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廻る魂の世界航路  作者: ジョブレスマン
29/29

もとの世界へ 一部完

 ずきりと、肩が痛む。

 寒気がする。

 激しい頭痛が襲う。

 吐き気を催す。

 両手、肩に、それぞれぬくもりを感じる。一人じゃない。ナツメが、エンリーが、ミアが、そばにいる。

 ゆっくりと目を開く。

 ぼんやりと、石像が遠くに見える。そのそばに、少年が立っている。

 足下に目を移す。

 地面には、見たこともない幾何学模様の方陣が描かれている。

 これで帰れるのか。

 ぼやけた視界に、少年が近づいてくるのがわかる。

 ナツメはーーー

 ぐったりとしている。俺がなんとか肩で支えているが、意識は朦朧といしてるのだろう。

 俺が、なんとかしなくてはならない。俺が。

 方陣に手をかざす。しかし、方陣起動に必要なことばはなんだ。こんな方陣見たことない。


「すごいね。4人の移動。魔力が暴発してる」


 少年が、ゆっくりと近づいてくる。


「でも馬鹿だね。さっきも言っただろう?方陣内から方陣に干渉することはできない」


 糸がきらりと光る。腰の辺りを、その糸がかすめる。

 紙が切れた音。ポケットに入れていた日記の紙がはらりと舞う。

 少年は、にやりと笑う。


「クロウ、ナツメ、エンリー、いつ、なにをしてるとき、どこから、この世界来た?」


 ミアが、少年に聞こえないよう小さな声で言った。

 どこ?大学のグラウンドで魔法実践学の授業を受けていて。意識が朦朧とする。いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。


「ミア、方陣発動の古言はなんですか?私が」


「エンリー」とミアはエンリーのことばを制すと、優しく微笑んだ。


「みんな、ありがとう。いっぱい、楽しかった」


 俺は、ミアの手を強く握り直した。


「み、ミア、まちなさ」


 ナツメが顔を上げて、ミアの方を見る。

 ほぼ同時に、俺の左手から、ミアのぬくもりが消える。

 そこにミアはいない。

 ミアは、方陣の正面に立っていた。小さな体。地味な色のワンピース。腰まで伸びた長い髪。前髪を留めた赤いピン。キレイな形をした額。ひまわりのような、笑顔。

 そして、方陣に、手をかざす。


「待て、ミア!待て!」


 左手を伸ばす。さっきまでミアが握っていた、左手。届くはずもない、左手。


「かたがた別るとも、行き巡りても逢わむとぞ思ふ」


 優しくも、儚くも、ミアは、流れるように詠んだ。

 

 待て。待ってくれ。ミア。

 空間が歪む。

 ぐるぐる回る。

 感じたこともない圧力が、体にかかる。

 苦しい。

 

