表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
廻る魂の世界航路  作者: ジョブレスマン
5/29

はふーと長老

 夕方というには少し早いような、日の傾き具合である。風は涼しく、散歩にはちょうど良い。

なんて暢気なことを考えていても、心の内では結構焦っている。


「エンリー、お前怪我してるぞ」


 エンリーの膝から血が出ていた。

 ナツメが目をひんむいて、エンリーの膝を見る。


「エンリー!なんで言わないの!?」


 こいつのエンリーへの過保護な愛は何だ?


「あ、こっちにくるときに膝を打ってしまって。いえ、かすり傷ですので、大丈夫です」


 エンリーは右ひざを隠すように手で覆った。しかし、ナツメがその手をのけて、膝を凝視する。そして、右手をかざす。薄い氷の膜が、出血を止める。

 さすが医学科である。


「これで大丈夫よ」


 ナツメは優しくエンリーに微笑んだ。


「ありがとうございます、ナツメさん!」


 エンリーも微笑んだ。


「ナツメって呼んで。学年なんて関係ないわ。私年齢は一つ下だし」


「え?」


 年齢が一つ下?


「あれ?言ってなかったかしら。私二年飛び級してるから、あなたたちの一つ下よ。学年は一つ上だけど」


 超エリートじゃねえか。


「な、ナツメ」


 エンリーは、照れながら言った。


「エンリー」


 ナツメは、エンリーの頭をなでると、再び優しく微笑んだ。エンリーも微笑む。いいのか、エンリーよ、そいつは年下だぞ。


「で、ナツメよ」


「何よ」


 相変わらず俺には冷たいし、ため口である。が、ここで年齢の話をしていても小さな人間だと思われるだけだ。もちろん学年では俺が下だし。ん?そうか、俺は学年ではこいつより下なのだ。どう接したらいいんだ。


「な、ナツメさん」


「なんで急にさん付けるのよ」


「いや、学年は上だし」


「あんた、ずっと私のこと呼び捨てで呼んでたじゃない。年齢が下だとわかったら急にさん付けって、どういう思考回路してんの?てか呼び捨てで呼んで、って話してたわよね今」


 ふむ。むかつきはするが、言い返す言葉もない。


「ナツメよ」


「だから、何よ」


「お前の肩に付いているその丸いふわふわしたのは何だ?だんだんと大きくなっているが」


「へ?うわ、何これ!」


 ナツメは急いで肩に付いた綿毛のような何かを払いのける。

 手のひらサイズまで大きくなったそれは、ふわふわとオレンジ色の空に浮いた。


「な、なんでしょうかあれは!?」


「この場所を知る手がかりよ、逃がさない!」


 ナツメの右手に冷気が溜まるのが分かった。


「待て、降りてくるぞ!」


 ふわふわと浮いたそれは、ゆっくりと俺たちのところへおりてくると


「はふはふはふ!」


 妙な鳴き声でないた。

 近くで見ると、綿毛の中に、黒い目が二つある。口は見当たらないが、綿毛に埋もれているのだろう。

 ナツメの周りをふわふわと浮いている。


「なんだ、こいつは」


「さあ?」


 ナツメは自分の周りを飛ぶそいつをうっとおしそうに見ている。


「か、かわいい!」


 エンリーが目を輝かせて言った。


「そ、そうか?」


 お世辞にもかわいいとは言えない。たんぽぽに目が付いたような、変な生き物である。


「はふはふ!」


 エンリーを見て、多分、そいつは笑った。


「はふはふ!はふはふ!」


 エンリーが真似て言う。すると、「はふはふ、はふはふ!」とそいつは返事をした。


「おいで、はふー!」


 エンリーの中ですでに名前は決まったようだ。

 はふーは、再びナツメの肩に止まった。


「うげ」


 ナツメは嫌な顔をして、はふーを見た。エンリーは、はふーの綿毛を手でつつきながら、にこにこ笑っている。


「おい、なんだかでかくなってるぞ!」


「ちょ、なによこれ!」


 ついにはナツメを綿毛の中に取り込んだ。それだけに収まらず、はふーはさらに大きくなると、俺とエンリーをも包み込み、ふわりと浮いた。


「なんだ、これは」


 今日何度目かの同じ台詞を俺は吐いた。


「だ、大丈夫ですよ!は、はふーは悪い子ではありません」


 とか言いながらも、エンリーは俺の袖を握っていた。少し震えながら。それを見たナツメは、俺を睨んだ。そして、エンリーの空いた方の手を自分の袖に掴ませた。なんなんだよこいつは。

