敵襲
青く光るはふーを真ん中に、俺たちは円を作るように座る。
「やつらは、主に夕方から夜にかけて狩りを行うんじゃ」
「だから、その狩りは何ってきいてんのよ」
ナツメが少し苛立ちながら訊ねた。
「ふむ。狩り、とは、人狩りのことじゃ」
「隠れ人のことか?」
「そうじゃ。やつらは隠れ人を狩っておる」
俺は、ちらりとミアの方を見た。ミアは、ぼけっと口を開けて聞いている。当人の話だとわかったいないようだ。
「奴隷にでもするのか?」
俺の問いに、長老は「ふむ、どうじゃろうか」と考え込む。フリだろう。答え渋っているのが目に見えてわかった。しびれを切らしたナツメが言う。
「長老、私たちがいわゆる『敵』に記憶を抜かれたら、もうあなたの方まで危害が行くのは目に見えてるわ。それだけあなたという記憶が私たちの脳に刷り込まれてる。それはまあ、失礼だけど、私たちに接触して来たあなたたちの責任でもあるわ。この世界にきて、助けてもらって本当に感謝してるけど、もう隠しごとをしていても意味はないんじゃないかしら。『敵』による『狩り』の目的を知らないと、私たちの今後の心構えや、敵と遭遇したときの対処も変わってくる。教えてちょうだい」
早口でまくしたてたナツメに少したじろぎながら、長老は再び「ふむ」と頷いた。ごほんと咳払いをすると、腹を決めたように目を大きく開いた。
「やつらは、魂狩りをしておる」
「魂を狩る?なんで?」
俺は、矢継ぎ早に訊ねた。
「『魂の循環』については知っておるか?」
長老が訊くと、エンリーが口を開く。
「『魂の循環』、ですね。7つあるといわれている世界で、魂が循環している。今から半世紀前にザック・リーによって初めて発表された説です。私たちに、いわゆる『死』が訪れた時、魂はその世界にとどまるのではなく、別の世界で転生される、というものです」
エンリーの100点満点の解答に、長老は頷く。
「そうじゃ。そしてその循環には、ある一定のルートがあるとされておる。つまり、a世界の次はb世界、b世界の次はc世界、そして転生を繰り返し、再びa世界に戻ってくる」
「『魂の循環ルート』ですね。学術用語では私たちの世界のことを『主世界』または『レッド』と呼んでいます。半世紀前、『副世界』のひとつとの交流に成功しました。当時の学者たちはその『副世界』を『ブルー』としました。さらに、近年、『魂の観測』が可能になり、私たちの『主世界』つまりレッドから、『副世界』つまりブルーへ魂が移動していくのが観測されました。そこで提唱されたのが『魂の循環ルート』です。七つあるとされている世界に、魂はあるルートを持って循環しているのではないか、という説です。それで、それがなんなんでしょうか」
エンリーが、目を輝かせながら早口で言った。長老の言葉を喜々として待っているように見えた。
「あいつ、学部内で、影で『歩く辞書』なんて言われてるらしいぜ」
俺は、小声でナツメに言った。
「何よ、エンリーのこと馬鹿にしてんの?」
怒ったようにナツメが言った。
「え、いや、そういうわけではないが」
「そういうあんたはあだ名もないような存在感のなさだったんでしょ」
返す言葉もない。
「エンリー、お前はすごいぞ」
俺のことばに、エンリーは照れ笑いした。俺は心が痛んだ。
「『魂の循環ルート』何の補足もいらない説明じゃったな。さて、そのルートを乱すもの、それが敵じゃ。この世界で魂を狩って、自分の世界に運んでおる。未だその目的の詳細はわかっておらんが、とにかく『魂の循環』に影響が及ぶのはまちがいない」
長老の言葉に、エンリーは身を乗り出して言う。
「つまり、『魂の循環』も、『魂の循環ルート』も、どちらも説として正しかったということなのでしょうか!?」
こんなにもテンションの高いエンリーは初めて見たが、驚くところはそこなのか、と思う。根っからの学者思考なのだろう。
俺はというと、なんだか世界の闇に触れたような興奮がうずうずと沸き上がっていたが、自分よりも明らかに興奮しているエンリーを見ていると、妙に落ち着いた。
ナツメはふんふんと聞いていたが、あまり深い興味を抱いているようには見えなかった。多分、その情報が元の世界に戻るのに有益かどうか、というところに焦点を当てているのだろう。医学科らしいリアリストである。
ミアは、ぽかんと口を開けているだけである。子供には難しすぎる。俺にも。
「とにかく、狩りとはそういう目的じゃ。で、隠れ人とはこの世界のものたちのことで、『敵』から隠れておる。だいたいは地中に基地なるものを作って隠れて生きておる」
「なるほどね。その『魂狩り』なんだけど、もちろんこの世界の住人でない私たちも狩られる可能性があるのよね」
「わからん。が、多分狩りの対象にはいるじゃろう」
「魂を狩る、っていうけど、方法は?会った瞬間に狩られる、なんてことはないわよね」
「それは大丈夫じゃ。魂を抜き取る魔法と、魂を保管するための入れ物がある。どちらも魔法条件がいくつかあるから、捕まらない限りは魂は抜かれん」
「ありがとう。よくわかったわ。立て続けに悪いけど、『敵』の戦力とか、使う魔法については何かわかるかしら?」
「わしも詳しい情報はもっとらんが、100人や200人いるわけではない。この世界にいるのは、せいぜい10人そこらじゃと思う。やつらの魔法については詳しくわからん。ただ、もとからこの世界にいたものは少なく、別世界からきたものが多いはずじゃ」
「それはつまり、、、」
ナツメがあーだこーだと再び話し始める。俺の入る余地はない。ナツメに任せておけば万事オーケーである。俺の出番は、まだ後だ!
