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廻る魂の世界航路  作者: ジョブレスマン
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出発の朝

第5話 

 古い民家。太陽の光が眩しい。黒い、何かが見える。小動物のような。横たわっている。悲しい?感情が流れてくる。悲しいんだ。黒いそれを抱きかかえる。民家の裏、納屋の隣に小さな穴がある。そこに、黒いそれを入れる。背後から声が聞こえる。五月蝿い。流れてくる感情は、苛立、怒り。俺は、声の聞こえる民家の方には戻らず、納屋に入る。古びた机に向かい、ノートと鉛筆を引き出しから取り出すと、なにやら殴り書く。ぽたりと、ページに水滴が落ちる。悲しみ。黒い、小動物への、愛が、溢れ出す。どうしようもなく、悲しい。悲しい。悲しい。俺は、ノートを再び引き出しに戻す。暗闇が訪れる。よく眠れない。よく眠れないな。


「クロウさん」


 五月蝿い。なんだ。


「クロウさん!」


 光がマブタを刺激する。眩しい。


「朝ですよ!見てください!」


 ん、朝か。変な夢をみたような。俺はぬっと起き上がり、エンリーの指差す方を見る。

 雄大な山がそびえ立つ。朝日が、尾根から顔を覗かせる。大きなたんぽぽのようなはふはふたちが、空中に舞っている。綿毛についた朝露と朝日が反射する。はふはふたち一匹一匹が、ダイヤモンドのように光っている。


「きれいだな」


 声が漏れた。

 ふふっと、エンリーは笑った。


「何わらってんだ」


「いえ、別に。なんだか嬉しくて」


 答えになっていない。

 俺の気持ちを読み取ったのか、エンリーが続ける。


「みんなと、こんな景色が見れるなんて」


 みんなと?俺とじゃなくて?なんて言葉尻を捉えるような無粋なことは言わない。


「あら、あんた起きたの」


 背後から、ナツメの声がした。

 ナツメは、水の入った木製の容器をいくつか持っていた。


「私もエンリーに起こされたの。それにしても奇麗よね」


 なんだ、俺は二番目だったのか。とにかく、俺もナツメも景色を楽しめるぐらいには精神的に余裕ができてきたようだ。エンリーは変わらず楽しそうだが。


「ありがとうございます、お水!」


「ええ、意外と近くに川があったわ」


 ナツメは、俺たちに一つずつ木の容器を渡した。


「ありが」


 俺は容器を受け取った。


「あんた、ありがとうすら省略して言うの?」


 あきれた顔で、ナツメが言った。


「起きたようじゃの、クロウ」


 ナツメから名前を聞いたのか、長老がふわりと現れると言った。


「さて、では、寝起きで悪いが、これからのことについて話そうか」


 長老が淡々と話しだす。敵のアジトは、ここから歩いて二日ほどかかり、はふはふに乗って飛んで行くのは見つかる危険性があるので避ける、と続けた。


「え、でも、昨日は飛んで来たわよ?」


「それについてはすでにこってりしぼったわい」


 長老は、じろりとはふーを見た。長老に睨まれたはふーは、赤いリボンを付けた綿毛をさらにピンと伸ばした。鳥肌が立った、と同じような感覚だろうか。


「昨日ももっと慎重に行動すべきだったんじゃ。敵にばれてもおかしくなかった。まあそれはさておき」


 長老は、話を続ける。

 元の世界に戻るには、敵のアジトに行き、ある魔法装置を使用する必要がある。それはアジトの内部にあるのは確実であるが、詳細の場所はわかっていない。また、装置の発動には、人間の魔力が必要らしい。敵の人数はよくかわっていないが、それなりの力を持っているとのこと。


「アジトまでの二日間も、気はぬけん。やつらは、定期的に狩りに出る」


「狩り?」


 ナツメが訊ねた。


「ああ、魂狩りじゃ。おいおい話すが。とにかく、わしらが助けられるのは、アジトの近くまでじゃ。そこからは主らが自分たちで侵入し、装置に辿り着かねばならん。わしらは精霊という存在であり、それ以上でも以下でもない、と思わせておかなければならないのじゃ」


 長老は、深刻な表情で言った。

 緊張が走る。ごくり、とつばを飲む音が聞こえた。エンリーであった。さっきまで図太く、能天気なやつだと思っていたが、さすがに事の深刻さが身にしみて来たようだった。それは俺も同じであった。未だ見ぬ敵と、そのアジト、それはもやもやと、とてつもなく大きなものとなって、俺の心に不安と恐怖を募らせた。


