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残響

作者: yashiki2005
掲載日:2026/01/18

午前零時を少し回った下北沢の裏通り。

 酒と汗とタバコの匂いが染みついた階段を降りると、湿った空気に古いアンプのノイズが混ざっていた。

 ライブハウス〈Blue Noise〉。客はまばらだ。照明も半分落ちて、演者だけが自分の存在を確かめるように音を鳴らしていた。

 大谷友生は、壁際に立ったままギターを抱えていた。

 チューニングの狂ったストラトから、かすかなハウリング。

 「ここも終わってるな」と呟きながら、アンプのボリュームを上げる。

 音の荒さでしか、自分の存在を主張できない。そんな夜だった。

 司会がマイク越しに言った。「次、飛び入り三名まで。勝手にやりたい奴、上がってこい」

 一拍置いて、一人の男が無言でステージに上がった。ベースを肩にかけた岸幸雄だった。

 短く刈った髪、冷たい目つき。

 「お前、合わせられるか?」と岸が聞いた。音の代わりに挑発するような言葉。

 「やってみろ」と友生は答える。

 続いて、スティックを回しながら笑う男が現れた——平幹夫。

 アルバイト帰りの服のまま、ボロいドラムスローンに腰を下ろす。

 「曲? ないなら始めちまおうぜ」

 その言葉を合図に、ベースの低音が空気を揺らし、ドラムが加わる。ギターの歪みが重なり合う。

 最初は滅茶苦茶だった。拍もズレ、音程も合わない。

 だが、次の瞬間、友生のコードストロークに岸のベースが噛み合い、幹夫のリズムがそれを包み込んだ。

 観客がざわめく。

 リハでもない、偶然が呼んだ一瞬の化学反応。

 友生は思った——「この2人、バカじゃねぇか。でも、悪くない。」

 曲が終わると、沈黙。息が荒い。

 幹夫が笑ってスティックを掲げた。「もう一曲、やろうぜ」

 岸は無言のまま頷き、ベースのラインを刻み始めた。

 その夜、何も約束しないまま、3人は最後まで演奏を続けた。

 外に出ると、冬の夜気が痛かった。

 友生がコンビニの缶コーヒーを買い、無言で2本差し出す。

 岸が片方を受け取り、静かに開けた。

 幹夫だけが少し笑って、「バンド、やる?」と聞く。

 友生は一瞬考え、煙草の火をつけた。

 「……いいけど、誰にも従わねぇぞ。」

 岸が鼻で笑う。「それは俺のセリフだ。」

 その瞬間、〈残響街〉は始まった。

 夢も希望もない、ただのノイズから。


第二章:理想と現実


始まりは、勢いだけだった。

 あの夜から二週間後、3人は近くのリハーサルスタジオを借り、初めて“本気で合わせる”ことにした。

 雑居ビルの四階、蛍光灯のちらつく狭い部屋。壁の中には過去のバンドの汗が染み込んでいるように湿っぽい。

 「名前、どうする?」

 幹夫がドラムを調整しながら言った。

 友生がぼやく。「どうせ売れねぇんだから、適当でいいだろ。」

 岸が低く答える。「適当が一番ダサい。」

 そこから小競り合いが始まった。

 彼らにとって“音”は武器だったが、その武器で互いを傷つけることも同時に覚えた。

 練習中、友生のギターはいつも音がでかすぎた。

 岸が眉をひそめて言う。「ベース抜けねぇ。少し下げろ。」

 「これが俺の音だ。嫌なら辞めろよ。」

 幹夫は叩きながら、冷や汗をかいていた。

 殴り合い寸前の空気。けれど、止めたくなかった。

 なぜなら、この葛藤が“本気の証”だと信じたかったから。

 初ライブは、地元の鹿島フェスのサブステージ。出演料どころか、交通費がかさんだ。

 観客は十数人。照明の色すらチープで、ステージ後方の幕にはシワが寄っていた。

 それでも、三人はステージに立ち、自分たちの音を鳴らした。

 イントロの瞬間、音が会場に走った。

