っていた。ここ数年ではそんな愚か者はいなかったので、人と会うのは久しぶりだ。そんな中でも偶然に迷い混んで入ってくる者は初めてだった。


「はぁ、泣くな。妾が森から出るまでは連れていってやる」

「本当!?」


そう聞くと、少年は顔を上げて精霊の方を嬉しそうに見上げた。精霊が演技だったのではと疑いほどの代わり映えだった。


「ああ、だから泣くな」

「うんっ!」




「精霊さんは、ずっとこの森にいるの?」


少年と精霊は森の出口へと向かっていた。


「そうだな。かれこれ千年になるな」

「千年も!?精霊さんは寂しくなかったの?」



寂しくなかった?

精霊は、そんな事を言われたのは初めてだった。森にいるようになってから約千年。いや、それより前でも誰かに心配されるようなことはなかった。


「精霊はそのような感情は持っておらぬ」


しばらく進んで行けばやがて、目的の場所へと着いた。



「このまま進めば、お前の村へ着くはずだ」

「ありがとう、精霊さん」


少年は笑顔で手を大きく振りながら帰った。


(ああ、行ってしまった……)


前の契約者から別れて約千年の時がたった。それは、まともに人と話していない時間でもある。そして、一人でなんの目的もなくすごしていた時間だ。

精霊にとって人の寿命は一瞬のようなものである。そして、その長い寿命を精霊はもて余している。だから、そんな空白を少しでも埋めるために人と契約している。


あの少年と出会うことはもうないだろう。そんな事を考えているとなんだか、胸の奥が苦しくなっていくように感じる。だが、精霊にはそれが何故なのか分からなかった。






それから数日が経ったある日、なぜかまた少年がやって来ていた。


「どうした人の子よ。ここへ来てはいけないのではなかったのか」

「うん。でも、精霊が寂しいかなって思って」

「そんな感情は持っておらぬと言ったであろう」

「僕が寂しいの。精霊さんが一人でいると僕が代わりに寂しくなるの」

「どうしてそうなるのだ」


意味が分からない。だから子供は好きではないのだ。子供の考えていることは人間の大人以上に理解できない。


「精霊さんが寂しいと嫌なの」


かみあっていない。そして、こういう時には流すのが一番いい。


「そうか」

「うんっ」



その後しばらく、話がかみあわないもののそのままにしていた。話が分からなければあいづちを売っていればいい。それだけで無邪気な子供は一人で話し続けている。


「じゃあ、お母さんとお父さんが待っているから帰るね」

「ああ」


それで少年はバイバイと言って帰っていった。少年が帰っていった森は、静かなもので風の音しかしない。人の気配もしない。当たり前だ。ここには人などいないのだから。千年間ずっとそうだった。ただ、今が異常なだけだ。

それも、あの子どもが子どもでいる今だけだ。あと十数年も経てば、同じ年頃の村の娘と結婚するなり、村を出て街にいくなりしてここへは来なくなる。

だから、今だけの事なのだ。




それから少年は数日おきに森にやって来ていた。来ては話して、帰っていった。それが三ヶ月ほど続いた、ある日のことだった。


「そういえば、精霊さんって名前何て言うの?」


本当に今更な事である。初めて出会ってから約三ヶ月。今まで精霊は名乗らなかったし、聞こうとも思わなかった。

ただ単に忘れていたからではない。精霊の名前と言えば、真名のことだ。真名は、そう簡単に教えるものではない。現に、精霊が真名を教えたことがあるのは千年前の契約者、ただ一人だけだった。


「セルフィス・シーナスセリルだ」


精霊はそう簡単には真名を教えない。それでも教えた。なんとなくそれでもいい気がしたのだ。なんの根拠もなく教えたのだ。


「いい名前だね。僕は、アルスって言うんだ」


普通の名前はアルスのように一つで付けられている。精霊のように二つで付けられているのは王族、貴族くらいで家名を付けている場合だけだ。


「妾の名は誰にも言うな」

「お母さんとお父さんでもだめなの?」

「ああ、誰にも言うな。ただ、もしも本当に困ったことがあったら呼べばいい。そうすれば妾に届くだろう。

「うん、わかった!」


そう言って、嬉しそうに帰っていった。






それから二日後のことだった。その日もいつもと変わらず森で過ごしていた。


『セルフィス!!』


真名を呼ばれた気がした。今ではたった一人しか知らない、困ったことがあったら呼ぶよう(言ってあった真名だ。

すぐに呼ばれた場所、少年の、アルスの元へと向かいたかった。ただ、呼ばれたと言うことは分かってもどこで呼ばれたかまでは分からない。そのため、村から少し離れた村全体を見渡すことのできる場所に転移した。

