迷宮管理者の約束 第二節
財宝の迷宮での決戦から、明日で一週間になる。
ヴェルラートのゴタゴタも漸く落ち着いてきて、私やエレナも、やっとまとまった時間を取れるようになっていた。
……向こうに置き去りになっていた私物や資産も返還してもらったので、その一部はトラルウィクへと移してある。これで、資金面の心配も――余程の無駄遣いをしなければ――当面はないだろう。
「ね、ねえフラム、ちょっと見てほしいんだけど」
――魔城の迷宮管理者区域、その廊下の一角に、そんな声が響く。自室のドアから半分だけ顔を出したレーデが、落ち着かない様子でこちらを見ていた。
「はーい」
「……変じゃないかな?」
というのは、その服装のこと。
ドアの陰から出てきたレーデは、淡い色の上下に、ダークブルーのコートを羽織っていた。
「いいと思うよ!」
レーデの空色の髪とのバランスは悪くないように見えた。
……まあ、私はいつも同じ給仕服ばかり着ているので、お世辞にもファッションに詳しいとは言えないのだけど。
ただ、今日だけは私も、いつもの給仕服とは違うものを用意してきている。なぜかというと――仮に私が給仕服のまま、レーデと一緒に地上を歩いたら――ノルドと一緒に歩いていた時にもそういうことはあったが、要らぬ注目を集めてしまうに違いないからだ。特に、隣を歩くのがレーデとあっては、『あのメイドを連れた少女は、一体どこのご令嬢なのか』と、強烈な記憶を残してしまいかねない。
……というわけで、なるべく目立たないために、地上で見かけた人々の服装を参考にして、溶け込めそうなものを選んできた。スラックスなど穿くのはいつ以来だろうか。
「じゃ、じゃあ……これで行こうかな……!」
レーデは私に見てもらったことで安心したのか、小さな鞄を持ち、廊下へと進み出た。
「忘れ物しないようにね」
「うん、大丈夫……!」
***
隠された転送陣を使って外に出ると、地上は雲一つない快晴だった。気候もかなり冬らしくなってきたので、天気が良いに越したことはない。
――私の後に続いて、レーデが転送陣から現れる。その間私は、自分たちが突然現れたことに気づく者がいないか警戒していたが、どうやらその心配はなさそうだった。『禍避けの八芒星』を忘れずに持ってきているので、問題ないだろうとは思っていたが――念のためだ。
樹木と建物の陰から出て、細い通りから大通りへ。
「どう? 久しぶりに来てみた感想は」
興味深そうに周囲を見回しているので、そう訊いてみた。レーデにとっては、数年ぶりに訪れる地上になる。
「このあたりは、見覚えがあるなぁ……前より、建物が増えたかな? あと、車も多くなったね。前はそんなに見かけなかったのに」
レーデの視線の先には、独特な音を響かせつつ大通りの中央を走っていく、二台の魔力駆動車があった。……車体の後ろで、メイネス・エン・ヴェーダ社のエンブレムが、陽の光を受け輝いている。
そういえば、エレナは昔、ああいった魔力駆動車の心臓部にあたる部品の設計開発をしていたこともあると言っていた。もしかしたら、その成果があの車に搭載されているのかもしれないが……残念ながら私はそういった知識に明るくないし、エレナ自身も最終的な魔力駆動車の設計図を見たわけではないだろうから、真相を確かめるのは難しそうだ。
「ゆっくり見たいものとか、気になるものとか、あったら遠慮なく言ってね。今日だけで用を済ませなくてもいいんだし、どんどん寄り道しよう」
「う、うん!」
……レーデと二人、地上に来た一番の目的は、当然――エレナへの贈り物を見繕うことだ。もちろんそれと同時に、レーデに地上の世界をしっかりと見せる、という目的もあるが……レーデの殊勝な想いが最優先なのは、言うまでもない。
今の私には、それに付き合えるだけの余裕もできていた。時間的な意味でも、気持ち的な意味でも、だ。
というのも、ヴェルラートの今後の方針が決まったことが大きい。
