【短編】その生徒会長は、人付き合いが苦手 (4)
短編4。短編3からの続き。
集書き方の練習中です。読みづらいかもです。
夜になると、私は人知れず家に帰る。
すると居間には、誰かの為に用意された夕食が残されている。
『紅葉へ 食べなさい』
最低限の灯りを着けて、置かれた箸を手に持って食べる。
高校進学と同時にこんな生活を始めてから、一度だけ怒られて喧嘩した。それでも無視してるけど、こうして夕食だけは用意されている。
この『私』は愛されていたのだなと、虚しい気持ちになる。
だから余計に、いたたまれなくなる。
私はもう、いないんだよ。ここに居るのは、ただの他人なんだよと。
例えば、脳が死滅して、植物状態で生きている人間が居たとする。
医学的に可能かは別にして、脳だけ生きている人間と、体だけ生きている人間を合わせて、一人の人間を作り上げたとする。
記憶だけは、几帳面に書かれた死人の日記を見て、人格を再現したとする。
これは、同じ人間であろうか?
誰かを構成する要素は、外見、記憶、人間関係、判断基準や優先順位。喋り方、気の使い方、どれかが欠けても、今までの自分とは相対的に変化する。
だけど、その半分がごっそり、入れ替わったとしたら?
人の細胞は、死滅と再生を緩やかに繰り返すことで、自分の整合性を保っている。周囲も自分も、肉体も精神も。
一年後には、別人に見えるような変貌をとげても、毎日を一緒に過ごすなら、一日の違いは些細に収まるはずだ。
美容院に行ったって、髪型が変わるだけ。趣味の違う服を買っても、翌日から服のレパートリーが追加されるだけ。全ての趣味が変わるまでに時間が掛かるのだ。
でも私は違う。精神が、魂が、前世という耐えられない記憶を流し込まれ、破綻し、再生する過程で『私』を作り上げた。
今の高校を受験するまでの私とは違う。かといって、五百年前に過ごしていた前世とも違う。
憎悪、痛み、苦しみ、怨嗟、そして絶望。
最期を遂げた自分と、将来の希望と不安を持っていた、最後の自分。
そのどちらの性質も、中途半端に持っている出来損ない。
持ち歩いている手鏡を見れば、無表情で愛想のない少女の顔が映っている。
笑おうとしても、昔みたいに邪気のない笑顔が浮かばず、結局は無表情になる。
「はぁ……」
私が好きだった杏仁豆腐の包みを開けて、銀色のスプーンでそれをつつく。
「甘い」
この味を美味しいと感じるのは、誰なのだろうか。
最後の瞬間に叫びを上げて、消えていった私だろうか。
それはもう、分からない。
----
三時間くらい眠り、私はシャワーを浴びて家を出る。
近くの公園で、夜明けの清々しい空気を楽しみながら、六時になれば校門が開くので、登校する。
学生証を、校内の端末にかざす。
今日は楽しみがあった。生徒会長になってから、初めての生徒会報酬の支給日である。
『ポイント残高:63,000』
確認してみると、思っていたよりポイントがあった。
案内に従って詳細を開くと、3000ポイントが試験結果に対する報酬らしい。1点あたり2ポイントと書かれていた。
そういえば、そんな説明があった気がする。
私は前から、このポイントが入ったら買おうと思っていた服があった。
生徒会長は授業が免除されるものの、出席日数は別でカウントされる為、半日は学校に居る必要がある。
校門には、駅にあるような改札口があって、IDカードになっている学生証をかざすと、出席日数として計算される仕組みになっている。
「会長、おはようございます」
「おはようございます」
七時になると、副会長の最上さんが登校してくる。
眠そうな顔で、生徒会室の共用テーブルに鞄を置くと、私に挨拶をしてきた。
「会長は早いですね。いつも何時に来てるんですか?」
「六時」
自分で淹れた紅茶を飲みながら、素っ気無く返事をする。
今はミルクティーを飲んでいて、ストレート、ミルク、レモンの順番で飲むのが自分流の楽しみ方である。
茶葉に拘りはないので、ティーパックを使っているが、インスタントと言えど味は馬鹿にできない。
来週あたりになると、書記の三崎さんに頼んでおいた(高級)紅茶ギフトが届くので、その到着も待ち遠しい。
「好きですね……」
呆れたように呟く最上さんは、自分もポットのお湯を使って緑茶を淹れていた。
それぞれ、好きな物を頼んでストックしている。そういう最上さんだって、緑茶には拘りがあるみたいだし、人の事は言えないだろう。
----
夕方になり、近くのショッピングモールに足を運ぶ。学校で支給されるポイントは、ここで使う事ができるのだ。
