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写真クラブ

この話はフィルム全盛の時代です。デジタルカメラはとても高い時代の話です。

 会社です。やや栗色のロングヘア、いつもの黒いスーツの上下、化粧美人の主人がパソコンを前に働いています。最近の主人は、眼鏡チェーンで眼鏡をぶら下げています。遠視ではありません。近眼なので遠くがよく見えないとき必要なのですが、眼鏡の顔が気に入らないらしくって、外してぶら下げることが多いのです。格好が悪いしコンタクトレンズをはめればいいと思うのですが。


ちょっと、手を休めたのを見て、泊さんが声を掛けてきました。

「おまえなあ。写真クラブに入らないか?」

「また、その話ですか。」

実はこのやりとりはひと月以上前からしつこいように続いているのです。実は、東亜製薬には社員同士が作ったクラブがあります。昔は会社も資金援助をしており、クラブ費というものも会社から出ていたそうですが、今は廃止されています。東亜製薬も昔は野球に力を入れており、野球専門の社員を雇用し、都市対抗出場していたそうです。さて、社内の文化系クラブに、写真クラブというものがあります。


「写真クラブねえ」と、主人が答えます。

「吹田工場で第三火曜日に例会をやっているんだ。おまえも来ないか。」

「写真ねぇ。」

「おまえ、趣味で写真をやっているだろう。社内報の表紙を写真見たぞ。」

「ああ、あれですか。応募が少ないというので、頼まれて応募しただけですよ。聞けば誰でもOKだとか。」

「そんなことあるか。なかなかのものだったぞ。」

「そうですかぁ。それで,どんなことをやっているんですか。」

「写真を持ち込んで,お互いに評価し合うんだ。先生の指導もあって上手になるぞ。」と、泊さんは熱心に説明します。

「缶ビールを持ち込んで、お弁当をつつきながらな。楽しいぞ。」と、泊さんは、にこにこしながら言います。

「子供も大きくなったし、時間は大丈夫かな。」

好感触が得られたと見て、泊さんが畳みかけます。

「6時頃から始めて、遅くても9時だ。そんなに遅くならないぞ。」

「ならばいいかな。その日は、晩ご飯はいらないだけか。いいですよ。」

泊さんの執拗な誘いに負けて、ついに、了承しました。


そういう話があったのは、1週間前のことです。ここは、会社です。5時半になると途端に泊さんが立ち上がります。

「田口部長、それでは本日はこれで失礼します。今日は写真の例会なんで・・」

「え、ああ、そうか。」と答えつつ、田口部長はきょとんした顔をしています。

「日下部、さあ、行くぞ。」

「はぁ? どこへ。」と、こちらも驚く主人です。

「吹田工場に決まっているだろう。写真クラブの例会だ。先生が来るから早く行かんとな。」

「ああ、今日は昼間からそんなこと言っていましたね。」

今日の泊さんは、やたらと写真の話です。ずいぶんと楽しみにしているのだなあと主人は思っていましたが自分に降りかかっていることに気がついてなかったのです。

「サービス版でいいから、写真は持ってきたか。」

「ああ、はい。こんなものでいいですか。」

「ふーん。花の写真か。まあ、いいだろう。よし、行こう。」

「はい、はい・・この書類を片付けて・・」

 泊さんは鞄を小脇に抱えて、今か、今かという様子です。主人は慌てて書類を片付けています。泊さんは、イライラしながら食品部の入り口で待っています。

「ちょっと、待ってくださいね。それから、家に連絡しておかないと。」

 歩きながら携帯メールを作成しています。


吹田工場につきました。東亜製薬は、古い会社です。吹田工場は煉瓦塀が残っている趣ある工場です。さすがに、建物は総て、コンクリートに建て替えられていますが、ひとつだけ煉瓦造りの建物があります。「レンガハウス」という古い工場の外側のレンガを残して作られた建物です。少し薄暗くなり、円い窓から黄色い光がもれています。

「あれが、レンガハウスだ。」と、泊さんが指さしました。

「へぇ。かっこいいな。」

夏も終わりましたがまだまだ暑いです。主人のミニスカートから艶めかしくも黒いパンストに覆われた足がのぞいています。もちろん、上下は黒のスーツでハイヒールです。中に入ると床もレンガで、照明もランタン風の古風な形をしています。赤いマニキュアの白いでそっと壁を触っている主人が実に絵になるのです。泊さんは密か喜んでいました。

(いいなあ・・こいつは、予想通りだ。カメラを持ってくりゃよかった。)


