第2話 放課後のフードコート
放課後のフードコートはちょっとした異世界みたいだ。
店から漂ってくるソースの匂いや揚げ物の香ばしさ、そこに飲み物の甘さと麺類の出汁の香りがミックスされて空腹を刺激する。
陽当たりの良い席では子どもを連れた親たちがお喋りしてて、一人席では老人が新聞を読んだりスーツ姿の会社員がパソコンをいじっていたりする。年齢も仕事も違う別々の人間が一ヵ所に集まってそれぞれ別々のことをしているのに何故か落ち着く。儀礼的無関心と言うらしい。
「おーい天宮、お待たせ!」
見覚えのある姿が見えたので、読んでいた参考書をカバンへしまいこんだ。向かいの席に腰を下ろしたクラスメートの杉本のトレイには二人分のセットが乗っている。
「席確保サンキュー! ほい、天宮の分。飲み物はレモンスカッシュだったよな」
「うん。ありがとな」
おれの分のバーガーとポテト、ドリンクを並べてくれた。
杉本諒平はクラス内では一番仲が良くて昼飯も一緒に食べている。ぱっと見は小柄だけど多彩な変化球を操る野球部のエースピッチャーだ。
他の男子たちも席に座り、早速ポテトをつまんでいる。
「いやまじ、人が多すぎてビビったし。今日なんかあったっけ?」
「知らねー。なんかのイベントじゃねー?」
「それよりこれ見て新作ラテ! ちょー可愛いでしょ!?」
紅一点、山田さんから生クリームたっぷりのドリンクを見せつけられたおれは、
「あ……うん。かわいい、と思う」
と曖昧に頷くしかなかった。
山田さんはつまらなそうに唇を尖らせ、
「天宮くん反応薄ぅ」
と、ラテ撮影会を始めている。
「まぁまぁ。んじゃ改めて慰労会しようぜ。せーの……」
「テスト終わったぜー」
「頑張ったあたしえらーい!」
「お疲れ様。結果がちょっと怖いけどな」
ドリンクをカツンとぶつけあう。
ストローを咥えると、舌の上でレモネードの甘さとピリピリとした炭酸が広がった。
頑張ったあとに飲むレモンスカッシュはやっぱり格別だ。喉が渇いていたこともあって一口で半分ほど飲んでしまう。
夏休み明けの今日は『テストの慰労会』と称して大型ショッピングモール内のフードコートにやってきた。愛称はサクラ・フードコート。駅の目の前にあり、観光名所も徒歩圏内だ。蕎麦、ラーメン、焼きそば、ハンバーガー、牛丼など沢山の店が並んでいて、昼や土日は地元客や観光客で賑わう。平日のこの時間帯はあまり人がいないことが多いけど、今日はほぼ満席だ。
「いや~、まさか夏休み終わってすぐに実力テストがあるとは思わなかったぜ。こっちは甲子園の応援でそれどころじゃなかったのに、私立は容赦ないよなぁ」
悪態をつきながらネクタイをゆるめる杉本。熟した果実をおもわせる橙色のネクタイはおれたちが通う橘田学園高校のイメージカラーだ。
周りの男子たちが笑いながらポテトをつまむ。
「あんまり気ぃ抜くなって夏休み前に先生が言ってただろ。あれ絶対前振りだったと思うぞ」
「そうだっけ? 忘れてた。オレ野球推薦で入学したから勉強の方はからっきしなんだよ」
「ねぇもう終わったことはどうでもいいじゃん。どうせ今回も天宮くんが一番でしょ? 参考書持ち歩いてるくらいのガリ勉だから当然だよねー?」
ちらっと視線を向けられてドキッとした。
「……そんなことないって。たまたま、どうにかなってるだけだよ」
にへらっ、と笑って嫌味を受け流す。濁った感情を隠すために。
――半年前、高校入試で本命に落ちたおれは滑り止めの私立橘田学園高校に進学した。
受験に失敗したことを知っているのは家族と担任の先生、そしてアイツだけだ。仲のいい杉本にも話すつもりはない。いつか笑い話にできればと思うけど、まだ無理だ。不合格の瞬間をいまだに夢に見てしまうくらい未練がましく思っている。
アイツにも試験日以来会ってない。というより避けている。
家自体は離れているが、万が一にも駅でバッタリ出くわすことがないよう毎日遅刻ギリギリの電車に乗り、寄り道もせず、家と駅と学校を機械的に往復するだけの日々を送っている。
このフードコートもアイツと来ていた場所だから、めったに近づかない。通学途中の電車の窓から眺めるだけだ。
そんなおれが今日ここへ来たのは「頭使いすぎて疲れたから慰労会しようぜ!」と誘われたからだ。山田さんや男子たちとは特別親しいわけではないけど、部活が休みの杉本も来るというので付き合うことにした。
「ねぇねぇ知ってる? 夏休みの間にクラスの××と○○くんが付き合うことになったんだって。でも休み明けに速攻で別れたらしいよ。意外すぎ、っていうか早すぎー」
「そういう美咲ちゃんは彼氏いないの?」
「えー? いないよ。でも気になる人はいるかもー」
「マジマジ、すげぇ気になる!」
男子二人と山田さんは恋バナで盛り上がっている。
山田さんはクラス内でも目立つ美少女で、じつは彼氏が複数人いるとかいないとか。男子二人もまぎれもなく彼女目的でここに来ているはずだ。
「楽しそうだな」
「んだな」
一方、恋愛ごとに無縁なおれと杉本は二人仲良くポテトをつまんでいた。