ーーー大丈夫。あの子は私がーー


 落ちる。


 すとんと。


 浮遊する。



 風が冷たい。

 左手には、なにもない。

 体の節々が痛い。頭痛と吐き気はとどまらず、どさりと地面に倒れる。ちくりと、芝が顔にささる。

 帰って来たんだ。ミアを残して。

 月明かりがやたらと眩しい。

 エンリーもナツメも、俺のそばで倒れていた。移動のときに受けた衝撃で気を失っている。ナツメの方は、一刻も早く病院に行かないと危険だ。


「ようやくかい。まあでも、ええタイミングや」


 背後から、聞き覚えのある声がした。独特のイントネーションは、忘れようと思っても忘れられない。


「アリ、か」


 月明かりに照らされているのは、ニット帽を目深にかぶったいかにもちゃらそうな男。


「そうや。一週間ぶりぐらいかの」


 一週間しか立っていないのか。ずいぶん久しぶりに感じる。なんでアリがこの時間、ここに。しかし、今はとにかく。


「ナツメが、やばい。救急車を」


 アリは答えず、俺に近づいてくる。


「お、お前、何を」


 アリが、俺の上着のぽけっとを弄りはじめる。体が思うように動かず、振り払えない。

 アリは、俺のポケットから日記を取り出すと、


「これやこれ!はああああようやくや!」


 と喜びの声を上げた。

 頭が働かない。こいつは、何を言っている。


「すまんかったな、クロウ。でもこれでーーーー」


 上ずるアリの声。頭痛が、激しくなる。


「『魂の循環ルート』、一つ確定や!」


 ぼやける視界に、月明かりがぐらりと揺れる。

 アリの後ろ姿が、遠のいていく。

 意識が、遠のいていく。

 サイレン音が、微かに聞こえたような気がした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「クロウ!」


 母さんの声。

 白い天井。

 独特の匂い。

 俺は、病院のベッドの上にいた。

 母さんが、耳元でなにか言っている。

 母さんの隣には、転生学科のガマガエルに似たおばさん教授だ。

 がばりと起きた。全身がずきりと痛む。脳が動き出す。なぜ教授が。しかしそれよりも。


「ナツメは!?無事か!?」


「怪我は残りますが、命に別状はありません。まだ目を覚ましていませんが、すぐに会えますよ」 


 右側から、女性の声がした。白衣を来た女性だった。黒髪をポニーテールにたばねた、美しい女性だ。って、今はそんなことよりも、


「エンリーは!?」


「エンリーさんも、体に別状はないですよ」


 がま教授が丁寧な口調で言った。


「そうですか」


 と二人の無事を知り、俺はひとまず安心し、再びベッドに体を預けた。


ーーー大丈夫、あの子は私がーーーー


 ミアのことは、あいつを信じるしかない。

 そして、もう一度。

 眠気が再び襲う。欲に抗えず、落ちる。



 病院に運ばれてから5日目、食事も充分に取れるようになったころ、訪問客があった。

 がま教授と、精悍な顔つきをしたメガネをかけた男性と、それに、白髪をオールバックにしたダンディーなおじさんだった。

 がま教授が言う。


「クロウさん、こちらのお二人、知ってらっしゃるわよね?」


 知ってるも知らないも、知っていないといけない人たちである。

 メガネをかけた方が、


「大学のとても有名な教授」


 オールバックの方が


「それと、ええと、大臣をしている方です」


 記憶というのは曖昧なものである。教授も大臣も役職は覚えていても、名前は思い出せない。


「大学総長のウィーラー教授とヴィドール法務大臣です」


 がま教授の言い方には、なんであなた知らないの?という文が後ろについているのがわかる。そうか、大学総長だったのかこの人は。

 表情の硬いがま教授とは反対に、ウィーラー教授は優しい顔をしている。


「クロウくん。まあ、とにかく今回は大変だったね。そしてーー」


 ウィーラー教授が、頭を下げた。


「すまなかった」


「私からも、ほんとに」


 続いてがま教授も頭を下げる。


「えっと、状況がつかめていません」


「私が説明しよう。君には知る権利がある」


 とウィーラー教授が話し始める。


「最近、転生学科の学生が一人、姿を消した。君もしっている人物だろうが、アリ・ロードンだ。彼は幼少より『前世』のことを話しており、いわゆる『前世持ち』だと主張していた。そして彼は、前世持ちが集まった組織『輪廻』に所属していることがわかった」


 やはり、アリが俺を利用して何かしたのか。なんとなくわかってはいたが、急に寂しくなる。しかし、『輪廻』は確か。


「『輪廻』はずいぶん前の内乱以降なくなったんじゃ」


「いや、完全になくなったわけではなかった」


「アリは、僕たちがグラウンドに戻って来たときに」


「そこにいたのか!?」


 ヴィドール大臣が、目をぐわりとさせて言った。すごい目力だ。気圧される。


「え、ええ。日記を、持っていって」


「日記!?日記とはなんぞのものぞ!?」


 なんだこのおっさんの圧は。有無をいわせない。


「ええっと、少し長くなりますが」


 と俺は日記についての説明を始めた。

 魔法実践学の途中で、今まで見たこともなかった映像が頭に入り込んで来たこと。

 畑、大きな木、木造の家、黒い犬。

 エンリーとナツメと、その映像の場所になぜか移動してしまったこと。そこで日記をみつけ、いろいろあってなんとかこの世界に戻って来たこと。


「そして、その日記をアリが持っていったんです」


「アリは、なんかいっておらんかったか!?」


「ええと」


 思い返す。夜のグラウンド、眩しい月明かり、ニット帽を被ったアリ。


「ようやくかい、まあでもええタイミングや」


 アリのイントネーションを真似するが、気恥ずかしい。真似する必要もないのだろうけども。


「あと、俺のぽけっとから日記を見つけてすごい喜んでいた。それと、すまんかったのう、と言って」


 確か、こう言ったんだ。


「『魂の循環ルート』、一つ確定や」


 ヴィトール大臣は、鼻から大きく空気を吸い込むと、そのまま大きく吐いて、言う。


「『輪廻』は他と組んだか!しかし、お主が日記を持ち帰った功罪はまだ分からんぞ!アリはテンションのあまり言ってしまったんだろうが、それは我が国にとっても、まあ、うむ」


 ウィーランド教授にまあまあとなだめられ、ヴィトール大臣は興奮を抑えた。


「実はもう一つ、話さなければいけないことがあるんだ」


 ウィーランド教授は、神妙な面持ちで続ける。


「アリの特殊魔法は、精神感知、つまりテレパシーのようなものだ、と入学資料には記載されていた。しかし、幾人かの証言をもとに考えると、記憶またはなんらかの映像を飛ばし相手の脳に入り込ませる、という魔法ではないかと推察されている」


 つまり、あの見たことも行ったこともないはずの場所の記憶が現れたのは、アリから飛ばされたものだった、ということか。


「それと、我が大学から、アリ以外にもう一人出奔したものがいる」


 アリ以外に?誰だ。俺が知っている人など大学にほとんどいないが。


「魔法実践学を担当していた、アルバ・エバンゴール教授だ」


「あの、マッチョな?」


 俺が言うと、がま教授が、「そうです、あの筋骨隆々の」と言い直した。


「彼の特殊魔法は、魔法力を一時的に増幅させることができた。そして彼の魔法痕が、君の肩に残っている」


「僕は、アルバ先生に魔法をかけられたのですか?」


「そうだ。講義の途中で、気づかぬうちに。アルバの増幅魔法、そしてアリの記憶の埋め込み魔法、その結果、君は君のキャパシティーを超えた人数を別世界にきみもろとも移動させることになった」


「二人がぐるだったということですか?」


「そういうことになる。アルバが『輪廻』の一員なのかどうかは定かではないが、少なくとも君たち三人を別世界に移動させることにおいては、二人はグルであったと考えられる」


 今更驚きはしなかった。それよりも、どうりで俺が三人同時に移動させることができたわけだ、と妙に納得した。


「アルバの能力は、普通その範囲内で力を増強させる。しかし、今回の君の場合、あまりにも過度に力が増幅させられている。つまり、限界を超えている。いいにくいことではあるが」


 嫌な予感がする。

ーーーとにかく、あなたは無理をしてはいけない。無理をして、死んではいけないの 

ーーーがたのきている君の体じゃ

 

 消えない肩の違和感。まだ生きている。死んではいない。死んではいないが。


「君は、近いうちに魔法が使えなくなってしまう」


 ウィーランド教授が、沈痛な面持ちで言った。


 魔法が使えなくなる。

 

 魔法が。

 

 大きな石が胃の中に入っているような、とにかく、どうしようもなく、重かった。


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