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迷宮管理者の掟  作者: 鶴燈
エピローグ - 迷宮管理者の約束
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迷宮管理者の約束 第四節

 ――以上のことから、今回の調査における諸君の行動は、我々迷宮管理者の存在秘匿を揺るがしかねない、地上調査員としての許容範囲を逸脱したものと判断された。


 しかし、仮に諸君が今回の行動を起こさなかった場合、今後も財宝の迷宮やその周辺地域において、少なくない数の地上人類が重篤な危険に曝されていた可能性が高く、これを現地住民と協力し、極力自然な形で阻止したことは評価に値し、またそれが迷宮管理者の掟に従っての行動であることも明白である。


 ゆえに、本件についての処分は厳重注意という形に留める。


 また、本件に関わった地上人類に対する記憶修正も検討されたが、それによって生ずると予想される影響の大きさを鑑みて、こちらは経過観察とした。状況が悪化した場合は記憶修正が実行される可能性があるため、そのような事態を防ぐためにも、諸君は引き続き尽力のこと。


「……追伸、そういうわけなので、お土産をよろしく。できればお菓子がいいね――だってさ」


「…………」


「クランスくーん? 聞いてるかーい」


「……聞いてますけど。ちょっと、言葉が出ませんでした」


 ヴェルラートの海沿いに建つ、とある喫茶店のバルコニー席。

 二人用のテーブルを挟んで、僕とスフィラはそれぞれ無窮の書を適度な高さに浮かせ、表示された内容に目を通していた。


 無窮の書へ伝達された上層部の決定内容(追伸の部分に関しては、僕が受信した文書には書かれていなかった)は、僕が想定していた幾つかのパターンの中でいうと、最も甘い部類のものだった。


 ……僕とスフィラへの処分が軽いのは理解できる。進め方が性急だったとはいえ、財宝の迷宮で犠牲者が増え続けることを可及的速やかに食い止め、その過程も、『一介の探索者』としての働きに見えるよう、できるだけ工夫した。『掟』を優先しての行動であることは明白なので、上も厳しい処分を下すことはまずない。


 だが、地上の人々に対する記憶修正は、多少なりとも行われるだろうと考えていたので……これは予想外だった。

 僕たちの素性について怪しまれている可能性よりも、問題は――今回の関係者が、迷宮の管理領域について詳細に知っている、ということだ。しかもその事実は近いうちに、ヴェルラートが国外に向けて発信する情報によって、より広範に知れ渡ることになる。


 管理領域にまつわる記憶を修正するなら、今が最後のチャンスと言ってもいいだろう。このタイミングを逃せば、修正対象の範囲があまりに広くなりすぎて、いくら迷宮管理者といえども対処は困難を極める。経過観察などと言っている場合ではないはずだ。

 それを行わない、ということは――今後、迷宮の構造について地上人類が大きく知識をつけ、そこに隠された真実、果ては迷宮管理者という存在を認識する未来を、容認しているも同然だった。


「何を、考えてるんですかね……」


「うん? そりゃあ、美味しいものが食べたいだけなんだろうさ」


「……そうじゃなくて」


 僕の様子を見て、スフィラはふふん、と笑う。

 それは、最初から僕の言葉の意図はわかっていて、なお冗談めかした回答をしただけ、という顔だった。


「……まあ、こればかりは何ともね。その程度のことなら地上人類に知られたからといって問題はない、と思ってるのか。あるいはこのようにして、いずれ『地上人類が我々の技術に追いつく』ことまで、最初から想定に入れているのか」


 と、スフィラは自身の見解を述べた上で、


「どうしても気になるなら、本人に直接訊いてみたらいいんじゃないかな? もっともな疑問だと、私も思うしね」


 そう付け加えた。


 提案を受けて、僕はその選択肢を真面目に検討してみるものの――答えを出すのに、そう時間は掛からない。


「……機会があったら、にしておきます。そこまで気になるわけでもないですし、あの人に限って、考えなしとか見通しが甘いとか、まずないと思うので」


「おや、随分と信用しているんだね。私にも、それくらいの信用を向けてほしいと思わずにはいられないなぁ」


「……管理者たちの『世界』を、最初に切り拓いた人ですよ? 当然信用もしてますけど、それ以上に……そんな大事業を成し遂げられる人の考えに穴があるとは、とても」


「どうかなあ。ああ見えて案外、抜けてるかもしれないよ」


「だとしたら、それこそ一大事ですね」


 そう言って無窮の書を閉じようとしたところで、新たな通知が増えた。

 ――送信者はエレナ、送信先は自分とスフィラの二名になっている。


「……ふむ、レウィンス邸……いや、()レウィンス邸の安全確保か。クランスくんも――」


「見ました。ノルドさんが対処に当たっているなら、急いで応援に駆けつける必要はなさそうですけど」


「そうだね、慌てる必要はなさそうだが」

 スフィラは残っていた珈琲の最後の一口を、カップを大きく傾けて飲み干した。

「ここからだと少し距離もある。ぼちぼち、腹ごなしに歩き始めるとしよう。待たせるのも悪いからね」


   ***


 海沿いの地区から、島の中心部に向かって歩く。必然上り坂や階段が多いので、歩くだけでもいい運動だ。

 街の賑わいは、然程でもない――現状、探索者が島に来ないのだから当然だろう。


「……上手くいきますかね、新しい財宝の迷宮は」


「そればかりは、エレナの手腕と、島民の頑張り次第だね。……我々も協力している以上、イマイチな結果に終わってしまったら大変残念というか、遺憾ではあるが」


 ……エレナが進める迷宮の改造について、僕たちも既に何度か相談に乗っている。技術的な話よりは、どういった風景や場所を作るのか、といった部分に関して、だ。


 テーマは『海岸』で決まっているが――そもそもヴェルラートが島である以上、ただの海岸を作ったのでは珍しくもないので、集客効果は望めない。わざわざ足を運ぶに足る要素……例えばシンプルに、現実離れした美しさであるとか。または、通常ではあり得ないような光景が見られる――極端な話をするなら、海が割れて海底を歩けるとか、そういったものがなくては。

