出会い 2
エンリーとの出会いから、一週間が経った。今までのキャンパスライフから、がらりと変わった訳ではないが、以前よりは色があるように思える。
昼休み終わり、三限目の時間帯のがらんとした食堂に、俺はエンリーといた。
「あらゆる事象を科学する社会学部ですが、まあなんというか学問として、ぼんやりとしていて掴みにくいんでしょうね。転生学専攻といえば、そこでようやく明確なものが見えてくるのですが、だいたいの人が社会学部に抱く印象は、哲学科と同じようなものでした。『それって、何の役に立つの』まあ、哲学科は哲学科で、例えば私たちの学問の根本にも哲学が宿っており、まあこの話は今度にしましょう。とにかく、世間的に、転生というものがある、ということは常識としてあったのですが、だからそれがどうした、と思う人が大半でした。しかし、最近、にわかに転生学が注目され始めました。それはやはり、この前の教授が話していたことにも繋がりますが、数年前、かの天才科学者イルク氏により『魂の総量』と『魂の観測』が発表されたからなんですね。さらに、最新の論文では、『二世界間における魂移動の総量』に著しい減少が起こり」
「うるさい」
俺の一言に、エンリーはメガネをくいっとする。怒らせてしまったか。
エンリーの話はとにかく長い。しかもその全てが講義を聞いているような、いわゆる学問的な話である。俺に取っては退屈極まりないのだが、まあ、以前のように一人で過ごすよりはましか。
「お前、次の講義はなんなの」
ややエンリーの顔色を伺いながら、俺は訊ねた。
「四限目は実践魔法です。必修科目なのでクロウさんも同じですよ!今日から外での実践に入ります。たしか、今日は医学科と合同でする、と聞いていますが」
喜々として答えるエンリーにほっとしながら、医学科と同じか、と嫌な気持ちになる。医学科は超エリート軍団で、そんな連中と実践魔法を受けるなど、劣等感に苛まれるのが目に見えている。
「君ら、最近仲ええね」
俺の肩にぽんと。振り向くと、ファンキーな帽子を横に被った、いかにもチャラそうな男がいた。話したことはないが、俺は、この男を知っている。同じ学部の、あいつである。
「えっと」
名前が出て来ない。
「アリだよ。アリ・ロードン。クロウに、エンリーやろ?」
独特のイントネーションで、アリは言った。
俺の名前を知っているやつがいるなんて、嬉しいじゃないか。それにしても、なかなかに馴れ馴れしい。親しみやすいともいうのか。
エンリーは、黙ったまんまである。苦手なタイプなのだろうか。
「クロウ、この前の講義で注意されてたやん?なかなか面白かったわ。エンリーが隣で透明化してたんやろ?あのばばあ教授、耄碌しすぎだろっての、はは」
「あ、あれは私が悪くて。クロウさんは悪くないんです。しかも、怖くなってしまって、なにもできずに、、」
「いやいや、ちゃうで。自分のせいやって言いたいわけちゃうで」
申し訳なさそうにするエンリーに、アリは言った。
「まあ、俺が大きい声出したのが原因だしさ」
「そうそう。自分が驚きすぎたのがあかんかってん」
「自分」の使い方が明らかに俺の知っているものではない。その違和感はひとまず置いておいて、なんだかずけずけと言うやつである。
「まあええわ。俺はさ、自分らと交流しに来てん」
「あなた」を「自分」と言っているようだ。わかりにくい。
「どうしてまた急に」
すでに入学して二ヶ月半が経っている。
「いや、なんか自分ら二人おもしろそうやったから。それに、俺も学部で割と浮いてるしな」
まあそのノリだと浮いて当たり前というか。ん?そもそもだが。
「やっぱり俺は浮いてるのか。でもエンリーも?」
「そらそやろ。最初の合宿で二人休んだんやが、自分ら二人や」
「わ、私は合宿参加してました!で、でも」
ああ、そういうことか。いるのにいなかったんだろう。
「まあええやん。俺らは俺らで楽しもうや。まだ次の講義まで時間あるやろ。ちょい散歩でもしやんか?」
アリは、立ち上がった。俺たちにノーを言われることなど全く考えていないようだった。アリのその強引さと自身への溢れる自信に羨望を抱きながらも、少しの抵抗を表すために、俺は「はいはい」とだるそうに立ち上がった。エンリーは特に何の意見もないようで、俺に付き従った。
閑散とした大学の構内を、アリを先頭に、俺とエンリーはすぐ後ろを並んで、歩く。
緑美しい芝生の中庭までやってくると、アリは堂々と座り込んだ。
