城之崎温泉に行くぞ
日下部拓也45、日下部千香41、智勇と由縁5、実4
この小説は、主人が書いた漫画をもとにしていますが、この話は結構おもしろいです。
「維新の三傑」の1人、桂小五郎(後の木戸孝允)が、出石にいたことを御存知ですか。出石そばで有名な出石です。長州藩が禁門の変(元治元年=1864)に敗れた後に、但馬国出石(兵庫県豊岡市)で暮らした約1年間の潜伏生活を中心に描かれた『木戸孝允公出石潜伏中之記』が発見されています。出石では荒物屋を開き、博打や囲碁に興じながら、密かに情報収集を続けたと言われています。また、城崎温泉松本屋に泊まったともいわれていますが、今はありません。その場所は現在はつたや旅館さんがあります。つたや旅館にはたくさんの文献と『木戸公』の部屋と言われる部屋まであり、木戸ファンとしては必ず訪れねばならないところです。
そんな話を主人としていたときです。主人はいつものようにアイロンをしていました。
「城之崎温泉の『つたや旅館』?どっかで聞いたことがあるなあ。ちょっと、待っていろ。」
そう言って、主人はアイロンをやめて、パソコンに向かいます。
「ああ、ここだな。一度行って見るか。カフェテリアプランを使えば半額だぞ。」
「え?そんなのあるの。」
「会社が契約している福利厚生プランでね。会社の補助限度内で宿泊費の場合は半額になるんだ。しかも、出石の町は城崎温泉の通り道だ。」
「いいわねぇ。いくいく!出石には、木戸公ゆかりの地が一杯あるのよ。」
「ちょっとまて、『木戸公』というのはだれのことだ?」
「木戸孝允様に決まっているじゃないの。」
「木戸孝允のことを『木戸公』というのか?」
「知らないの?」
「・・・そうか。さて、予約、予約と・・うっ!」
「どうしたの。」
「土日が高い!大人2人と子供3人で・・なんという値段だ!」
「どのくらいなの・・・う!うーん。」
「飛び石連休の前日は安いじゃない。」
「そうだけど・・こいつらはどうする?幼稚園だろ。」
「うーん。チイチイパッパとお遊戯しているだけでしょ。いいんじゃないの。」
「その言い方は失礼だろう。ちゃんと教育してもらっているだぞ。でもなあ・・この金額の差は大きいな・・休ませるか・・・休ませよう!」
「いいのかしら、知らないっと」
「おまえが、言い出したんだろう。」
子供達は絵本に夢中になっていましたので、話の内容がわかっていませんでした。しかし、親が休めといえば喜んで休むに決まっています。あとは、言い訳だけですが・・
それからの主人はスゴイです。まず、宿を予約します。どんなところかインターネットで調べます。出石と城之崎温泉の周辺観光を調べます。高速道路で何分かかるか調べ、昼食する場所を決めてしまいます。まずは、城之崎温泉へ行って、翌日は、玄武洞経由で出石観光をすることになりました。それらを分刻みで予定を立てるのです。航続距離からガソリンの使用量を割り出し、概算見積もりを出します。やや多めに見積もるので、差額は主人小遣いとなるですが、ほぼあっています。
当日です。主人の格好にはびっくりしました。タートルネックの赤い袖無しにピンクのミニスカート、手は赤いロンググローブ、足は赤の網タイツです。赤づくしです。ボディラインにぴたりとマッチした服は胸をこれでもかと強調しています。そして、サングラス付きのサンバイザーをかぶっています。
私は驚いて叫びました。
「うぁあ。何これは・・・このスカートはどっから出してきたの!私の二十歳のときのスカートじゃないの。」
「大丈夫だよ。これを着るから。」
ベージュの麻の7分袖の上着を着てみせますがそんなもの何の効果もありません。いったい自分をいくつと思っているのでしょうか。
主人は平気で鏡台の前で、片手を空に向けて突き上げています。
「それでは城之崎温泉に行くぞ!」
「オーー」
「オーー」
「おーー」
智勇、由縁と実の3人は元気に両手を挙げてます。いくつであっても、幼稚園児には今日は赤くて目立つ色のパパです。
さて、出発です。ここは我が家のガレージです。主人は身長185の長身です。子供達はまだ膝頭ほどしかありません。車を前に主人がいいます。
「おーい。ガキども、揃ったかあ。」
「はいはい、整列!整列!」
「はあい。僕はだあれだ?」