 幹夫の心臓は、ドラムの低音と同じリズムで跳ねていた。

 岸の指からは汗が滴り、友生のギターは荒々しく鳴り続ける。

 一瞬、世界が静止したように見えた。

 ——客席に目を向けると、誰も煙草をやめていなかった。スマホを構える者すらいない。

 演奏が終わった後、拍手はまばらだった。

 岸はベースを下ろし、ステージ袖で呟く。「こんなんで満足してるのか?」

 友生が吐き捨てる。「満足もクソもねぇよ。俺は今、生きてるだけだ。」

 幹夫は二人の間で黙ってペットボトルの水を飲んだ。喉が狭く、呼吸が苦しい。

 打ち上げの居酒屋。

 カウンターの端で、誰も口を開かない。油と煙の臭いの中で、三人それぞれの沈黙だけが重なる。

 やがて友生がぼそっと言った。

 「……今日、手応えあったと思ってたのにな。」

 岸は苦笑した。「理想にまだ届いてない。お前はそれで満足なんだろうけどさ。」

 幹夫がグラスを置いた音だけが響いた。

 彼は思った——俺たちは、同じ音を見ていない。

 外に出ると、夜風が冷たくなっていた。

 深夜の線路沿い、三人の足音がリズムのように続く。

 そのとき、遠くから誰かのアカペラが聞こえた。

 透き通るような女の声。

 振り向くと、街灯の下でひとりの女性がスマホをスピーカー代わりにして歌っていた。

 白いコート、冷たい空気、歌声だけが熱を帯びていた。

 幹夫が足を止めた。「……誰だ、あれ。」

 声の主が彼らに気づき、軽く会釈する。

 その目が妙に強かった。恐れも媚びもなく、ただまっすぐ。

 「宮城たかこ。ストリートで歌ってる。今夜は練習。」

 そう言って、彼女は短く笑った。

 その一言で、何かが変わる音がした。


第三章:燃え残るプライド


たかこの声は、最初の一音で空間を制した。

 狭いリハーサルスタジオの空気が、彼女の呼吸で膨張するようだった。

 低く始まり、高音にわずかなかすれを残す。完璧ではない。

 けれど、その“生傷”みたいな声が、聴く者の胸を掴んで離さなかった。

 演奏を終えた後、沈黙。

 幹夫がスティックを握り直して呟いた。「……これ、バンドになるかもな。」

 岸は目を細め、「悪くない」と言った。

 ただ一人、友生だけが無表情のままチューニングをいじっていた。

 あの日以降、たかこは自然な流れで正式メンバーになった。

 フロントに女性が立つことで、〈残響街〉の客層も変わり始める。

 ライブの観客は倍増し、SNSのフォロワーが増え、口コミが動いた。

 にもかかわらず、リーダー格の友生にとって、それは純粋な喜びではなかった。

 ——みんなが見ているのは、俺じゃない。

 彼女の歌声がスポットライトを浴びるたび、背中の奥で何かが疼いた。

 嫉妬。

 なのに、その声を聴くたび、やめられないほど惹かれる。

 夜の練習後、帰り際の路地裏。

 たかこは缶コーヒーを飲みながら言った。

 「あなた、私を嫌ってる?」

 友生は言葉を失った。「……嫌ってねぇよ。ただ——」

 「ただ、自分の立ち位置が変わるのが怖いだけでしょ?」

 彼女はまっすぐにそう言い切った。

 言葉にできなかった本音を突かれた気がして、友生は何も言えなかった。


 一方、岸は別の形で鬱屈していた。

 彼のベースラインがどれだけ緻密でも、観客はたかこの声しか覚えていない。

 「アイドルバンドじゃねぇか」

 楽屋での投げやりな言葉に、空気が凍る。

 幹夫が苦笑して「いいじゃん、見てもらえるだけマシだよ」と言うが、誰も笑わなかった。

 ライブハウスの照明が落ち、赤く光るステージ。

 たかこのシルエットが映る。

 客席の視線が彼女に集中する瞬間、友生はギターを少しだけ鳴らすのを遅らせた。

 自分の存在を消したくなかった。ただ、確かめたかった。

 “彼女がいないと、俺たちは何者なのか。”