まず、『財宝の迷宮』の過去について。これは、国外に向けても真実を公表する――という結論に至った。
そして、これまでそこを訪れ、負傷、ないし未帰還となった探索者は全てリストアップし、その時のパーティメンバーや遺族に対しての謝罪と補償を行う。……これには、私を含む、当時の財宝の迷宮運営に関わっていた者を総動員する予定だ。
……真実を明らかにするべきか否かで、最後まで議論が紛糾したのだが――私もそうだったように、誠実でありたいという意見は多く、衝撃的な発表になることは承知で、そのような決定が下ることとなった。
これでやっと、私の償いも進み始める。前途多難ではあろうが、皆の力を合わせれば、きっと大丈夫だろう。
そして、これからの『財宝の迷宮』についてだが――こちらは、部分的に真実を隠す方針となった。公表される予定の情報をまとめると――。
財宝の迷宮は現在、何者かに管理権限を奪取され、構造を大きく作り変えられている。この事件に際し、それまでの財宝の迷宮管理における最高権力者であり、迷宮の危険度上昇を強行していた、元首レウィンスは消息不明となった。なお、構造変化後の財宝の迷宮は、隣国フリスランの『魔城の迷宮』と類似した、およそ迷宮とは思えない安全な『海岸』の様相を呈しており、危険がないことが確認されれば、一部が一般向けに公開される予定である。
――といったところか。
さすがに、エレナのことを公にするわけにはいかないので、こうした経緯をでっち上げるほかなかった。……あとは魔城の迷宮のように、作り変えられた財宝の迷宮も、盛況になってくれることを祈るばかりだ。
こんな宣伝文句で観光客が来るものだろうか? という疑問はもっともだが、魔城の迷宮という前例があるので、全く期待できないというわけでもない……いや、個人的にはやはり疑問符がつくと思うけど。
ちなみに、財宝の迷宮が『海岸』に作り変えられたのは、無論エレナの計らいだった。魔城の迷宮が山だから、今度は海でも作ってみるか、ということらしい。
「さて、と――」
歩きながら、ポケットから一枚の紙片を取り出し、広げる。
……この周辺の地図に、いくつかの印とメモが書き加えられたそれは、スフィラが用意してくれたものだ。エレナへの贈り物を見繕う予定について相談したところ、彼女はそのすぐ翌日に、これを手渡してきた。雑貨屋、パティスリー、花屋、ひいては金物屋まで、候補となる店がリストアップされ、それぞれコメントまで添えられている。
その中でもイチオシ、と書かれた雑貨屋が、この場所からだと近そうだった。まずはそこを目指すとしようか――。
それをレーデに伝えようと、口を開きかけたところで――鼻腔をくすぐる、甘い香りに気がついた。
少し先を見れば――何かの菓子をその場で調理して売っているらしい、小さな屋台がある。……せっかくレーデを連れていることだし、軽食を取るのにもいい時間だ。紙片を一度畳んで、レーデの方を見る。
「ねえレーデ、お腹空いてる?」
「う、うん。少し」
「……じゃあ、買い物の前に早速、寄り道しよっか!」
パンケーキを売っているその屋台の前で立ち止まり、レーデと相談しながら、二人分の注文と支払いを済ませた。出来上がりまでの待ち時間にレーデにも地図を見せ、この後の予定を話し合う。
……私の方は、エレナにだけではなく、スフィラ、そしてノルドにも大きな恩があるので、その二人にも何か贈りたいと考えていた。いっそ、クランスとレーデも含めて、皆に用意してしまってもいいか、とも思う。
ただ、あまり多くの店を回ると時間も掛かるし、外を歩き慣れていないレーデは疲れてしまうだろうから、何日かに分けて進めた方がいいだろう。一先ず、エレナへの品を見定めることを、今日の目標とする。
それと――ヴェルラート島の外れに、父のものと思われる墓があるらしいことを、古くからの島民に教えてもらったので。近いうちに花を供えに行くことも、忘れずにおこう。




