14
いつもどおりに私は奥へと向かった。
私はこの場所だけに存在する不思議な空間が好きだった。夢をみているような、かすみがかったような、この現実とは思われないひとときが好きだった。
初めて幽霊と会ってからもう一月を過ぎようとしていた。
その間、私はとても幸せだった。
もし、このまま幽霊の待人が来なかったらどんなにいいだろうと、思ってしまうほどに。
だが入った瞬間、私は、幽霊がいつもと違うということを敏感に感じとった。
「――」
何故、そう思ったのか。
初め漠然とした感覚だけが心に響いて、それからすぐに、私はその原因をつきとめた。
「あなた――」
存在感がないのだ。
幽霊に存在感などがあるのかどうかは、彼しか見ていない私にはわからないが、彼には確かに、彼がそこにいるということを感じさせる――そんな不可思議な感覚があった。
けれど今、それはほとんど感じられなかった。
初めて会った時のあの静かに固定された視えない力は、空に散ったようにかすかにしか感じられなかった。
代わりに空間に充満するのはやるせない想い。
ひどく頼りない、けれど胸をつまらせる、哀の色だった。
「ねえ、あなた」
私は幽霊にかけよった。
「この前よりも、もっと透けて見えるわ。どこか具合でも悪いの?」
私の心配そうな顔を見て、幽霊は首を振った。そして笑う。何の心配もいらないのだというように。
でも、それはひどく頼りなげに見えた。
私は、その時初めて、この人は生きている人間ではないのだったということを、強く実感した。
この人は、生身の体を持たない、魂だけの存在なのだ。
それでも、生きている人間と何ら変わらないその反応を、私は錯覚していただけだったのだ。
「……待ってる人が、来ないから?」
私の問いに、彼は哀しそうに首を振った。自信がなさそうに、それでも首を振った。
く る
「――」
扉の向こうを見つめ、彼は言葉を綴る。
か な ら ず く る
まるで哀しみがその姿を消してしまうみたいに、幽霊は儚げだった。
私は不意に、別れの予感におののいた。
いってしまう。この人も。
それは漠然とした感覚だった。
けれど、このまま待っている人が来ないのなら、幽霊は哀しみでなくなってしまうのではないか。
そんな気がした。
「どうして来ないの?
あなたが、こんなに待ってるのに――こんなに待ってるのに」
何かが、心の中で私の意志とは違う感情を創りだしていた。
ひどく胸をつまらせる想い。
そして、理解した。
これは彼のもの。
彼の心。
そして私と同じもの。
こんな感情を、私は知っている。
「――」
なんて、哀しい――
哀しみが伝わる。
空間に侵食される。
その時、私達は誰よりも互いを理解した。
別々でありながら、感情が融けていく。
「――」
深く深く、重なる心。
共鳴する想い。
私達の想いは、いつでもひとつだった。
ただ、あなたに会いたい、と。
いつのまにか私は泣きだしていた。
なす術もなく、共感は幽霊を私自身と重ねていた。
帰ってこない透。
戻ってこない透。
たった独りで、さよならも言わずに私の前からいなくなった。
待っているのに、こんなに待っているのに、あなたは来ない。
「――どうして……なんで、来てくれないの……」
会いたいのに。
こんなに会いたいのに。
あなたは来ない――




