こいつらを預かって頂けますか
今回は保育園の話です。
日下部拓也42、日下部千香38、智勇と由縁2、実1、清原義三67、清原義三62
ここは我が家です。本日から主人は9時から16時まで勤務です。出勤前の主人が心配そうに尋ねます。疲れて眠りも浅い私を心配しているのです。
「ほんとに、ほんとに、大丈夫か?」
「大丈夫よ。ほら、ちゃんとやっているじゃない。」
実を出産して6ヶ月です。今日から夕方までの勤務になったのです。智勇と由縁は、まだ、1才半で手が掛かります。その上、0才児の実の3匹です。
去年の出勤開始は、パニックになりました。今回は大丈夫です。きっと、大丈夫でしょう。大丈夫じゃないかな。大丈夫だといいな。・・・・ううん、大丈夫です。
実際、1ヶ月は頑張りましたが・・・・だめでした。
1ヶ月後のことです。 その日の朝は、とてもしんどくて動けなくなってしまいました。頑張って動いてみても、1時間もするとふらついてくるのです。
「大丈夫か。ちょっと、病院いくか。」
「いや、いいわ。たぶん風邪よ。寝ていれば直るような気がする。」
「わかった。今日は休むよ。会社に電話して、お願いしてみるよ。」
(元気ようで声が上ずっているな。やっぱり、無理だったか・・)
主人は会社に電話を掛けて休んでくれました。
「泊さん、すみません。妻が寝込みましてね。子供の世話ができなくなりました。急ですが今日は休みます。」
「おう。わかった。大事にしろよ。子供の世話に看病か大変だな。部長には言っとくから。」
(さてと・・今日はこれでよしと。弱ったなあ。休み続ける訳にはいかないぞ。保育園か・・普通、専業主婦がいて預かってくれるのか。うーん。)
そのとき、実がぐずって泣きました。
「おお、よしよし。まいったなあ。なんとかしないと・・」
子供をあやしつつ主人は考え込みました。
数日後のことです。ここは京都の高台にある新興住宅地です。そうはと言っても、20年前に山を削り宅地が開発され、分譲されたところです。そこの坂道を、黒いスーツ姿の赤いヘルメットの女性が、栗色の髪をなびかせながら原付バイクで駆けています。
ここは私が育ったところなのです。つまり、私の実家なのです。実は、私は実家に来ているのです。
そのバイクの音に智勇と由縁が反応します。すごいものです。まあ、他にも同じようなバイクがあるので、よく間違えていますが・・
「あっ、パパだ。」
「パパだ。」
私は玄関から転げ落ちないように必死で押さえます。果たして、バイクの音が止まり、主人が帰ってきました。扉を開けて満面の笑みで玄関にたちます。
「ただいまあ。」
「パパ!」
「パパ!」
最近は駆け回るようになったので大変です。2人が一番先に覚えた言葉が「パパ」なのはシャクですが、この豊満な美女を「パパ」と呼ばせて良いのでしょうか。将来、心配です・・・。
「お母さん、すみませんねぇ。」
「いやいや、千香と二人だから大丈夫よ。あなたこと毎日通うの大変でしょ。」
「いえ、これぐらい。東京じゃ、2時間通勤は当たり前らしいです。朝は家から出ますからそんなに早くないし・・」
子育てを母に手伝っててもらいなんとかしています。母は去年、還暦を迎えたばかり、まだまだ、元気です。私が倒れた時は、主人に一週間休みました。まずは保育園を探しましたが、すぐには見つかりませんでした。やむえず、実家に転がり込みました。
主人は仕事が終わると京都の私の実家に来るのです。洗濯などの家事を手伝い子供の面倒を見て夕食を食べて。子供が寝付くと我が家に帰ります。そして、夜半過ぎまで会社の仕事をしているようです。
通常は私だけ実家で子育てをし、主人はひとり暮らしをするものです。しかし、我が家は特別でした。まだ、乳離れしきってない実がいます。何よりも智勇と由縁が主人から離れたがらないのです。ホントにこいつらは母親の私をなんとおもっているのかしら・・
「千香、今日は何も無かったか?」
「あったわ。今日は玄関から転げ落ちたのよ。」
「え?!大丈夫かい。」
「すごっく泣いたわ。医者に診てもらったけど、特に異常は無いみたい。女なのに由縁はよりよく動くので心配だわ。」
「ははは、家でもよく転けていたからな。コタツに頭をぶっつけるのはしょっちゅうだ。」
「ところで、あなた。保育園のことなんだけど。いいところあった?」
「安い認可保育園は無理みたいだな。どっちにしろ、4月からだな。どこもいっぱいらしい。」
「やっぱり、そうよね。」
「お母さん、そういう訳で4月まではお世話にならないといけないみたいです。」
「別にいいわよ。出産直後だけ、娘が実家に帰ることって、最近は当たり前もみたいだし・・」
数日後のことです。3月です。今日は珍しく暖かい小春日和です。主人は今日も化粧をばっちり決め、タイトなスカートを履いています。ちょっと、胸を露出しすぎではないでしょうか。髪の毛をまとめて頭にのせ、眼鏡を掛けハイヒールの美人です。二人乗りのベビーカートに、智勇と由縁を乗せて、実を胸にだっこしています。コインパーキングから保育園まで歩いているところです。最初は私が押していたのですが、段差で何回か引っかかって、取り上げられました。・・くそ!