精霊はそこで見た光景に驚きを禁じ得なかった。


家は燃え、煙が立ちあちらこちらから悲鳴や子どもの泣き声が聞こえてきた。それはさながら地獄絵図のようだった。


精霊の視力は人のそれとは違う。すぐに村にいたアルスを見つけて、そばに転移した。


「アルス、無事か!?」

「セルフィス!!」


アルスの母親と思われる女性がアルスを守るように覆い被さっていた。近くには父と思われる男性が盗賊の風体をした男に剣で切られていた。

状況を見ればすぐに分かる。この村は盗賊に襲われているのだろう。すぐに近くにいた盗賊を水でできた(やいば)で切った。そうすれば、あっさりと盗賊は倒れた。


状況の変化に気づいたのか、アルスの母はこちらの方を振り返った。


「あなた!!」

「父さん!!」


アルスの父は盗賊に肩から胸にかけてを切られて倒れていた。今はまだかろうじて息はできているが、速く不規則なもので苦しそうだった。


「セルフィスっ!お父さんを助けて!!」

「ああ。『アクアヒール』」


アクアヒールは水属性の回復魔法だ。普通の人間が水属性でも回復魔法を使ってもあまり効果は期待できない。それはそれで回復魔法は本来ならば光属性の専売特許だからだ。そのため水属性の回復魔法は少ないうえにあまり効果がない。だから、光属性の方が使われている。そのためにわざわざ水属性での回復魔法を使おうという者はほとんどいなくなってしまったのだ。


そんななか、水の精霊であったセルフィスは回復魔法を含めたすべての水属性の魔法を完璧に使えていた。

精霊は人と違い必ず一つ属性しか使えないが、その代わりに使える属性の魔法の威力は桁外れだ。そのため、セルフィスはある程度生きていればだいたいは回復させることができた。


アルスの父も、少しずつ傷が塞がっていった。それにつれて、少しずつ呼吸も安定していった。それを見て、アルスとアルスの母は安堵した。


「ありがとうございます」

「別に気にする必要はない」


ただ、アルスに頼まれたからやっただけだ。アルスがいなければ村の状況にも気づかずにいた。たとえ気づいていたとしても何もしなかっただろう。セルフィスにとっての村人とはそれだけの存在だった。


「セルフィス、来てくれてありがとう」


そう言ってアルスは、セルフィスに抱き着いてきた。それをセルフィスは難無く受け止める。


「あの、あなた様は一体……」


今さらながら、突然現れたセルフィスの存在に疑問を持ったようだった。


「気にするな」


これは、お前には関係ない。関わるな。そういった事を意味するような言葉だった。


「あのね、セルフィス。こわい人たちがたくさん来てるの。助けて」

「ああ、分かった」



村を襲った盗賊は十数人いた。しかも、全員武器を持っている。だが、セルフィスにとってはたった十数人なのだ。魔法を使えば一掃できる程度だ。


そして、その通りになった。村人は盗賊が倒されてよろこんでいたが、村は水浸しになっていた。まあ、盗賊にやられたままよりはよかったのではないだろうか。

実をいえば、元は自分で創りだした水だったから消すことは簡単にできた。それでもそれをやらなかったのは、単にめんどくさかっただけだある。



「アルス、もしよかったのなら妾と契約せぬか?」

「契約?」

「ああ。契約すれば、今回のような事が起きようとすぐに行けるだろう」


契約すれば、契約者の位置はお互いに分かるようになる。今回は村だったから良かったが、もしこれからアルスが村の外へ行って、そこで何かがあったとしてもその場所にすぐに助けに行くことはできないだろう。真名で呼ばれたことは分かっても、どこで呼ばれたかまでは分からない。のだ。


「うんっ、いいよ。契約すればセルフィスも寂しくなくなるよね」


だから、初めから寂しくないと言っているだろうに。そう心のなかで呟くセルフィスの顔はどこかうれしそうだった。




こうして、セルフィスとアルスは契約を交わしたのだった。




最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

機会がありましたら、また続編を投稿するかもしれません。その時はどうぞよろしくお願いいたします。

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