京都府 榑沼女子高等学校での事件について
2019年7月に事件が起きた私立榑沼女子高等学校は日本唯一の神道系女子校であり、神道の家系に生まれた子が日本全国から集まる為に全寮制となっている。
制服は一般的なセーラー服が用意されているが、神楽舞などの授業では巫女服を着る事も多いという。
「ネットで見られる情報はこのぐらいなんだよね」
京都へ向かう新幹線の中で学校についての情報を古手川さんと共有する。
「学校の特性から一般の生徒に入学してもらう必要もないですもんね」
「そうなんだよね。秘密主義と言うべきか、事件の事も緘口令が敷かれたらしい。まあ、事が事だけに蓋をする事は出来なかったようだけど」
「マスコミも一斉に報じていましたからね。これから会うのは当時の生徒なんですよね?」
「うん。実家に帰省していたから無事だった数少ない生き残りだよ」
「あの事件で生徒の数も大きく減ったのに、まだ学校の運営が続いているのが驚きです」
「本当のところは分からないけど国がバックにいるとか、宗教団体の援助があるとか言われているけど、どうなんだろうね」
話し込んでいる間に京都駅に着くアナウンスが流れた。
「初めまして。甲斐田さんですね?」
「はい」
待ち合わせ場所である件の学校の校門前にいたのは今回の取材に応じてくれた甲斐田真希。年齢は25歳。髪を束ねて巫女服を纏っている。本人から聞いた話ではこの学校の卒業生で現在は教師を勤めているらしい。
「お時間を頂きありがとうございます。私は担当編集者の古手川と申します」
古手川さんは名刺を取り出して甲斐田さんに渡す。
「こちらこそよろしくお願いいたします」
神道の家系に生まれたからか、あるいはこの学校の教育によるものなのか、名刺を受け取る所作は美しかった。
「まさか、教師の方から直接お話を聞けるとは思っておりませんでした」
今回の取材に関して校内に立ち入る許可が得られた。ダメ元での申請ではあったが、すんなりと通った事に拍子抜けをしてしまったぐらいだ。
廊下で巫女服姿の生徒達とすれ違う。皆一様に立ち止まり黙礼をする。これも教育によるものなのだろう。
案内されたのは生徒指導室だった。最もこの学校の生徒を見ればその役割を果たす事は無いように思える。
「お聞きしたい事があれば何でも仰ってください。覚えている事は全てお話いたします」
テーブルを挟んだ向かい側。パイプ椅子に座った甲斐田さんが話を促してくる。
「では単刀直入に。あの事件では当時の在校生が大量無差別殺人や集団自殺を行いました。原因に心当たりはございませんか?」
「私は当時は実家に帰省していたので事件に巻き込まれる事はありませんでした。ですが、夏季休暇に入る前から不穏な話を聞くようになっていたんです」
「不安な話?それはなんでしょうか?」
「お二人は神道が最高神として崇めている存在が誰であるかをご存知ですか?」
「天照大神ですよね?」
「その通りです。ですが時代が変われば如何に神道の家系に生まれようとも信仰心を失い、望まない道を歩かされていると考える者もいるのです。そこで事件に関わったグループは神降しを行いました」
「その神降しというのは?」
「天照大神を天の座から引き摺り下ろすという計画でした。そして実行された結果があの事件です」
「生徒の大量心中に無差別殺人。被害者は100人を超えたと報じられていましたね」
「心中した生徒も含めれば死者は倍に近いそうです」
「そこまでの事をして神降ろしは成功したのでしょうか?」
「…手順を間違えたのでしょう。失敗に終わったと聞いています」
「その手順についてはお分かりになりますか?」
「申し訳ありませんがお答えする事は出来ません。ただ、神の怒りを買った為に大量心中が起きたというのが学校側の意見です。事実、心中したのは計画に加担した者のみです」
「心中する事が手順の一つという事はないですか?」
「それはないと思います。自分達も死んでしまっては意味がなくなってしまいます」
「それは確かにそうですね。その事について他に当時見聞きした事はありませんか?」
「そうですね…。『キツネ様が来た』と言う先輩がいたような気がします」
