実《ミノル》の冒険
今回は実が主人公です。実の愛と冒険の物語です。
キーコ、キーコと音をならして実が三輪車で進んでいます。自慢の愛車の名前は流星号です。まだ、小さな足ではなかなか進みません。ここは商店街です。多くの人が行き交います。若いお姉さんや叔母さんがほほえましく眺めています。
たばこ屋の叔母さんが声をかけました。
「おや、実ちゃん、お散歩かい。」
「うん。今日は男を試すねん。」
「男を試す!? そりゃなんだい。でも、すごいねぇ。頑張りな!」
「うん!」と小さい胸を思いっきりそらしてうなずきます。
如何なる経緯で実が「男を試す」ことにしたかはわかりません。あんな色っぽい格好をしながら、主人は「男は・・・である。」「男とは・・・しなくちゃいけないんだ!」とのたまわっていますから、きっとそれに影響されたのでしょう。毎度ながらはた迷惑なヤツです。
商店街は大きな道路で終わります。そこは激しく車が行き交う4車線の道路です。横断歩道があって、低いビル街があります。そして、そのビルの遙か向こうに、ビル隙間から緑がちらほらみえます。淀川の堤防です。まだ、幼稚園の実達は、ひとりではあそこに行ったことはありません。
「今日こそ、あそこに行くんだ。」と実はつぶやきます。
そう、お姉ちゃんやお兄ちゃんすらやったことのない、未知の領域に踏み込むのです。
幅広い歩道の橋に、三輪車を止めます。目の前を大きな車が地響きをたてて通り過ぎて行きます。
「赤信号は停止!」と言って歩道で待ちます。
実にとっては、この大きな道路を渡るのははじめてですが、車の少ない裏通りの横断歩道は渡った経験あります。パパとママに信号をよく見るように言われいます。必ずどんな色か復唱するように言われているのです。今日もそれをしっかりと守っています。唇をじっとかんで、歩行者信号の色の変わるのを待ちます。
ここは大阪です。車が赤信号で停止したら、もう車道に出て行く輩がいます。しかし、実は動きません。エライです。ほどなく、信号の色が変わり、青に変わりました。
「青信号は進め!」と叫んで、三輪車のペダルを踏み込みます。
さあ、新世界の第一歩です!グイっとペダルを踏み込んだそのときです。目の前のビルが突然傾きました。
「あ!」と叫んで、足を踏ん張りますが、むなしく空を切ります。
・・・・転けました。
幸いにも、渡ろうとしていた男の人によりかかることになり、頭を打つことはなかったです。歩道のわずかな段差に後輪がゆれ、バランスを崩したのです。三輪車が足下に倒れてきたのには男のひとはびっくりして、あわてて支えに入りました。
「おいおい、ぼうや大丈夫か。」
「ごめんなさい。」
実が大丈夫そうなのを確かめると、その人は急ぎ足で道路を渡っていきました。実は気を取り直して、三輪車のペダルを踏みしめます。キーコ、キーコと進み始めました。4分の1程、進んだところで、歩行者信号が点滅し始めます。危ないです。このまま進めば途中で信号が変わってしまうことでしょう。
そこはエライです。一瞬の迷いの後、実はハンドルを右にきりました。そして、Uターンして戻り始めました。さあ、間に合うでしょうか。キーコ、キーコと必死でこぎます。さあ、早く戻らないと・・・・巨大なタイヤの下敷きです。降りて走った方がはやいような気がしますが、それを言っては野暮という物です。とうとう、歩行者信号は赤になりました。まだ、元の歩道にはたどり着けません。早く歩道まで戻らないと危険です。実がんばれ!
必死の思いで、歩道にたどり着いたとき、地響きをたてて車が後ろを駆け抜けました。無事です。こんなもので、この巨大な障壁を乗り越えられるでしょうか。やっぱり、姉ちゃんは偉いと思う実でした。
さあ、再度の挑戦です。今度はこけないように、車が止まる見て車道に出てまちます。同じように、「青はすすめ!」と宣言して、三輪車をこぎ始めました。キーコ、キーコと必死でこぎます。真ん中の中央分離帯を超えました。後半分です。しかし、非情です。さらに、半分の半分、すなわち、4分の1を残して、点滅し始めました。さあ、どうする?しばしの熟考の後、実のハンドルは、Uの字を描いて引き返し始めました。
えー?帰るの?間に合うわけない! 案の定、中央分離帯まで戻るのがやっとでした。
暫し、道路の真ん中の中央分離帯でじっと耐えます。巨大な車が怒濤のごとく針抜けていきます。あれにひかれるとおだぶつです。実は見たことがあります。裏道でカエルか紙のようになっているのを!あれはトラックの大きなタイヤが踏みつぶしたあとだそうです。
中央分離帯でじっと耐えます。怖いので目をつむって耐えます。実は男です。ここでじっとしておれば車はよけてくれるはずです。しかし地響きを立てて車が通り過ぎてゆきます。音が大きいです。排気ガスのいやなにおいがします。
中央分離帯でじっと耐えます。いつ終わるのだろうかと思うほど長い時間が過ぎて、車の音がかき消えました。目を開けると歩行者信号が青に変わり、大人達が動き始めました。もう、大丈夫です。キーコ、キーコと必死でこぎます。
つきました。ついにやったのです。未踏の大地を踏みしめたのです。
(やったでぇ。これぞ男や!ねぇちゃん見てみぃ!)
