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廻る魂の世界航路  作者: ジョブレスマン
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第一話 出会い


プロローグ ある世界のある日記

 

11月20日


 今日から日記を書く。とにかく、書かないと気持ちが持たないからである。

 今、俺は、とにかく死んでほしいやつがいる。

 早く死ね!このくそじじい!


「おい、拓郎、飯はまだか。おい、もう6時すぎとるぞ!」

 

 夕飯どきは、特にくそじじいが五月蝿い。


「わかりましたよ、少し待ってください」と、俺はなだめながら飯を用意する。もちろん、心の中では、「しね、しね!」を連呼しながら、である。


「はよ用意せえよ。腹へってしょうがないわ。この年になると飯食うぐらいしか楽しみがないでのう」 

 などと言って、くそじじいはごろんと横になる。

 

 おれの両親がさっさと病気で死んでしまい、実家に戻ったのだが、待っていたのはくそじじいの世話役であった。くそじじいは、歩くのがおぼつかないとはいえ、排泄は一人でできるし、飯もよく食う。三食用意するぐらいしか手間はかからんのだが、とにかく態度がでかい。声もでかい。家は狭いから声を上げれば家中に響く。たいていが俺への愚痴である。野良仕事以外で外に出ようものなら「年寄りを一人にして」と言い出す始末。自分に不都合なことがあると、耳が遠いフリ。感謝のことば一つとしてない。俺が世話をすることを当然の義務だと思っている。思えば、昔から母さんの悪口ばかり言っていた。父さんに無茶なことを頼むこともあった。子どもは親に絶対服従。女は男より下。前時代の悪しき考え方をこれでもかと固めて詰め込んである。両親が死んだのも、あいつに生気を吸い取られたせいじゃないか。ああ、あいつのことを考えただけで、いらいらする。でも、気づけばあいつのことを考えている。恋に落ちた相手とは全く正反対の感情が、あいつに対して沸き上がる。そしてその沸き上がる感情を抑えられないのは、恋と同じなのである。こんなにも厄介なことはない。家にいても休まらない。こいつさえいなければ、どんなに楽園だろうか。両親が生きていた頃が懐かしい。一人で暮らしていた頃が、あんなにも自由と平穏に満ちていたとは。


「おい、飯は」


「出しますよ。はいはい」

 

 焼き魚とみそ汁、ご飯を出す。


「ほほ、うまそうじゃうまそうじゃ」

 

 むしゃむしゃと食うじじいに、もはや苛立しか沸かない。とにかく、元気な姿を見るだけで心が暗くなる。いつまでこんな生活が続くんだ。一年か、三年か、十年か。ああ、時の流れがとてつもなく遅く感じる。

夕も暮れそうなころ、おれは外に出た。唯一の安息の時間である、イヌの散歩にいくためだ。


「おい、くり、いくぞ」

 

 くりは、のっそりと犬小屋から出てきた。

 くりもすでに14歳、人間年齢でいくと80を超えているのではないか。去年の夏辺りから、くりの体力は少しずつ衰えている。あのくそじじいが吸い取っているんでないか。なんて考えていても仕方がない。


「くり」

 

 俺はくりに優しく声をかけ、頭をなでる。


「どうせ死ぬなら」

ーーーあいつも一緒に連れてってくれよ。そしたら、来世でも一緒に散歩行ってやるから

 

 心の中で強く思った。すると、くりのつぶらな瞳が、ちらりと俺のことを見た気がした。

 なんて、うまくいくわけないよな。



1月20日

 

 くりが死んだ。思いのままに書いた前回の日記からいつのまにか二ヶ月が経った。日記の存在すら忘れていたのだが、ふと、くりが死んだことをきっかけに、思い出した。悲しみのままに、書く。

 

 思えば、小学五年のときにやって来たくりは、俺の大親友であり、大切な家族だった。初めてくりが家に来たときのことが、昨日のように思い出される。毎日、雨の日も風の日も、散歩に行った。ついこの間まで公園を所狭しと駆けていたような感覚であるが、時の流れとは残酷で、最後には全く歩けなくなっっていた。糞を出し切ると、そこで力つきたのか、体が冷たくなった。目は見開いたままで、舌はだらりと口から垂れていた。もう動くことはない。信じられなかった。涙が、後から後から溢れ出した。俺、頑張るから。絶対、頑張って生きてやる。お前のように、真っすぐな瞳で、生きる。そう決めた。くり、ありがとう。ほんとに、ありがとう。出会ってくれて、ありがとう。



1月21日

 

 じじいが逝った!なんか知らんけど、あっさり逝った!