 綿毛の中からは、ぼんやりと外が見えた。電柱ほどの高さをふわふわと浮いている。点在する民家はどれもが廃墟のようで、広がる田畑も荒れていた。鳥はちらほら飛んでいるが、人の気配はない。

 開けた場所を過ぎると、今度は森に入って行く。


「どこにいくんでしょうか?」


 エンリーが不安そうに言った。


「とにかく、今落とされてはひとたまりもないわ。ここはおとなしくしておきましょう」


 俺たちは、はふーの中で座り込んでリラックスモードになった。綿毛がふわふわで、上等なソファーのようである。うつらうつらしているうちに森を抜けると、大きな山が現れた。オレンジ色眩しい夕日を背中に、雄大にも美しく聳えている。


「あれ、あれは人じゃない?」


 ナツメが指差す。

 50メートルほど離れた山の麓に、確かに小さな人影のようなものがあった。影は、ふっとそのまま消えた。


「ナツメ、お前髪留めが」


 落ちかかっていた。


「え?何?」


 ナツメが髪留めを触ろうとする。


「あ」


 髪留めが取れると、綿毛のすき間から落ちていった。


「はは、まあ、ドンマイ」


 髪留め一つぐらい、と軽い気持ちで俺は言った。


「パパにもらった髪留めが」


 落ち込んだ様子のナツメに、女の子らしいところもあるんだな、と少し感動を覚えた。なんだか少し肩を怒らせているような。でも、俺のせいではないよな。うん。

 エンリーは、ポケットから何かを取り出し


「これをどうぞ、ナツメ」


 ナツメの髪に、赤い髪留めを結うと、にっこりとナツメに笑いかけた。

 ナツメは、エンリーをぎゅっと抱きしめる。


「ありがとうエンリー。あなたは女神かなにかよ。そうに違いない。そうでなければ、いや、そうでないということはないわ」


 面倒な言い回しでエンリーを誉め称えると、ナツメの機嫌はすっかり戻った。

 はふーは山を旋回し、広がる樹海を進んで行く。

 柔らかい夕日、風の音。

 相変わらず人の気配はない。


 睡魔と戦っていると、突然止まり、ゆっくりと下降していく。

 地面につくと、はふーの綿毛がどんどんと縮小していった。

 ようやく俺たちは綿毛の外に出た。山から少し離れた、樹海の真ん中であった。


 驚いたのは


「はふーはふ−!」


「うぎゃあああああ!」


 はふーがたくさんおり、そのどれもが蛍光灯に集る蛾のように、ナツメのもとに集まったことである。


「はふー、はふー!」


 はしゃっぐはふー。俺とエンリーは、呆然と見ていた。どうしよう。


「はふ、はふーーー!」


 他のはふーとは違う、低い声がした。声の方を見ると、そこにもやはりはふーがいた。しかし、このはふーだけは口元の場所がだいたいわかった。白い綿毛の中に、口元を象るように、茶色い髭のような毛が生えていた。


「はふふふふ!はあーふ!」


 じゃべるたびに、その茶色い髭がもごもごと動いた。ナツメのもとにいたはふーたちが、一斉に離れていく。長老みたいなものか。


「ナツメ!」


「だ、大丈夫ですか、ナツメ!」


 俺とエンリーはナツメに駆け寄る。


「大丈夫よ」


 ナツメはぜーぜーと呼吸が荒く、せっかく止めた髪留めが再び取れかかっていた。


「すまんかったのう、客人ら。さて、これはこれは珍しい。あちらの世界のものたちか」


 髭をもじゃもじゃと動かしながら、長老は言った。

 俺たちは口をあんぐり開けた。


「ことばが、というか、あちらの世界もの?なんでわかるんだ」


 俺は訊ねた。


「わしも世界間を渡ってきたからのう」


 俺たち三人は、顔を見合わせる。


「どうやってこっちに来たの!?」


 ナツメが訊ねた。他にも疑問はあるだろうに。現実的思考なやつである。


「つまり、私たちは世界間を移動していた、ということですか」


 エンリーは、他人事のように冷静に言った。大物なのか、ただの能天気なのか。


「あ、いや、忘れてくれ。いってはいかんことじゃった。わしはただの精霊じゃ。本当に。まじじゃよ」


 髭の着いたはふーは、急に慌てだした。視点が右へ左へとうろうろしている。なんだこいつは。

 うっすらと、暗闇が樹海を覆い始めた。

 夜がやってくる。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