幕間 担当編集者との打ち合わせ②
「原稿も良いペースで仕上がってますね!」
今日は古手川さんとの2回目の打ち合わせだ。
「まあ、寝る間も惜しんで取材や執筆をしているからねぇ。この前の現地取材は疲れたよ」
「群馬県に行かれたんですよね。読まさせていただきました!」
「もうかい?随分と早いじゃないか」
運ばれてきた珈琲を一口啜る。
「小説を読むのが好きでこの業界に入りましたから。ホラーも好きなジャンルの一つなんですよ」
「なるほどね。それで今までに書いたもので気になるものはあるかな?」
「いくつかあるんですけど『和歌山県と山形県の投稿に出てきた赤い実』、『石川県のブログ』、『群馬の取材で引き取ったノート』ですね」
それらに関心を持つとは中々鼻が効く編集者のようだ。
「そうだね…まずは『赤い実』について考えていこうか。赤い実を食べたら願いが叶ったと投稿者は言っている。この2つの話の共通点は分かるかい?」
「お堂や祠があってよく分からない者を祀っていたみたいですよね」
「そう。和歌山の方は失伝されてしまったようだが、山形の方ではどうやら伝承が今も伝わっているようだ。願掛けとしては些かやり過ぎだと思うがね」
「身体の中に挿れたってそういう事ですよね。私だったら絶対に無理だなぁ」
「中学生だから尚更辛かっただろうね。だけど問題は"その赤い実や祀っている者が同じものだった時、どうやって伝わったのか、どちらが先なのか"という事だ」
「確かにそうですね。古くからの口伝だとしても距離が離れ過ぎています」
「その通りだ。普通に考えるなら山形から和歌山へと伝わる中で願掛けの作法は失われ、お堂だけが残っているんだと私は思う。ところで、茨城にいる友人はどうなった?山形から毎日のように宅配便の不在通知が来ると言っていたが…」
「それは私も気になっていたので来週に会う予定を組んでいます」
「そうか…良ければ私も同行させてくれないかな?事の顛末が気になる」
「分かりました、聞いておきますね。それで次なんですが…石川県のブログについてはどうお考えですか?」
「このブログか…一見するとなんて事はない日記、まあ性的な文言も含まれているが、私は別の意味を持っていると考えている」
「別の意味、ですか?」
「最初はこの投稿なんだが…」
パソコンに表示させ、彼女に見えるようにする。
2000/3/18
卒業式の時期ですね。
ボタン渡したり、告白する子もいるのかな?
私も高校生の時は恋人いたけど、どうなってるかなぁ。
2000/3/19
風邪。
熱は高くないけど喉痛い。
身体を冷やしたのが悪かったかな?
「これが何か?」
「過去の恋人を思い出した時に『どうしているかな』ではなく、『どうなっているかな』と言っている。どことなく生きている人間に対して使う表現としてはおかしい気がするんだ。それに翌日の投稿では『身体を冷やした』と言っている。彼女はたった1日の間に何をしていたんだ?」
「えっ?普通に仕事終わりに雨に降られたとかではないんですか?」
「投稿日は土日なんだ。出勤していたとは考えにくい」
「それじゃあ彼女は何を…」
「私は"当時の恋人の遺体を掘り返したんじゃないか"と考えている」
「そんな、高校生の時に殺したって言うんですか?」
「理由は分からないが先の投稿を見るに、そのような事をしてもおかしくない気はする」
「エイプリルフールに上司を呪っておいた…ですか?」
「そう。実際に行方不明となり、死体として見つかったと書いてあるだろう?」
「はい…」
「上司が失踪してから桜や紫陽花など花に関しての言及が多い。恐らく桜の木の下に埋めたんじゃないかな?」
「開花期間が長いとは言っていましたが、そういう事なんでしょうか?」
「他にも疑わしい記述がある」
2000/5/5
毎月のことだけど情緒が不安定。
こういう時はレバーが恋しい。
2000/5/10
ゴールデンウィークも終わったけど気分の切り替えが出来ていない。
それはそれとして、上司が見つかったらしい。
2000/5/8
社内は上司の件で混乱している。
ほぼ骨の状態だったので仕方ないよね。
葬儀にも参加する事になった。
「失踪してからほぼ骨の状態というのは早過ぎる気がする。おそらく彼女には殺人だけでなく、食人欲求もあるんじゃないか?」
「そんな人を食べるなんて…」
「他にもそれを匂わすものはたくさんあるだろう」
2000/5/20
花金で一人呑んでいたらナンパされて、そのままその人の家にお邪魔して興奮しました。
朝から朝食も頂いたのでお腹一杯になりました。
偶にはこういうのも良いよね。
2000/6/2
紫陽花が色づき始めた。
確か土壌のpHで色が変わるんだったよね?
