迷宮管理者の約束 第三節
「……状況は。何かわかったか」
目の前に鎮座するご立派な屋敷を見上げながら、通信機の向こうへと問いかけた。
――微かな雑音を挟んでから、エレナの声が返ってくる。
「屋敷の、ある部屋を開けた途端、魔獣やら自律兵器やらが飛び出してきたってさ。大方、レウィンスが籠城する時のためにでも用意してたんだろう。使用人は『開けるな』って、常々言われてたらしいからね」
「……そんな扉を、不用意に開けたのか……」
「レウィンスが自分の屋敷にまでそんなものを仕掛けてるとは、さすがに考えてなかった。事前にちゃんと調べてもらうのが正解だったね……まあ、起こっちまったもんは仕方ない。悪いが片付けを頼むよ」
……小さく溜息をつく。その程度ならお安い御用だが。
「屋敷の外には出してないだろうな」
「少なくとも、現時点でそういう報告はないね」
「敵の数は」
「そこそこの数、ってことしかわからない。あらかた片付いたら、残党がいないかはクランスとスフィラに頼んでスキャンしてもらうつもりだよ。丁度ヴェルラートにいるらしいから、今そっちへ向かってもらってる」
「了解だ。なら、来る前にさっさと済ませよう」
そう言って通信を切ろうとしたところで、エレナが思い出したように、
「――ああ、それと。可能な範囲で構わないが……なるべく、屋敷の内装に傷をつけないように頼む。ヴェルラートの貴重な資産だからね、島の持ち物にするにしろ、競売に掛けるにしろ、損傷は少ない方がいい」
「……期待はするなよ」
今度こそ通信を切って、今度は屋敷の前にできた人だかりの方へと歩いていく。
……自分は野暮用でヴェルラートに来ていただけなのだが、まさかエレナから急に呼びつけられた上、戦闘に駆り出されるなど考えてもいなかった。……とはいえ、それで事態の解決が早まるのなら、誰にとっても幸運なことだ。
人だかりに近づいていくと、その中の一人――背の高い中年の男が、いち早くこちらに気づいた。その顔には、なんとなく見覚えがある――。
「おお、誰かと思えば龍人の兄ちゃん!」
「……確か、道具屋の店主だったか」
こちらに対する呼び名に関しては、もう何も言わないことにした。迷宮最深部での戦いについて、話に尾ヒレがついて広まってしまった結果なのだが……訂正するのも面倒だし、あながち間違いというわけでもない。
対して道具屋の店主は、こちらが顔を覚えていたことに驚きを隠せない様子だったが、すぐ本題に切り替えて。
「その様子だと、話を聞いて来てくれたのか。何度も世話になってすまんな」
「気にしなくていい、こういうのも仕事だ。……その様子だと、一刻を争う事態ではないみたいだな」
「ああ、幸い怪我人もいないし、避難と封鎖も済んでる。存分に暴れてくれていいぞ!」
「……なるべく、物を壊さないように言われたが」
「おっと……そうか。なら、まあ……程々に暴れてくれ」
「承知した」
それだけ答えて、人だかりを離れ、屋敷の入口へ向かう。
――正直に言うと、ここ最近は戦闘を全くしておらず、そろそろ腕が鈍らないように、適当な魔獣狩りの仕事でも受けようかと思っていたので……適度な戦闘であれば、むしろ望むところだった。
それに――と、懐から取り出した『黒龍の魂』、鎖の先に繋がれた透明な容れ物を見る。赤色の高濃度魔力は、決して多くはないが、確かにその内側で揺れていた。……明らかに、今までよりも蓄積するペースが上がっている。
クランスが改良を施した結果なのか、それともその他の要因によるものなのかはわからないが――龍人化を、より高頻度で使えるのなら好都合だ。
入口を固めていた見張りを下がらせてから、巨大な扉を押し開け屋敷の中へと入る。
――豪奢な絨毯が敷かれたエントランスホール、その正面に複数の魔獣と、浮遊する自律兵器が数機。こちらの存在を察知し、耳障りな鳴き声とアラート音とを、それぞれが上げた。
「さて」
――せっかくだ、レウィンスが自らの屋敷に残した置き土産も、有効活用してやるとしよう。
「練習台になってもらおうか」




