第20話:よかったですわ!
「ヴィクトリア隊長、素敵ですううううううッッッッ!!!!!!!!」
例によってレベッカさんが鼻血をダラダラ流しながら、わたくしに抱きついてきました。
もう段々慣れてきましたわね、この遣り取りも。
「本当に……ありがとうございましたヴィクトリア隊長……。これでやっと、姉さんの仇が討てました」
「レベッカさん……」
レベッカさんの瞳には、いろんな思いの詰まった涙が浮かんでいます。
そうですわよね……。
レベッカさんはこの日のために、騎士になったのですものね。
「あ……うぐっ……!」
「レベッカさん……!?」
その時でした。
レベッカさんが、力なくその場に崩れ落ちました。
「レベッカさん! ……これは!」
見れば先ほどレベッカさんがバルタザールの爪で貫かれた脇腹が、夥しい血で真っ赤に染まっていました。
「レベッカさん! しっかりしてください、レベッカさん!」
「ヴィ、ヴィクトリア……隊長……」
レベッカさんの顔は真っ青で、目の焦点も合っていません。
典型的な失血死寸前の状態ですわ……。
普段あれだけ盛大に鼻血を噴き出しておいて、何故脇腹からの出血の時だけ死にかけているのかは謎ですが、今はそんな冗談に時間を使っている時ではありません。
くっ、アメリーさんが第三部隊から抜けて以降、救護班の補充が間に合っていなかったのがアダになりましたわね……。
わたくしは戦闘が専門で、回復魔法は使えませんし……。
「ボ、ボクに任せてにゃ!」
「……!」
その時でした。
少年が、レベッカさんの脇腹に手を当てました。
まさか――!
「女神の歌声は心を包み
女神の抱擁は傷を塞ぎ
女神の慈悲は罪を拭う
――回復魔法【女神の子守唄】」
オオ!
見る見るうちにレベッカさんの傷が塞がっていきます!
アメリーさんにも引けを取らない、見事な回復魔法ですわ!
「えへへ、ボクたちニャポロ族は、戦うのは苦手だけど、その代わり補助魔法は得意なんだにゃ」
少年はヒマワリみたいにニコッと笑います。
なるほど、これは、とんでもない逸材ですわ――。
「ありがとうございますわ僕ちゃん。お陰で助かりましたわ」
「ううん、おねえさんたちがボクを助けてくれたお礼だにゃ」
「ん……んん……? あれ? 私……?」
レベッカさんが目を覚ましました。
「レベッカさん、僕ちゃんが回復魔法で助けてくれたのですわ」
「そ、そうなんですか!? わぁ、本当にありがとね!」
「えへへ、どういたしましてにゃ。おにいちゃんの肩の傷も治すにゃ」
「ああ、ありがとう」
続いて少年は、ラース先生の傷も治してくれました。
よし、これでこの場にいる人間は、全員応急処置は終えましたわね。
「みなさん、激闘を終えたばかりですが、まだ【首のない蛇】のメンバーは残っていますわ。わたくしたちも、先ほどの場所に戻りましょう」
「「は、はい!」」
「はいにゃ!」
「ニャッポリート」
わたくしたちは残りの第三部隊のみなさんが戦っているところに向かって、駆け出しました。
「オラァ!」
「がはぁ!?」
「あ、ヴィクトリア隊長、ご無事でしたか!」
戦場に戻ると、ちょうど【首のない蛇】の最後の一人を、グスタフさんが斬り伏せたところでした。
第三部隊は軽傷者こそいるものの、誰も死んではいないようです。
フフ、流石わたくし自慢の第三部隊のみなさん。
とても優秀ですわ。
「ええ、【首のない蛇】のリーダー、バルタザール・グラッベはわたくしが処刑いたしました。これにて、我々の勝利ですわ!」
わたくしは右手の【夜ノ太陽】を、天高く掲げました。
「「「オー!! オー!! オー!!」」」
第三部隊の勝ち鬨が、辺りの空気を震わせました。
ウム、これにて任務完了ですわね。
「……お、お姉ちゃん……」
少年がよたよたと、お姉様の遺体に近寄ります。
いつの間にかお姉様の遺体には、首が元の位置に添えられていました。
そういえば崖で合流した際、少年はお姉様の首を持っていませんでしたわね。
おそらくラース先生の指示で、わたくしたちのところに向かう際に、そっと首を胴体に戻したのでしょう。
「お姉ちゃん……お姉ちゃぁぁん……、にゃあああああああ、ボクを置いていかないでにゃあああああああ!!!」
少年はお姉様の遺体に縋りながら、慟哭しました。
【首のない蛇】は殲滅しましたが、だからといって亡くなった方が帰って来るわけではありません。
2年前の【魔神の涙】事件の時のラース先生もそうでしたが、こういった被害者遺族の方々の嘆きを聞くときほど、辛いものはございませんわね……。
――ですが、騎士たるもの、決してこの光景から目を背けてはなりません。
命を救えなかった方の分まで、次はきっと救えるように死力を尽くす。
それこそが、騎士の仕事なのですから――。
「辛いよね……。今は気の済むまで、いっぱい泣きな……」
レベッカさんが少年の頭を撫でながら、そっと少年の隣に腰を下ろします。