宇津魔法高校には、決められた制服はない。それでも式典や行事では、ブレザーや制服に近い清楚な格好が求められる。
普段は私服でも構わないものの、通例としては、やはりブレザーで通っている生徒が多い。
生徒会長としては、やはり私服よりは、ブレザーや制服に似たデザインの服を着ることが推奨されている。
人によって異なるデザインのブレザーや、内側に着るシャツ、ネクタイやリボンなど、組み合わせを楽しむことで、お洒落の幅は想像しているより大きい。
学生用の衣服売り場で、私は一つのスカートを手に取る。赤と白のチェックが入ったプリッツスカート。
夏服を持っていなかったので、黒のニットシャツと赤いネクタイを組み合わせる。
ゴシックを基調としていて、着るのを躊躇う人も居るかもしれないが、今の私の趣味である。
いい加減、衣替えも終わっていて、それなのに厚着のブレザーを着ていたので、校内を散歩していると暑くて仕方がなかった。
生徒会室は空調が効いているし、学校以外では早朝か夜に移動することが多いので、ぎりぎり耐えられていた。
「うん、似合ってる」
試着してみると、悪くはなかった。
買い物の合計金額は42,120円で、学生証を提示するとカードの読み取り部分を示される。
「ありがとうございました。値札は取っていかれますか?」
「お願いします」
シャツとスカートを三組買うと、それだけで三万円を超えた。ネクタイやハンカチ、下着を合わせると、税込みで四万円を超えてしまった。
それでも、来月になればまたポイントが入るし、あと二万円分で今月を過ごすのは余裕だと思われる。
そもそも高校生の身分では、分不相応な金額であると言えるだろう。
----
「会長、やっと薄着になりましたね。似合ってますよ」
翌日、学校に新しく買った服を着ていくと、書記の三崎さんが私の服装を見て反応してくる。
そういう三崎さんは、白いレディースの半袖シャツを着こなしていて、女の子らしく輝いている。
「……ありがとうございます」
三崎さんは、生徒会が主催する文化祭の企画書を作っていた。
二学期末に行われる文化祭は、土日に開催されて、一般の入場も認められているので、地域のお祭り扱いされている。
三崎さんが草案を作り、副会長が陣頭指揮を取りながら、各委員会や校舎の使用許可を取って回る。
この場にはいないが、会計を務める人物が金銭面の計算をしたり、営業活動をする。教師と協力しながら、周辺の企業にアプローチして出店を依頼したり公募するのだ。
黒字とまでは言わないまでも、一定以上の売り上げをノルマに課せられていて、結果に応じて推薦入学や就職の斡旋を受けられる。
一般生徒が行うものは、副会長が責任者となり調整するし、対外的に必要な仕事を担当するのが会計である。書記は生徒会の活動方針や、全体的な計画を立てる。
生徒会長の仕事は少ないものの、顔役として挨拶に出向いたり、授業中に動けない生徒会メンバーの代わりに、外出したりする。
もちろん、交通費は生徒会の運営費で落ちる。
「二学期が一番、成績を維持するのが難しいんですよ」
三崎さんが私の近くに座り、甘いお菓子を食べながらお茶を飲み始めた。
この人はよく話しかけて来るけど、後輩の私に対して、面倒見のいい先輩でも演じているのか。
迷惑とまでは言わないものの、自分では『話しかけるなオーラ』を出しているつもりなのに、通じていない。
「そうなんですか」
「会長は満点取ってましたが、何か特別な勉強法でもあるんですか?」
試験結果は校内ランキングに乗っているので、知っていること自体は不思議ではない。
それでも、答えて問題ないかと言われたら、少しある。
私は教科書を数回めくっただけで勉強していないのだから、普通だったら嘘か馬鹿にしていると思われてしまう。
「普通に、教科書を何度も見直しているだけですよ」
「塾とか行ってる訳じゃないんですね」
基本的には聞き役に徹して、質問されたら返答するだけ。それでも満足したのか、三崎さんは書類仕事に戻って行った。
自分で紅茶を淹れつつ、午後は少し砂糖を入れて、甘さと香りを楽しむのが良い。
高校生なのに、座っているか散歩しているだけの学園生活だけど、悪くはなかった。この適度な空間は、痛みでも苦しみでもない、平穏を感じさせてくれる。
今はそれでよかった。
----
短編1~3にブックマーク・評価を入れて下さった方、ありがとうございます。
とても嬉しく、励みになります。
短編3までは、出来る限り1話で完結するよう意識していましたが、もう少し続きを書こうと思ったので、どこかで連載に纏めるかもしれません。