こうして、実は無事に交差点を渡りきりました。前途多難です。もっとも、中高生となった実は大きなスポーツバックを背負い自転車でわずか2~3秒ここをで駆け抜けていきます。初めて成し遂げたこの偉業のことをすっかり忘れて・・
尚、一筋ほど離れたところには、地下鉄が走っており、エレベーターと地下道を使って極めて安全に渡りきることができたのですが、当時の実には思い及ばぬところです。
さて、最大の難関と思われた道路を渡りきりました。後はあの緑の大地の淀川の堤防を目指し北上するのみです。
(さあ、いくでぇ!目指すは堤防や。)
実は、決意も新たに三輪車のペダルを思いっきり踏みしめました。今度は転けませんでした。
ここは滅多に来ない商店街筋です。歩行者優先道路とはなってまいせん。普通の住宅と店舗が混在している地域です。車の通行は少ない裏通りといった道路です。道路の端を通過する分には極めて安全です。実も来たことがないわけではありません。主人や私と一緒ならば数回程度来たことがあるのです。でも実にとっては、自らの力で初めて切り開いた新天地です。
キーコ、キーコと三輪車は進みます。そこには以前主人来たときにお土産に買ってくれたケーキ屋さんのお店あります。昼にパスタを食べた喫茶店もあります。
キーコ、キーコと三輪車は進みます。ここは新天地です。商店街のおばちゃんとは違いだれも声をかけてくれる人はいません。あの緑の大地の淀川の堤防を目指し三輪車は進みます。
キーコ、キーコと三輪車は進みます。ふたつの通りを横切ったところで、かわいい犬のつれおばさんを見かけました。実のハンドルは思わずそちらに向きます。まだ、家では動物を飼わせてもらえないのです。おばさんは少し離れた緑地に向かうようです。緑地は緑が生い茂っています。たぶん、犬の散歩でしょう。実はおばさんの後を追いかけます。
あれれ?そっちは堤防じゃないよ!おーい。大丈夫かあ。あらあら、いいのかな。
キーコ、キーコと三輪車は進みます。
そのころの我が家です。今はピアノの練習の真っ最中です。4才から3人一緒に始めましたが、順に脱落し今は由縁のみです。4才からスゴイというかもしれませんが結構、熱心な親子さんは結構います。2~3才から教えてほしいという親までいます。こんな年齢になるとピアノなんて弾けるわけがないので、リトミックというリズム学習教育ばかりとなります。さて、やっと、由縁のピアノの練習が終わりました。
ふと気がつくと実がいません。智勇は居間で本を読んでいました。智勇に聞きます。
「あれ?実はどこなの。」と私は聞きます。
「ホントや。あいつはどこへ。」と智勇が答えます。
「3人いっしょじゃないの。」
「そんなことあるかいな。智勇しらんか。」という由縁です。
「さあ、さっきまではそこらへんにいたでぇ」
「美代ちゃんと遊んでいるのかな。」
「ママ、電話してみたら。」
「そうね・・・」
最近は、お菓子屋さんの美代ちゃんが遊びに来ます。姉弟のなかでは実が一番仲良しです。たまに、ケーキをお土産に持ってくるいい子です。いえいえ、ケーキを持ってくるからいい子というわけではありませんよ。
まあ、そこらへんにいるだろうとはじめは高をくくっていました。3人で手分けしましたがいません。
ほどなく、主人も帰ってきました。今日は土曜日です。休みですが仕事に出ていたのです。いつもの黒のスーツにハイヒールを履いた化粧美人です。
「ただまあ。」
「あなた。大変!実がいないの。」と言う私です。
「何!3人いっしょじゃないのか。」
「いつも、そんなことあるわけないやろ。」と言う由縁です。
「美代ちゃんとこじゃないか?」
「あかん。夫婦そろうて、おんなじこというとるわ。」と嘆く智勇です。
「電話したけど。今日はウチには来てないらしいのよ。」
玄関から外へでます。
「流星号がないな。」
「うん、あれに乗っていったらしい。」
「そうか。あいつはひとりでどこへ行ったんだ。」
主人が突然地面に顔をつけて、クンクンとにおいをかぎます。
「何するの?!」
そして、真剣な面持ちで家の通りの角に向かいます。そして、そこでもクンクンとにおいをかいでいます。
「あっちだ!商店街のほうにむかっている。」
「え・・なんでわかるの。」
「実のにおいがする。」
(え?ウソ・・においでわかるの?)
