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会いたい  作者: ラサ


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6/17

「――とおるはね、いろんな所を旅するのが好きだった。出かけると、二週間以上は、確実に帰ってこないの。でも、帰ってくると、一番初めに、私に「ただいま」を言いに来てくれるの。たくさんのお土産話を、聞いたわ。不思議な話も。

 前にも言ったとおり、とおるの両親は結構なお金持ちな上に、すごい保険金をかけて亡くなってしまったから、とおるは、いきなりものすごいお金持ちになってしまったのよ。

 それで、どうしてあちこちを放浪するようになったかっていうと、ご両親が死んでしまった時、こう思ったんですって。こんなにあっさり、人間なんて死ぬから自分もいつ死ぬかわからない。多分、自分は長生きできそうなタイプじゃないから、この金を使って、自分のしたいことして暮らそうって。

 すっごくふざけてるの。

 地道に働いてる人に、失礼じゃないねぇ」


 私は話しながら、ペンを使って幽霊と紙での会話を繰り返していた。

 幽霊は、笑いながら私の言葉を見ている。別に話さなくてもいいのだけれど、彼にはどうせ聞こえないのだからと、私は好き勝手に話していた。聞いていなくても、相手が見えている分、誰かに話しているのだと思えて、気が楽だったのだ。

 私はもともと思ったことをそのまま話せるタイプではなかったから、ストレスを蓄めやすいというところもあった。

 何でも話せる、といった友達は少なく、あたりさわりなく何でもこなしていたから、私が悩んでいるなどと、気づいていない人達も多いと思う。

 ぎりぎりまで我慢するのは悪い癖だと、透はいつも言っていた。

 透はものごとの本質を捉えるのに敏感で、いつも私が考えること、感じていることを先に知ってしまっていた。だから、私は透を初めはひどく胡散臭い奴だと、けむたがっていたのである。