「キツネ?動物のですか?」
「恐らくは。京都には伏見稲荷神社もありますから」
「天照大神の代わりにお稲荷さんを祀ろうというのはよく分かりませんね」
「その他に変わった事などはなかったですか?」
眼を閉じて甲斐田さんは記憶を手繰り寄せている間に判明した事をまとめる。
・神降ろしを目的として儀式が行われた。
・生徒の大量心中と無差別殺人が発生する。
・大量心中は儀式の手順を間違えたからと言う事になっている。
分かった事はたったの3つだが、おかしな点がある事に気付く。
「すみません、甲斐田さん」
「何でしょう?」
記憶は掘り返していた甲斐田さんが眼を開いてこちらを見つめてくる。
「大量心中は儀式の手順を間違えたという事なんですが」
返事はせずに続きを促してくる。
「学校側は正しい手順を知っている、という事で良いのですか?」
「あっ、確かにそうですね!無理にでも説明するのなら罪の意識に耐えかねてとかでも良いわけですもんね」
古手川さんが加勢をしてくれる。彼女がどんな反応をするのか凝視する。
「確かにそのような方法があるとは聞いた事はありますが、私達には知りようがありません。そんな方法が漏洩してしまえば国を脅かす事態になります」
「それもそうですよね。実質的にはテロと変わらないですもんね」
「話は変わるのですが、甲斐田さんはこの文字に見覚えなどはありますか?」
タブレットに表示させたのは長崎県でのYouTuberの動画の一場面だ。
「ここの表札に書かれている文字、読めますか?」
"炁常"と書かれた表札を拡大する。
「…きつね、ですね」
「やはり、そうでしたか。心中した生徒たちが挿げ替えようとしたのはこれ、なんじゃないですか?」
「偶然でしょう。それに古事記などを漁ってもそのような名の神は出てきません」
「もしこれが、古事記以降に産まれた神だとしたらどうですか?」
「それを言ったらキリがありませんよ。この国に何柱の神がいるとお思いですか?」
今までと違い、甲斐田さんの眼は血走っている。
「そろそろお引き取りください」
「お時間いただきありがとうました。古手川さん、行こうか」
「えっ、もう聞きたい事はないんですか?」
「大丈夫だよ。ネタは見つかったからね」
「はあ…」
甲斐田さんに礼を言って学校を後にする。
予約を入れていたホテルのラウンジで古手川さんと向かい合う。良いネタを仕入れた時のコーヒーは格別だ。
「甲斐田さんに見せていたのって長崎の映像ですよね?それが何か関係あるんですか?」
「あのお屋敷の表札には"炁常"と書いてあっただろう?それに愛知県で起きたカルト集団は"炁常教"、榑沼高校での事件にも"キツネ様"が関わっているようだし、少しずつ繋がってきた気がするよ」
取材に手応えを感じる。早く執筆を始めたくて仕方がない。
「甲斐田さんはどうされるんですか?まだ何か知っていそう気がするのですが」
「そうだろうね。恐らく"炁常"の事や"神降ろし"の事も全部知っているのだろうけど、何も話してはくれないだろうね」
「んー、だとするとどうして取材を受けてくれたのでしょう?秘密にしたい事の筈なのに」
「それは分からないけれど、彼女が偶々生き残ったというのも嘘かもしれないね。あるいは首謀者かな?」
「確かにあの映像を見せてから態度が変わりましたしね。それで、先生はこの後はどうされるんですか?」
「その事なんだけどね。真田由里子さん、顔抉り屋敷の当主の妹さんの所在がやっと分かってね。明日、岡山に行く話をつけてあるんだ」
「えっ?そんな話聞いてないですよ」
「ごめんごめん。本当に昨日の夜に連絡が取れてね、連絡する時間が無かったんだ」
「うぅー、私も行きたかったのに…。明日は実家に帰らなきゃいけないんですよぉ」
「そうか、それなら仕方がないね。ついでに君の友達がどうなったか様子を見て来てくれないかな?」
「木村ですか?構いませんけど」
「よろしく頼むよ。彼女の身に起きた事も関係していそうな気がするんだ。勘だけどね」
翌日、駅で古手川さんと分かれて彼女は実家に、俺は岡山へと向かった。




