あやかし町酔い闇亭へようこそ
雷丸は牛鬼で露草小路に住んでいる文章書きです。犬を大事にしています。獏とは会いたくない時に会う仲です。 #妖町 http://shindanmaker.com/279875
鈴蘭は風伯で椿小路に住んでいる茶屋です。押し花を大事にしています。狛犬とは幼馴染みです。 #妖町 http://shindanmaker.com/279875
診断メーカーの結果からふと思いついた短編です。
特に起伏のない話ですが、お時間の端っこにでもお読みいただけると幸いです。
「雷丸さぁん、聞いてくださいよ」
昼間から「酔い闇亭」で杯を傾けていた雷丸は、降ってわいたような騒がしさに内心ため息をついた。
「酔い闇亭」はこのあやかし町でも繁盛している飲み屋で、朝な夕なに人が途切れることはない。あやかしばかりがいるこのあやかし町では、お天道様の光を苦手にするものも、闇を苦手にするものもいるからだ。
雷丸は今日も昼過ぎからここで飲んでいた。というか、今週はほぼ毎日ここで飲んでいる。
まっすぐな黒髪を背中で1つに結び、黒い着物に派手な羽織を着崩していかにも遊び人風だが、実は生業は文筆業と意外とインテリだったりする。
額に本来生えている角は、あやかし町で飲む時には隠している。人の姿に変化して飲みに来る、これがこの町では暗黙のルールになっている。まだ未熟で隠し切れていないものもたまにはいるが。
バタバタと店に飛び込んできたのは山吹、20歳そこそこの若い男だ。無造作にはねまくっている黒髪に作務衣姿、なんとなく憎めない容貌の山吹は、いつもならこの時間には「酔い闇亭」には現れないはずなのだが。
「あら山吹さんいらっしゃい。今日はお仕事じゃないんですか」
「おっ、桂ちゃん邪魔するよ。生憎今日はぽっかりと空いちまってね」
給仕の桂に声をかけながら雷丸の向かいの席に勝手に腰掛けた。いつものことなので雷丸もべつに咎めるわけでもなく、むしろ「ん」とか言って、山吹に新しい杯を手渡したりしている。
「ありがとうございます。んでね、聞いてくださいよ」
「聞いている。勝手に話せ」
「ひでえなあ、俺と雷丸さんの仲なのに」
「人聞きが悪いからやめろ、その言い方は」
「同じ徳利の酒を飲んだ仲じゃあないですか!」
同じ釜の飯を食うんじゃないのか、とつっこもうとしてやめた。なんだかいまの山吹には何を言っても面倒くさいことになりそうだという予感がする。
「それで?」
雷丸が話を促す。
「鈴蘭ちゃんですよ、鈴蘭ちゃん! ほら、椿小路の」
「ああ、茶屋の娘か」
確かあどけない顔の働き者と有名な娘だったなと雷丸の頭の中で情報がおちつく。そして、最近できたばかりの山吹の「いい人」だ。
「なんだ山吹、おまえまだあの娘に入れあげてるのか」
「俺ぁ一途なんです! 鈴蘭ちゃん一筋です!」
いつの間にやら空になった1合徳利を宙に持ち上げ、軽く振りながら桂におかわりを要求する山吹。三合徳利で、なんて声を上げているのを聞いて、雷丸はくすりと笑った。さすがは我が飲み仲間だ。
「それで鈴蘭がどうした」
「そう! 俺の鈴蘭ちゃんが、見知らぬ若い男と仲良さそうに歩いてるのを見かけちまったんですよ!!」
----なるほど。
「これが腹が立つような美男子でしてね、白い短髪に白い袴履いて。こう、しゅっとしたいい男でしたよ」
その白い男を思い出し、いきり立っていた山吹はしゅう、と空気が抜けたようになってしまった。鈴蘭ちゃんもああいうのが好みなのかなあ、と机に突っ伏す。雷丸は倒されては敵わないとまだ酒の入った徳利をどかした。その時だ。