しばらくすると、小さな塀に囲まれた園地がみえました。動物の絵柄がかわいいです。
「ここかな。」
「光る風保育園・・ここじゃない?」
「入ってみるか。」
「ごめんください・・」
「はあい。」と元気な声のお姉さんが出てきました。保育士さんらしいです。
「すみません。保育のご相談にあがったのですが・・」
「ウチにお預けになるということですね。こっちの部屋に来て、書類に書いて頂けますか。園長は今は手が離せないんです。少しお待ち頂けますか。」
程なく短いあごひげにつるっぱげにおじさんがやってきました。黒いエプロンをしたヒゲのある蛸入道といった感じの優しげな目をしたおじさんでした。
「園長の程川勇次です。」
「よろしく、お願いします。私は日下部千香、この子達の母親です。こちらが、姉の日下部美希です。」と挨拶しました。
「日下部美希です。」といつものように名刺を出します。会社勤めの癖です。
みれば実は、主人にだかれてスヤスヤと寝入っており、智勇と由縁は、主人の足と手に抱きついています。
「ほう、東亜製薬ですか。いいところにお勤めですね。書類を拝見します。えーと、家族構成は・・ほう、お子さんは3人ですか。すべて、千香さんのお子さんなんですか。」
(子供がなついているからこちらの美希さん子供かとおもったが・・)
「ええ、そうです。みんな、満1才ですが、智勇と由縁が来月で2才になります。こいつらを預かって頂けますか。」
「ああ、4月うまれと3月生まれですね。」
しかし、園長さんは書類を見ていて首をひねります。
「ん? 智勇ちゃんと由縁ちゃんの誕生日が15日違い? 双子じゃないんですか。」
「内緒ですが、片方が僕の子供です。千香さんとぼぼ同時に妊娠したんです。出産はずれましたけど。私は主人を亡くしましてね。どうせ一緒に育ててもらうなら両親がいるほうがいいと思って、養子縁組してもらいました。」と主人は笑って答えました。
「ほう?なんかややこしい事情がありそうですね。」
「その通りです。そこは・・ご勘弁願えますか。」と主人は苦笑いします。
「まあ、いいでしょ。さて、千香さんのご主人のお職業は・・東亜製薬ですか。ん?美希さんも同じでしたね。」
「はい。兄貴の拓也は、アメリカ支社ですが、僕は本社の食品部勤務です。」
「千香さんは働いていないのですか。」
「ええ、ちょっと、たのまれて、ピアノを教えていますけど・」と私が答えます。
「えーと、そうすると千香さんは専業主婦になりますね。ウチは認可外保育園ですから、どんな事情でもお預かりしますが、保育料が高くなりますよ。」
「京都の実家から通うことを考えたら安いものです。」
「そんなことしてたんですか。」
「独りで3人の子供の面倒見ていて、倒れちゃいましてね。やむなく、実家に帰らせて、そこから会社へ通っていたんです。」
「それは大変でしたね。」
「妻は体かあんまり丈夫でないんですよ。病気と言うほどではないですが・・」
「そうですか。わかりました。4月には幼稚園行くのが何人かいますのでたぶん預かれると思いますよ。今日は、テストで体験保育してみますか。」
園長は保育士の吉口香奈子さんを呼びます。
「香奈子さん。 智勇ちゃんと由縁ちゃんを見てくれるかな。」
「はあい。ほらほら、 智勇ちゃんと由縁ちゃん。お姉さんと遊びましょ。」
智勇と由縁は、元気に香奈子さんと主人から離れます。
「うまく行きそうですね。さてと、実くんは、こっちに渡して頂けますかな。」
主人は園長さんに実を渡します。さすがは園長さんです。抱き上手なもので実はにこにこして主人から離れました。
「うまく、行きそうだな。今から会社に帰ると、半日有給ですむぞ。」
「帰りましょうか。」という私です。
「そうだな。お昼はどうする?」と答えました。
「うーん。なんか作ってくれる。」
そう言って、立ち上がりかけたときです。
智勇と由縁が主人が立ち去りかけたのに気がつきました。
「あ、パパ、どこ行くの!」
「パパ!パパ!」
もう、半分泣き顔です。主人は苦笑いしながら、智勇と由縁を抱きしめます。
「大丈夫だよ。パパはどこへもいかないから。」
驚いたのは園長さんです。
(パパ?どうして、パパと呼ぶんだ?!)
