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案の定、一週間後の週末の朝早く、また母から電話がかかってきた。
勿論、見合いを断った件でだ。
きんきんした声がありったけの語彙で私を責める。
私は黙っていた。言うだけ言わせて諦めさせようと思っていた。
『よく考えてみなさい。あんたはまだ若いんだから、これから先独りなんてとんでもないことなんだよ。いかず後家だって人様に言われて生きてくのかい』
宥めるような声。
私が言いつけに従わないような時、母はいつも私をこんな風にじわじわと心理的に懐柔しようとする。
『女が一人で生きていくなんて、簡単にできるわけないだろう? 年を取ってから、一人だったことを後悔するんだよ。そうなってからじゃ、遅いんだよ』
小さい頃は、そんな風に言われると本当に母の方が正しい気がして、結局言いつけに従ったものだった。
「――」
けれど、私はもう何も知らない、親だけが絶対で、正義で、真実だと信じていられるほどおめでたい子供ではなくなっていた。
偶像は当の昔に壊れ、私は親がただの、自分達と変わらない存在なのだということに気づいてしまっていた。
あんなに揺らいだ心も、今は馬鹿らしく感じてしまう。
所詮は他人なのだ。
私が、私以外の何者にもなれないように、母が私を真に理解することはない。
母は一人では生きられない人だもの。
父親が死んで、一年たって、すぐに再婚した。
義父のおかげで、母は安定した生活を取り戻し、私は大学までいけた。
だから、そのことで母を責めたことはない。
そういう人なのだ。
それは哀しいことのようでいて、けれど、当たり前のことなのに――
「お母さんに、何がわかるって言うの――」
嫌悪すら覚える。
「誰にもわからないわ、私の気持ちなんて! お母さんの思いやりは、私にはいつだって見当外れだもの! 一度だって、お母さんが本当に私のために何かしてくれたことがあるの!? お母さんが大事ににするのは、いつだって自分だけなのよ!!」
私は叫ぶように言って、通話を切った。
電源を落とし、バッグのポケットに押し込んだ。
やりきれない思いに、たまらなくなる。
私は深く呼吸を繰り返して、泣きたくなる感情を殺した。
こんなことでなんか泣きたくない。
母親の言葉に傷ついて泣くなんて。
泣くんだったら、もっと価値のあることのために泣きたい。
「――」
どうしていけないのだろう。
私は今でも、透が好きなのに。
何故、無理に好きでもない男と結婚させたがるのか。
透以外の人を好きになんてなれっこない。透は特別だったのだ。だから、好きになったのだ。
誰にもわからない。もう、わかってもらおうとも、思えない。
私の想いは、いつだって透以外の人にはわからなかった。
「――」
私は哀しくなったので、また幽霊に会いに行くことにした。
彼に会えば、私の気持ちはいつも軽くなった。
穏やかに私を迎え、何も余計なことは言わない。言わなくても、彼には私の気持ちがわかったし、私にも彼の気持ちがわかったから。
私は、言葉のいらない穏やかな沈黙が好きだった。透もそうだった。
だから私は、透と同じように幽霊が好きだった。
私の気持ちは、生きている人にはわからないのかもしれない。
なぜなら私ももう、死んでいるのと同じだから。
透が死んだと聞かされたあの日から、私ももう、死んでいるような気持ちだから。
だから、生きている人よりも幽霊といて、心が和むのかもしれない。
私はいつも、普通ではない誰かを愛している。