ミアが、大きくあくびをし、目を擦る。
「明日に向けて早く寝ましょうか。はふー、お願いできる?」
ナツメの言葉に、はふーは「はふはふ」と笑顔で言った。次の瞬間、はふーの綿毛が俺たちを包んだ。最高級の布団である。睡眠欲求というのは本当に、なんというか。ああ、最高に気持ちいい。
寝覚めが悪いというか、朝は突然にやって来た。
「起きろ!クロウ、起きるんじゃ!」
長老の声で、俺は目を覚ました。朝というには、まだ薄暗い。
目を擦るエンリー。一方で、昨日とは打って変わって、ミアは目を見開いている。ナツメの顔も強張っている。
「どうしたんだ?」
張りつめる空気に、俺は久しぶりに深刻そうな声を作って訊ねた。
「200メートル内にわしらとは別の魂反応が見られる。2、3、いや、4人はいる。草原の方からくる」
「ここ、危ない。きちゃう。逃げなきゃ」
ミアが、目を見開いて言った。
根拠はないが、ミアの言葉には真実みがあった。だからといって、音を立ててまで下手に動くのがいい手だとは思わない。森には風も音もなく、位置がばれる危険性が高い。
「どうする」
俺は意見を求めた。主に、ナツメに。ナツメは口早に言う。
「敵の魂を感知しながら、なんとか敵とは逆の方へ慎重に移動できないかしら」
「それは、タイミングが悪くて申し訳ないが、無理じゃ」
一本の綿毛が、空からひらひらと落ちて来た。ずいぶん黒ずんでいる。
「効力が切れた。感知の綿毛は当分だせんし、今はもう感知できん」
ナツメは、「なら」といい、山の方を向く。
「移動しましょう。いい、長老」
ナツメが同意を求めると、長老はこくりと頷いた。
「端的に言うわよ。移動の方法は、クロウ、あなたよ。私とミアを一人づつ、約50メートルから100メートルの距離を目処に、移動魔法で移動してちょうだい。それを繰り返す。なるべく音が立たないような場所を移動して」
ナツメが、切れ長の目で、俺を見つめる。俺は、「おう」と高まる緊張を抑えながら、返事をした。
「それと」ナツメは、ひと呼吸置いて、言う。
「エンリー、あなたは、はふーの中に入って、透明化するのよ。長老とはふーなら精霊だから向こうは干渉してこないし、中で透明化していれば、見つかることはないわ」
エンリーは、途端に不安そうな顔でナツメを見た。
ナツメは、エンリーを見ないようにして続ける。
「山の方に真っすぐに向かうわ。何か集合地点になるところはある?」
「ここから5キロほど歩くと川にぶち当たる。川上に登って行けば、大きな滝に行き着く。そこでどうじゃ」
「とりあえずはそこを集合地点にしましょう。もし今日の夜までにその地点で集合できなかった場合、雑破で悪いけど、山の麓に二日後、集合よ。長老、なんとかその周囲を探して私たちを見つけてちょうだい。頼んだわよ」
「ふむ、わかった。行く前に、これを渡しておく」
長老の綿毛が、一本づつ俺とナツメの手元に落ちる。
「それを手首に巻いておくが良い。まじないのようなものじゃ」
俺とナツメは、綿毛を手首に巻きながらエンリーを見た。
エンリーは、何も言わない。
「エンリー、大丈夫よ」
ナツメが言う。
エンリーは、ナツメを見たまま、何も答えない。
ナツメは、エンリーの手をぎゅっと握った。
「大丈夫よ。私たちは、また会える。はふー、お願い」
ナツメに言われ、はふーはエンリーを包んだ。
「エンリー、透明化するのよ」
しかし、エンリーはナツメの手を離さない。
「エンリー」
エンリーの気持ちが伝染したのか、さっきまでは力強かったナツメの声に悲しみが宿る。
俺は、足下の草を適当にちぎった。そして、エンリーのもとへ駆け寄り、それを渡した。
「これは」
エンリーは、ようやく声を発した。
「三つ葉じゃないですか」
不満げな声であった。でも、少し笑っていた。
「それは、俺からのプレゼントだ。お前の所有物だから、透明化できるはずだ。試してみろ」
俺がそう言うと、エンリーは、ナツメの手を離した。
「か、必ず、必ず、ぜ、絶対に、会いましょう」
震えた声で、エンリーは言った。
こくりと、ナツメと俺は頷いた。
すうっと、エンリーは消えて行く。最後に、手元にあった三つ葉のクローバーが消えた。
はふーと長老はふわりと浮くと、山とは反対方向へ向かって行く。あわよくば、敵がそっちへ向かってくれるなら、時間が稼げる。
「あとは、私たちよ、あとは。ミアから移動させて」
鼻声でナツメは言った。敢てナツメの顔を見ないようにして、俺はミアの手を握った。