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会いたい  作者: ラサ


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9/17

 彼は、私に気づくなり眼を丸くさせた。

 確かに、こんなところにこんな格好で来るのは少々場違いだったと思う。

 でも、彼の顔には嬉しいような表情が浮かんでいたので、私は気をよくしていた。


「どう、きれいでしょ?」


 私はくるりと回って言った。

 彼は感動したように何度も頷いた。

 手もたたいてくれた。音はなかったけれど。


「今日ね、お見合いしてきたのよ。わかる? お見合いよ、お、見、合、い」


 目を丸くして彼が頷く。


「でね――」


 続けようとして、不意に私は言葉をなくした。

 大きく、息をついた。


「すごく、疲れちゃった 」


 本当に、私は疲れていた。

 重い荷物を背負いながら、ずっと歩かなければならないように、本当に、とても疲れていたのだ。

 幽霊は心配そうな顔を私に向けていた。

 私は、気をとりなおすように笑った。


「その人ね、とてもいい人なの。今、研修医として大学病院に勤めてるんですって。

 でも、高飛車な感じもなくて、優しくて、気を使ってくれて、透のことも知ってて、それでもいいからつきあってくださいって言ってくれたの。本当にいい人なの、もったいないくらい、いい人なの」


 早口にまくしたてる。

 すぐに全部吐き出してしまわないと、みっともなく泣いてしまいそうだった。

 お見合いの席での高木さんの姿が思い出される。

 でもその声も顔も、話し方も、もう虚ろだ。

 高木さんは優しい。透と同じように。

 高木さんはいい人だ。透とは違うけれど。


 わかっている。わかっているのだ。


「でもね、その人がいい人な分、透と重ねて見ちゃうの。その人の仕草、言葉遣い、何をしても、同じだとか、ここは違うとか、そんなとこしか憶えてないの。どうしても、透と比べちゃうの――」


 透の声。

 笑った顔。

 やんわりとした口調。

 優しい性格。

 癖も、仕草も、まだこんなに憶えてる。

 なぜ、みんな忘れろというのだろう。

 こんなに幸せな想い出なのに。

 忘れてしまったら、私達のあの日々は、どこにいくというのか?

 私が忘れてしまったら、それこそ意味のないものになってしまう。


 確かに透は生きていたのに。

 確かに、私達は愛しあっていたのに。


「ねぇ。死んだからって、どうして忘れなきゃいけないの……?」


 忘れなければ生きていけないほど、私は弱い女ではないのに。

 想い出だけを大事に抱えて、それだけで生きていけるのに。

 そんなにいけないことなのだろうか。

 一人で生きていけるのなら、それでいいはずなのに。

 誰かがいないと生きていけないなんて、そんな弱い人間にはなりたくない。

 私と透は、どんなに近くにいても、一人だった。それを互いが知っていたから、二人でいるのが好きだった。

 二人でいても、どこまでも一人だったのを知っていたから、私は今も透なしで生きている。

 みんな同じなのに。

 どんなに深く愛したとしても、本当の意味で一緒には死ねない。

 どんなに愛しても、結局は一人なのだ。

 それは変えられない。


 だからこそ、大事なのに。

 だからこそ、愛しいのに。


 それを抱えて生きて、何が悪いのだろう。



        

 気がつくと、彼は目の前に来ていた。


「――」


 私の前に立って、ためらいがちに手を伸ばして私の頭を撫でる動作をした。

 感触のない、それは無意味な行動だったが、私の心を和ませるには充分だった。


「――」


 彼には何も言わなくても私の哀しみがわかる。

 私は、無意味なように思われる彼の行為の中の思いやりが嬉しかった。

 私達の間に、余計な言葉はいらなかった。

 言葉がなくても、私達には互いの気持ちがわかった。何故なら、どちらも、待ち続けるだけのものだから。


「ありがとう。ごめんなさい」


 私は、ゆっくりそう言った。

 幽霊は首を振る。


 だ い じょ う ぶ?


 唇が、そう告げた。

 心配そうに私を見ている。

 それだけが、今の私には救いなのだ。

 待つだけの恋は、終われない恋は、どちらも同じだった。

 哀しみよりも強く、想いはまだ心に残っている。

 忘れることなどできなかった。

 今までも、これからも。

 ならば待ち続けなければならない。例えその日が二度と来なくても。


「大丈夫。大丈夫よ」


 私は笑った。

 泣かないためには笑うしかないことも、この三年で嫌というほどわかっていた。


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