 ライブ終了後、ファンのグループがたかこにサインを求めて群がっていた。

 友生と岸は少し離れたベンチに座る。

 岸がぽつりと呟く。「いっそ、彼女抜きでやってみるか?」

 友生が眉をひそめた。「冗談言うなよ。」

 「本気だよ。今のままだと、誰が主役かわからねぇ。」

 友生は缶ビールを握りつぶすように持ち、低く答えた。

 「主役なんか、最初からいねぇよ。」

 けれどその夜、友生は眠れなかった。

 たかこの声が、耳の奥で何度もループした。

 “人は、音になれる。私の居場所はステージだけ。”

 以前、彼女がそんな言葉を口にしていたのを思い出す。

 自分にもそれはある。けれど、彼女ほどの覚悟がないことを、彼は痛感していた。


 ある晩、突然の電話が鳴った。

 マネージャーを名乗る男の声——仲保だった。

 「君たち、最近ちょっと話題になってるらしいじゃないか。確かに、光るものがある。」

 友生は眉をひそめ、「営業の類いならお断りだ」と言いかけたが、

 仲保の次の言葉が喉を塞いだ。

 「俺の知り合いに、プロでやってる男がいる。お前らの音を、一回聴きたいそうだ。」

 その名が、芸屋博だった。

 友生は受話器越しに息を呑んだ。

 たかこだけは、どこか懐かしそうに笑って言った。

 「……聞いたことある。あの人、クセの塊みたいなギタリストでしょ。」

 彼女の声の奥に、かすかな緊張が混ざっていた。


その瞬間、彼らは“アマチュアの夢”から一歩、現実に踏み出した。

 光に見えたものが、実は影の始まりだったことを、まだ誰も知らなかった。


第四章:崩壊と介入


 仲保は無駄口を叩かない男だった。

 五十代半ば、スーツはくたびれているが、目の奥は妙に澄んでいる。

 初対面のリハスタで、彼は3人の演奏を黙って聴き続けた。

 演奏が終わると、淡々とこう言った。

 「悪くない。ただ、これじゃどこのライブハウスでも埋もれる。」

 友生が不機嫌に言い返す。「じゃあ、どうすりゃいいんですか。」

 仲保は笑った。「“上手くなれ”じゃなくて、“売れる音に変えろ”。俺の知り合いにそのセンスを持ってる奴がいる。」

 後日、紹介されたのが——芸屋博。

 ギタリストであり、かつてメジャーバンドでもプレイヤーを務めたという。

 変わり者らしく、最初の打ち合わせにも遅刻して現れた。

 革ジャンのポケットから折れたピックを取り出し、机に置く。

 「ここのギター、誰?」

 友生が手を挙げる。

 芸屋は軽く笑って、「弾けるけど、鳴ってねぇ」と言った。

 友生の顔が一瞬歪む。

 「……俺の音が気に入らねぇってことか?」

 芸屋の目は静かだった。「お前が自分を守るために弾いてる。音が臆病なんだよ。」

 その言葉が、傷のように残った。

スタジオの空気は急速に冷えた。

 たかこだけが冷静に、そのやり取りを見ていた。

 「芸屋さん、あなた音で喧嘩売るタイプでしょ。言葉で煽るのやめて。」

 芸屋は肩をすくめる。「喧嘩も音楽のうちだろ。そこのギターが臆病なら、叩き起こすしかねぇ。」

 幹夫がスティックを握り締めた。「いい加減にしてくださいよ、あんた。俺らは遊んでるわけじゃねぇ。」

 「じゃあ証明してみろ。ライブひとつで濁った魂が変わるなら、見せてみろ。」

 その夜、バンドは急遽ライブを決めた。

 芸屋は観客席の最後方で腕を組み、無表情に見つめていた。

ステージの照明が点く。

 最初の曲——ギターソロがわずかに遅れた。

 友生の指が震え、音が割れる。岸が目配せするが、彼は視線を合わせない。

 たかこの声だけが会場を貫いた。

