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1-2 旅人達の村②

 

「あっはは~こりゃ何じゃろな~」


 その場は笑ってごまかしたが、やはりおれは魔王だ。火が点かないなど本来ならあり得ない。

 魔法を魔法で防ぐことは戦闘の基本だが、勝敗は魔力の質と密度で決まる。おれは人類に打ち勝った魔王サマであり、つまりはこの世界で比較的強い分類に入る。

 むしろ最強の類いだ。

 精霊や魔物は人間より強いものもいるが、俺より強いやつは見たことがない。この世界の王証を冠するおれがそのようなやつらに負けるわけがない。だというのに、おれの魔法は出なかった。

 厄介なのは出なかったということよりも、“出すこと自体を邪魔された”という感覚に近かったことだ。顔ではお姉さんも引くほどに笑えたが、内心は汗ダラダラだ。本来ならばありえない。


「お姉さん、木の棒と包帯みたいな布と、あと油ある?」


 すぐに用意してくれたものを一通り組み立て、おれは即席のたいまつを作った。布に油を染み込ませ、木の棒に巻き付けるだけのちゃちいものだが、これならばどうにかなる。


「ほい」


 今度は油断せず、火をつける。たいまつの先に灯り、徐々に油を糧に強くなる火を見て、お姉さんは驚いた。それでもおれが予想していたものよりも弱々しいものだった。

 その時、マシロがびくりと反応した。その目線の先にはおれが生み出した火がある。見つめる瞳の奥には、若干の恐怖心と、おれには読み取れない何かが含まれていた。


「どうしたマシロ?」


 ぴょんと椅子から降り、筆談用に持っていた木の棒を取り出す。

 おもむろに地面にそれを指し込み、両手で擦るようにして木の棒を回転させ始めた。原始的な火起こしの手付きだが、木の棒や火口などが足りてない。土の地面にそのようなことをしても、火は付かない。


「マシロ、そんなことしても火は付かねーぞ」


 言っても効かず、マシロはさらに手を動かす速度を上げていく。これはたぶん、マシロにとって重要なことなのかもしれない。屈むようにしてワンピースの中を見せてくれるとか、つまりはそういうことなのかもしれない。

 覗けと、言っているのだ。

 という冗談はさておき、マシロの記憶が戻るきっかけに少しでもなればと、おれは放置することにした。パンツについては、忘れることにする。


「お姉さん、その火で六ツ足ポークの丸焼きよろしく」

「はいよ」


 快く裏に入っていった数十分後、最高のランチはやって来た。


「マシロ、来たぜ……っておい!」


 おれは衝撃を受けた。

 あれから数十分と経ったというのに、マシロの火起こしの手は一切止まっていなかった。恐怖のようなものに包まれ怯えながら、高速でずっと手を動かし続けていたのだ。おかげで手の皮は捲れ血だらけになっていた。


「バカ! なにやってんだよ!」

「大変、今救急箱取ってくるわ」


 急いでひっぺがすが、既に両手は真っ赤に染まっていた。火は全くついていない。お姉さんも事態を察してくれ裏に入っていった。


「お前こんなになるまでやらなくたって、おれが火ぐらい点けてやるよ」


 マシロは震える両手を握りしめ首を横に振った。そしてもう一度その両手を開き、そこをじっと見つめる。思わずおれも視線をマシロの両手に向けたのだが、その直後に起こったそれに目を疑った。

 マシロの両手の傷が治り始めた。

 たった十数秒で完全に消え去り、真っ赤に染め上げるほどの血もマシロの体内に吸収されていった。戻ってきたお姉さんも思わず息をのみ、立ち尽くす。


「どういうことだよ、これ」


 人体を自動で修復する魔法など、魔王である俺くらいしか使うことが出来ない。魔力で肉体を活性化させるという芸当だが、こいつのものはそういうことでは無さそうだった。

 まるで魔力が意思を持ち、自分から元に戻すように魔法が発動している。おれの場合は意識しなければならないが、こいつの場合は無意識だ。

 完治したマシロは先程まで火起こしに使っていた棒で地面に文字を書き始めた。


“私は死なない”


 ゆっくりと紡がれた言葉が、店の地面に残った。


「死なない……だと? お前何言って……。まさか思い出したのか? あの火を見て?」


 おれの言葉を遮るようにしてすっと立ち上がったマシロ。律儀に椅子に座ってから、テーブルの上にある六ツ足ポークの丸焼きにかぶり付いた。


「にしてもお前、よく食うな」


 マシロが食べ始めてから数十分、既に三頭目だ。

 時間の経過が速く感じる程に幸せそうに食べ見入っていたら、いつの間にかおれの財布が幸せではなくなっていた。

 まあ金はいくらでもあるし、火の件で負けてくれるだろうから心配はないが、それにしても本当に空腹だったようだ。幸せそうな顔を見れればおれもまた幸せだ。笑いはしない辺り、ロリコン魂に火も点けてくる。


