イデアー序章―
身の丈にあった行動って重要だと思う。
親の言われるがままに進学校に進学した俺は授業について行けず、成績は常に下位、クラスの連中からは馬鹿にされる生活がとてつもなく嫌だった。
そんな生活が続くこと三ヶ月――
俺は駅のホームから飛び降りた。
これで自由だと思える解放感と浮遊感は今まで生きてた中で最高だった。後ろからは悲鳴が聞こえるがこの嬉しさのせいか声は小さい。
あぁこれで終われると思った瞬間
『ちょおっと待ったぁ!』
視界が白一色に染まる、そのどこまでも続いているような世界の先から一人の禿げた老人が現れた。白い世界に白い服、眉、髭は、ぱっと見は生首が浮いているようにしか見えない。
『加藤薫くんじゃな?』
髭が動くと、俺の名前を呼ぶ、なんで俺の名前を知っているんだと返すと
『一応これでも神じゃからなぁ』
と返ってくる。なんでそんなのが今更出てくるんだよ。
『神と言っても君の世界の神ではないからの』
自称神は右手を顔の前に持ってきて「すまん」といいたげなポーズをとりながら
『わしゃぁ簡単に言うとこっちにはないものがある「裏の世界」の神でな。君みたいにこっちで自殺する人間に、こっちでやり直してみないかって持ちかけているんじゃが…』
歯切れが悪い
『ヴァルガという奴がの、その世界を爆発させて滅ぼそうとしているのじゃ』
それがどうした、俺の知った事じゃない。
『だからの、主に死ぬ前に人暴れして欲しいのじゃ。もし成功すればわしゃぁが苦痛を与えずに逝かせてやる、もし失敗してもそのまま爆発に巻き込まれて逝けるから悪くないじゃろ?』
どうせ死ぬなら、と思った俺は首を縦に振っていた。
『良いのか!? なら主に二つの力を授けよう、それとヴァルガの場所は頭に刷り込んでおくからのぉ、真っ直ぐ向かってくれると助かる』
長すぎる眉毛と髭のせいで顔までは分からないが、その声は嬉しそうだった。
老人が手を振りかざすと俺の手足に何か温かいものが包んでくる。
『全体的な身体強化に加え、主が本気で殴った場合のみ相手を一撃で倒す力を与える。それでヴァルガを倒してくれい』
そう言うと老人の姿が段々と薄くなっていく、回りの風景も白が薄くなって駅のホームでないどこかの風景が浮かんでくる、それと共に鼻に付くこの刺激臭は……下水管か?
恐らくこの言葉にしにくい臭いは糞尿だけじゃない、生ごみやもっとほかの何かがあるはずだ。
だがそれを詮索している暇はない、急いでヴァルガとかいう奴を倒さないと……
ここから脱出するために土管(?)の壁を思い切り拳を振り抜く。
けたたましい爆発音と共にこの下水道(?)を構成している土管(?)が吹き飛ぶ。
ここから脱出できるか、だがこの断崖絶壁を超えられるのか?
身体強化はされていると言ってたから試す感じに軽く跳んでみた。
――数メートルは飛んだ、これなら地上に出られる。
作った崖をひょいひょいっと登っていくと、そこは退廃的な住宅街が広がっていた。だからと言って人の気配が一切ないというわけではない。スラム街か?
