13の結び目篇
その日、雨は当たり前のように空と土のあいだを降っていた。
アフラグ・ラスの地は雨季を迎え、砂ぼこりが立ち、境のような割れ目だらけだった乾いた大地が水痕にまみれてゆく。徐々に、やがて激しく、雷を伴いながら。地は泉に、泉は湖と化し、野鼠や鹿たちを潤す。あふれ出た流れは怒濤となり、彼らを飲み込み水底へ引き込んでいく。力尽き沈んだそれらも、いずれは芽吹きを助けるだろう。流れもまたついには力果て、広く大地を洗い流しながら大海へと消えていった。
アフラグ・ラスの人々はこの季節に種をまく。子の代では父が、父の代でも父が、祖父の代では母が等しくそうしていた。「鳥の神のために一粒、虫の神のために一粒、私たちのために一粒、隣人のために一粒」と唄いながら。そうすれば、穂はまちがいなく実った。人々と神々とが共に循環るならば、その営みが常であったろう。
雨季に誘われ草は緑を増した。が、延びもせず広がりもしなかった。作物はうなだれ、もはや振り絞る力も残されていなかった。強い雑草さえ縮んでいた。空風に吹き上げられた砂ぼこりはなかなか降りてこず、あたりを暗くした。雨雲は見えていた。降らす物も見えていた。だがそれは地に着く前に涸れてしまうおしめりだった。雨は降らずそよ風だけが吹く。その風だけが湿っていた。風は力を増して吹き募る。枯れ茎、葉、虫の死骸を運び去る。段畑を駆け上がっては逆巻き、駆け下がってはほぐすを繰り返す。その土煙に太陽と空が隠され、あたりは火が発つようなきな臭さばかりだった。昼でも暗く、夜では闇夜だった。月も星も見えない。風の音だけだった。吹き去った後の静寂はいっそ不気味だった。次の風を予感させるからだ。砂ぼこりは今も辺りを漂い続けている。
雨雲はまた今日も遠ざかったようだった。乾季がいつまでも去らず、人々は倒れた。川が細り、湿地が干上がり、作物は実も種もつけないまま風に倒された。雨と嵐の神アーカル・モ・ナーブが衰えたのだろうか。人々はアーカル・モ・ナーブの神殿に参り、石刃で肘や耳を傷つけて流した血を神像に垂らして称えた。神官たちは鮫の歯や串を男根に突き刺す儀礼を果たし崇めた。女たちは穴を開けた舌と神像を紐でつないで従順を示した。だが、アーカル・モ・ナーブの力は戻らず、雨季の空はまだ遠かった。
イスタニールの涎星が最も輝く日、王たちはアーカル・モ・ナーブの活力を呼び覚ますため花の戦争を営んだ。そして得られた捕虜の胸は裂かれ、脈打つ心臓がアーカル・モ・ナーブに捧げられた。何人もの男の心臓が捧げられた。雨季を待ち望むアフラグ・ラスすべての都市で行われた。人の力で及ぶ一切の手段はこれで尽くされた。雨季がこないのは人間界ではなく、天上界か地下界での不純である。人々は、
ーー天の神アハルガナーと太陽の神アクチケールが仲違いをしたのでは。
と疑った。
雨季の度に水と沈泥を恵んだアフラグ・ラスの気候の乱れが、ジャーヒルの権威を揺るがす。
アフラグ・ラスの中心にジャーヒルはある。この世の始まりとともに開いた穴に築かれ、生命の木の下に栄えた古王国。王は太陽の神アクチケールの化身。今は衰微し、王たちに威令できる力は失われた。オキュト神と契ったイシュカニールの王ソドムの使いケチェト神と契ったチャマルカンの王ヴァイスが現れ、言う。
「アフラグ・ラスが乱れかけています。王にして神よ、太陽の神アクチケールよ、血を拭うようにして世を直してください」
「それは天の神アハルガナーの言い伝えでもある」
太陽の神アクチケールはアフラグ・ラスの神々の元へ旅だった。
東のイャカ神からは綿と香草が贈られ、南のスカフ神からは鮫の歯と宝貝が贈られ、西のケチェト神からはトウモロコシ酒とジャガイモが贈られ、北のオキュト神からは黄金と翡翠が贈られ、望む物が返された。乾季が短くなることが約された。
太陽の神アクチケールはアフラグ・ラスの神々と語らい、贈り物を交換し、和みあったと天の神アハルガナーに告げた。
雨季の到来はその後も乱れた。太陽が月に隠れ、蟻に啄まれるように光を失うと周囲の星々が煌めく。人間界の神々に不正をはたらいた太陽の神アクチケールは、オキュト神と契ったイシュカニールの王ソドム、ケチェト神と契ったチャマルカンの王ヴァイスに倒され、自らの赤い血の星に担われて天に帰った。
ジャーヒルの権威は終わった。諸王は次の優越と権威を求めて斧の戦争に訴えた。
また入院することになるので、とりあえずここまで。