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その日の夜に、携帯に電話がかかってきた。母からだった。
「何? 明日も早いから、寝たいんだけど」
今月の母の声は、私にとってあまりありがたくない。
いつも気まずい余韻しか残さないから、私はわざと不機嫌そうに言った。
『今度の日曜日、予定はあるのかい』
「? 別に、ないけど、何なの?」
『お見合いが、決まったんだよ。今度の日曜、十一時から、駅前のホテルで』
一瞬、頭の中がからっぽになった。
『ね、いいかい。土曜は家に帰っておいで。美容院は予約しといたから』
「ちょっ、と! 私断ったじゃない、どうしていきなりそんなこと!」
『ちゃんと、私も断ったんだよ。でも、あちらさんが会うだけでもって。そうまで言われちゃ、お断わりできないじゃないか』
当たり前のような口調に、怒りがわいた。
「それはそっちの都合でしょ!? 私がしないって言ってるのに、どうして勝手にそんなこと決めるのよ!!」
『あのねぇ、なにもこの人と結婚しろって言ってるんじゃないんだよ。一度断ったけど、向こうがどうしてもって、友達に言ってきたんだよ。こんなに言ってくださるのを、無下には断れないんだよ。おまえも、もう大人なんだからわかっているんだろ』
大人?
大人って何よ。
したくないことをして、言いたいことを言わないで、まわりに気ばっかり使って、それが大人なの。
そんなものが大人だって言うの!?
『会うだけでいいんだよ。そうすれば、それからお断わりすればいいから』
「――」
怒りで、言葉が出ない。
涙がこぼれそうになる。これは哀しいから?
哀しい時は、そう言わなきゃわからないよ。いつまでも、気づいてくれるのを待ってちゃ駄目だ。待ち続けて、お婆さんになったらどうする? 悔しいだろ?
そう言った透の声を思い出す。
でも私は今でもあの時のまま、何も変われない。変わることを恐れたまま、動けない。
だって、透。あなたがいない。
私は、あなたの前なら素直になれた。あなただけが私をわかってくれたから、あなたの前では私はわがままになれた。
あなたの前でなら、私は私でいられたのに――
『いいね。とにかく、会うだけ会ってみなさい。会って気にいらないんだったら、断ればいいだろ』
「――」
嫌だった。どうしても嫌だった。けれど。
「わかった……」
そうとしか、私には言えなかった。
通話が切れた後も、私はしばらく携帯を耳にあてたままその場に座り込んでいた。
透。あなたがいなくなってから、私はどんどん嫌な女になっていく。
言いたいことすら言えない。
心の中で燻るだけの感情を持て余したまま、私はどんどん醜くなっていく。
だって透、あなたがいない。
あなたが、いない。
人には些細なことかもしれない。でも、私にとって、あなたがどんなに大切だったか。
知っていたくせに、もうあなたは帰ってこない。そして私は新しい人を選ばなければならない。
この薄情者。
あなたのせいよ。