「喋れない上に記憶もない、そして自称不死か……」


 発見したのがおれでなければ、こいつは必ずバケモノ呼ばわりされる。


「さて、そろそろ良いだろ。お姉さんごちそうさん」


 代金を置いて、お腹がふっくらとしたマシロを連れて外に出る。

 麗らかな春の日に差し込む陽射しを一身に受けて、おれ達は旅に出たわけだがしかし、やらねばならないことができた。


 * * *


 にべもなくおれの手を握り鉄仮面を貫くマシロは立ち尽くし、だからこそおれの行く道に着いてくるという示しをする。

 満腹になり先のお誘いを余裕をもって受けてくれたと言うことか。しかし、詰まるところこれは誘拐では無かろうか。

 純白の髪の毛を持ち、宝石の埋め込まれたような赤い瞳の清廉な少女を連れ去るロリコン魔王。

 断じて違う。おれの方に一切の下心は無いし、あんなことやこんなことをしてやろうという思いは微塵もない。いや、微粒子レベルではあるかもしれない。

 いや、魔王なのだから問題ないのでは無かろうか。そうだ、おれは魔王だ。


「さあ、着いたぜ。たぶんマシロた……ちゃんにも協力してもらうことになると思うけど、そん時はよろしくな」


 おれの言葉には反応せず目の前だけを見つめる天使マシロ。そこは、おれ達二人が出会った場所。マシロが天使のように眠っていた場所だった。そこへ戻ってきたおれ達は、ようやく湖の全貌を掴みとる。

 両手を広げただけでは到底覆いきれないほどの湖。円形のその湖は底が見えるほどに透き通り、優雅に泳ぐ魚達が時おり海面に顔を出していた。

 中央には小島があり、一本の木が幻想的に植わっている。何かの実がなるようなものでもなく、きれいな花が咲くわけでもない。

 目的がわからない木だが、それを調べようにも道がない。だからおれはそれを作るのさ。

 指を鳴らし、水を割る。土を動かして陸を浮かばせた先程とは違い、今度は水を動かす。

 魔王であるおれにとっては造作無いが、一般ピーポーにとっては難易度マックスだろう。当然できるやつは限られるし、指を鳴らす程度で出来るやつなど、百年先にも居やしない。

 しかしそれは、おれが名も知らないやつらへ自慢したい訳ではない。もちろんそこには理由がある。


「とりあえず、真ん中にいってみないと何ともなあ」


 おれがマシロの手を引いて歩き出そうとしたその時だった。


『そこ! それ以上一歩でも進んだら容赦しないからね!』


 おれが割ったはずの水が蠢き、揺れ動き、そして形を成した。半透明の魔力が最終的に行き着いた形は女性の体だった。

 目鼻立ちははっきりとし、太陽光を反射させ輝く長い髪。そもそも水の体であるため、服などは着ない。出るところは出て、引っ込むべきところはスリムに。絶世の美女を形作り、水のベールを纏いながらおれの前に下り立った。


『他人の住処を割ってずかずか横切るとはどういう了見よ! 大体ねさっきだって謝りもせず、また同じことするつもり? ふざけんな!』


 頭に直接届く言葉。水の体に声帯がない分、魔力での念話で怒りをぶつけてきた。


「あ~いや、そんなカッコでいわれてもな~」


 水の精と呼ぶに相応しい魔力と外見。水の裸体は、勿論くっきりと形作られ、見るものによっては鼻から血の海を作れるほどだろう。


『な、な、何てことしてくれてんのよね!』


 突如襲ってきたのは怒号と水。地面どころかその下の岩盤さえ砕きそうな水圧がおれに撃ち放たれた。


「ふざけるな! おれの前に勝手に現れたのはお前の方だろ!」

『レディーの体をまじまじと見て言い訳してんじゃない、この変態!』

「変態だと? 水の精みたいな年増の体に興奮するわけないだろ。おれはマシロたん命なんだよ!」


 おれが高らかに宣言した瞬間、水の精は言葉を失った。おれの勝ちだと一瞬思ったが、おれの頭は冷静になった。

 すぐに横に立っていた天使マシロは手を離し距離をおき、この世の汚物の塊を見つめるような瞳を向けた。


「ご、誤解だぜ? ほら、そんな離れたら危ないだろ」

『何が何だかは知らないけど、そこの変態には近づいちゃダメだからね』


 まさに濡れ衣。水だけに。そんなうまいことも言えるような空気ではなくなり、おれは心の底から崩れ落ちた。

 マシロは水の精の元へと行き、水の精はマシロを抱き抱える。水の体ではあるが濡れはしないし、マシロをさわることが出来るらしい。


 * * *


『何だか可哀想になってくるわね』


 それから何年何時間何分何秒経っただろう。まあ、時間にしてみれば数分だが、おれは立ち上がれずにいた。


『元はと言えばあんたがその娘のところへ行きたいがために私の領域を犯したのがいけないんだからね! 村の火を奪ったくらいでノコノコ来てんじゃないわよ!』

「なるほど……ぐすん……やっぱりおれのせいだったのね」


 泣きながらやっとの思いで言葉は出たが、立ち直るかというとそれは別の話だ。


『ねえ、あの村の火を奪ったことは謝るわ。だから、あんたいい加減それやめてくれる? 私が汚れる』


 おれは流し続けていた涙を同情と軽蔑によって止められた。そして、今言った水の精の言葉を反芻した。


「ちくしょう、マシロぉ……」

『あんた、本当に気持ち悪い。まあ、気持ち悪いだけで本当に悪い奴ってわけじゃなさそうだから、今回は多目に見てあげる』


 マシロが未だ水の精から離れようとはしないが、村はこれで一件落着だ。また絶品料理にありつけるのであれば、この心の砕かれようでもどうにかなるだろうか。


『だから、遊びましょうよ』

「え……?」

『だだだから……わ、私と遊ぶの。あんた達が!』


 おれは聞き取れはしたものの意味がわからなかった。

 

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