 透明で、芯が強い。観客の拍手が波のように押し寄せた。

 終演後、控室の空気は重かった。

 芸屋がゆっくりと言う。「悪くない。ただ“綺麗”だ。もっと汚せ。音に血を混ぜろ。」

 友生が堪えきれず立ち上がる。「てめぇ、何様だ!」

 たかこが止めに入るが、友生の声は震えていた。

 「あなたの言葉、全部正しいんだろう。でも、あんたには俺の音が聞こえてねぇ!」

 その言葉を最後に、友生はギターを置いてスタジオを出た。

 扉が閉まる音が、ひどく大きく響いた。

その夜、友生はひとり残ったライブハウスのステージに座っていた。

 照明は消え、アンプの赤いランプだけが光っている。

 ギターを抱え、何も考えずに弦を弾く。

 指の皮が裂けても、音を止めなかった。

 ——何のために弾いているのか、わからない。

 だが、不思議と涙は出なかった。

 扉の奥から、かすかな足音。

 たかこだった。

 「……まだ、逃げるつもり?」

 友生は顔を上げずに答えた。「もう逃げる場所もねぇよ。」

 彼女は黙ってステージに上がり、マイクを手にした。

 「なら歌う。あなたが消えねぇように。」

 そう言って、伴奏もなしに小さく歌い出す。

 その声に、友生の指が再び動いた。

 歪んだギターと、生の声——ただそれだけの音が、夜の空気に溶けていった。

翌日、芸屋は仲保に言った。

 「いい奴らだ。ただ、全員が限界まで削れ。そこからしか本物は出ねぇ。」

 仲保は眼鏡をくもらせながら小さく頷いた。

 「危ういほどの熱がある……売れるかは別としてな。」

こうして、〈残響街〉はデビュー準備の最終段階へ進む。

だが、音楽の完成に近づくほど、メンバーの心は反比例するように壊れていった。


第五章:音の残響


レコーディング初日。

 スタジオの時計の針が進むたび、空気が重くなっていった。

 四人の呼吸のテンポすら合わない。

 芸屋はガラス越しに腕を組み、冷静な顔で「もう一回」とだけ告げた。

 最初のテイク——音がまとまらない。

 岸のベースが一拍遅れ、友生のコードが濁った。

 幹夫のスネアが走り、たかこの声がすぐに飲み込まれる。

 録音ブースのランプが赤から青に変わる。失敗。

 誰も言葉を発さなかった。

 ただ、静寂が広がる。

 幹夫が椅子にもたれ、「……体がついてこねぇ」と呟く。

 仲保がカーテン越しに見つめながら、「無理なら今日は切るか?」と言うが、

 誰も頷かなかった。

休憩室に戻ると、友生が壁に向かってギターを鳴らし始めた。

 コードは単調、しかし音はいつになく生々しかった。

 岸が缶コーヒーを手にして言う。

 「昔のお前の音に戻ったな。」

 「戻ったんじゃねぇ。まだ抜け出せてないだけだ。」友生は薄く笑った。

 そこへ、たかこがコーヒーを置いた。

 「ねぇ。あんた、自分の音にビビってるよ。」

 「……またそれかよ。」

 「違う。理想に負けた人間の音って、どんなに正しくても冷たいんだよ。」

 その言葉は刃のようだった。

 だが友生は、ようやくその痛みの正体を理解していた。

 自分が戦っていたのは仲間でも芸屋でもなく、

 “昔の自分が信じた音楽”だった。

夜。

 再テイクが始まる。ブース内の赤いランプが再び点いた。

 誰も言葉を交わさない。

 幹夫のカウントが響く。

 スティックが振り下ろされ、ドラムが爆ぜた。

 岸のベースラインがそこに絡みつき、空気を震わせる。

 友生のギターが重なり、最後にたかこの声が溶ける。

 声が震える。

 楽器が泣く。

 完璧でもクリーンでもない。