よっしゃあ!ひゃっっっっほおおおい!ああああああ、やったぜええい!こんなにも嬉しかったことが、いままでの人生であっただろうか、いや、ない!ひゃっふううう!


 


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



第一話 エンリーとの出会い


「世界は複数存在し、それらの世界は巡り巡っているのです。さて、輪廻、という言葉がありますが、生まれ変わる、というだけではありません。魂は、その生まれ変わる場所である「世界」を輪廻しています。しかし、そのルールというのは未だに解明されていません。前世と呼ばれるものの記憶が基本的には残っていないこと、確認されている『世界』だけで10あり、その世界間の魂の移動ルートが未だに確立されていないことが原因です。転生学においての長年の主題は、この輪廻に置ける魂の移動ルートを調べることであり」 

 

 ぶすっとした目に、少し垂れたほっぺをした、がま蛙のようなおばさん教授がだらだらと難しい話をしている。

 

 毎度のことながら、転生学の講義というのは本当につまらない。おれはもっと、炎や氷を出して戦闘するような、実践的な魔法学を学びたいのだが、不幸にも俺の魔法適正が空間移動にあるらしく、転生学を専攻するのが向いているだとかなんだとか。高校の担任いわく、である。

 

 しかし、講義のみならず、大学というのは全くつまらないもので、もう、本当に、つまらない。自分でつまらなくしてしまったのであるが。なんか面倒だから、という理由で、入学早々にあった学部主催の交流目的の合宿をさぼったのである。合宿明けにはもうグループができていて、俺は完全に臆してしまった。集団の中の孤独感に苛まれ、とにかく自分のスペースに、部屋に帰りたい。一人になりたい、一人でも大丈夫な場所に逃げたい、と思うようになった。参加しようと決めていた新歓にも結局行かず、しかし講義をさぼる勇気はないので、毎日暗い気持ちで大学に向かうのである。その臆病さのおかげで単位は取れているが。気づけばこの教室のみが俺の大学生活の記憶の全てになっていた。それは退屈なものである。

 

 話すきっかけさえあれば、どうとでもなるのに、と思う。でも、そのきっかけ作りへの行動に踏み出せない。能動的に行動を起こすことにとてつもない大きな心理的壁ができていた。なんとか他で楽しみを見出そうと図書館で昔の本を漁ってみたりもしたが、誰か話しかけてこないかな、なんて本の内容とは別のことを考えながら、気づいたらよだれをたらして寝ている始末である。ああ、嗚呼、ボクノ描いていたキャンパスライフは何処に。思い描いていたものさえももう忘れてしまったけれども。


「さて、近年転生学がにわかに注目されはじめました。その理由は、かの天才科学者ノートンローラン博士の発表があったからです。『魂の観測』『魂の総量』、この二つの提言で。。。」


「あ、あの、ター・く、クロウさんですよね」

 

 俺の耳元で、少し緊張した、聞いたことのない声がした。

 俺は、どきりとした。女性の声であることがすぐにわかったからである。


「はい?」

 

 声が上ずった。しかも音量調節に失敗したようで。


「こら、そこの学生!」

 

 がま蛙教授の声が飛んだ。無論、俺に向けてである。が、俺にとっては、教授に怒られている、ということよりも、目の前で起きている事態のほうが、衝撃が強かった。さっき声がした方向に、そこにいるはずの女の子が、いないのである。おれの隣はいつものごとく空席であった。あの声は、あのおれのどきりとした気持ちは、なんだったっていうんだ。

 

