岡山県 真田由里子氏への取材
京都から岡山までは新幹線で向かう。
時間にして約2時間。その間に聞きたいことをまとめておく。聞きたい事は山のようにあるが最も知りたいのは何故今も屋敷の保全を行っているのかという事だ。遺言とは言え、家族を殺した兄の家を残しておく理由などない。ましてやその資金はどこから出ているのだろう。
思考に沈んでいたが岡山駅到着のアナウンスで現実に引き戻される。
真田由里子氏とは彼女の住む家で取材する事になっていた。歳は90に近く足腰が弱っている為、ほとんど外には出ないそうだが認知症は患っていないのは幸いだった。
レンタカーのカーナビに電話で聞いた住所を入力して発車する。目的地は山奥にある集落で到着まで2時間はかかりそうだった。
逸る気持ちを宥めてハンドルを握る。
渋滞もなく、予定時間より些か早く到着する事が出来た。昔ながらのブザーを押すと古手川さんと同じぐらいの歳に見える女性が現れた。
「初めまして。取材の連絡をした者です。本日はお時間頂きありがとうございます」
「孫娘の真田麻美子です。ここまで来るのは大変ではなかったですか?」
歳の割には雰囲気が落ち着いている。名家の育ちによるものだろうか?
「いえ、普段は都心部で生活しているので、自然豊かな場所を訪れるのも良い刺激になります」
「そうですか。それではお上りください。祖母の準備も済んでおります」
「失礼します」
和室へと案内されると座椅子の上に真田由里子氏がいた。
「貴方がお電話してくださった小説家さん?」
彼女の第一声は矍鑠としていた。歳が歳だけに耳が遠くなっていたりしないかと思っていたが、どうやら杞憂に終わりそうだ。
「はい。馬亭仁という名前でやらせてもらっています」
「変わったお名前ね。由来はあるのかしら?」
「酒呑みなものでして、カクテルのマティーニから取りました」
「あら、お洒落ね。私も夫に連れられてバーにはよく行っていたわ」
「真田和由さん、ですね?失礼ですが…」
「ええ、夫は7年前に老衰で亡くなりました。天寿を全うしたのですから良かったと思っております」
「…今回取材に来たのはお兄様、増田貞嗣氏の事です。事件の事やあの屋敷の管理を続けている理由をお聞きしたいのです」
「そうね。まずはお屋敷についてからしましょうか。どうぞ、長くなりますので膝を崩してください」
彼女は座椅子の上で居住まいを正して語り出した。
「あのお屋敷を取り壊さないのは兄の遺言書に寄るものです。兄が言うには『触れてはいけない物に触れてしまった。怒りを鎮めるには命を捧げなければならない。それは私が始末をつける。屋敷を社として提供し、残し続けろ』との事でした。兄はその為に家族を手に掛けて自ら命を絶ったのです。最初は気でも触れてしまったのかと思いました。妻子の顔を鍬で傷付けて最後は脱穀機に顔を入れるだなんて。そんな事件のあった屋敷を残すだなんてとんでもないと思い、屋敷の解体を依頼したのですが、作業員は皆顔に酷い怪我をして失明した人も多く出ました。これは只事ではないと思ってお祓いも頼みました。でも屋敷に入っただけで倒れたり、自分には祓えないと引き返す人もいました。その人達が口を揃えて言うのは『ここにいるのは悪霊なんて生やさしい者ではない、悪い事は言わないから遺言通りにこの屋敷を維持しなさい』という言葉でした。さすがにそこまで言われては従うほかありませんでした。それ以来、協力してくれる業者さんを見つけて維持をしてもらっていますが、もちろん金額は馬鹿に出来たものではありません。一度傷んだ屋根をそのままにした事があったのですが、義妹が事故にあって亡くなりました。散歩中に烏に顔を啄まれるというあり得ない亡くなり方でした。次は誰が巻き込まれるか分からない恐怖から急いで屋根を直してもらいました。それからは同じことは起きていませんが、孫達に引き渡すのも申し訳なく、どうしたらよいのやら…」
「なるほど…それで今でも屋敷が残っていると。でも岡山から長崎まで様子を見に行くのは大変ではないですか?不法侵入もあったようですし」
「はい。私もそちらまで行ける体力は無く…現地で管理人を雇っているのですが、私用で他県に行っていた時に入られてしまったようなのです」
「それはあの屋敷に住んでいる、という事ですか?」
「そうです。私としては傷んでいるところが無いか時々見るだけで構わないと伝えたのですが、家賃が浮くから住まわせてほしいと言われたものでして…」
「そうですか。その方のお名前や連絡先を教えてもらってもよろしいですか?」
「構いませんよ。帰る時にお渡しします」
「ありがとうございます。それと、もう一つお聞きしたい事がありまして、貞嗣氏が手に入れたという品を見た事はございますか?」
「はい、兄がいい物を手に入れたから見に来いというものでして。ただ、あれは美術品と呼ぶには相応しくない物です」
「どのような物だったのですか?」
「あれは、そう…人の体から頭や手足が無数に生えていて神々しさなど全くありませんでした。いえ、むしろ人を呪う為に造られたような気がするのです。兄が元の持ち主を殺してまで手に入れたのも、魅入られてしまったからでしょう」
「そうですか…実はですね、私の元に同じ物と思われる品が出てくる体験談が寄せられたのです。何でも赤い果実を食べる事で願いが叶うのだとか。それにはついてはご存知ありませんか?」
「赤い実、ですか?申し訳ありませんが兄の口から聞いた事はございません」
「いえ、ありがとうございます。最後に一つ『炁常』という言葉に覚えはありませんか?」
「それなら覚えております。兄が『触れるべきではなかったという者の名前だそうです。あの屋敷の主である証明として、表札を書き換えたのですから」
「そうですか。本日はお時間をいただきありがとうございました。新たに聞きたい事が出来たらまた連絡してもよろしいでしょうか?」
「はい、私が答えられる事であれば何なりと。お気をつけてお帰りください」
玄関先には麻美子さんが見送りに来てくれた。
「これが長崎の管理人の連絡先です」
「どうも、ありがとうございます」
「あの…」
「どうかしましたか?」
「この件には踏み込まない方が良いかと思います。もしかしたら大叔父のようになるかもしれませんよ」
「大丈夫ですよ。これでも引き際は弁えていますから」
「くれぐれもお気を付けて」
「では、失礼いたします」
東京へ向かう新幹線の中で聞いた話を原稿へと昇華させていく。また一つ話が繋がった手応えがあり、文字数が増えていく。
東京に着いた頃には大方書き上がっていた。
今夜の酒はさぞかし美味い事だろう。
自宅に荷物を置き、私は馴染みのバーへと足を向けたのだった。