……そうですわよね。
少年とレベッカさんは、同じ男に姉を殺されたのですものね……。
この世でレベッカさんほど、少年の気持ちをわかってあげられる人間はいませんわ。
「う……うぐ……うにゃああああああああぁぁぁ」
「よしよし」
少年はレベッカさんの胸で抱かれながら、ワンワンと泣きました。
――二人はまるで、本物の姉弟のようでした。
「ニャッポリート」
そんな二人のことを、フェザーキャットとラース先生が、やるせない表情で見守っています。
フェザーキャットにとって少年は、家族のようなものなのでしょうし、ラース先生も家族を事件で亡くしているという点では、二人に共通しています。
どちらもまるで自分のことのように、胸が苦しくなっているはずですわ。
しばらくはそっとしておいてあげましょう。
その間に、こちらは最後の仕上げですわ。
「レベッカさんとラース先生以外のみなさんは、念のため手分けして、この村全体を見回って来てくださいませ。もしも生存者がいた場合は保護を、万が一【首のない蛇】の生き残りがいた場合は、即時処刑してくださいませ」
「「「はい!」」」
第三部隊のみなさんが、一斉に散り散りになります。
ウム、戦いが終わった後も決して気を抜かず、忠実に任務を遂行する姿勢には、いつもながら感心しますわ。
ご褒美に、後日みなさんに臨時ボーナスを出しておきましょう。
「……あ」
その時でした。
わたくしの視界に、先ほどバルタザールに切られてしまったミサンガが止まりました。
……そう、これも今回の事件における、重大な被害の一つですわね。
せっかくの、ラース先生とのお揃いでしたのに……。
わたくしは奥歯をグッと噛みしめながら、ミサンガの切れ端を拾います。
「……切れちゃいましたね」
「……! ラース先生」
ラース先生がメガネをクイと上げながら、わたくしの手のひらにあるミサンガを見下ろします。
「……ええ、これが切れた時が、わたくしの小説家になるという夢が叶う時だと思っていたのですが、こうやって道半ばで切れてしまった以上、あまり幸先はよくないようですわね。……せっかくラース先生とお揃いで、気に入っていましたのに」
「――じゃあ、こうしましょう」
「え? ――なっ!?」
ラース先生は槍の刃で、ご自分のミサンガも切ってしまったのです。
ラ、ラース先生、何を……!?
「これでもう一度結び直せば、またお揃いですよ」
「……!」
ラース先生はわたくしの手から切れたミサンガを取ると、それをわたくしの左手首に結び直してくださったのです。
ラース先生……!
「僕の分は、ヴィクトリア隊長が結んでくださいませんか?」
ラース先生は天使みたいに微笑まれました。
はわわわわわ……!?
ど、どうしたというのでしょうかわたくし……!
胸の高鳴りが止まりませんわ……!!
「は、はい……」
わたくしは震える手で、ラース先生の左手首にミサンガを結び直しました。
「ヴィクトリア隊長、僕とヴィクトリア隊長が抱いている夢は、それだけ達成するのが困難な、険しい道の果てにあるということなんだと思います。だからこそ、今回運命の神様はこうして、ミサンガが切れてしまうという試練を、ヴィクトリア隊長に与えたのです」
「……!」
ラース先生……。
「ですが、諦めずに前に進み続ける限りは、決して夢が叶う可能性はゼロにはなりません。少なくとも僕は、そう信じて小説を書き続けてきました。――これからもヴィクトリア隊長が小説家を目指す上では、数え切れないくらいの壁が立ちはだかっていることでしょう。だからそのたび、この一度は切れたミサンガを見て、今の僕の言葉を思い出してください。――これからも僕はずっと、ヴィクトリア隊長の側にいますから」
「は、はい――! ラース先生――!」
嗚呼、わたくしラース先生の弟子になれて、本当に幸せですわ――。
「あーーー!?!?!? また抜け駆けしてるううううう!!!」
「「――!」」
レベッカさんが例によって、鬼のような形相でラース先生に喰って掛かってきました。
いつも思うのですが、レベッカさんのその「抜け駆け」というのは、どういう意味なのですか??
「おねえさんとおにいさんは、恋人同士なのですかにゃ?」
「「っ!?」」
続いては少年が、とんでもない爆弾発言をしました。
えーーー!?!?!?
「そそそそそ、そんなわけないではありませんかッ! わ、わたくしがラース先生のこここここ、恋人などと、恐れ多い……!」
ああもう、なんでこんなに、胸がドキドキしているのでしょうか……!
「そうだよ。今はまだ、僕とヴィクトリア隊長は恋人ではないよ」
ラース先生……!?
その言い方だと、将来的には恋人になるみたいに捉えられませんか???
「ふーん、にゃるほどねー。よくわかったにゃ」
少年は何かを納得したかのように、うんうんと深く頷きます。
な、何がわかったというのです??