ここからどこに向かえば良いのかと思い自称神に刷り込まれた目的地を思い浮かべる。……ここから北か
北に向かって走り出そうとすると視線を三つ程感じた、顔はどうでもいい、とにかく2メートルはデカイ体の男が一、ヒョロイ男が一、後は後ろ姿だけどドレスを着てるから貴族とかそういう感じの女性か? 状況から察するとこれは攫われたか誘拐される寸前だったのだろう。
ついでだ、この二人を倒してから先に進もう。それにこいつら……
「----!!」
「―――!!」
何言ってるか分からない。そういえばこの世界の言語を教わってなかった。
いやそもそも――
必要ないか! この世界には一週間もいないんだから。
二人組に向かって真正面から突っ込む、
世界が歪んだ様だった、修学旅行で新幹線の窓から見る景色が全部潰れて見えるアレだ。
そのままふたりのベルトに手を掛け、そのまま引っ張る。
一瞬だけ見た二人の横画は驚きに歪んでいた、特に巨体の方は「あり得ない」と言いたげな顔をしていた。
この二人を行き止まりまで引っ張って思い切り投げる。
再び凄まじい破壊音と共に壁に穴が開く、これで通れるだろ。
穴に向かって走り出す、茫然と立ち尽くした女性が後ろにいるけど話し合う必要はない。
というか話しかけたところで何言ってるかわからない。
俺は女性を無視して走り出した。
――――――――― 転移一日目、夕方 ――――――――――
暫く走った、はず。
風景はゲームとかで見る街道、平原にちょっとばかり整備された茶色い地面が地平線まで伸びている。だが俺の息が切れてきた、というか肺に空気が入って来てない。少し休もう。
街道から少し逸れたところで座る、腰掛ける石とかがあればそれに座りたかったがない物ねだりはできない。
息を整えながら辺りを見回す、地平線には何もないけど夕日が綺麗だった。
急がないといけないけど、さすがに体力的に限界だ、ここで休んでから走ろう。
草原に吹く風が心地良い、思わず大の字になって寝転がるって目を瞑る。
意識が遠のいていく―――――
――――――――― 転移一日目、夜 ――――――――――
意識がぼんやり浮上してくる。
目を開けると満月と満天の星空が見えた。周りが暗いせいか、いつもより綺麗に見えた。
あっちにいた時はこんなにゆっくり夜空眺めたことはない、思わず見入ってしまった。
だがいつまでも眺めているわけにはいかない、俺は立ち上がって再び走りだす。
一度走り出せば景色を気にする余裕もない、というか潰れてしまってわからない。ギリギリ分かる風景から大量の木があるということは分かった。ここは森か
そういえば『ないものがある』って神(?)が言ってたけど、もしかして怪奇的な動物……俗に言う魔物はいないのか。
多分いるだろう、だが出てこない理由はなんだ?RPGとかだと普通はこういう状況だともっと凶暴化しててもおかしくないはず。
いくら何でもムシが良すぎるとというか……?
視界の一部だけが妙に明るくなる。ゆらゆら蠢いているのを見るに電灯というよりたき火か?迂回するか…・・・
止まろうと思った、だが身体強化されたこの体は大分速度を出してたらしい。止まろうとするも地面を滑り、たき火の前で止まる。
体が止まると、目の前には上半身裸で、大小のサイズの違いはあれど同じ柄のズボンをはいた男の集団がいた。
まずい、山賊かもしれない。だがこの人数は相手する自信も時間もない。
「……」
山賊(?)達も状況が呑み込めないのか茫然と俺を見つめている。
思考よりも先に体が火のついた棒を一本だけ掴むと再び走り出していた。
「――――!!!!!!」
叫び声が聞こえた時には、たき火が大分小さくなっていた。
――――――――二日目、朝
火が必要なくなるくらい明るくなったころ、目の前には小さな湖が現れた。
湖を見てから喉の渇きを自覚する、そういえば昨日から飲み食いしてない。
湖の水を掬って口に流し込む、一回だけでは満たされない何回も何回も流し込む。
満足したところで食糧の入手の仕方を考える、一つは獣等を見つけて狩る、だがこれは現実的ではない、狩れたところで捌き方がわからない。
魚もダメ、火の起こし方がわからない、知ってる魚ならともかく知らない魚を生で食うリスクは大きすぎる。
街で売りに出されてるパンとか乾燥肉を盗むのが一番安全、か。
――――――― 二日目、夕方
森を抜け、しばらく走ったところに石造りの建物が多い町があった、町に着いたとたん腹の虫が『早く何か食わせろ』と騒ぎ出す。
そこに立ち寄って俺は市場らしい場所を探す頭には『飯』の一文字しか浮かんでいない。
広場に出た時、片付けている途中の店を見つける。店頭に都合よく果物が置いてあった。
遠目に見るとそれはリンゴに見える、あれをあそこから盗んで齧るだけで楽になれる。だがここで足が止まる。
今までの常識『盗みは良くない』という考えが俺の行動を抑えようとしてくる。
店主の手にリンゴが握られる。これを逃せばいつ飯が食えるかわからない、意を決して走り出す。置いてあったリンゴと店主の手に握られていたリンゴをひったくる。
「――――!!」
店主のものらしい声が聞こえるが知ったことじゃない。
俺は町を出て暫く走った後、何もない平原で立ち止まる。ここまで来ればさすがに衛兵も追ってこないだろう。
もう我慢できない、リンゴを齧る。
美味かった、今まで何回も食った味のはずなのに貪り食っていた。もう一つのリンゴも夢中になって貪った。
二つ食べるころにはもうこれが盗品だったなんてどうでもよくなっていた。まだ足りない、もっと欲しい、だがもう一度替える時間もない。
早く次の町へ行こう。
―――――― 三日目、朝
感覚が麻痺したのか、夜通し走ったのにもかかわらず疲れも眠さも感じなかった。
夜の間にいくつもの山を越え、崖を飛び越し、草原を駆け抜けた。
途中で見つけた町で何かの乾燥肉とパン、それと気付いたら服や靴がボロボロになっていたので白いフード付きのコートと動きやすそうな茶色のズボンと靴を盗んでそれに着替えた。
気付けば盗むために建物を壊すことにも罪悪感を覚えなくなっていた。寧ろあの訳のわからない言語で叫ばれるのが楽しくてしょうがなくなってきた。
それと気づいたことがある、いるにはいるんだが人通りが少ない。数日後には世界が滅ぶから家族と過ごしているのか?