何でもお兄さんに話しなさい。どんなくだらない愚痴だって、誰かに話してしまえばすっきりするから


 冗談混じりの声を、まだ憶えている。

 透と私が出会ったのは、私が大学生になったばかりの頃だった。

 その頃の私は、最悪の状況だった。

 高校2年生の時、父親が病死して、経済的に苦しくなり、私は大学進学をあきらめて地元に就職することにしていた。しかし、3年生になって、突然、母が再婚した。

 そのおかげで大学に行くことができた。義父のお金のおかげで。

 だが、父親が死んでたった1年で再婚した母に、正直納得がいかなかった。

 だから、晴れて大学生になっても、周りのみんなと違って、少しも楽しくなかった。

 家に帰りたくなくてぶらぶらしていたところを、透に会った。

 透は、荒んでいた私の心を上手に癒した。

 ちゃらんぽらんな態度で、いつも私が心に溜め込んでいたものを吐き出させてくれた。

 怒っていたのは私だけで、透はいつも半分ふざけてた。会ったばかりの頃は、そんな透のちゃらんぽらんな態度にいつも腹を立てていたものだった。

 けれど、言葉の中にはいつも真実しか入っていなかった。

 そう。

 透は、いつでも本当のことしか、言わなかった――


「ひゃあっ!!」


 いきなり目の前で透けた手が振られて、私は情けない声をあげた。

 顔を上げると、幽霊は心配そうな顔でこちらを見ていた。

 私の手が、いつのまにか止まって何も書かなくなったので、おかしいとでも思ったのだろうか。


「――ああ、ごめんね。ちょっと考えごと。どこまで話したっけ」


 私はまた、言いながら書いた。

 幽霊は、私の話を飽きる様子も見せずに、それどころか、本当に嬉しそうに聞いてくれていた。

 幽霊が自分のことを話せない分、私はたくさん透のことを話した。

 私が時々幽霊の恋人のことを選択式で質問すると、彼は上機嫌で答える。

 そんな私達の会話は普通とは全然違っていたけれど、温かなものだった。

 私達は外界とは全く離れた空間にいるように、互いの恋人のことだけを話し合った。

 彼の恋人は長い髪でとても綺麗な少女だという。

 私はその娘に会って見たかった。会えたら、私達はきっと気が合うと思った。

 穏やかな余韻だけを残す会話が、私に懐かしい既視感を呼び起こしていく。

 それは透と過ごした日々に、私が失くしてしまったあの日々に、ひどく似ていた。だから、永い時が流れたような錯覚に、私は陥っていた。

 幽霊と私は、まるでずっと前からの友人のように思えるほど自然に互いを受け入れた。あまりに自然すぎたことが、私には気がかりだった。

 やがて来る別れを知っていたから、恐かった。誰かに依存しては生きられないと、私はもう気づいていたから。


「――」


 幽霊は窓の外を見ていた。近づくと、彼の体を通して外が見える。けれど彼はまるで生きていた時のように横に避けて、私に場所を空けてくれた。


「――ありがとう」


 その当たり前のような行動が、嬉しくて哀しかった。

 彼はもう死んでいるのだ。

 二十八で死んだ透よりも若い。まだ二十年すら生きていないのに、こんなに生きているみたいなのに、それでも彼はもう私と同じではない。隔てられた壁は、なんて大きいのだろう。

 私は彼の声を聞くことさえできない。


「あなた、どうして死んだの? まさか自殺?」


 彼は慌てて首を振る。


だ め  だ め


「だめ? 何が? 自殺が?」


そ う  だ め


 力強く、彼は頷いた。

 恐い顔をして私を見ている。


「大丈夫よ、私はそんなことしないから」


 そんな勇気など、ありはしない。あったら、とっくの昔に私は死んでいたはずだ。

 私は椅子に腰掛けて、しばらく体を揺らしていた。


「死んだ人は、どこにいくのかしら。

 透は、今どこにいるのかしら」


 窓の外に目をやった。

 秋の風が吹いてくる。

 少し肌寒い風は、不意に私を現実に引き戻す。

 遠くで聞こえる車の音。

 子供達の声。

 変わらない現実。

 いつも通りの毎日。

 透のいない、透だけがいない日常。

 いつしか私も、それに慣れてしまった。あんなに好きだったのに。

 時間は残酷すぎる。

 想い出も感情も意味を失くして、還れない心は行き場がないまま、それでも残った。


 誰もが、永遠に一人だから。


 そんな言葉が痛いほど胸に刺さる。

 それは真実なのだ。だから痛みも、いつか癒える。

 あなたなしでは生きられない――言葉にするのはたやすいだろう。

 けれど、ただ一人で生まれたように、死ぬときもやはり一人だ。透がそうだったように。

 生も死も、結局はただ一人のもの。

 共有は決してありえない。どんなに望んでも。


「どうして、こんなことになっちゃったのかしらね」


 私は、たくさんのことを考えてしまった。誰も考えなくていいこと、考えなくても生きていけること、そんなことを、透の死は私に考えさせた。

 私は疲れていた。

 考えることは嫌だった。

 でも、私は気づいてしまった。気づいてしまったから、もう戻れない。

 純粋に、打算も何もなく誰かを好きでいること、誰かとともに生きていくこと、考えないことは、もう永遠にできない。


 あなたがいない。

 あなたがいない。


 それだけで、世界はこんなに変わってしまった。


「――」

 椅子を立って、私は窓を閉じた。

 きつく目を閉じて、それから振り返り、私は視界に幽霊を入れた。

 ぼんやりとしていた私を、彼は不思議そうな顔をして立って見ていた。

 いつかは彼もいってしまうのだろう。

 私達は永遠ではないから、いつかは別れる。

 そうしてまた私だけが残るのだ。たった一人で。

 でも、それでも。


「――あなたが、いるわ」


 私は笑った。そうしていないと泣いてしまいそうだった。


「今は、あなたがいる。今だけは一人じゃない。それが私の現実。それだけでいい――」


な に?


 彼に私の言葉はわからなかったらしい。

 私は黙って首を振る。そして、ゆっくり繰り返した。


「いいのよ。それで、いいの」


 わけもわからず、幽霊は曖昧に微笑んだ。

 私も、彼に笑い返す。


「それで、いいのよ……」



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