「そこまで送ってくれれば充分よ。ありがとう。さて、今度は私たちの話し合いよ」


 ナツメは真剣な目つきで、俺とエンリーを見る。


「私たちの力をそれぞれ確認しておく必要があるわ。アジトに侵入する方法を考える必要があるし、戦闘になることも考えられる」


 戦闘。ごっこではない。もちろん、怪我もするし、最悪命の危険もある。こんなにも「戦闘」という言葉が深刻で重たいものに感じたのは初めてだった。唾液が、口の中に溜まる。俺は、音をならさぬよう慎重にそれを飲み込んだ。


「私の基礎魔法は炎、氷、雷。特化は氷。触れているものであればたいていのものを凍らせることができる。ただ、触れているものだけね。逆に、威力は弱いけど炎と雷は、放つことができる。範囲は数メートル程度で、軽い火傷程度の威力だけど。手元であれば、せいぜい軽度の火傷ぐらいの炎だと思ってちょうだい。特殊魔法は吸引と細胞の活性化。治癒魔法に分類されてるわ。吸引は、傷口の菌を吸い取ったりするのに使うんだけど、応用的に敵の魔力や、昨日してみせたけど、植物のマナも抽出できる。もう一つの細胞の活性化は、傷の治りを早くするぐらい。どちらも高い集中力が必要で、戦闘には応急手当ぐらいでしか使えないわ」


 ナツメは、淡々と言った。炎に氷、雷も使えるとは、さすがである。ちなみに俺は


「で、あんたは?」


「俺は、基礎魔法は炎のみ。特化といえるほどの威力はない。放つこともできない。俺もナツメと同じ程度の火の威力だ。特殊魔法は、前にも言ったが移動魔法だ。遠い、範囲外の距離は、基本的には前に述べた魔法条件を満たす必要がある。現在地点から充分に視覚できる場所であれば、魔法条件なく移動できる。視覚できる位置でも、距離が遠くなるにつれ、その分集中力を高めないといけないけどな。あと、俺に触れてさえいれば、一人分くらいなら一緒に移動することができる。ただ、転送のみはできない。常に俺も移動することになる」


 もはや情けないとは言ってられない。基礎魔法、特化魔法、特殊魔法など誰かが勝手にカテゴライズしただけである。ただ使える人が多いものを基礎魔法、その中で、一定の力を超えたものを特化魔法、使えるものが少ないものを特殊魔法、ってだけである。だから、とにかくなんだ、基礎魔法がしょぼい炎だけでも別に恥じることはない。などと考えていたが、そういえば俺よりひどいやつがいた。


「わ、私は、ごめんなさい、透明化しかできません。魔法条件は、私が、自分の所有物と認めたものだけ透明化させることができます」


 エンリーが、申し訳なさそうに言った。


「謝る必要はないわ。とっても立派な魔法よ。目的地まで二日ある。焦らずに、でも少しだけ考えておいて。それぞれの魔法を頭に入れて、敵の基地に侵入する方法をね」


 ナツメは、真剣な表情から一転、にっこりと笑って、立ち上がった。柔らかい空気が流れる。エンリーも、少し顔をほころばせている。

 こいつは良いリーダーになる。と俺はナツメを見て頷いた。長老も俺と同じように頷いていた。彼も、ナツメに対して同じようなことを思ったに違いない。はは、ナツメのリーダー性に将来性を感じるなど、俺の立ち位置のすることではなかったようだ。現に、俺が何かを悟ったように頷いたのがナツメのしゃくに障ったのか、


「何を上から納得したような顔をしてるのよ」


 と悪態をついてきた。

 俺は、ただ「ふふ」と意味深に笑った。特に意味はない。


「気持ち悪いわね。きもいクロウ。あんたはきもロウよ」


 ナツメが言うと、エンリーが思わず笑った。


「ご、ごめんなさい、クロウさんひ、でも、きもロウって。ひひ」


 つぼがわからん。反応も面倒なので、俺はさっさと立ち上がった。

 木があまり生えていない、日のよく差す場所があった。見上げると、空がすっきりと見える。上空に、何十匹のはふはふたちが浮いている。少しの間、俺たちは、足を止めた。何がみんなの足を止めたのだろうか。この場所への名残惜しさか、次の歩を進めることへの不安か、単純に、目の前の幻想的な景色に目を奪われたのか。

 エンリーが手を振ると「はふはふ」と嬉しそうな声が上がった。

 優しい木漏れ日差す森の中を、長老と、赤いリボンを揺らすはふーを先頭に、俺たちは歩み始めた。


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