俺もこっちに最初から住んでいたらそんな風に思えたのだろうか?
まぁ、関係ないか。
―――――― 三日目、夕方
走りながら頭に刷り込まれた記憶を頼りに現在地を探る、半分程来たはず。今のペースで走り続ければ
六日目にはたどり着く計算だ。
このまま順調に走っていきたい。
―――――― 三日目、夜
森の中を駆け抜けてる最中、かなり多くのたき火を見かけるようになった。大きな集団でもいるのか?走っているとその正体が分かった。
どこかの国の軍隊だ、下手したら捕まるかもしれない。
だがタイムロスも気になる、やはり……
木造の柵を壊す、中に入ると鋼鉄の鎧兜に身を包んだ兵士たちがこちらを見ていた。ここを無傷で突破するのはかなり厳しそうだ。
だが後のことを確実にするなら今無茶しないといけない、俺は全速力で突っ走る。
「――――!!」
「――!!」
やはり言葉は分からない、だが展開的に侵入者だと敵襲か? 兵士の隙間をぬって陣を駆け抜ける。剣、槍、弓がこちらに向けられるが、それを振るわれる前に駆け抜ける。そんな俺の進路を塞ぐように立つ人がいた。大きな槍のようなものを持っている、走っているせいで顔はよくわからないが、髪は金髪、胸が膨らんでいるように見えるから女性か?
俺はそいつが槍を突き出す前に駆け抜けた。はずだったのに後ろから何かがもの凄いスピードで投げられた。咄嗟に地面に転がると、数メートル先に槍が突き刺さっていた。
ここにきて初めて恐怖を感じた。このまま捕まれば何をされるか分かったモノじゃない、というかさっきの金髪の女性が距離を詰めて俺を取り押さえようとしていた。俺はその手を転がって避けてから急いで起き上ると全速力で陣の壁に向かって走り、それを破壊する。
振り切ろうと全速力で走ったが、後ろをチラっと見るとさっきの女性が追いかけて来ていた。
『ないものがある』
あの自称神が言っていた言葉を頭が過る、これがあっちでないものだとするなら異能って奴か? こんなのがゴロゴロいる世界とか怖すぎる。
俺は捕まりたくない一心で走り続けた。
――――― 四日目、朝
気付いたら女性は追いかけて来ていなかった、生れて初めて生きててよかったと思った。立ち止まり町で盗んできた水が入った袋の紐を解いて口を付ける。冷や汗が全然止まらない。
水を飲み干した後に再び走り出す、一心不乱に走り続けたせいで気付かなかったが、周りの風景が荒野になっていた。大分近づいて来た証だ。
崖を飛び降りた途端、色々なものが混ざりあってとんでもない臭いを放っていた。何かが大量の何かが転がっている。速度を落とし、転がっているものを確認する。
全て死体だった、人間が纏う鎧兜だけではない。ライオン、ヤギ、ヘビが合体したような異形の両断された死体、大小体格の違いはあれど、緑色の肌をした亜人と言えるような異形が焼けこげ、真っ二つにされ、モノによっては焼けこげていた。 それと
「――!―――――!」
「―――――――――――――!」
何かを叫ぶ声が聞こえる、声がした方を向くと、複数の人間が異形、人間を問わず死体を漁っていた。
気付かれて何かされる前にこの場を離れよう……
――――― 四日目、夕方
増える死体、強くなる死臭、そして走っているだけでも感じる地響き、ここに来てようやく分かったことがある。
今まで通ってきた場所にこういった異形がいなかったのは『ここに集まっていた』からだと思う『集まるように仕向けられた』可能性もある。この先で起こっているのはかなり大規模な戦争だろう。『国対国』レベルとも比較にならない『種族対種族』レベルの、下手したら『善対悪』とかいう頭の悪い例えが一番しっくり来るかもしれない。
この先、明日には戦場となってる場所に入るだろう。このままのペースで走れるか、途中で戦闘に巻き込まれるんじゃないか? こっちの人間からも狙われるんじゃないか? 数々の不安が頭を過る。
今のペースを維持しないと間に合わない、現地の人間には気付かれなきゃいい、戦闘もスルーだスルー俺の目標はヴァルガとか言う奴だ。と必死に言い聞かせて走る。
そういえば今日は食い物を一口も食べていない、食べないことに慣れてしまったのか。まぁいいか。
――――― 五日目、朝
生きてる人間もちらほら見かけるようになった、速度を落として辺りを観察する。ほとんどの人間がどこかしらを怪我している。患部に包帯を巻いたり、塗り薬を塗っている人間もいるこいつら軍医とかそういう類の奴らかな?