「ああ、そりゃあ斑尾だねえ。鈴蘭の幼なじみだよ」
おっとりとした低い声が頭上から降ってきて山吹は顔を上げた。そこに立っていたのは大柄な壮年の男。柔らかそうな灰色の髪は少し桜色がかっていて、自然に後ろに流されている。縹色の着流しが似合う、粋な親父だ。
「詠信さん」
男の名は詠信、蒼空横町で医者をしている桜鬼だ。
鬼という種族は様々な分派があれど、実は穏やかで聞き上手なものが多い。現にこの詠信しかり、ずっと話を聞いている雷丸とて牛鬼だ。
「雷丸、あまりいじめるものではありませんよ。山吹さんがかわいそうじゃないですか」
「なんだもうばらしてしまうんですか。つまらんなあ」
とはいえ、詠信よりずっと年若い鬼の雷丸はまだまだやんちゃな部分があり、飲み仲間の山吹はいつもこんなふうにからかわれて酒の肴にされている。穏やかな詠信とはまた違う。
「山吹さん、斑尾はね、鈴蘭にとっては大事なお兄ちゃんなんですよ。現に、斑尾には大事な大事な恋人がいますからね、斑尾も鈴蘭もお互いそんな風には思っていないはずですよ」
「本当ですか! よし、そうとなっちゃあ善は急げだ。俺、鈴蘭ちゃんに会ってきます!!」
言うが早いか山吹は脱兎のごとく「酔い闇亭」を駆けだしていった。
「あっ、あいつ酒代払わずに行きやがった」
「ははは、それはすみませんでしたね。私がたきつけちゃったようなものですから、かわりに立て替えておきましょう。そのかわりと言っちゃあ何だが、ちょっと相伴させてもらえますかね」
詠信がちらりと見やった雷丸の手元には、山盛りになった手羽先の唐揚げがあった。山椒をぴりりときかせた手羽先には、てらてらとした甘辛いたれがたっぷりと絡み、手や口の周りをべたべたと汚してでもかぶりつきたい衝動に駆られてしまう。
雷丸は無言で手羽先の皿を詠信のほうへずいっと押しやった。
「おお、これは旨そうだ」
詠信もうれしそうに手を合わせ、唐揚げの先っぽをぽきりと折り取ると早速かぶりついた。
濃厚なたれの味、その向こうのまだサクサク感の残った衣、肉汁をたっぷりまとった肉。
それらを口に咥えて折り取ったのと逆の端をひっぱると、拍子抜けするほどにするりと骨と肉とが離れてきれいに食べることができる。
「うん、やはり手羽はここのに限るね」
「詠信さん、お好きでしたよね手羽先」
「そうなんだよ。----ああ、桂さん、麦酒を一杯頼むよ」
しばらくそうやって肉を食べていたが、やがて雷丸がぽつりと言った。
「----いずれ山吹も鈴蘭も泣くことにならなければいいが」
「そのときはそのときですよ。なにせ、人の寿命は短い。人の世界へ帰るか、寿命が尽きるか、いずれにしてもあの二人には別れが待っていることくらいわかっていますよ」
雷丸は少し苦い顔をして杯を空けた。
あやかしである鈴蘭に対し、ただの人間である山吹。
「だといいのだが」
少ししんみりとしてしまった空気を詠信は眺めていたが、やがて穏やかな笑みで徳利の中身を雷丸の杯に注いだ。
「先のことを心配しても始まりません。さ、今日のところは飲みましょう。どうです、鍋でも。おごりますよ」
「----いいですね、ご相伴します」
少し日が傾いてまた違う客が暖簾をくぐる。
からっとした喧噪の中、雷丸と詠信は杯を重ねていった。
ひょっとしたら、そのうち続編を書きます。
が、いつになるかはさっぱりわかりません。
なので、短編で投稿します。
あくまで私の妄想内で書いたものですので、「鬼ってこんなんちゃうわ」とかはご容赦くださいね。