第101話:降り注いだのですわ。
「ハァ……! ハァ……! ど、どうだい神様? これであんたの創った俺は、最強だって証明できたかい?」
「ああ、もちろんさフリード。――僕は君を創れたことを、一生誇りに思うよ」
「ハハハ……、そりゃ、最高の褒め言葉だぜ……」
フリードは実に満足そうな笑みを浮かべながら、光の粒になって消えました――。
ありがとうございますわフリード。
わたくしからも、深くお礼申し上げますわ。
「ククク、いやいや、エンディングに入るのは、まだ早いよ」
「「「――!!」」」
その時でした。
上半身だけになった【好奇神】からまたブクブクと肉が生えてきて、瞬く間に【世界を呑む蛇】が元通りに再生してしまったのですわ――!
そんな――!?
まさかこれだけの体積すらも、一瞬で再生してしまうなんて――!
一つの細胞すら残らず【世界を呑む蛇】を消滅させない限り、何度でも復活してしまうということですか……。
こんなの、いったいどうしたら……。
「クカカカカ! いい加減もう諦めろよぉ【武神令嬢】ァ。お前の鎖骨はオレが一生大事に愛でてやるからぁ、安心しろよぉ」
「あうアああうアうううああアああ」
クッ、貴様に鎖骨を愛でられるのだけは、死んでもゴメンですわッ!
――とはいえ、今のでわたくしも完全に魔力が切れてしまいましたわ……。
それはラース先生も同様でしょうし、かつてないほどのピンチですわね――。
「ククク、さあて、長かった物語も、これにて完結だ。最後は精々、華々しく散ってくれたまえ」
【世界を呑む蛇】が巨大な口を開き、そこに辺りの空気を震わせるほどの、膨大で禍々しい魔力が集中していきます――。
【世界を洗う闇】を撃つつもりですわね――!!
「……ヴィクトリア隊長」
「……え?」
その時でした。
隣に立つラース先生が、火傷しそうになるほどの熱い視線を、わたくしに投げてきました。
ラ、ラース先生??
「ヴィクトリア隊長――好きです。僕はずっと前から、あなたのことが好きでした」
「「「――!!!」」」
「――なっ」
ラース先生――!!
あ、あぁ……。
ラース先生ラース先生ラース先生ラース先生ラース先生――!!
わたくしの中に、ラース先生と出逢ってからの日々が、アルバムをめくるように次々と流れていきます――。
――最初は2時間走っただけで、ゾンビみたいな顔になっていたラース先生。
――わたくしの小説を批評している時の、鬼のようなラース先生。
――密室殺人を解決した時の、理知的で聡明なラース先生。
――豚聖社の謝恩会に出席した時の、スーツオールバックのラース先生。
――王立騎士団武闘大会で優勝した時の、ドチャクソカッコイイラース先生。
――そして、いつもわたくしの隣で天使のような笑顔を投げてくれていた、ラース先生。
わたくしの中で小さな蕾が、ぱぁっと開いた感覚がしました――。
わたくしは左腕のミサンガを軽く撫でてから、ラース先生に真正面から向き合います。
「ラース先生――わたくしもラース先生が好きですわ。この世の何よりも、あなた様のことが大大大好きですわッ!」
「ヴィ、ヴィクトリア隊長……! ――僕と、結婚してくださいますか?」
「ウフフ、はい、喜んで」
「……ヴィクトリア隊長」
ラース先生は瞳に水の膜を纏わせながら、わたくしの両肩に手を置き、その天使のようにお美しいお顔をわたくしの顔に近付けてきました。
――わたくしはそっと目をつぶり、ラース先生からの口付けを受けたのですわ。
生まれて初めてしたキスは、ほんのり汗の味がしました――。
「ウ、ウワアアアアアアアアアアア!?!? ヤメテクレエエエエエエエ!!!! 脳が……!! 脳が破壊されるううううううう……!!!!」
カニタザールの脳が勝手に破壊されましたわ!
ざまぁないですわッ!
「ククク、お安くないねぇ。だが、そんなことをしている場合なのかな?」
「いえ、むしろ今ので――形勢逆転いたしましたわ!」
「……何? なっ!? これは――!」
わたくしの中から、かつてないほどの魔力が溢れ出てくるのがわかります。
それは、ラース先生も同様ですわ。
フフフ、これが所謂、愛の力というやつなのですわね――!