「パパ・・・アイタ!」
やや、身長の低い実が一番に言いますが、智勇に頭をたたかれます。
「バカ!おばさんだろ・・」
「ミキおばさんだよね。パパ。」と由縁が答えます。
「ネェチャン、パパと言ったぞ。」と言う実です。
「ばか、これはいいのよ。」と言って、由縁は実をたたきます。いつも末っ子はたたかれるものです。そして、頭を抱える主人です。
「おい、大丈夫かな。」
「ははは、たぶん・・」と苦笑いする私です。
後部座席のケンカをする3人を横目に車は高速道路を進みます。トイレ休憩ごとに席がローテーションするのですが、真ん中は景色がよく見えないのでケンカです。大人にとっては、代わり映えしない高速道路で何をみると言うのか言う気がしますが・・
サービスエリアに入りました。運転席からドライビングシューズの綺麗な御御足がにょっきりとでます。赤い網タイツです。さらに、赤いルージュを引いた栗色の髪をした美女があらわれます。窓を開けてタバコを吹かしていたトラック運ちゃんもつばを飲み込みます。
「おお・・女だ。すげぇ・・美女だ。」と言ったときです。
続いて、黒髪のおかっぱの自称美女(私です)と、小さな子供がわんさか出てきました。
「スゲェ!トラックや。」
「おしっこ!」
「トイレいくでぇ」
「ああ、窮屈だった。」
「空気がいいわ。」
「わぉ、排ガスや。」
エライ騒ぎです。
「なんや、子持ちかあ・・」と運ちゃんは言って、雑誌に目を移しました。
主人は黙って、ドライビングシューズをハイヒールに履き替えいました。この当たりはマメな変なやつです。
我が家はトイレも簡単ではありません。
「あれ?パパはトイレいかへんの。」
「パパは婦人用だよ。」
「えー、じゃぁ。僕もそっち行く。」
「男だから紳士用にいきなさい。」
これは主人の厳しい教育なんです。男は紳士用トイレへ行き、決して婦人用に入ってはならない。考えたら当たり前ことを躾けているだけなんですが・・・
「パパだって男でしょ。」
「・・・わかった。ついていってあげるよ。」
お母さんが小さい子のトイレに付き添うことはまあ問題ないでしょう。
「ええ、私も行く!」
「おまえは婦人用にいきなさい。」
「私と行きましょう。」
「智勇と実だけなんてずるい!私もパパと行きたい!」
「参ったなあ。じゃ、ちょっと、待ってなさい。後でパパといこうか。」
紳士用トイレにハイヒールと赤い網タイツの御御足が現れるのですから、みんなどっきりします。視線が集中しますが、主人は気にしません。智勇と実を便器へ連れて行って、ふたりのチャックを引き下げます。ここら当たりで、みんな母親だと気がつきます。ほほえましいなあという笑顔に変わります。
「ほら、もう少し前!」
「前をよく見て・・」
男は立ちションというのが主人の教育方針です。もっと小さい頃は、サービスエリアのトイレで自ら立ちションをして、手本を見せるのが常でした。あの顔で立ちションするのですから、当然、周囲の男はビックリします。主人はみんなが驚くのを内心楽しんでいましたが・・
主人が子供達のおしっこを助けるのをみて、ガタイおっさんが実にいいました。
「ぼうや。トイレぐらい一人でしいや。こんなことで母ちゃんについてきてもうたら恥ずかしいでぇ」
「母ちゃんとちゃうでぇ。パパ・・アイタ!」
「どアホ!おばちゃんを、パパと言うな。」
実は、また智勇に頭をたたかれていました。
戻ってくると、由縁がもじもじしています。必死になってがまんしています。
(そんんなに、おしっこしたけりゃ、私と一緒にいけばいいのに・・)
「パパ、早く・・」
「よしよし、よく我慢したな。行こうか。」
「わーい。連れション、パパと連れション。」
「千香、この子達を頼むぞ。」
そう言って、婦人用トイレに、消え行きました。個室の便器に由縁をすわらせ、ドアを締めかけました。
「あれ?パパ、一緒に入ってくれないの。」
「バカ、婦人用は個室だ。二人入れるか!」
そう言って、主人は隣のトイレに消えました。
「え??・・・」
「考えたら、当たり前か。これやったら、なんために我慢したのかわからんやんか!」
まあ、確かに連れションはできたんだから・・
まっすぐ、城之崎温泉に行く予定でしたが、出石にも寄ります。だって、通り道でしょ。寄らなきゃあ!