「まるで、犬ころや。」と驚く智勇です。
「ウソやん!」と驚く由縁です。
ところが商店街にでると次々と目撃情報が届けられます。
「国道の方にいったらしいでぇ。」
「たばこやのおばちゃんがみたって!」
「パパ・・・ホントに、においでわかるの。」
「当たりまえだ!僕は戌年だ。」と真剣な顔で答えます。
「えーえ。パパ、本当なの。」と驚く由縁です。
「ははは」とどや顔の主人です。
商店街のアーケードは、国道で終わりそこは4車線の大きな道路です。子供だけでは勝手にここを渡ってはいけないと強くいわれいますから、3人だけではここから先へはいったことがありません。 しかし、実の足取りは、ここでぷっつりと切れるのです。
「まさか・・」
主人がここでも地面に鼻を近づけています。夏ですから、黒のパンストにハイヒールを排他きれいなお姉さんがかがんでにおいをかいでいるのですからシュールです。しかしみんな必死なのでだれも止めません。道路をわたる人々は何だろうと変な目で見ていましたが・・
「そのまさかだな。」と立ち上がった主人がいいました。
「あいつが国道をわたれるはずないでぇ。」
「まちがいない。あっちを探してみよう。」
道路を渡り、主人と子供はクリーニング屋さんのお家を訪ねます。
私は喫茶店を訪ねました。
「すみません。これくらい三輪車に乗った小さい子みかけませんでしたか。」
期待はしていなかったのですが・・
「あら、見たわよ。」
「え?-本当ですか!」
手がかりが得られました。どうやら、あの道路を単独でわたり、前の道路をまっすぐいったことは確かなようです。
「実!どこ?」
「ミノルー」
「おーい。どこや。」
みんなで名前を読んで探すですが返答はありません。そのときです。頬に冷たい物が!いつの間にかに、空が暗くなっていました。
キーコキーコと三輪車は進みます。緑地は石の柱が並んでいます。そこには漢字が彫られているのですが、まだ、幼稚園の実はほとんど読めません。
「一、二・・なんやこれは?」
キーコキーコと三輪車は進みます。
「智、これはにいちゃんの漢字や。姉ちゃんののもあるな。わいのはないんか?」
実はここは神社です。寄付をもらった人の名前や金額が彫られているのです。石の柵はやがておわり、小さな石段があり、そこは神社の境内です。子供の大事な遊び場のひとつです。
実が覗けば、そこには、さっきの犬を散歩させたおばさんやボール遊びをする女の子がいました。大きな楠の下にはベンチがあり、おじさんが鳩にえさをやつています。季節は盛夏です。大きな木に囲まれた木陰はどこも涼しいです。遊具のない空間は、いつも遊ぶ公園とはまたちがった趣のある緑に囲まれた神秘空間です。何しろ赤い鳥居や石畳や見たことない手桶があるからです。塀にかこまれた奥に、人々が入っていき祈りをささげています。なぜか枯れた木々に紙切れが結わえ付けられ花のようです。
「ほえー」と実は始めていた鳥居を見上げていいました。
そのときです。空が急に暗くなってきました。あっと、ぽつりと雨が!それは石畳に灰色のシミをつくり、数がどんどん増えてゆきます。雨です!さつきまでは晴れていたのに・・
神社の境内にいるものはあわてて、大きな楠の木下や神社に走ります。実も必死でこいて三輪車をこぎます。鳩にえさをやっていたおじさんは神社を出ていきました。家か近いのでしょう。犬を連れたおばさんや若い二人連れが神社の中に上がり込み雨宿りをしています。実は楠の下に向かいます。
(あれ?美代ちゃん。)
見ればボール遊びをしいた女の子は最近仲のよかった美代ちゃんではありませんか!
