表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
会いたい  作者: ラサ
10/17

10

 夕方近くに、携帯が鳴った。母からだと、私はひどく重く感じられる頭を一振りして、とった。


「もしもし…」


『あんた、どういうつもりなの!!』


 きんきんした声が耳に刺さる。


『一人でとっとと帰るなんて、失礼にもほどがあるじゃないか!?』


 うんざりした。


「――気分が悪くなったのよ」


『気分が悪いからってねえ!』


「帰って寝なさいって言ったのは向こうの方よ。お医者さんの言うことに逆らえるわけないじゃない」


 不服そうなしばしの沈黙が、伝わる。


『――それで、どうだったんだい』


「は?」


『だから、高木さんだよ』


 興味津々の声。


「――別に」


『別にって、それだけなのかい?』


「いい人だわ。それだけよ」


 忘れていた感覚が戻ってくる。

 嫌な気分。自己嫌悪だけが残る。


「お母さんが期待してることにはならないわよ。お断わりするんだから。じゃあね」


 早口に言い捨てて、私は携帯を無造作においた。何か言っている声がかすかに聞こえたが、気に止めなかった。

 考えてはいけない。

 そう、自分に言い聞かせた。こんな嫌な感情は捨ててしまわなければ。


 携帯が、鳴った。


「――」


 また母からだろうか。

 私は躊躇したが、携帯を手にとった。見知らぬ番号が映る。

 誰からだろう。


「――はい」


 だが携帯の向こうから聞こえた声は、私の予想外だった。

 高木さんだった。


「た、高木さん?」


『お早ようございます。って寝てましたよね。お加減はいかがですか』


 明るい声が耳に届く。この人は、他人を安心させるような話し方をする。


「だいぶいいです。今日は本当に失礼しました。ごめんなさい」


『いいえ。謝らないでください。そんなこと聞くために電話したんじゃないですから』


 さらりとした口調は、私の気分を軽くした。この人は、いい人だ。


『突然ですけど、今度の日曜、お暇ですか』


「え? あ、暇、ですけど」


『食事でもどうですか。ここで印象づけておかないと忘れられそうですから』


 言い方に、私は笑ってしまった。


「そんなことないですよ」


『そうですか。俺、患者さんになかなか覚えてもらえないんですよ。印象薄いんじゃないかって悩んでます』


「本当に大丈夫ですよ。私、ちゃんと覚えてます。日曜日も、あなたの前通り過ぎたりしませんから安心してください」


『いいんですか』


「はい。何時ですか」


『じゃあ、11時に車で迎えにいきます』


「はい」


 受話器をおいた途端、容赦なく沈黙がおりてきて、私の心はまた沈みだした。


「――」


 どうしてだろう。どうしてこんなに気分が晴れないんだろう。


「これで、いいのよね」


 自信はなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