崩れゆく言葉
崩れゆく言葉
城下町の外れ。
小さな村に辿り着く。宿を見つけ、3つの小さな部屋を取った。
ロストは荷物を下ろし、王の家臣から受け取った食糧を二人分と自分用に小分けする。
その二人分をセイラッドの部屋に持って行き、告げた。
「セイラッド。俺は、行くべき場所に向かう。お別れだ……」
セイラッドは、無表情で答える。
「お別れは言わない。ただ……時期を逃すと、ここまでなのかもしれないな。ロスト、お前の未来を見極めたい。俺は……俺の望むモノが手に入る。今夜……」
セイラッドは言い終えると、食料を受け取った。それから部屋の扉を閉じ、小分けにされたものを更に分ける。自分用と、それより多めに……
それぞれの部屋で、休息を取っているような……静けさ。
ロストは、天井を見上げるようにベッドに寝そべる。『一番安全』その言葉の意味するところを考え、まとまらない知識の混濁。
ロストの向かう先……願ったのは、一人の女性の命が長らえる事。彼女にとって、安全な場であるのなら。自分の行動は正しいのだろうか?
夜も更け、ロストは明日の出立に備えていた。
行先は大国。その配下にある国々の領地を通り、無事では済まないであろう道程を覚悟する。
今晩、手に入ると言っていたセイラッドの願いは、叶ったのだろうか?
【コンコン】小さなノック音。
風?にしては、室内……誰かがいる気配。そっと、ロストはドアに近づいた。
「ロスト、話があるの。」
ミラニーの声。城で姿を見てから言葉を交わしていない。
カイディールの願った命。中立国だからこそ、きっと不安もあっただろう。
ロストは、ルシャンにいるのが“ブレシニー”ではない可能性について悟っていたのだろう。それでも、衝撃は大きく、零れた涙。
きっと、ミラニーを傷つけた。その罪悪感もあって、ロストは扉を開ける。
「…………」
そして、言葉を失った。下着と変わらない姿に、勢いよく抱き着かれ、部屋になだれ込む。
混乱に、戸惑うロストを見つめるのは想いを寄せてきた女性だった。
「ロスト……お願い、分かっているの。……一晩で良い……。」
「駄目だ。そんなことは出来ない!」
ロストを苦しめるのは、同じ願いを抱いたカイディールの想い。
そして、彼女の気持ちに応えられない自分の心を占める何か。そう……ずっと、気付かないでいた恋心の自覚。それが、追い込む窮地。
意図しなくても触れる柔らかい身体と、女性特有の匂い……甘い誘惑……
思考は、過去の答えと残酷な言葉を生み出した。
カイディールの妃になったミラニー。ブレシニーが訊いた……
『ミラ二ーのこと、どう思う?』『もし、それが私だったら?』
自分の鈍さ。その言葉の意味を、すべて理解しきれてはいない。それでも、答えは一つ。
「ミラニー。俺の心を占めるのは、ブレシニーだけだ。」
涙を零し、想いを告げるミラニーの言葉はロストの耳に入らない。
理解できない。今までに受けたことのない想いと言葉。知識を超えた感情……ロストは、受け入れない。
「ミラニー……俺は、カイディールを裏切ることは出来ない。君の命は、カイディールの望んだもの。それを汚す資格がない……ごめん。」
ミラニーは、ゆっくり立ち上がり、部屋を出て行く。
そのドアのそばに、セイラッドがいた。ミラニーの肩を抱き寄せ、扉を閉じる。
『今夜、欲しいものが手に入る。』
言葉を失い、セイラッドを止めることも出来ず……身を委ねるようにベッドへ転がった。
静かな夜に、音と声が響く。
ロストは身を毛布で包み、耳を閉ざした。ミラニーの淫らな声……軋むベッドの音……幾ら防ごうにも、入ってくる情報にロストの感情が揺さぶられる。
自覚した恋心。求めて止まないブレシニーへの愛情が、穢れていくような欲望。今まで意識していなかった感情が、想像を逸するように押し寄せた。
どれくらいの時間が経ったのだろうか。寝ていたのか曖昧な時間に、ロストは起きて水に手を伸ばす。
耳に入るものはなく、静けさにホッとした。
「ロスト……」
気配なくドアが開いて、身を固めたロスト。視線を声の方へと移すと、上半身裸のセイラッドが入り口にもたれている。
「くすくす……くくくっ。」
含んだ笑いのセイラッドを直視できずに、会話を戸惑うロスト。
「卑怯でいい。俺は、このチャンスを待っていたんだ。最低な方法で手に入れた。俺の愛玩の舞姫……」
その言葉に、ロストは真っ直ぐ、視線を逸らすことなくセイラッドを見つめる。
「セイラッド、俺はタイドフへ行く。辿り着けなければ、後を頼む。」
ロストは荷物を持ち、セイラッドの前を通り過ぎる。
セイラッドの部屋のドアが開いていて、ベッドには白い背中を見せた状態のミラニーが見えた。
二人を残して、ロストは旅を続ける。
愛する人ブレシニーの無事を願って。自分の結末を見るために。
自分の知識が告げる、望んでいなかった未来……
しかし……結果は、ロストの予測不可能なものだった。静かにロストを、残酷に待ち構える。
その瞬間、歴史は終わる。望んだのは大国……まだ、少し先の話…………