 けれど、その瞬間、ようやく〈残響街〉が“ひとつの音”になった。

 芸屋はモニター越しに目を細めた。

 「……そうだ、それでいい。汚くて、優しい音だ。」

 録音が終わる。青いランプが消え、スタジオに静寂が戻った。

 たかこがマイクを握ったまま、かすれた声で言う。

 「今の、残して。」

 誰も返事しなかった。けれど全員が、同じことを感じていた。

 これは完成じゃない。始まりだ。


外に出ると、雨が降り出していた。

 深夜の都心。街灯がぼやけ、地面に映る光が揺らぐ。

 幹夫が笑いながら、空に手を伸ばす。

 「なぁ、俺たち……やっと音を出せたな。」

 岸が肩で息をして、「ああ、少なくとも今夜はな。」と答えた。

 友生は何も言わず、ギターケースを背負って歩き出す。

 たかこがその背中に声をかけた。

 「もう逃げ場なんてないね。」

 振り返った友生は、小さく笑った。

 「逃げなくてもいい場所、やっと見つけたんだ。」

それが、彼らの“デビュー前夜”だった。

 アルバムタイトルは——『残響の街角』。

 その音はどこにでもあるノイズのようで、

 けれど誰にも真似できない、生きた音だった。



最終章:残響は続く


一年後。

 バンド〈残響街〉は、小さなレーベルからアルバム『残響の街角』をリリースした。

 大ヒットではなかったが、音楽好きの間で“聞けば刺さるバンド”として口コミが広がった。

 サブスクのランキングの隅に、彼らの曲がひっそりと残る。

 売上よりも、その「残る」という事実が、何よりも大きかった。

 

狭いライブハウス。

 100人足らずの観客の前で、たかこがマイクを握る。

 岸はアンプを調整し、幹夫は静かにスティックを回した。

 開演前のざわめきと汗と湿気の中、友生はペダルボードを見下ろす。

 昔なら手の震えが止まらなかった。でも今は、ただ落ち着いていた。

 「——今日もノイズを鳴らそうぜ。」

 友生の一言で、ステージが光に包まれる。

 ドラムが鳴り、ベースが唸り、ギターが歪み、そしてたかこの声が響く。

 最前列の青年が、涙ぐみながら拳を突き上げていた。

 その光景が、彼らにとって何よりの報酬だった。

ライブの終盤。

 たかこがゆっくりと観客を見渡し、静かに言葉を落とす。

 「ありがとう。

  私たちは、まだ途中。

  でも、音がある限り、生きていける。」

 拍手が波のように返ってくる。

 友生の胸の奥に、熱が灯る。

 彼はかつて“自分が主役でなければ意味がない”と思っていた。

 今は違う。

 音の中で誰もが equalイコールで、そこにこそ救いがある。

打ち上げの帰り、深夜の高架下。

 雨上がりの路面の反射光が、街をまるく照らす。

 幹夫がタバコに火をつけた。

 「……なぁ、俺たち成功してんのかな。」

 岸が笑う。「さぁな。けど“続いてる”から、負けじゃねぇだろ。」

 たかこが肩をすくめる。「あんたら、ほんと青臭いね。」

 友生がギターケースを撫でながら呟いた。

 「青くていい。俺らの音は、まだ錆びちゃいねぇ。」

 夜の闇に浮かぶ街の残響が、どこかで微かにこだました。

数ヶ月後。

 ライブ会場のチラシ掲示板の片隅に、「残響街ワンマンライブ決定」の張り紙が貼られた。

 誰がその上に落書きしたのか、角に小さくこう書かれていた。

 “まだ途中。”

 彼らの音は、不器用なまま続いていく。

 夢でも絶望でもなく、ただ“生きること”を鳴らし続けながら。

 残響は、終わらない。

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