妹の忠告
「手短に話すわ。もうすぐお姉ちゃんたちがきちゃう」
ナツメと同じ黒髪に、黒い瞳。少し吊った、涼しげな目元。妹であることには間違いないだろう。
「でも、ええっと、君は、そもそも味方?なのか?」
「立場は敵よ。とにかく私があなたとコンタクトをとったことはお姉ちゃんには黙ってて。これは絶対。それと」
ナツメには言ってはいけない?立場は敵、ということは本当は味方?などと考えていると、妹は無造作に俺の首筋を触った。「あひゃあ」と俺が間抜けな声を出すと、「うるさい」と妹は俺の口をつまみ、目を細めた。
妹は、俺の左肩の、むくんだ部分を押した。ずきりと痛む。
「やっぱり、なにものかによって力が無理に拡張されてる。次自分の力の限界を超えたら、もとの体には戻れないわ。そして、あなたはそれをしようとする。でも、絶対にしては駄目。全員が助かることはない。あなたが無理をしても、あなたが壊れてしまう。あなたが壊れてしまうと、悲しむ人がいる」
無理に力を拡張?あなたはそれをしようとする?脳が追いつかない。
妹は、急に黙ったかと思うと、対岸の滝の麓を凝視しはじめた。
「わっ!」
エンリーが突如現れ、尻餅をついた。
俺が身を乗り出そうとすると、妹は肘を俺の脇腹にぶつけた。
ナツメよりも暴力的である。
エンリーは、辺りを見回し、忍び足で森の方へと向かう。
すると、今度はナツメが現れた。
じりっと、妹が前傾姿勢になる。さっき俺を静止しておいて、自分が今にも飛び出しそうである。
「ナツメ!」とエンリーが、ナツメの方に駆け寄る。
「エンリー!あれ?クロウは先じゃないの?」
ナツメの問いに、エンリーは、首を振った。
二人は、森の方へ向かうと、茂みに腰を下ろした。滝の音で声は聞こえないが、俺とミアを待っているのだろう。
妹が小声で話しだす。
「とにかく、あなたは無理をしてはいけない。無理をして、死んではいけないの」
妹は、涙目になっていた。下唇の皮が少しめくれている。
滝の音が、やたらと大きい。今はただ、妹のことばを待つことしかできなかった。
妹は、呼吸を整えると、眉をつり上げ、俺の目、というより、おでこの辺りを睨み、言う。
「この先に、遺跡が現れる。中央宮殿の地下に、あんたの探しているものがある。封印術式は、『あける隙もなく守らす』よ。これだけ教えてやったんだ。あの子を、一人にするな!わかったな!」
小声ではあるが、強い口調で言った。年下とは思えぬすごみがある。てか、なんで俺はこんなことを言われなければならないのか。しかしそのすごみに押され、慎重に聞き返す。
「えっと、地下?地下に行けばいいのでしょうか?」
「いや、いいの。あなたは気にしないで、クロウさん。クロウさん、よね。別れがあっても、生きてさえいれば、また会える。とにかく、無理をしないで。あの子は、大丈夫」
「ミア!」
エンリーの声が聞こえた。
滝の麓で、ミアが尻餅をついている。
エンリーは駆け寄ると、ミアを抱き起こす。
妹は、視線を俺に戻し、言う。
「以上よ。私と会ったのは内緒。とくにお姉ちゃんには。移動魔法でさも今ワープしてきたかのように移動しなさい」
「ありがとう」
俺は、なんとなく、感謝を述べた。
「こちらこそ、ありがとう。お姉ちゃんをよろしくね」
妹は、にっこりと笑った。幼さはあるが、どことなく大人びた笑顔であった。
「君は?君も、行こう」
ふと、口から出た。言ってから思考が追いつく。敵には見えないし、一緒にもとの世界に戻ればいいのではないか。
「いつか、また」
力のこもった、溌剌とした声であった。いつか、また会える。明るい未来を見据えてか。しかし、彼女の声色とは反対に、俺の心にほの暗さが差した。それは、じっとりとにじみ出た、彼女の奥底に潜む不安に違いなかった。
「いつか、また」
おうむ返しが、俺ができる精一杯の返事だった。
滝の方を見る。
滝のそば、エンリーとミアの後ろ。
そこに、俺はいる。
すとんと落ちる。
浮遊する。
「わ、いってえ」とわざとらしく尻餅をつくと、三人は俺の方を向いた。
「クロウ!」
ミアが、飛びついてくる。
「クロウさん、大丈夫ですかお尻は?」
気にかけてくれるのは嬉しいが、エンリー自身が尻餅ついたのを見ているだけに、笑いそうになる。俺は、立ち上がりながら、エンリーに言う。
「大丈夫だ、お前も大丈夫か?けつ」
「え?ああ、大丈夫です。お尻?ですか?私の?はい。大丈夫です」と言い、エンリーはお尻をさする。ややこんがらがっているエンリーを見て、心の中でほくそ笑む。
「クロウ、なんであんたが最後なのよ。まあいいわ。さ、行くわよ!」
ナツメが、意気を込めて言った。
胸がちくりと痛んだ。生き別れの、ずっと会いたかった人が、そこにいる。しかし、「お姉ちゃんには言うな」という妹の言いつけを俺は破ることができない。彼女の強い決意に、押された、押されてしまったから。
「そういえば」
「なによ」
「お前の妹、なんて名前だっけ?」
「なんなのよ急に」
「念のためだよ」
なんのためよ、と愚痴りながらも、「ノアよ」とナツメは言った。
「ノアか」
いい名前だな、と思った。