 部屋に入るとかっぷくのあるおばちゃんとちょっとやせたおばちゃん、ずんぐりむっくりのおじちゃんがいました。それと白髪頭のおじいさんです。

「製剤研究部の栗木です。」と言うずんぐりむっくりです。

「工場経理の北村です。泊さん、この人誰?」と言うちょっとやせたおばちゃんです。

「広報室の奥山です。知っているわ。食品部の日下部さんよね。」と言うかっぷくのあるおばちゃんです。後で年齢を聞いたら全員50代で主人より年上でした。

「はい、日下部・・・美希と言います。」と、主人が答えました。

「達也さんでしょう。この人は男性なの。本社では有名人よ。」と言う奥山さんです。

「えー? オ、オトコ!!」と言う北村さんです。

「へへ、実はそうなんですよ。ニューハーフと言うやつです。」と、頭を掻きながら言いました。

「北村さんは知らないかしら。小児薬のパンレットの表紙写真!」

「え・・・・あっ、あの子供を抱いたおんなの人!」

「あれ、僕です。子供は、僕が産んだミノルです。」と、言う主人です。

「産むんだぁ?!」と、驚く栗木さんです。

「男なんでしょ。え??」と、頭が疑問符だらけとなる北村さんです。

「僕は、男ですが、子宮があって生理もあるんです。受精卵さえあれば、妊娠はできるんですよ。」

「えー??だれとの子供を作ったんですか!」

「僕と妻の子供に決まっているじゃ無いですか。ちなみに、妻は女ですからね。」

主人は、にこにこして答えます。主人としては、この反応こそ待っていたものなのです。喜んでいろいろと説明します。


どんどん、話が飛んでいる所に、泊さんが止めに入りました。

「話が弾んでいるところを悪いが、まあ、まあ、その辺にしとけ。こちらが、本田先生だ。」

 そう言って、おじいさんを紹介します。真っ白なひげを蓄えたおじいさんです。

「こんばんは、日本写真連合、関西本部の本田です。よろしくな。」

「本名は、日下部拓也ですが、会社では日下部美希で通しています。」

「ほんとうに、男かね。大会社となるといろんな人間がいるんだな。大したもんじゃな。」

「ははは。」と、主人は苦笑いして答えます。


 部屋には、発泡スチロールのパネルがぶら下げられており、その上に白布が張られています。各自、その白布の上に写真を貼り付けて行きます。長い針の付いたクリップで、写真を挟んでパネルには付けています。めずらしい道具に主人が泊さんに聞きます。

「これなんですか。」

「写真の展示用のピンだよ。これだと写真にキズがつかないだろう。穴もあかない。」

「ほう、なるほど。すごいですね。」

 さらに、名刺大の紙に表題を付けて、貼り付けていきます。どれもなかなか、見事な写真です。さすがは写真グラブです。


「おい、日下部、買い出しに行くぞ。」

「買い出し?」

「お弁当とビールを買いに行くんだよ。」

「あっ、はいはい」

「おーい。早く来い。」

 なんだかうれしそうに主人と出て行きました。


 ここは、スーパーです。

「弁当はこれでいいかな。」

「先生はあまり脂っこくないのがいいぞ。」

「ああ、なるほどね。年寄りですからね。これでどうです。ちなみに、あの人はいくつなんです。」

「80は超えたかな。」

「・・・・そ、そうなんですか。元気ですね。」と、目を丸くする主人です。


 次は、お酒です。

「ビールはどれにしますか。」

「栗木は弱いからな。350mLのこいつでいい。北村と奥山は、チューハイだ。それで、俺たちは・・」

そう言って、泊さんは、500mLの発泡酒を4本取ります。

「500mLを2本ですか!」と、驚く主人です。

「これぐらいいけるだろう。」と、言ってにやりとする泊さんです。

「ええ、そうですけど。」

「おっと、先生にはこれかな。」と言って、100mL缶のビールを足します。

「おお、酒の当てがいるな。ちょっと、もどろうか。」

「はいはい。」

 スルメやポテトチップと言ったものを買い足してレジに行きます。支払いが終わった商品をレジ袋にきれいにしかも手際よくつめていきます。

「おお、なかなか手際がいいな。さすが、主婦だな。」

「いや・・そんなに買い物に行っているわけでは無いですよ。大体、僕は主婦じゃないですからね。」

 実際は、日常の買い物は私です。主人はそんなにするわけでないのに、妙に上手にレジ袋に詰め込んでゆくのです。たぶん、空間感覚の問題ですから女であるかどうか関係ないはずなのです。主人のかわいいらしい姿から受けるイメージも相まってそんな風にみえるのです。

 レジ袋にいっぱいつまった缶ビールや缶チューハイを持っています。白い細腕でぐっぃと引っ張る姿は可憐です。

「重そうだな。大丈夫か。」と、泊さんが心配そうに言います。

「大丈夫ですよ。このくらい、へっちゃらです。僕は男です。」

 一見すると細腕の主人は、なよっとした感覚を受けますが、酒屋でビールケースを運び電気屋さんで冷蔵庫を運んでいた力持ちです。前後に子供3人を体にしばりつけ移動したこともあります。子育てする母は強いのです。もとい、父でした。