2000/6/4
県内で白骨死体が見つかったようです。
マスコミでは上司の件と結び合わせて連続殺人として面白おかしく取り上げている。
2000/6/16
相変わらずの雨続き。
こうも長く続くと頭痛やら耳鳴りもするし、気持ちが沈んでくる。
食で満たすしかなさそう。
2000/7/7
今日は七夕だ。
駅前に短冊コーナーがあったので「沢山食べられますように」と書く。
毎年同じことばっかり書いているけれど。
2000/7/21
自宅近くに咲く紫陽花の色が変わっていた。
知識として知っていても実際に目の当たりにすると楽しいものがある。
2000/8/21
再びのワンナイト。
美味しく頂きました。
2000/9/25
ちょっと間が空いてしまいました。
食べ比べをしてみましたが、雌の方が柔らかいような気もする。
2000/10/2
話は遡るけど死体が見つかった事件だけど、2体目の後も何体も発見されているらしいです。
やだなぁ、怖いなぁ。
2000/10/9
残暑も終わって過ごしやすくなりましたね。
秋になると落ちた銀杏を集めて自分で下処理するのが趣味です。
匂いもそれほど気にならないし。
2000/10/16
良い感じに仕上がった銀杏と自家製ジャーキーで一杯。今年も良い仕上がり。
2000/10/30
近所の子がハロウィンでお菓子を貰いに仮装してくるのが可愛らしい。
私もイタズラしに行こうかな。
2000/11/6
初めてラム肉とマトンの食べ比べをしました。
マトンの方が堅くて臭みも強い気がする。
これからはラム肉にしよう。
2000/11/20
子どもの失踪が続いているらしく、集団下校や保護者の送り迎えを目にするようになった。
まあ、しょうがないよね。
2000/12/18
若手を家に連れ込む事に成功。
初めてを頂いちゃいました。
2000/12/29
仕事納めだ。
一年いろいろとあったけど美味しい思いも出来たので良い年だったと思う。
ウェブログも一年続ける事が出来たしね。
2000/12/31
無事に一年を終える事が出来て良かった。
お節も用意してあるし、自家製鱠を食べるのが楽しみだ。
「恐らくは老若男女問わず食べるようになっていると考えられる。それを雌雄やラム、マトンと表現したんだろう。次に銀杏だがあれは果肉が臭うので死体の臭いを誤魔化すために用いたと思う。極め付けは"膾"だ」
「"なます"っておせちで食べる紅白なますの事ですよね?」
「普通はそっちを思い浮かべるよね。でも彼女が使った"膾"は切り分けた獣肉や魚肉に調味料を合わせて生食する料理を指すんだ」
「それじゃあ、この人は人肉をジャーキーや膾に加工していたと?」
「年末に向けてそのペースも早まっていたようだ。恐らくはそういう気質を持っていたんだろう」
「そんな…」
古手川さんの顔は酷く青褪めている。
「どうする?今日はここまでにしておくかい?」
「いえ、大丈夫です。それに、清掃業者さんから頂いたノートについて聞かせてもらっていません」
「…今の食人の話よりキツイよ?」
「覚悟してます」
「分かった。まずは読んで感想を聞かせてほしい」
古手川さんは頷いてノートを捲り始めた。
