今日も騎士様は、私をお姫様だっこで散歩する。トレーニングの為らしいのですが……本当?
こくり……
騎士様の厚い胸板は、温かくて安心感があって、つい眠くなってしまう。
ゆったりゆったり。
亀みたいな歩調と、並木を縫う夕陽に、ふわあと欠伸を噛み殺す。
今日が最後なのに、寝たくないなあ。何か話してくれればいいのにと涙目で見上げれば、騎士様の優しい視線と重なった。
『お姫様だっこさせてもらえませんか?』
そんな申し出を騎士様から受けたのは、ひと月前のこと。
だっこ『して』なら分かるけど、『させて』?
怖くなり理由を訊けば、ひと月後の昇進試験に向けトレーニングしたいのだと言う。何でも彼は、女性に触れると攻撃魔力が上がる特殊体質らしい。ついでに腕力も鍛えたいとか。
恋人に頼んでは? と言いかけるも、真っ赤な仏頂面を見て口をつぐむ。
……そうか、彼は女性が苦手なんだっけ。精悍な顔立ちに逞しい長身、おまけに伯爵令息だというのに。『あの方はきっと一生独身ね。勿体ない』と、同僚が話しているのを何度も聞いた。
次期騎士団長と噂のエリートと、平凡な事務員の私。『何故私に?』と訊けば、『貴女がいいんです』とだけ。
地味な私なら頼みやすいと思ったのかな。
懇願と何かが入り交じった瞳に、頷いてしまいそうになる。……あ、良い事を思いついた。
『だっこで散歩していただけるなら』
一日一回、管理棟から裏門までの長い長い帰りの並木道を、お姫様だっこで運んでもらうことにしたのだ。どうせなら楽しちゃおうってね。
「眠ってもいいですよ」
表情筋ある? と心配していた彼の顔も、ひと月経った今では、繊細な変化と瞳の色で感情を読み取れるようになった。今は……微笑んでいる。
「嫌です。最後なのに」
そう答え、胸に耳を寄せれば、彼の鼓動がいつにも増して速くなる。逆に歩調は亀より遅くなったのに、とうとう裏門に着いてしまった。
彼は私を下ろし、震える唇を開く。
「ずっと、貴女に嘘を吐いていました。女性に触れても、私の魔力は上がりません。本当の条件は、愛する女性に触れること。ですから……貴女でなければ駄目だったのです」
これは……遠回しな愛の告白ってやつ?
だけど少しも驚かないわ。
「とっくに気付いていました。貴方が私を愛してくださっていることなんて」
「え?」
「だって、瞳の奥が泣きそうでしたもの」
抱きつき、彼を見上げる。
夕陽よりも赤い顔が、愛を湛え、はっきりと微笑んでいた。
半年後。
見事団長に昇進した彼にお姫様だっこされ、祝福と花の雨の中、永遠の道を歩いていた。
ありがとうございました。