「いや、二人が恋人になることは、絶対にないからああああああ!!!!」
レベッカさんの絶叫が、ジャングルの果てまで木霊しました。
――レベッカさんも少年も、まだ目は泣き腫らしたままですが、どうやら少しは気持ちの整理がついたようですわね。
「ニャッポリート」
フェザーキャットがわたくしの左肩にちょこんと乗って来て、わたくしの頬をペロリと舐めました。
ウフフ。
「あなたにもお礼を言っておきませんとね。先ほどは助かりましたわ。ありがとうございますわ」
わたくしはフェザーキャットの背中を優しく撫でます。
「ニャッポリート」
「「「――!」」」
その時でした。
フェザーキャットの天使のように綺麗な羽が、バサッと一瞬で全て抜け落ちたのです。
こ、これは――!
「ニャッポリート」
「「「――!?」」」
と、思ったら、今度はまた一瞬で新しい羽が生え揃いました。
えーーー!?!?!?
「ああ、ちょうど今日あたり生え変わると思ってたけど、予想通りだったにゃ」
少年がニッコリと微笑みます。
「僕ちゃん。僕ちゃんたちにとって、このフェザーキャットは、神様のような存在なのですか?」
「そうだにゃ! フェザーキャット様は、普段はジャングルの奥地に隠れてるんにゃけど、年に一度の換毛期だけはこの村に降りて来て、この抜け羽をプレゼントしてくれるんだにゃ! フェザーキャット様の抜け羽を持っている者には、幸福が訪れるという言い伝えがあるにゃ。ボクのこの羽も、去年フェザーキャット様からいただいたものにゃ」
少年は胸元に着けている羽根飾りを指差します。
ああ、それは、フェザーキャットの抜け羽だったのですね。
「フェザーキャット様は、おねえさんに抜け羽をプレゼントしたいみたいだにゃ」
「ニャッポリート」
「あら、そうなのですか。ウフフ、それならありがたく、いただいておきますわね」
わたくしは地面に落ちた抜け羽を、一つ残らず拾いました。
――これにてこの旅の一番の目的だった、『フェザーキャットの抜け羽』ゲットですわ!
「ヴィクトリア隊長、残念ながら、生存者は一人もいないようです。【首のない蛇】の生き残りも見当たりませんでした」
グスタフさんが神妙な顔で報告に来てくれました。
……そうですか。
「了解しましたわ。報告ご苦労様ですわ。暫し休憩なさってください」
「ハッ!」
グスタフさんはビシッと一つ敬礼すると、怪我を負った他の隊員の方々の様子を見に行かれました。
「ボ、ボク、一人ぼっちになっちゃったにゃ……」
「……!」
少年が目元に涙を溜めながら、拳をプルプルと震わせます。
確かにこれでこの少年は、天涯孤独になってしまったのですね……。
まだこんなに幼いというのに……。
――よし、決めましたわ。
「僕ちゃん、もし僕ちゃんさえよければなのですが、僕ちゃんも救護班として、わたくしの王立騎士団第三部隊で働きませんか?」
「にゃ!?」
「あっ、いいですねそれ! それなら私たちこれからも、ずっと一緒にいられるよ!」
レベッカさんが少年と目線を合わせながら、少年の手をギュッと握ります。
「ボ、ボクが、王立騎士団、に……? でも、本当にボクなんかで、騎士の仕事が務まるのかにゃ?」
「もちろんですわ。何も戦うだけが、騎士の仕事ではございません。先ほどの僕ちゃんの回復魔法は、それはそれはお見事でしたわ。僕ちゃんが救護班として入ってくれれば、わたくしたちも安心して戦場に赴けます」
「そうだよ! 君がいなかったら、さっき私は死んでたかもしれないんだから、もっと自分の腕に自信を持って!」
「う、うん……、わかったにゃ! ボク、精一杯、頑張るにゃ!」
「やったぁ!」
フフ、これは、思いがけない拾い物でしたわね。
「僕ちゃん、お名前は?」
「はいにゃ! ボクの名前は、『ボニャル』だにゃ!」
「よろしい、ではボニャルくん、これからどうぞ、よろしくお願いしますわ」
「こちらこそにゃ!」
わたくしはボニャルくんと、固い握手を交わしたのでした。
「ニャッポリート」
「ん?」
その時でした。
フェザーキャットが、「自分のことも忘れないで」とでも言いたげに、わたくしの頬に顔をスリスリしてきました。
――フム。
「では、あなたのことは、第三部隊の特別顧問に任命いたしますわ!」
「ニャッポリート」
フェザーキャットはわたくしの頬をペロリと舐めました。
「やったぁ! これからは、フェザーキャット様ともずっと一緒だにゃあ!」
「ニャッポリート」
ウフフ、よかったですわね、ボニャルくん。
「そうと決まったら、あなたに名前を付けてあげませんとね。――そうですね、『ニャッポ』というのはいかがでしょうか?」
「ニャッポリート」
ニャッポは新しく生え変わったばかりの羽を、バサリと大きく広げたのでした。
うんうん、どうやら気に入っていただけたようですわね。
――こうしてこの日、我が王立騎士団第三部隊に、2名の新しい仲間が加わったのですわ。