主人も私も、出石は初めてです。古い町並みが保存されいる観光地として有名なところです。今日は飛び石連休の祭日の休みです、結構な人通りでした。
そんな人混みでは、主人は大事な灯台です。明かりを照らす意味ではありません。子供達は駄菓子に夢中ですが、私は木戸公の足跡をたどるのに夢中です。ちょっと、目を離すとお互いにどこにいるのかわからなくなるのです。そんな中、赤ずくめで、ちょいと身長の高い主人はいい目印です。
「パパ、あそこに鶴がおるでぇ。」と言ったのは由縁でした。
見れば瓦屋根の上に鳥の巣と2匹の白い鳥がいます。
「わお、ホントだ。」と主人がいいながらパチパチと写真をとります。
「きっと、鶴萬というお店だからよ。看板に書いてある。」と私が言います。
「鶴萬だから鶴かあ。なるほどなあ。」
「印象に残るしいい目印よね。」
「確かにそうだな。商売うまいなあ。いろいろやれば良さそうだな。」
「ネコとか犬とかかわいいよ。狸とか・・あっ、イルカもいいな。」と私が言いました。
「私はキリンさんがいい。」と言う由縁です。
「ゾウさんはないの。」と実言います。
「そんな重いものを乗せたら家が潰れるだろう・・・おまえら、好きな動物を言っていないか!」
「パパ、あとで写真を頂戴ね。」
そこは、鶴萬一休庵という土産物屋でした。ちなみに、鶴ではなくコウノトリだそうです。まぎらわしい!
次は『木戸公』が荒物屋として潜伏していたところです。出石観光マップには印がありますが、一体どこでしょう。こういうときは主人が頼りになります。主人は地図の読めない女ではなく読める男なんです。しばらく行くとそば屋のとなりに石碑がありました。二つほどの石碑と石柱があり松が植えられています。人気も無く地図で必死で探さないとわからないところでした。
「あった!ここ、写真撮って!」
「ここかあ。やっぱり、石碑だけじゃないか。」
「何を言うの!ここで昔、木戸公が荒物をなさっていたところなのよ。」
「ふーん。たしかにそう書いてあるな。まったく、こんな石碑や石柱を写真に撮ってなにがうれしいのやら・・ブヅブツ」
「記念写真!記念写真!智勇と由縁も一緒にどう?」
「わかった。ほらほら、お前達、ママと並べ!」
ここさえ押さえればあとは『つたや旅館』です。他に特にみるところはありません。出石皿そばや辰鼓楼なんてどうでもいいのです!さあ、次いこ!
城之崎温泉に着きました。『つたや旅館』の前に止まりました。老舗旅館です。
「うぉー、ここかあ。」と私はもう興奮状態です。
「うん。なんか石碑みたいのがあるぞ。」
松本屋跡地の石碑と立て看板がありました。
「え?ウソ!どこ?カメラ、カメラ。」
叫んでもスターが出てくるわけではありませんが・・・
着物姿の女将さんが出迎えてくれました。まずは、荷物を下ろします。真っ赤な服の主人です。女将さんの呆れた顔を無視してにっこりと笑って主人は荷物を下ろします。
「車はどこへとめたらいいですか?」
「ああ、こちらです。」
そう言ったのは黒いベストを着こなしたおじさんです。
「千香、宿帳を書いといて!これがカフェテリアプランの会員カード。」
「わかった。」
主人はおじさんの指示で車を動かしました。お客様の駐車用に少し離れた広場を借りているそうです。
主人がハイヒールに履き替えて、旅館に戻ってきました。そのころ私は大変なことになっていました。
「待ってたいたのよ。どうしよう。」
「どうした?」
「すみません。あなたはこの奥さんの姉さんですよね。」
「はい。そうですが・・」
「カード名義の姉ということは、2親等離れることになります。すると、家族じゃなくて、同伴者になるんですよ。」
「あ・・・そうか。半額の差額決済ができないんだ。」
主人はもめている原因をやっと理解したようです。
「あなた。ちょっと・・・来て。」
私は主人の外へ呼び出しました。
「どうするの。差額決済にならないとえらい出費よ。」
「うーん。僕がカード名義の日下部拓也というのは、通らないよな。」
「これくらいなら、予備のお金なんとかなるけど・・」
えらいことになりました。
4000文字をメドとしているので、ここで切ります。
「次号に期待・・」といったところでしょうか!