プロローグ
黒い無地のパーカーに身を包んだ少年がフードを深く被り、真夜中の路を歩いていた。街灯は頼りなくチカチカと道を照らし、空は仄かに明るく、月は綺麗な満月を夜空に映し出していた。
目的地もなく歩くことを日課としているため今回も何処に行くのかは‘神のみぞ知る’と言ったところだろう。
その道中に不潔な金髪の男や苔の生えた髪色をした女、黄色と黒を混ぜたような髪色をした、不良という者達が地べたに座り込んで、缶ビールを呑んでは道の脇に転がしていたり、煙草を燻らしている。そこには六人いることが見受けられ、原チャリやスクーターなどが近くに停めてある。おそらくは未成年者だろう。髪を染めたりピアスなどをしているものの服装が大人というには少し幼げで、大人だったとしたらそれこそみっともない。
一人が話すとほかのメンバーが哄笑する。それを通りすがりに鼻で嘲笑するのは他でもなく黒いパーカーの彼だけだ。
だが、それを見逃さないのがタチの悪い連中の特徴だ。一人がそれを聞き逃さなかったのだろう。
「おい、そこのてめぇ、待て」
仲間の一人の異変に気づいた連中が何が起こったのかを把握しようと顔を見合わせては疑問を顔に浮かべる。
「どうしたんだよ?」
赤と黒を染髪した統一感のない一人が説明を求める。
「さっきこれが俺たちを鼻で笑いやがったんだよ」
それに答える彼は明らかに苛立ちを隠さずに、面に出している。
「別によくね?それぐらいどぉってことないっしょ?」
もう一人がめんどくさそうに返すと、更に苛立ちを募らせ、周りのビール缶を蹴っ飛ばしている。
「いっぺん殴んねぇと気が済まねぇ。ちょっと行ってくるわ」
そう言うと、ゆっくりと黒いパーカーの彼に近づき前に立つ。舐めまわすように、観察するように身体を眺め、舌打ちを絶やさずにいる。
だが、パーカーの彼は動かずただ視線を落としているだけだ。口も一文字を保っている。
動かない彼に、不良達は面白いことを考えたように鼻で笑う。
「こいつ、ビビってんじゃねーの?マジウケんだけど、一発やっちゃっても動かないんじゃね?」
不良達は新しいおもちゃを手にした子供のように、笑い、囲い、突き、それでも微動だにしない彼にしびれを切らして襟を掴む。
「てめぇ、ふざけんじゃねーよ。おい、舐めてんのかおい。ふざけんじゃねーよ」
同じような言葉を繰り返し、唾を飛ばしながら啖呵を切る。
すると、パーカーの彼はようやく口を動かす。
「・・・・い・・んだ・・ど」
「はぁ?」「ぁあ?」「何言ってんだ?」
ようやく動かした口で発した言葉は小さく、途切れ途切れにしか聞こえず、彼らの反応ももっともである。
「聞こえねぇんだけど?もっとデケェー声で喋れよ!!」
自然と胸座を掴む力が強くなり彼を揺らす。今にも首根っこを掴みかかる勢いだ。彼らの沸点は異常に低いのも特徴。
そして、ゆっくりと唇を動かす。彼らの耳目は、彼一人の口に集まった。
「俺に、関わるな。あと口、臭いんだけど」
一瞬の硬着には長い時が流れる様に感じた。バイクの轟きやサイレンが空に響いている。街灯の点灯不良の音さえも聞こえてきそうだ。
その静けさを破ったのは近くの道路を通ったセダンだった。誰かが舌打ちをし、誰かが笑う。勿論、彼の胸座を掴む不良は頭に血が上って、顔は酢蛸のように真っ赤に染まっている。
「ってめぇ!ぶっ殺してやる!!」
彼を突き飛ばすようにして地面に伏せさせるようにして蹴りを何発もいれる。合図をすると皆が群がって罵倒とは名ばかりの拙い語彙で罵詈雑言を投げ、パーカー越しに頭を踏み躙っている。初めは怒りに流されていたものが、やがて楽しみへと転化されているのが表情から窺える。
集団の力には人を盲信させる力を持っている。最初は小さな集まりでも、それに便乗する者たちが集まり、結果的には大きな盲信集団へと形を変貌させるのだ。
ムカついたからやる。誰かがやったからやる。皆がやっているからやる。おもしろそうだからやる。特に理由も無くやる。
どれだけ些細な理由でも、人を動かすには、ましてや集団の一人を動かすには充分なのだ。自分満足ができれば人は容易く動く。周りの人間など気にも留めない。その証拠がこの事態を引き起こしたのだ。
彼が突き飛ばされ地面に付くまでの間に彼は潜考した。正確には、突き飛ばされたのはパーカーの彼ではなく、仲間の一人の‘彼’なのだが、それに気づいてはいないことが立証している。
暴行を繰り返す彼らを充分楽しんでから踵を返す。スマートフォンを取り出し、警察に掛ける。近くの電柱を確認して現在地を教え、暴行が起きていることを伝えた。住所・名前・電話番号を聞かれたが答えはしない。あくまで暴行が起きている趣旨だけを伝えるだけだ。来るか来ないかは警察次第で、そこからの領分はこちらでは操作のしようが無いわけではないが、そこまでする必要性はない。
いつかまた何処かで会ってまた絡まれると予想できる。
でも、一度は忠告をした。
その時は容赦をしない。
「ゴチになる。今日は鮭のムニエルだな・・・・店、開いてないか。」
空になった彼らの財布を投げて、彼は頼りない電灯に照らされた夜のミチを歩きだした。