いまはもう九月。入学して半年も経てばクラス内で親しい人間ができるのも当然だ。クラス内で様々な恋愛模様が蠢いていることも知っているけど、蚊帳の外にいるおれには関係ない話題だった。ああ、ポテトがあまじょっぱい。
「ところで天宮くん好きな人いないの? 気になる子とか」
突然話題を振られ、一瞬だけアイツの顔が浮かんだ。でもすぐさま首を横に振る。
「いるわけないだろ。部活も委員会も入ってないし、出会いもない」
アイツと最後にメッセージをやりとりしたのは四月の終わり。五月の連休中に同級会があるからと誘われて断ったときだ。『残念。また会おうな、二人きりでも』とアイツが返信してきたところで会話は終わっている。
また会おうもなにも、どんな顔をしたらいいのか分からない。
おれは不合格で、アイツは合格。同じ高校に行こうって約束を守れなかった。ダサいし、情けない。きっと軽蔑されているだろう。
「天宮くん顔はいいんだからそのモサい黒髪染めたらー?」
「美咲ちゃん、言いすぎ。いくら事実でもオブラートに包むとかさ」
「ぎゃはは、おまえのがもっとひでぇこと言ってるし」
三人が喋ってる。どうでもいい。なにもかも、どうでもいい。
ポテトをかじると口の中にしょっぱさが広がった。こんなに塩が利いていたっけ? アイツもここで食べるポテトは好きだったな。
いまごろ元気にしてるかな。楽しい高校生活を送ってるかな。陽キャでイケメンのアイツならもうとっくに彼女ができていてもおかしくないよな。きっともうおれのことなんて忘れてる。
「ん?――ねぇねぇあれ、桜が丘西の生徒じゃない?」
「え? 桜が丘西?」
反射的に振り向くと数人の男子高校生が歩いていた。桜が丘西高校――通称、西高の生徒だ。顔立ちが幼いから多分一年生だろう。
「珍しいな、西高の校舎って離れてるから滅多にここ来ないのに」
「なんか校外学習とかあったんじゃねー?」
無地のワイシャツにグレイのスラックス、ピンク色のネクタイ。校名の『桜』にちなんだ薄紅色のネクタイは男でも良く似合う。
いいなぁ。
本当ならおれもあの制服を着てフードコートに来ていたかもしれない。
オープンスクールに行ったし、家からの通学ルートを自転車で回ってみたこともあるし、願掛けとして桜色のお守りも買った。ピンクのネクタイ似合うかなぁなんてアイツと笑いあっていたこともある。
「……バカだよな、おれ」
ぱくっ、とバーガーにかぶりつく。レタスのパリッとした食感のあとに濃厚なタレが広がった。こっちも少ししょっぱい。でも今のおれにはこれくらいが丁度いい。
「そういえば! 西高に気絶しそうなほどカッコイイ一年生がいるんだって!」
山田さんが声を弾ませた。
「モデル並みにスタイルが良くて顔もちょーイケメン。ヤバすぎるって動画回ってきたもん。見てこれ……」
スマホを操作しようとして肘がドリンクに当たった。ガシャン! と派手に倒れて斜めにいたおれの領域に侵食してきた。
「きゃっ、ごめんなさーい!」
山田さんが慌ててティッシュを取り出すが間に合わず、おれのポテトが生クリームとラテまみれになった。でも被害といえばそれくらいだ。
「悪気はなかったの。許してくれる?」
しおらしく手を合わせてくる山田さん。茶色くなったポテトを眺めているとどうしようもない虚しさが襲ってきたが、ここで抗議したら山田さんの機嫌を損ねるだろう。クラスの一軍女子である彼女を敵に回したくない。
「気にしなくていいよ。今日あんまりお腹空いてなかったから」
「ほんとー? 天宮くん優しー!」
向かいの杉本が「オレの食べるか?」と差し出してきたが「へーき」と断った。
「おれ台拭き持ってくる」
笑顔で立ち上がり、フードコートに備え付けられた洗面台に向かった。蛇口から流れる水音にまぎれてハァとため息をつく。
なんだか毎日息苦しい。中学の頃はこんなに窮屈な思いをしたことはなかったのに、周りの顔色を窺いながら必死に息継ぎしているみたいだ。アイツがいないだけでここまでコミュ障になるとは思いもしなかった。
「情けないな……」
更に深いため息をついていると後ろで話し声がした。
「五十嵐くんまた告白されたの? で、断った? やれやれ、入学から半年で一体何人泣かせる気だい?」
「なんで俺が悪いみたいになってるんだよ。仕方ないだろ、好きなヤツいるし……」
低音ボイスがするりと頭の中に入ってくる。
何度も何度も聴いた、心地よい声。
まさか、な。
おそるおそる振り向くと長身の高校生と目が合った。向こうもぴたりと動きが止まる。
「――…………朔?」
すらりと背が高く、茶色く染めた髪が空調で揺れている。眩しい白のワイシャツにピンクのネクタイが緩く締まっていた。二重の大きな瞳が驚いたように見開かれている。
「……理央」
そこにいたのは元親友――五十嵐 理央だった。
お読みいただきありがとうございます!
本作は完結済みです。毎日18時ごろに更新します。少しでも続きが気になったら、ブックマークしていただけると執筆の励みになります。