 そういったアイディアを、思いついただけ提案しておいたので――あとはエレナがそれらを吟味し、良さそうなもの、かつ技術的に不可能がないものを選んで、作り上げるのを待つばかり。


「……まあ、エレナさんには魔城の迷宮という実績があるわけですし、無用な心配かもしれませんね」


「違いない。実はこの前、試作中のものを見せてもらったんだけどね。率直に言って、素晴らしい出来映えだったよ」


「……いつの間に。見に行く前に、僕にも一声掛けるという発想はなかったんでしょうか」


「いやあ、制作過程を先に見てしまうと、完成品を見た時の驚きが減ったり、印象が変わってしまったりするだろう? 言わば私は、他の皆がネタバレを喰らわずに済むよう、率先して犠牲になったのだよ」


「ものは言いようですね」


「いやいや、本心から言っているとも。――それに、あの調子なら、約束の日はそう遠くないさ」


 スフィラはそう言うと――緩やかな坂道を軽快な足取りで、僕の少し先を行く。


 ……約束というのは、エレナたちと交わしたもの。財宝の迷宮を作り変える作業が終わったら――まずは僕たちと、ノルド、フラム、そしてレーデとエレナの六人で、テストも兼ねたお披露目会を開く、という。

 前の約束を片付けて、少しは身軽になったかな――などと思っていた矢先に新しい約束が増えてしまい、なんだか複雑なところもあるのだが……それはそれとして、楽しみの方が大きい。


 いっそ、迷宮管理者という自分の立場など忘れ、心の底から楽しんでしまえればいいのだが……自分の心配性な性格が災いし、なかなかそうもいかない。こういう時ばかりは、『何かあったら記憶修正を使えばいいのさ』というこの上司の姿勢を、多少は参考にするべきだろうか。


 そして、そのお披露目会が終わったら――いよいよ本格的に、他地域の調査が始まるだろう。


 既に周辺地域の情報収集は始めているが、実際のところ、そこまで気になる情報は入ってきていないので……場合によっては、ここからかなり離れた場所まで出向くことになるかもしれない。そうなれば、この地とも暫くお別れだ。

 基本的にいつでも戻って来ることはできるし、エレナとは遠方でも連絡が取れる見込みではあるが、ノルドたちにはこの予定について、伝えておいた方がいいだろう。併せて、これまで協力してくれたことへの感謝も。


 ……ほんのひと月程度の出来事だというのに、少し感傷的になってしまう自分がいた。

 あちらも探索者なのだから、いつまでも一箇所に留まっているとは考えにくい。仮に僕たちが迷宮管理者でなかったとしても、別れは必然のことだ。――もしかしたら、調査を続けているうちに異なる地で偶然の再会をすることも、あり得なくはない。


 少し先を歩いているスフィラの背中を見る。――この上司はどう感じているのだろうか。

 フラムとはかなり懇意にしているようだし、僕よりもずっと、この地を離れ難そうなものだが。……知的好奇心がとんでもなく旺盛なことは知っているので、その二つを天秤に掛けた結果、迷宮管理者の力で空間転移を乱発、遠隔地を超高速で往復する……などということがないように、目を光らせておくのも僕の役目か。


「なんだいクランスくん、人の背中をじろじろ見て。そんなに大きく見えるかいこの背中が」


 振り返らずにスフィラが言った。

 ……まさか、ただ道を歩いているだけというこの状況で、後方の視界まで確保していたのか? だとしたら悪趣味だ。


「いやぁ、そうだろうそうだろう。私が上司で良かっただろう! ちなみに言っておくと、次の調査計画も既に形になりつつあるからね、期待していたまえ」


 こちらの思考まではさすがに読めないのか、そのようなことを(のたま)っている。


「次は、無茶の少ない計画でお願いしたいですね」


「まあまあ。こういうのは多少、スリルがあった方が楽しいじゃないか」


「全く同意しかねます。僕の胃を穴だらけにする気ですか」


「……ふふ、冗談だとも。いや、結果的にクランス君へ無茶振りをしてしまう可能性はゼロではないが。なるべくそんなことにはならないように、善処するさ」


 なんだか既に嫌な予感が。歩く足が急に重くなる。


 ……しかし、どうあれスフィラが綿密な計画を用意してくるであろうことは、今回の一件からほぼ確信できる。

 むしろ、次はどんな遠大な計画を引っ提げてくるのか――恐ろしい反面、そこに興味が湧いてさえいた。地上調査に出てきた当初は、かなり不安だったが……この変人ぶりを加味しても、信頼の置ける上司だと、今では思える。


 ――などと、本人には伝えない。いつでも上機嫌で、いつスキップし始めてもおかしくないこの上司に、これ以上浮かれられても困るというものだ。何より、そのようなことを面と向かって言うのは気恥ずかしい。


 そんな、気づけば先程より遠くを歩いているスフィラが、ほんの少し――こちらに()()()()を向けていたような気がして。

 ――本当はこの思考まで読まれているのではなかろうか、という一抹の不安を振り払いながら、僕は歩を早めてその後ろに追いついた。


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