途中で何回か呼び掛けられた気がするが無視を貫く、というか俺を呼び止めるための声だったのかもわからないので無視が最善だと思った。
走る速度を戻す。
――――― 五日目、夜
地響きがする、大きい縦揺れが一回来ては止まるそれが一定間隔で繰り返されている。そして空は目的地の周りが朝の様に明るい。きっと昼夜関係なく戦っているんだろう。
ここも戦場だったのか、流れ弾でこうなったのかはわからないが、この辺り一体から大きさ、深さはそれぞれだが、クレーターだらけだった。
そういえば死体は人間のも、異形のも一切ない。ここから丁寧に運んでる、ということはないと思う。きっとこの先で戦ってる奴らの攻撃で跡形もなく吹き飛んだのだろう。何故かそう考えるのが普通だと思った。
――――― 六日目、朝
焼けた大地に氷漬けにされた異形、帯電している石像、通常ではあり得ないものが増えてきた。にしても遠くの異形は剣で斬られていたり、弓で眉間を撃たれていたりで死んでいたのに、目的地に近づくにつれてこんな死に方をしているのは何故なんだろう? 気にしてても仕方ないか、先に進もう。
―――― 六日目、夕方
遂に目的地の城が目に入る、だがそれ以上にその城の周りで戦っている連中に目が行く。丘の上にあった炭になった大木の影に身を隠して様子を見る。
一人は、六枚の翼が生えている上半身は裸、短い銀髪の多分男だ。右手には夕日が反射して橙に輝く大鎌を、左手には棒状になった雷(?)を持っている。
地上を見れば、白い髪と髭を生やしているからこっちは老人だろう、それが纏っている炎で巨大に見える剣を振り回している。一振りで十重二十重と異形を倒している。
次に目に映ったのは小学校高学年位に見える小さい銀髪の子供と、そいつと背中合わせに合わせに戦っている長い金髪の女性か? 空飛んでる男の妻と子供だろう……多分。その二人は戦場に突き刺さった多種多様の剣で逃げようとしている異形の首を刎ねて回っている。だがそれでも逃げていく異形はいる。だがそれもこの辺一帯を囲んでいる数えきれないほどの兵士に弓を射かけられたり斬られたりしている。
……一帯?
「―――!?」
「―――!!」
背を振り返ると恐竜の様な動物に乗った兵士が二人いた、さっきまでいなかったのにこいつらどこから沸いて来たんだ!? いや包囲してるんじゃなくて移動しながら殲滅してるのか?
とにかく逃げよう、全力で駆けだす。途中で大規模な攻撃は無かった、というか複数の視線を感じた、気付かれてる?大きく開かれた門を潜る、そこは城とは思えない風景だった。
かつて住宅街だったと思われる広場はその基礎だけを残して全てが崩れ去っている。城だけが無事なのが本当に不気味だ。
慎重に進もうと思ったその矢先、空から今までに見たことのない雷が降ってくる、ゴロゴロなんて可愛い音じゃない、パーン!という破裂音がしたという方が正しい。
しかしその雷は城に直撃したと思ったら見えない何かに弾かれている。これが城だけ無事な原因か。
こういった攻撃がいつ来るかわからない、さっさと城に入ってしまった方が安全だろう。さっきの攻撃で開いただろう穴から城の中に侵入する。
城の中も異形がうじゃうじゃいるかと思ったが、それ程いなかったようだ、ようだというのはそれすらも死んでいたからだ。というかここにも大量の剣が突き刺さっている。さっきの男女のペアもここに侵入しているのか? とにかく玉座を目指そう、多分奴はそこにいると思う。
突き刺さった剣を頼りに階段を探して登っていく。そしてようやく目の前に開かれた大きな扉が先にいたのは、さっきの小さい男の子と、同い年くらいの少女だ。その先にいたのは動く人間の物だったと思われる骨だ、その二人は俺の目を見て不的に笑う。意味は分からなかったが、その様子は俺を待っていたようにも見えた。
俺は走って来た勢いをそのまま、自称神に言われた通り殺意を込めて殴りつけた――。