 部屋に帰ってきて、精算を始めます。レシートを元に計算です。

「ざっと、6000円か。先生はタダだから、5人で割って、1200円か。男性陣は、1500掛ける2で3000円とすると、女性陣は、1000掛ける3でいいな。」

 泊さんはフェミニストです。女性には少なめです。しかし、これに主人がカチンときました。

「だめですよ。僕は男ですよ。1300掛ける3と1050掛ける2にしましょう。」

「おつりが大変だ。ややこしいから、1500と1000の方が簡単でいいじゃないか。」

「だめです。それじゃ、僕が女みたいじゃないですか。」と、主人は譲りません。

「得しているだからいいじゃないか。」

「だめです。僕は男です。」

「泊さん、どうしたんですか。」と、栗木さんが会話に入ってきました。

「こいつがごねるんだよ。実はなあ・・・」と、これまでの経緯を説明します。

「確かに、泊さんの言うこと方がいいんじゃないですか。」と言う栗木さんです。

「だめですよ。」

「わかった。言うとおりにしよう。いつもなんだ。こいつは、女性割引をすると怒るんだよ。」


 例会は、先生による評価もありますが、お互いに票を入れ合う相互評価もします。自分以外の写真に1票を投じて、集計するのです。票はいくらいれてもいいのです。

 主人も参加して気に入った写真に票をいれました。最後に集計をして、順位をつけます。はじめてなのに集計も主人がやっています。

「3票が最高ですね。」

「ならば、3票を1席、2票を2席、1票を3席としよう。」

「ふむふむ。わかりました。」

「この札をつけて来るんだ。」

「はいはい。」

 集計表を見ながら、札を付けていきます。

「へえ。みんなすごいですね。」

 それが終わって、テーブルに戻ると、泊さんはL字型の黒いゴム板を渡して言いました。

「まずはおまえからだ。」

「ほえ?」

「まえで、批評してこい。」

「いきなり、何を言えっていうんですか。」

「まあ、無理か。じゃあ、感想でいいぞ。好き嫌いを言ってみろ。」

「それならば、僕としては・・・」

 今日の主人は、スカートにハイヒールです。黒いパンストに包まれた足がきれいで、色っぽいです。にこにこした立ち姿は、展示会の綺麗なコンパニオンのようです。泊さんの鼻の下も伸びています。

「・・・・と言うことでした。これでいいですか。泊さん。」

「・・あっ、もう終わったのか。」と、にんまりしたままの泊さんが我に返ります。

「どこ、見ているのですか。変なとこ見ないでください。僕は男ですからね。」と、言ってスカートを引っ張って長い足を隠そうとします。

「いや、すまん。次は北村さん、あんだ。」

「日下部さんの後はいやよ。泊さん、先にしてよ。」

「わかった。」

 泊さんは、立ち上がって、L字のゴム板を写真に当てて、写真の解説をしはじめます。

「まずは、この写真だが、ここが余計なんだ。このようにカットするといい。」

「ふむふむ、ホントだ。」

「次だが・・・」

 泊さんは、写真クラブのベテランです。写真に関しては知識も技術も持っています。なかなか説明もうまいです。30分程して全員の写真の解説が終わりました。

「さて、次だが・・・もう、時間がないなあ。先生の批評に移るか。おい、日下部、これを見て、札をぶら下げてくれるか。」

「はい。え?・・推薦、特選、準特、入選ですか。この順序ですごいんですか。第1席とか第2席かはどのあたりなんですか。」

「それは、入選の下だ。ウチの場合はそうしている。」

「ふーん。それで、第3席の札が多いんだ。推薦はこの札ですか。」

「バカ、違う。それは、互選のときの推薦の札だ。先生のはこっちだ。」

「ああ、なるほど。ちょっと、こっちの方が立派ですね。」

「えーと、まずは、推薦か・・・・ほお、これですね。これは、泊さんのか。スゴイや。」

 てきぱきと札を下げていきます。その後、先生の解説が始まりました。構図の善し悪しや余分な部分のカット、撮影の方向、絞りやピントの当て方といった解説が続きます。

「へぇ、なるほどねぇ。先生、こっちの写真は、どうなんです。」と、主人が突っ込んでいます。

「いいところに、気がついたねぇ。そいつの場合はね・・・・」

「へぇ。そうなんですか。」

 先生は熱心な質問をしてくる主人にうれしそうです。決して、美人の主人に話し掛けられてよろこんでいる訳ではありませんよ・・たぶん。

泊さんが、主人のもって来たLサイズの写真を見ていいました。

「先生、こいつの写真をみてやってくれますか。」

「ほう、どれどれ・・なかなか、いいところをとっているじゃないか。」

「そうですか。」と、少し照れる主人です。

「こいつはねぇ。こっちむきから撮るといいんだよ。」

「へえー、なるほどねえ。」

 わいわいと写真クラブの例会は終了しました。


ほろ酔い加減の帰り道です。自転車を押している北村さんが泊さんに聞きました。北村さんは、自転車で通勤しているのです。

「泊さん、来月の撮影会はどうしますか?」と、北村さんが聞きました。

「撮影会かあ。そろそろ、秋だな。ヒガンバナでもとりに行くか。」と、泊さんが答えます。

「へえ、どこへ行くんですか。」と言う主人です。

「飛鳥がいいだろう。田んぼも収穫の季節だ。飛鳥駅から自転車で行くといいんじゃないか。」

「レンタル自転車ですか。サイクリングですね。」と、主人が同調します。

「最近は切符とセットで割引もあるそうよ。」

「そりゃいいや。おっ、駅だな。俺はこっちだ。」という泊さんです。

「じゃあ。私はここで」と、言って北村さんは帰っていきました。


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