「ラース先生、初めての共同作業ですわ。――二人でこの巨大な蛇に、入刀いたしましょう」
わたくしは【夕焼ケノ空】と【朝焼ケノ海】の刃を、【創造主ノ万年筆】の刃に沿わせます。
「ええ、僕たちの結婚式の、予行演習ですね」
ラース先生は【世界を呑む蛇】に向かって、【嵐ガ丘】の構えを取りました。
「ククク、面白い! 見せてもらおうじゃないか! これが正真正銘、最後の勝負だよッ!」
「イヤだあああああ!!!! NTRだけはイヤだあああああ!!!!」
「あうアああうアうううああアああ」
「風の冬 剣の冬 狼の冬が終わりを告げる
星々が落ち 命が枯れる」
わたくしとラース先生も、二人で同時に呪文を詠唱します――。
「「鶫が語る愛と嘘
嵐の夜に虚構が生まれる」」
「闇が放たれ 海が大地を覆い
戦士と巨人が剣を交え 互いの心臓に刃が刺さる」
「「男と女が詩を重ね
紡ぐ悲劇は 過去すら欺く
――【嵐ガ丘】」」
「炎が総てを焼き尽くし 九つの世界は海へと沈む
炎も届かぬ天の広間で 男と女は新たな世界を創るだろう
――究極魔法【世界を洗う闇】」
「「「――!!!」」」
わたくしとラース先生が放った極大の【嵐ガ丘】が、【世界を洗う闇】と真正面から激突しました。
「「う、うおおおおおおおおおお!!!!」」
「ククク、なかなかやるじゃないかぁ!」
どうやら互いの力は拮抗しているようです――。
――が。
「ククク、だが、所詮はそれが人間の限界だねぇ」
「「「――!!」」」
徐々に【嵐ガ丘】のほうが押されてきました――。
そんな――!!
わたくしとラース先生の愛の力でも、【好奇神】には勝てないというのですか……!!
「ヴィクトリア隊長オオオオ!!!! 負けないでくださあああああい!!!!」
「「「――!?」」」
その時でした。
後方から、あの人の声が――!
振り返るとそこには、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにした、レベッカさんが叫んでいたのでした――。
レ、レベッカさんッ!
「ヴィク、ラースくん、あと少しですわぁ。頑張ってくださいましぃ」
「オラァ! ヴィク! ラース! 最後は気合だ、気合ッ!」
レベッカさんの隣には、お母様とお父様も――!
そしてお母様とお父様は、左右からヴェンデルお兄様の亡骸を支えているのです……。
安らかなお顔で眠られているヴェンデルお兄様からも、『ガッハッハ! お前らは俺の自慢の妹と弟だからな! 絶対勝てるぞ!』という声が聴こえたような気がしました――。
「ヴィクトリア隊長! ラースおにいちゃん! ファイトだにゃあああああ!!」
そしてボニャルくんも――。
フフ、ボニャルくんには、いつも元気を貰ってますわね。
『ニャッポリート』
もちろんニャッポにも――。
「――ラース先生」
「――はい、ヴィクトリア隊長」
わたくしとラース先生は互いに一度見つめ合ってから、再度正面を向きました。
「気合、入れますか!」
「はい!」
「……ぬっ!?」
押されていた【嵐ガ丘】が、徐々に【世界を洗う闇】を押し返していきます――。
「そ、そんなバカな……!? 私の計算では、人間が【世界を呑む蛇】に勝つことなど、不可能だったはずだッ!」
「それが貴様の敗因ですわ、【好奇神】」
「――何だって!?」
【好奇神】が珍しく、慌てた顔をしております。
フフフ、その顔が、見たかったんですわ――。
「貴様の敗因は、人間の心の力を侮ったことですわ。――人は、心がある限り、どこまでも無限に強くなれるのですわ! そう、今のわたくしとラース先生のように!」
「クッ、心の力――! そんなものが――!」
「【好奇神】――いや、エミル先生」
「「「――!」」」
ラース先生が【好奇神】を、エミル先生と呼びました。
ラース先生……。
「あなたは最低の人間です。――ですが、あなたの書いた小説は、間違いなく最高のものでした。あなたの小説があったから、僕はこうして小説家になれた。その点だけは、今でも感謝しています。――ありがとうございました」
嗚呼、ラース先生――!!
「ク、ククク、クククククククク、クハハハハハハハハハ!!! これは一本取られたね! 最後の最後に、弟子に全て抜かれてしまったよ!」
高笑いを浮かべる【好奇神】は、心の底から楽しそうです。
「そう考えたら、私の人生も捨てたものではなかったようだね! もしまた生まれてくる機会があったら、今度は『人の心』とやらも、一から勉強してみることにするよ」
フン、それは地獄で、全ての罪を償ってからですわよ。
「オレはイヤだよ親父ィイイイイイイ!!!! 死にたくねぇよぉぉぉおおお!!!!」
最後の最後まで、往生際の悪い男ですわね。
「あうアああうアうううああアあああああああああああああああああ」
ゲロルト……。
あなたは本当に、哀れな男でしたわね……。
だから今度こそは、安らかに眠ってくださいませ――。
「ククク、クハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」
「わあああああああああああああああああああああああああああああ」
「あうアああうアうううああアあああああああああああああああああ」
極大の【嵐ガ丘】が【世界を洗う闇】を掻き消し、そのまま【世界を呑む蛇】の全身を跡形もなく吹き飛ばしました――。
【嵐ガ丘】はそのまま天まで上り、空を覆い尽くしていた暗雲さえも綺麗サッパリ霧散させてしまったのです――。
――空には再び、柔らかな陽の光が降り注いだのですわ。
「フム、これにて一件落着ですわ」
『ニャッポリート』
わたくしは剣を鞘に収めました。