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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

銭持たぬ身

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 つぶらやくんは、外出するときに持ち歩くものって決まっているかい?

 財布、ケータイ、家のカギ……このあたりは、どこへ行くにも外せないところだろう。

 あとは行き先や目的によって、こまごまとしたものを整えるかな。いやはや、身一つでひょいといろいろなところへ行くには、この社会も我々の身体もまだ発達が必要といえるかもねえ。

 お金がなかったら物が買えない、サービスを利用できないと困ったことづくめだし、ケータイがなければいざというときの連絡を取りにくい。そして家のカギがなければ自宅という安らぎの空間へ入る資格を失ってしまう。

 いずれも、命を保つのに重要な部分だからおろそかにできない。ここから解放されないと身軽にはなりきれないわけだが……私の友達にちょっと奇妙な人がいてね。

 その人の話、聞いてみないかい?


 キャッシュレス決済、といったら君もよく知っていよう。

 現金を持ち歩かずICカードの類を使う決済で、スピードや手軽さにおいて現金の追随を許さない便利な支払い方法だ。

 もちろん、すべての面で優れているわけではない。システムのトラブルなどで機能がしなくなったとき、とたんに現金と比べ物にならないほど滞ってしまう。可能性は低いかもしれないが、偏りはあるものだ。人によってはトラブルに出くわしすぎて、嫌気がさしている恐れもあろう。

 で、私の友達なのだけど、当時としては先端だったキャッシュレス推奨派であった。駅の改札にそれらが導入されるころ、わざわざ切符を買っている私たちをしり目に、さっと改札を通り過ぎていく姿が、不覚にもスマートに思えてしまったんだ。

 そのほかの買い物でも「ピッ」とタッチするだけで、財布を探りながらのあたふたとは無縁。そのような彼を見ているうちに、まわりの皆もちょろちょろとキャッシュレスへ移行しつつあったのだけど……私はある違和感を覚えた。


 いつからか彼は、カード類を出しているように思えなくなったんだ。

 きっかけは、たまたま仕事帰りに二人でラーメン屋へ行ったときのこと。新しくできたお店でお互いに興味があって選んだのだけど、そこの食券はキャッシュレスだけの対応だった。店へはいる前に券売機で購入していくタイプだ。

 それだけなら問題はない。私もこのころ、ICカードを持ち歩くようになっていたから。中身のチャージもしっかりしている。

 しかし、先に注文をした彼がいざカードをかざす段になったとき。確かにいつもカードを入れている財布をさぐる仕草は見せた。が、彼はカードを取り出すことなく、じかに手を読み取り口へかざしたように思えたんだ。

 その挙動、早業だったこともあって、にわかには信じられずに、自分の錯覚かと感じた。しかし、それ以降も彼はカードを出さずに自分の手をかざすだけで支払いを済ませていくかのような挙動を重ねていく。

 先の電車の改札はもちろん、その他の公共機関での支払い、店での支払いなどなどでだ。

 手のひらに隠れきってしまうほど、小さいカードへ替えたという線もなくはない。支払いそのものは問題ないようで、店員側からとがめられたりすることもなかった。

 幾度も目にするうち「不思議だ、不思議だ」と思いつつも、なかなか質問する勇気を持つことができないまま、時間がすぎていく。


 そんなある日のこと。

 彼は珍しく仕事を早退した。事前に連絡していたようで、上から特に追及されることなく職場を後にしたんだ。

 私が仕事を終えたのは、そこから数時間ののち。残業なしといっても、ここから電車を乗り継いでいくと家に着くまで一時間半ほどがかかった。

 彼の住んでいるところの最寄り駅も、途中で過ぎる。別段おりる用事もないが、このときの車内は満席。車両のドアへなかばもたれかかるようにして、ぼんやりと外を眺めていたのだが、とある踏切に差し掛かったときだ。


 彼の姿を認めた。

 踏切は車一台がようやく通れるかという幅の狭いもので、そこまでの道はほぼブロック塀によってカバーされた一本道。普段着の彼は、踏切のいくらか手前にある自動販売機の前でかがんでいた。

 ほんの一瞬での横切りで見た光景だが、今でもはっきり覚えているよ。彼は自動販売機の釣銭口へ顔を突っ込んでいたんだ。

 きっと、つぶらやくんの頭には「あのような小さいところへ顔を突っ込めるわけねえだろ」なんて疑念が浮かんでいると思う。あんな、人の片手の先がようやく入るような小さいところへ、と。

 が、あのときの彼は自動販売機の釣銭口の真上に顔がうずまるほどの大きな穴を開けていた。埋もれた顔の横からは10円玉や100円玉といった、支払いに使われたであろう硬貨たちがぼろぼろと零れ落ちていたのさ。


 あわてて次の駅で降り、現場へ向かった私だったけれどそこに彼の姿はもはやなかった。しかし、自販機に開いた大穴は確かにそこにあり、先の景色が見間違いでなかったことを雄弁に物語っていたよ。

 以降も、彼の住んでいる近辺で次々と自販機が壊される事件が相次ぎ、ほどなくして彼も仕事をやめてしまった。連絡も、今となってはとることもできなくなっている。

 その身ひとつでできる、キャッシュレス。彼はどうにかして、その境地に至れてしまったのかもしれない。

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