「ははは、バレちゃいましたか。僕は男なんです。実はこの子達の父親なんですよ。」と言いながら笑って頭をかきます。
「えーーえ!?おばさんじゃないんですか・・」
主人は免許証を取り出しみせます。いつもの伝家の宝刀です。
「これが免許証です。性別は男でしょ。本名はは日下部拓也です。戸籍上も父親なんですよ。28才のとき子宮が成熟しまして、生理出血はあるわ。胸は大きくなるわとあれよあれよと女性化しまして・・最後には子宮の機能を調べるためにこいつらを出産することにまでなっちゃて・・あははは」
そう笑いながらまくしたてますが、園長さんはタダ驚くばかりです。
「これでもちゃんとおちんちんもあるんです。乳房と子宮もありますけど。男性機能は正常なんです。だから、この子達は千香との子供です。」
「え?おちんちんがあるんですか。」
「あるんです。えーと、ふたなりというやつですかね。こいつはナニもちゃんとしてますし・・」
「・・・・」と私は思わず真っ赤になりました。
その後、怖い顔をして、智勇と由縁に言います。
「バカ!おまえら、外では美希おばさんと呼べと言ってあったろう。」
「奥さん・・いや、ご主人でしたね。そんな小さい子には無理ですよ。早く話してくれて良かった。他言しないようにこちらでも気をつけます。」
結局、その日は3人をつれて帰ることになました。また、明日以後に、今度は私と一緒に保育園で遊んで帰り、徐々に慣らしていこうということになりました。
主人と私を見送りつつ、園長さんと保育士さんが小声で話していました。
「すげえな。あの人ホントに男なのかな。色っぽいなあ。」
「確かですよ。見せてもらいました。」
「え?何を!」
「パンツの中にちゃんとありましたよ。私のお父さんと同じ物が!」
「ホントかよ。見たのか!どんなだった。」
「どんなのといわれても・・あんまり、比べてみたことないからわかりません。」
「ひぇー」
これには後日談があります。それから、2年ほどしたころの話です。
私は保育園の保育士さんに言われたことで、困ってしまいした。主人が帰ってきて時、1枚の画用紙を見せて、すぐに相談します。
「あなた、これを見て!」
「うん。何だ。『パパ』のと書いてあるな。うまいじゃないか。智勇か由縁が書いたのか。」
「そうなのよ。だから、困っているのよ。眼鏡は良いけど、口が赤くて大きいでしょ。髪の毛も長い。」
「う・・これは、父親の絵じゃないよな。母親だな。これをパパと言ったらまずいな。」
主人も重大さに気がついたようです。
じっと考えていましたが、あわてて、アルバムをひっくり返します。そして、何枚かの写真を取り出し、コンビニへ出かけました。そして、コピーしてきた写真を壁にはり、3人の子供をよびました。
「パパからの一生のお願いがある!」
いつになく真剣な顔で頭を下げます。
「パパ、つまり父親の絵を描くときは、この写真を手本にしてくれ!」
指し示した壁に貼られた写真は、結婚の時の写真を拡大したものでした。
「このように、男らしく書くんだ。」
「だれや。これは」という由縁です。
「パパと似とるけど。」と智勇も納得がいかないようです。
「だから、『父親』、『パパ』、『お父さん』の絵はすべてこれを見本に書くんだ。お願いだから、そうやってください。」
「こんなの無理や!」
「いつも、写真があるわけちゃうで。」
「いやいや、コツをつかめば、大したことない。いいから言うぞ。まず、口だ。赤は使うな。黒い線で書け。髪の毛は頭だけにしろ。眉も書くんだ。お乳はかかない。」
「こんなのウソやんか。」
「たのむから、そのウソを書いて、お願いだから・・」
「そんなことゆうてもな・・」
「むずかしいな。」
「大丈夫だよ。パパの子だ。おまえら画才があるから、将来は絵描きさんなれるかも。」「ほらほら・・・おっ、スゴイ!」
「いいぞ!うまいじゃないか。」
主人は必死で書かせていました。こんなことがあってから、家族の絵を描くときに悩むようになりました。だって、家族旅行の絵を描くのに、どっち絵をかいたらいいのかわからなくなったからです。
これは、「ウチではおばさんのことを『パパ』と呼んでいる」というウソが平気でいえるようになるまで続きました。ああ、将来が心配だわ。
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