雨はどんどん激しくなります。とうとう、実は愛車の流星号からおりて、愛車を引きづりながら、木の下へ走りしました。いい判断です。そのほうが速いです。
雨はさらに激しくなります。おっと、光が!そして、バリバリと空気を切り裂き、ゴロゴロと大地を揺るがすあのすさまじい音が響きます。こわいです。おしっこがチビリそうです。愛車を握りしめ、楠に寄り添う実も足が震えます。ちなみに、雷鳴の中、雨に濡れた体で金属辺を手に持ち、背の高い構造物の隣に立つなんて、自殺行為です。普通だったら、雷は高い確率で楠に落ち、そこから水で濡れて導電体となった実に飛び、三輪車を経由して大地に逃げてゆきます。よい子は真似をしないように・・ また、激し音が!ゴロゴロ!
「きぁーー」と言って美代ちゃんが実にだきついてきました。
実はびっくりしました。そのとき、主人の言葉が頭に響きます。「男はか弱き女を慈しみ守らねばならない!」女の体のでおかしなことをのたまう迷惑なヤツです。ともかく、実はそのこを抱きしめます。女の子が震えています。
「大丈夫・・ダイ・・・」と実がつぶやきます。
それは、危機に陥ったときの主人の口癖でした。主人はなぜが笑顔でそうつぶやくのです。実にも遺伝しているでしようか・・
雨はまだ降り続いていましたが、雨脚は弱くなったようです。雷の音も遠くなりました。ちょっと安心です。気持ちが落ち着いてきた実と美代ちゃんは、やっと声を発することができました。
「美代ちゃん。どうしてこんなとろに・・」
「おばさんのお家がそこなの・・」
「そうかあ。国道のむこうに、おばさんが、」
「今日はお母さんと来ていたんだけど。」
「そうかあ。」
「実君はどうしたの。」
「僕は男になりに来た。」
「おとこ?!」
「国道を越えて、堤防へ行くんだ。」
「堤防?ああ、あそこね。」
おばさんちによく来ている。美代ちゃんは堤防をよく知っています。
「でも、あそこは車かいっぱい走っていて危ないわよ。ちょっとまってねお母さんよんでくる。」
そう言ってかけだそうとした美代ちゃんを実は止めます。
「だめだよ。大人の力を借りてはいけないんだ。」
「どうして?」
「そうで無いと男になれないんだ。」
堤防の脇には脇道があります。車は少ないですが、歩道という安全地帯もなく小さな子供がウロチョロするようなところではありません。
ここは、雨宿りの喫茶店の中です。道路をわたったところで、実の足取りはぷっつりときれます。道路をわたったことは確認できのですが・・
「あなたにおいでわからないの。」
「雨やから無理やでぇ。においは水で流れた。」という由縁です。
「晴れてても、わかる訳あるか!いぬじやあるましいし。」という主人です。
「えー、さっきはあんなに自慢げにいったじゃない。」
「ありゃ、ほとんどカンだよ。流星号のわずかなタイヤの跡、あいつが持っていたお菓子の包みとかも参考にしたけどな。地面にそれらしきのがあったんだ。」
「えーえ。役に立たんなあ。」と言う智勇です。
(私はそんな痕跡で国道を渡ったと看破するだけでもすごいと思います。さすがは、母の愛・・もとい、父の愛か?)
永遠に続くかと思われた、雷をともう激しい雨がやんできました。ここは、神社の境内です。空も明るくなってきました。
「もういいかな。」と実が石畳を見ていいます。
「実ちゃん、やっぱり行くの?」
「行かんと男になられへんのや。」
「男じゃない。」
「その男とは違う。男の中の男や。」
「ふーん。わかんない。」
「よし、行くぞ。」
実は愛車の流星号にまたがり、ペダルを踏みしめました。キーコキーコと三輪車が進み始めました。あの緑の大地まではもうすぐです。実の姿をぽかりと眺めていた美代ちゃんは後を追いかけました。
「あれ?美代ちゃんどうしたの。」
「ついて行く・・・」とだけぽつりといいました。
キーコキーコと三輪車は進みます。狭い路地を抜け、ちょっとこわい道路を渡れば未踏の大地堤防です。そして、あの山を越えるとまだ見たこと無い別世界がまっているはずなのです。キーコキーコと三輪車は進みます。
ここは雨宿りの喫茶店の中です。
「雨がやむなあ。」
「どうするの。」と私が主人に聞きます。
「堤防へ行ってみるか?」
「堤防?」という由縁です。
「なんでや!」という智勇です。
「カン!」と笑顔で答える主人です。
「・・・・」
そうは言っても、手がかりは無く主人のカンがたよりの捜索隊です。
「・・・あなた!ひょっとして心当たりがあるんじゃないの。」
主人が苦笑いをして明後日の方をむいています。やっぱり!