中庭。それは、学生生活を謳歌しているものだけが存在を許された、神聖な空間である。
俺は、臆していた。周囲をきょろきょろと見る。昼時よりは少ないが、それでもいくつかのグループがわいわいとはしゃいでいる。おれが、ここにいていいのか。エンリーも同じような気持ちなのか、そわそわしている。
「何してんの?座りい」
堂々としたものである。
「おう」
臆する気持ちを隠しながら、俺はアリの隣に座った。エンリーも、そっと俺の隣に座る。
なんと中庭の広く感じることか。違和感しかない。
「なんで転生学科選んだんや?」
「え?ああ、俺か?俺は高校の先生に勧められたんだよ。エンリー、お前はなんで転生学科選んだの?」
たいした理由はないので早々にエンリーにパスだ。
「わ、私ですか。私は、単純に学問として興味があるっていうのと」
「それと?」
アリが促す。
「そ、それと、『前世持ち』が正しいことを証明したいんです」
「『前世持ち』ってあれか、あの前世の記憶が残っているって言う」
「ええ、そうです。一万人に一人とか、十万人に一人とか言われていますが、正確な統計は出ていません。さらに、『前世持ち』といっても、その残存記憶量には個人差があると言われています。一昔前はその特殊性によって良い意味でも悪い意味でも畏怖される存在でした。しかし、『前世持ち』を自称するものたちを中心に作られた組織『輪環』が内乱を起こしてからは、『前世持ち』に悪いイメージが付き纏っています。現在では、気が触れた者の妄言だという意見が多数を占めています」
「エンリー、自分はなんでその証明がしたいんや?」
アリは、神妙な面持ちで聞いた。こいつ真面目な話もできるんだな。
「私の中学校の友人に『前世持ち』の子がいて。私にだけ打ち明けてくれました。その子は引っ越して来たのですが、その理由が、いじめでした。『前世持ち』は幼少期に、おかしな発言を繰り返します。その子も例外なくそうだったらしいです。いわく、幼少期のうちは、脳が前世の記憶を処理しきれていないため、フラッシュバックのように前世の映像と思われるものが、夢の中であったり、ふとした時であったりに、現れるようです。そこでつじつまの合わない話を幾度も周りにしてしまったそうです。年を経て、少しずつ前世の記憶が固まっていく。でもその頃には『前世持ち』であることを隠す方を選びます。差別されますから」
「なるほどね。その子の言っていることを正しいと証明したいわけや」
「そうですね。転生学部といってもまだ幅広いです。いまだぼんやりとしか観測されていない魂を詳細に調べ、前世の記憶に繋がる跡を見つけ出すか、またはその子の記憶をもとに、私自身がトリップし、彼女が前にいた世界を見つけ出し、『前世持ち』正しいことを証明したい。結果、『前世持ち』の痕跡が見つからないかもしれませんが、そのときは記憶と魂の相関関係を調査したいなと。どちらに進むかは、まだ決めてませんが」
おいおい、そんなことまで考えてるのかよ。俺は何なんだよ。
「エンリー。俺は応援するで。自分ならやれる!」
「はい!ありがとうございます!」
なんだかくすぐったくなるようなやり取りである。俺がひねくれているからだろうか。
「す、すいません。ついしゃべりすぎてしまいました。あの、アリさんはなんで転生学部を?」
「ん?ああ、俺か?まあ、なんとなくや。偏差値がちょうどやったしな」
チャイムが鳴る。三限目が終わった。
「あ、次の実践魔法学は体操服に着替えないといけませんよ!」
エンリーの言葉に、俺たちは急いで立ち上がった。
エンリーと別れ、俺とアリは男子更衣室へ向かう。
「高校の先生に勧められたっていうてたな」
ん?またぶり返すのかさっきの話題を。
「ああ、そうだけど」
「なんで先生は転生学科勧めたんや?」
「ああ、それは俺が移動ま」
「おい、アリじゃねえか!今日はどこ行ってたんだよ!」
明らかにチャラそうな、アリと似た雰囲気を持った男が近づいてくる。見覚えがないので、他学科のやつだろうか。
「おう。ちょっとな」
アリが答えた。
「ほんならな、クロウ。また今度や」
「え、お前実践魔法学は?」
アリは、後ろ姿のまま手を振り、
「さぼりや」
と言って、その男と去って行った。
そりゃ、友達いるよね。あんなに明るいやつなんだもの。だから何、というわけではないが。
俺は賑やかな声の聞こえる更衣用教室の扉を開けた。少し、重い扉だな、と思った。