 がま蛙教授が俺の方に向かって歩いてくる。話を遮られたのがよほど気に障ったのか。

 チャイムが授業の終わりを知らせる。

 助かった、と思いながら、俺は急いで教科書をかばんに入れる。周りもぞろぞろと動き出す。


「クロウ、さん」

 

 がま蛙が、俺を呼んだ。ギクリ、としながらも、俺の名前を覚えてくれているのかと、少し感動する。俺は手を止め、がま蛙を見た。


「は、はい」


「あなたが、クロウさん、ね。」

 

 じろりと、俺の方を見る。見定めるように、点検するように、くまなく、注意深く。なんなんだよいったい。

 耐えきれなくなった俺は、「すみません、用事があるので」と言い残し、その場を後にした。


 蝉が五月蝿い。汗がじとりと背中に溜まる。学生がいくら馬鹿で元気といっても、この時期に外でお昼を食べようと言うものは少ない。その分、食堂は人でごった返しているだろう。かくいう俺は、図書館の脇に並べられたベンチで寂しくコンビニ弁当を食べているのだが。


「先ほどはすみませんでした」

 

 背後から声がしたので、俺は振り向いた。

 教室で聞いた声と同じであった。そして、今度も、目の前にいるはずなのに、声しかしない。


「え、えーっと、姿が見えないんだけど」


「ひゃ、す、すみません」

 

 すうっと現れたのは、白いワンピース姿の、メガネ越しにもわかる大きな瞳をした少女であった。大学生にしては幼く見えるが、構内にいるということはそういうことなのだろう。それにしても透明化の能力とは珍しい。


「あのー、はい。なんの用で?」

 

 弾む気持ちを抑えながら、俺は言った。


「いえ、あの講義で、クロウさんがいつも隣に座ってくれてたから。嬉しくて」

 

 いつも隣に?何を言っているんだ。隣はいつも空席で、、、


「ってえ?いつも隣に座ってたの?」

 

 俺は素っ頓狂な声を上げた。


「ええ。制御ができなくて、入学後すぐ、はじめの頃は勝手に透明化しちゃって。最近は結構姿を現してたのですが、、、」


 全然気づかなかった。こんなにもかわいい子が隣に座っていたなんて。


「で、さっきは教授に注意されて透明化しちゃったと」


「そうなんです。本当にごめんなさい」

 

 おれは、ただただ幸せを感じていた。女の子と、大学の中庭で話している。これが、キャンパスライフ。そう。これが、キャンパスライフ。


「でも、じゃあ、おれも透明化してくれたら良かったのに!じゃあばれなかったじゃん」

 

 透明化の制御は難しいと聞いたことがある。自分の衣服や所持品まで透明化できるところを見ると、精神的なむらはあるかもしれないが、かなり高レベルな力を持っているに違いない。


「いえ、それが、無理なんです。透明化にも条件がありまして」

 

 おれが冗談半分で言ったことが、彼女にとってはそうではなかったらしい。彼女は、感情の及ぼす透明化への影響、物の透明化の難解さ、などをとうとうと語りだし、さらに透明化の対象と条件に話が進む。


「透明化の力を持つ人でも、対象物の透明化ポシビリティは違って、それぞれ条件があったりします。例えば、無機質のみ透明化できる、人工物のみ透明化できる、などの条件をもつ人もいます。特に、私の場合、自分が所有しているものを透明化できる、という条件があるようです。それは、今までの経験から実証されたことです。なので」

 

 彼女は、一度息継ぎをする。


「あなたが私の所有物である、と私が心の底から思うことができれば、あなたを透明化することもできます」

 

 彼女には何の他意もないようだが、なんとなく言葉の内容にぞくりとした。あどけなく笑う彼女に、なんだか少しずれたやつだな、と思った。


「は、はは、そうだね。えっと。その、な、名前は?」

 とにかく、話題を変えよう。長い話はもうたくさんだ。


「エンリーです。そう呼んでください」

 

 エンリーは、柔らかに笑った。

 

 俺は、ほっと胸をなでおろし、とりあえず友達のような存在ができたことに、嬉しくなった。

 ワオーン、と遠くでイヌの鳴き声がした。気がした。まあ、それは俺には全く関係のないことだ。

 


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