「溜めていた食料が少なくなってきた。新たに調達しなければならない。満願の時は近いのだ。まだ死ぬ時ではない。今日も罪を犯そうとする女たちがやってくる。その女は私の前で股を開いている。私は孔の中に遠慮せず器具を挿し入れて血肉を持った罪を掻き出す。私の下にやってくるのは婚姻年齢に満たない女や近親相姦で孕んだ女、醜聞を恐れたお偉方などだ。法外な金額も躊躇なく差し出すし、中絶された肉片や死産の処理も一任させてくれる。再び得た肉片を持ち帰り冷凍庫に保存する。眼球の発生したものについては撮影も怠らない。部屋を埋め尽くす眼球こそが霊道を開く鍵なのだから。バターで焼いた骨付き肉を喰らい赤ワインとマリアージュする。この身体も罪と怨嗟に染まっている。そろそろ良いかもしれない、それらを宿す器を作るには。相手は誰でも良いが、より多くの罪を取り込む程に力を増す事が出来るので日々身体を赦し、素性も知らない男の精液を消化器や直腸、膣で受ける。気付いた時には月の物が来なくなった。満願までもう少し。日に日に大きくなっていく腹部。産まれる事のなかった赤子を喰らい、我が子を肥えさせる日々。そろそろ産まれる事が知識から分かる。私に呪法を授けてくれた人を呼ぶ。激しい陣痛、ひり出される我が子。望んだ通りの逆子で臍帯が首に巻き付いている。その人は的確な処置を行い、我が子が産声を上げた。これで最終段階だ。身体を洗い清め、裸のまま逆子同様に逆さ吊りにしてもらう。飢えて命を落とす事で満願の時は訪れる。霊道は完全に開いた。あとは我が子が息をする度に、何かを体に取り込む度に呪いを世界にばら撒く。でも、それだけでは足りない。私も何人目かのうちの1人に過ぎない。この記録を残したのは読んだ誰かに同じように呪いを孕ませる為だ。さあ、赤子を喰らえ。誰とも分からぬ男に抱かれ、子を孕め、産め。その時にその人は現れ、子を取り上げてくれる」
読み終えた古手川さんは口元を押さえてトイレへと駆けていく。食人と思われるブログよりも直接的な表現で書かれたこのノートの方が衝撃が強い。私も最初に読んだ時は食欲が3日ほどは失せてしまった。
「大丈夫かい?」
血の気が失せた顔で戻ってきた古手川さんは水を一気に飲み干した。
「これ、マズくないですか?」
「そうだね。オカルトなんて信じちゃいないが、本物があるとするならこう言った物なんだろう」
「少なくとも遺体が発見されたのは本当のようですし、呪いを信じていたんでしょう。でも、この呪いの方法を教えた人って誰なんでしょう?それに産まれた子供はどこに…」
「おそらくは"その人"が連れて行ったんだろう。冷蔵庫にあったのは食料だったんだろうね」
「…酷い」
「確かに残酷な話ではあるが、ネタが一つ出来たのは収穫だったよ。日本全国に呪いをばら撒く謎の人物。出来過ぎている気もするが使わない手は無い」
古手川さんは無言を続けている。年若い女性なら尚の事ショックな内容だった事だろう。
「古手川さんはどうする?この件を追っていくと更に残忍な話に行き当たるかもしれない。降りたとしても考慮するよう、編集長には話をつける事も出来る」
「いえ、大丈夫です。最後までやらせてください」
「分かった。次は女子校で起きた事件について取材に行く予定だから付いてきてくれると助かる」
「女子校?もしかして京都ですか?」
「知っていたか。さすがホラー好きだね」
「私も高校生でしたし、テレビで連日取り上げられていましたからね」
「それなら話は早い。来週の木曜日に発つ予定だけどスケジュールとか大丈夫そう?」
「えっと、はい!会議も入っていないので大丈夫です」
そう答えた彼女の顔には血の気が戻り始めていた。