「実は・・・」と話し始めました。
何のことはない。たきつけた本人は主人でした。男ならば自分一人で困難に立ち向かえ!あえて、茨の道を歩んだ!男を試せ!!勇気のいる難関に挑め!例えば、国道を渡りあの緑の丘の堤防に登ってみろ!!・・・とか言った気がするとバラしました。ああ、父の愛だとか考えた私が馬鹿でした。
雨がやみました。私と主人は一目散に堤防に向かいました。しかし、堤防には実はいませんでした。
「実!どこ?」
「おかしわねぇ。」と言う私です。
「てっきり、堤防だとおもったんだがな。」という主人です。
由縁と智勇をつれて、堤防を駆け下りて探しますが、河原のどこにもいません。数少ない傾斜路を上がり、降りてゆく道としてはそこしかありえないのにいません。どうしたのでしょう?
堤防の一番高いところを歩いていた由縁が何かを見つけたようです。
「パパ、あれ・・」
「え?何だ!」
「実よ。おー・・・え?」
叫ぼうとする私の口を主人が押さえます。
「しーー、黙って見てろ!」
私が由縁の口を押さえ、由縁が智勇の口を押さえます。
見れば堤防の傾斜路を必死で上る実でした。自然にできた細い道です。人と自転車しか通れません。後ろを美代ちゃんが押しています。必死でペダルをこぐ実でした。舗装もされない道には石の出っ張りがあり、それに引っかかって苦労しているようです。
「石に引っかかっているようだな・・・うーん。」
私は主人を見ます。助けてやりたいのですが、主人がだめといったらだめなのです。由縁と智勇も主人と実を交互にみています。しかし、主人は黙って何もいいません。
実は必至でペダルをこいでいますし、美代ちゃんも必死でおしています。本当は簡単なことなのです。ちょいとハンドルを切って石をよけ、三輪車を引きずって歩いて登ればいいことなのです。でも、自分で気がつかねばだめなのです。
「そろそろ、いいかな。おまえら、手伝ってやれ。」
「いいの?」と聞く私です。
「ああ、但し、三輪車に乗ったままだぞ。それならば許す!由縁は引っ張れ、智勇は押してやれ。」
「はい!」
「おーけい!」
由縁と智勇がかけてゆきました。
「ミノルー。」
「大丈夫かあ。」
「あっ、姉ちゃん。兄ちゃんも・・」
驚いてペダルを踏む足を緩めたとたんに石が外れました。三輪車が進み始めました。姉ちゃんがハンドルを掴みます。智勇がサドルを押します。美代ちゃんは智勇のお尻を押してます。三輪車がどんどん進みます。
「ありがと・・・でも・・」
「パパがいいって言ったから!」という由縁です。
三輪車がどんどん進みます。主人と私は傾斜路の終わりで笑顔で待っています。さあ、おいで!
「パパ。パーーパ!」となんだか涙声です。
「実もうすぐだあ!」
「あとちょっと・・」
キーコ、キーコと三輪車は進みます。
さあ、冒険はもう終わりです。終点です。キーコ、キーコ、キー・・・つきました。パパが実を三輪車から持ち上げ抱きしめてくれました。柔らかいおっぱいにつぶされそうにです。
「実よくやったなあ。」
「僕は男や!」
「そうだ!おまえは男だ。男の中の男だ!」
「これが堤防?」
「そうだ。淀側だ。右に行けば京都のおばあちゃんとこだよ。左に下れば大阪湾から瀬戸内海の海だ。」
「海?」
「そう、海だ。しょぱい水がいっぱいある海だ。」
夏の日差しが増す中、さわやか川風が吹きます。少し涼しくなったので、気持ちいいです。本当は、夏の雨上がり、むっとするしめった空気ですが、そういうことにしておきましょう。淀側の川砂の岸で遠浅となったところ探し、子供達に川遊びをさせました。裸足になってチャプチャプとする程度でが・・。美代ちゃん、由縁、智勇と実の4人はキャッキャと嬌声を上げていました。
境内には赤いボールが1個転がっていました。美代ちゃんが行き先不明なったと大騒ぎをしていたそうです。もちろん、日下部家全員で美代ちゃんのおばさんの家にあやまりに行きました。




